第12話
冬も終わり、すっかり春の陽気になった今日この頃。
明日はいよいよ王都へ出発する日になりました……いや、なってしまいました。
正直に言うと……行きたくない。
ずっとここに居たいです。
王都の学院より、ここの学園に通いたい……ハチカちゃんやパッセちゃん、リンちゃんにセルカちゃんと一緒に学びたい。
でもそれは絶対に叶いません。
昔もあったなぁ……仲の良い友達と私の家が少し離れているだけで小学校が別だった事……
アレと少し似ている……なんで私だけこっちなのってお父さんとお母さんに泣きついた記憶がある。
しかも王都は馬車で約5日……気軽に帰っては来れない。
この世界では入学式はあっても親は同伴しないようで、シュアレ姉様が一緒にいるだけまだいいけど……心細いのは変わらない。
まず魔物が怖い……一応エントさんが護衛してくれるけど……
お母様にも言われた……魔物には全力で魔法を使いなさいって。
つまり貴族が全力で魔法を使わないと危ないということだ。
…………全力?いいの?超高速循環は時間が掛かるから……高速の魔力循環なら即座に使えるけど……少し怖いからね……試し打ちもしたことないし……
そんな事を考えながらレーアと一緒に必要な物を荷箱に詰めている。
衣類や他に必要な物は荷馬車に運んである。
私……というか、貴族に必要な物は多いので、移動する用の馬車だけでは運び切れないので、荷馬車一つ分全て私の荷物だ。
これから6年間寮暮らしになるので、ちょっとした引っ越し感覚だね。
ダリル兄様も卒業した時は荷馬車いっぱいに詰めて帰ってきたしね。
なので私よりもレーアがこれから大変になる。
レーアも王都は初めてだし、私の世話もしなくてはならない。
なるべくレーアに迷惑は掛けたくないので、レーアが必要と思った物は優先したり、一緒に詰めるのを手伝ったりしている。
レーアは先輩メイドさんから王都の勉強もしていたようで、毎日一生懸命頑張っている。
……私も頑張らないといけないよね。
少しだけ勇気を貰ったので、この日はよく眠れた。
明日から約5日間……旅の始まりだ。
……翌朝、いい天気に恵まれたので少し安心する。
雨だと気分的に嫌だったからね……
準備は完璧、忘れ物もたぶんない。
朝食は普通に家族と食べる。
お祖父様には悲しまれたけど……でもあまり時間を掛けると予定が狂ってくるので、駄々をこねるお祖父様はお父様に任せるしかない。
最終チェックを軽くして、玄関で馬車を待つ。
家族全員と使用人さん全員……リンドブルグ家総出でシュアレ姉様と私はお見送りをされた。
「シィナ、不安だと思うがしっかり学んできなさい、レーア、ココナも頼んだぞ」
「シュアレ、シィナを宜しくね……あなたも頑張りなさいシュアレ」
「シィナ、学院を楽しんでくるといい」
「王都は色々と楽しめるからね、シィナいってらっしゃい、シュアレもね」
「うおぉおおおおっしぃなぁああっ!!しゅあれぇぇええっ!!」
「「行ってまいりますっ!」」
王都へ向けて馬車は動きだす。
カタカタと石畳の上を進む車輪の音がなんか心地いい。
これまで私は遠出をしたことはほぼないので、不安だけど楽しみなところもある。
日差しが眩しいっ!もう馬車は止まらない……行ってきますっ!
…………だけど5分も進まずに馬車は止まる。
ん?どうしたの?何か忘れ物?
「シィナお嬢様、お客さんですよ」
「はい?私に?」
馬車から顔を出すと……ハチカちゃんの姿があった。
「ハチカちゃんっ!?」
「行ってあげなさいシィナ……」
「は、はいっ!」
扉を開けて外に出ると、ハチカちゃんの方へ走る。
お別れは少し前にしたけど……見送りかな?
「シィナ様、馬車を止めてしまってごめんなさいっ!」
「ううん、いいよ。ハチカちゃんとこうやってお話できるからね」
「あ、あのっ本当は誕生日に渡すつもりだった物を渡したくてっ!……これを受け取ってくれますか?」
「ん?なぁにこれ?…………キレイ……」
それはペンダントだった。
宝石のような物も付いていて凄くキレイで……いいデザインだ。
「これは2つで1つの首飾りで……その……離れ離れの友達に渡すと、ずっと忘れないようにしてくれる物らしいですっ」
「ハチカちゃんの事は絶対に忘れないよ……あ、でも私記憶失くしちゃったことあるか……」
「はい、なので、もしも忘れてもこれは2つで1つなので……」
「友達の証だね?」
「はいっ!そうですっ!証ですっ!」
ヤバいっ!!ハチカちゃんが可愛過ぎるっ!健気だよぉっ!
「……ありがとうっ!この証は宝物にするねっ!いつも着けるからっ!」
「はいっ!私もいつも着けてシィナ様のお帰りをお待ちしていますっ」
ううっ泣きそう……無理だよっ!
でもこえらえるっ!
「夏休みには戻って来るから、また遊ぼうねっ!」
「はいっ!いってらっしゃいっ!」
馬車に戻ってシュアレ姉様と一緒にハチカちゃんにバイバイする。
「いってきま〜すハチカちゃ〜んっ!」
「お気をつけて〜っ!」
私はハチカちゃんの姿が見えなくなるまで馬車から手を降った。
もう姿も見えないし、声も聞こえない。
「いい友達ね……」
「はいっハチカちゃんは最高の友達ですっ!ううっううっうぅううっ……」
「あらあら、可愛い顔が台無しよ……また会えるから大丈夫」
「はぃぃいっ!」
この世界初めての友達はとても心の優しい女の子。
これからずっと友達でいたい。
夏休みが今から楽しみだよ……
「何か貰ったの?」
「ずずっ……これ貰いまじた……」
「シィナお嬢様、ハンカチで鼻チーンしましょうね」
思い切り鼻をレーアのハンカチでかんだら……鼻水いっぱいでた……
スッキリしたけど……まだ感動している。
「これ……結構お高い品よ?どこだったかの国の流行品だわ、たぶん」
「キレイです……」
「私も欲しいくらいだもの……ちゃんとお返しも考えておきなさいね」
「はい……王都で何かお土産でも……」
「その時は言ってね、王都は沢山そういう装飾品のお店もあるからね」
「シュアレお嬢様はそういうお店を巡るのが好きなのですよシィナお嬢様」
「余計な事は言わないでココナ……」
「ココナさん、色々教えてくださいね」
「ええ任せて、レーアさん」
ココナさんはシュアレ姉様専属メイドだ。
レーアよりも先輩で年上のしっかりしたメイドさんです。
馬車は進む……どこまでも……窓から見る景色はとてもいい。
春で過ごしやすい気温で、窓を開けると清々しい風も入ってくる。
車内では基本的に自由だ。
本を読んでもいいし、雑談してもいい……女だけなので気兼ねしなくていい……居眠りをして……景色を楽しみながら進んで行くと、なんとなく見覚えのあるちょっとした森に入っていった。
街道はちゃんとあるから大丈夫だけど……ああ、そうか……ここで……
「何年か前はこの辺りでしたよね?シュアレ姉様」
「ん?……ああ、魔物が出た時ね、あれは死ぬかと思ったわよ。シィナが助けに来てくれて本当に嬉しかったからね」
当時8歳の私は頑張った…………うん、怒られたけどね。
こういう森?林?の場所は警戒しておこう……一応魔力制御をしておく。
例えウサギさんのような可愛い魔物が出ても躊躇はしない。
私は心に決めている……この体のシィナちゃんやシュアレ姉様……目の前の優しいメイドさんも絶対に守ってみせる。
だから…………魔物は出ませんように……魔物は出ませんようにっ!
無用な殺生はしたくないよ……
私の願いが叶ったのか、あの森では何も出なかった……
馬車は森を抜けて、今はとても見晴らしがいい。
少し気を抜いて魔力制御も止めておく。
……少しこの旅の行程をおさらいしておく。
基本的に野営はほぼしない、野営は何かトラブった時にするものだ。
王都までの街道には村や街があるので、そこの宿屋に泊まる。
勿論私は私は初めてなので、どんな感じかは分からない。
街道は普通に他の馬車も行き交っている、昼前にリンドブルグ領に向かう馬車は3台すれ違った。
他の馬車とすれ違っているということは、この先は問題ないと言ってもいい。
旅の豆知識らしい。
それから街道は川の側を通ることが多いので、普通の平民の馬車は川があればそこで休憩する。
しかし貴族がいればお馬さんの水くらいは魔力で出せるので、わざわざ川にいかなくてもいいので時間を短縮できる。
なので昼食休憩は川に行かなくてもいい……なるべく見晴らしの良い場所があればそこで休憩。
そしてこの旅の初めての休憩場所は何も無い平原です。
太陽はほぼ真上なのでもうお昼だ。
今日は初日なのでお弁当……勿論ジュリエッタさんのお手製お弁当です。
「姉様、馬に水を出してきますねっ」
「ええ、お願いねシィナ。こっちは任せて」
今回の旅は2頭引きの馬車と2頭引きの荷馬車なので、4頭分の水をバケツ出していく。
お馬さんは美味しそうに飲んでくれる、私はお馬さん担当だ。
レーアとココナさんがお茶の準備をしてくれている。
貴族はいつもお茶を欠かせない存在だ……たまに果実水は飲むけど……
水も美味しと思うけどね。
外にゴザならぬ外用のカーペットを引いて皆でお弁当を食べる。
業者さん2人と護衛はエントさんと新人護衛のマルムさんがいる。
車内は私を含めて4人……計8人の旅です。
マルムさんはお祖父様から手ほどきを受けているので、十分強いらしい。
……エントさんもそうだけど、筋肉ムキムキな騎士さんだ。
兄様2人は細マッチョだけど、こっちの騎士は普通にマッチョだ……マッスルボディって感じ……強そうである。
皆との昼食は楽しい。
お弁当もとても美味しいので、ハイキング気分で気持ちいい。
風も空気もいい感じだ。
ん?見通しのいい草原に何か見える。
「……エントさん、あれなんですか?」
「え?………………ああ、あれは鹿ですね」
「アレって鹿なんですか?」
「ええ、よく見えますね、シィナお嬢様は目が良いですね」
4……5頭の鹿?が群れて遠くにいた。
私の知っている鹿じゃない……海外にいるようなもっとデカい鹿に見える。
モースだかムースだか、そんな名前のやつに似ている。
日本の都会ではなかなか体験出来ない大自然……
アレが魔物でなくて良かった。
…………分かるだろうか……街道と言ってもここは常にサファリのような場所なのです。
いつ何が出てくるか分からない……私の恐さが分かるだろうか……
しかも車じゃなくて馬車なので更に不安でもある。
お馬さんには悪いけど、エンジン付きの乗り物が欲しいよ。
皆は鹿を見ながらのんびり食事をしていたが、私は一人で警戒をしながら食事をさっさと済ませる……もう味がわからない……
「シィナお嬢様はここまで来るのは初めてですよね?」
「はいっ」
「これから先も鹿とかの動物は沢山いますからね、楽しみにしてください」
エントさんは私に楽しむようとに気軽に言ってくれたが、逆です。
動物がいるということは、その動物を襲う魔物もいるということでは?
…………この旅は私が考えていたよりもハードなようです。
王都まで保つかな……こんなに心配性で将来ハゲないよね?
……私の心配は無用の長物だったようで、無事に最初の村に着くことが出来た。
村と言っても意外と大きい。
宿屋もキレイで、大きい。
ここに立ち寄る人が多いのだろう。
貴重品は部屋に置いて、姉様と村を散策していく。
予定よりも早く到着したので、夕食まで時間もある。
露天なんかもあって人の活気もあるいい村だ。
何かの肉の串焼きを姉様と食べたりしてまったり過ごす。
胡椒のようなスパイスが効いてとても美味しかった。
食べた事なかったスパイスだったので、露店の人に聞いたら近くで安く売っているようだったので、一袋お小遣いで買っておいた。
スパイスは日本円で言うと500円くらいだった……確かに安い。
すり鉢で潰して使うみたい、王都でも何か作ってみよう……
……ちなみにお小遣いはかなり多い……日本円で200万円くらいは貰った。
これは夏休みまで全部使ってもいいらしい……貴族は凄いよ……まだ12歳だよ?無駄遣いはしないようにしておくけどね。
宿の食事も美味しかった、十分だ。
最近はジュリエッタさんの食事が美味しすぎたので、これはこれでシンプルに美味しい。
さすがに浴槽はなく、体をタオルで拭くだけだったけど、明日行く街には浴槽があるらしいのでそれくらいなら我慢できる。
馬車に乗ってるだけで汗もかいていないしね。
翌朝は結構ゆっくり出発した。
なんでも次の街までは半日程度で着くらしい。
道中も何事もなく、お昼は村の宿で作って貰ったお弁当を食べた。
途中で野犬1匹は見たけど、平和だった。
……こうして旅は順調に進んでいった。
2日目、3日目と何事もなく平和だった。
4日目……ここが一番危険らしい。
次の街までの距離が一番長いようで、初日のような森の側をかすめるらしい。
昔シュアレ姉様も弱い魔物だったけど遭遇したとのこと。
馬に襲いかかってきたけど、当時の護衛騎士が倒したみたい。
なので私は最大限の警戒をしながら魔力制御もする。
この日さえ切り抜ければ最後の街から王都までの距離は短い。
4頭のお馬さんの調子はすこぶるいいとエントさんと御者さんも言っていたので、そこは大丈夫そうだ。
いい天気で、爽やかな風が吹いているので少し気が緩む……
……馬車からたまに顔を出して確認しているけど、問題の森はまだ見えない。
この辺りは少し高低差があるので、少し坂道。
今日はこまめにお馬さんの休憩を入れる予定でいるみたい。
場所はエントさんにお任せだ、何度も護衛してるからベテランだしね。
今日は早朝から早めに出たので、少し眠い。
眠いけど魔力制御をしているので、居眠りはしない。
魔物が襲って来たらどんな魔法を使うのがいいのか、いまいち分かっていない。
空を飛ぶ魔物もいるらしいから、まぁ空は風魔法かな?
火魔法は森で使ったら火事の心配もあるから却下かな……
水?……土……土の壁を作るのは良さそうだね……
光魔法で思い切り光らせたら怯むかな……ああでも味方も目が眩むかな……
闇魔法は苦手だし……まだ本格的魔法は習っていないしね……杖もないし。
私は大人しくしていた方がいいかもしれない……
急に自信がなくなってきた。
お馬さんに水を与えるだけにしようか……
「シュアレ姉様なら、獣の魔物には何の魔法を使いますか?」
「そうね、土の塊を飛ばすだけでも獣は怯んだりするわね」
「おお〜さすが姉様ですっ!飛んでいる魔物は風魔法ですか?」
「ええ、効果的ですわね。飛んでいる魔物なら、風を乱してやると落下したりもしますね」
「なるほど……風の刃を当てる事しか考えていませんでした」
「当たればいいけどね。空中の魔物にはなかなか当たらないのよ、訓練では当たらなかったわ」
「へぇ〜勉強になりますっ」
「もしも魔物が出たら任せてね、シィナは魔力が多いけどまだちゃんと学んでいないからね」
「はいっ!姉様っ!」
「んふふっシィナ可愛いっ」
ぬいぐるみの様に抱きしめられる。
平和です……
馬車は坂を登りきったところで止まったので、休憩みたい。
馬車を降りると坂の上から遠くに街と王都が微かに見える。
「姉様、あれが王都ですか?」
「ええそうよ、もうすぐね。大きいでしょ」
「凄いです……」
手前の街の何十倍も大きい……高い城壁に囲まれて街の様子は全くわからないけど、王城はよく見える。
あのお城はテーマパークの比じゃないくらい大きい。
凄いよ……王都……
おっと、お馬さんに水をやらないと。
小一時間外で休憩をとります。
街も見えるけどまだまだ遠い……問題の森も見える。
広大な森は街道の右側にあって終わりが見えない。
確かに街道にかすめるようになっている。
でもこちらに普通に向かっている馬車もいる。
今のところ大丈夫そうには見えるけど、何が現れるか分からないので注意が必要ですね。
「何もないとは思いますが、馬車が急に速度を上げる場合がありますのでご注意を」
休憩も終わり、エントさんから注意を受ける。
あの森を完全にスルーしたらお昼休憩だ。
ゆっくり馬車は進む……当然私は魔力制御をグルグルグルグル……
お願いします、何事もなく街に着かせてください。
姉様も警戒している。
森が近付くと懐から杖を出したのだ。
杖……魔法を効率よく使う為の物。
王立学院で自分専用の杖を作るらしい。
お母様も兄様、姉様も詳しくは教えてくれなかった、お楽しみにと言われただけで、情報は何もない。
杖と言ってもご高齢のお爺さん、お婆さんが使う杖ではなくて、もっと短い……お箸より少し長いくらいの棒かな?
あっちの大人気ファンタジー映画、ホリーホリーバッターのような杖です。
子供の頃はバッターのホリーの様に魔法が使いたかった記憶がある。
森の真横を通り始める。
森は坂の上から見た時よりも暗く深い……
本当に何か飛び出してきてもおかしくない……怖い……反対側は何もない草原。
もう後はエントさんとマルムさんにお任せするしかない。
一応魔力制御は引き続きしておくけど。
馬車が立てる音が何かに聞かれているようで、だんだん怖くなってくる。
シュアレ姉様は杖を構えてジッと森の奥を見ていた。
たぶん姉様も魔力制御はしているので、余計な事は言わない。
森は大きい……たぶん抜けるのには30分以上は掛かるだろう。
……もう怖いので反対の草原を見て心を癒そう……
草原と言っても結構デコボコしているので、馬車は走れそうにないね。
……あ、リスかなにかの小動物が駆けている。
うん、あれは可愛い。
こっちは癒やされます姉様……
たまに馬車もすれ違う……今のところは大丈夫。
「あ、シィナ、アレ見て冒険者たちよ」
「え?」
森の少し入ったところで、数人の人が森の中で何かしていた。
「何をしているのですかね?」
「たぶん薬草詰みね、ここの森は色んな薬草や森の恵みに溢れているしね」
「大変ですね……怖そう」
「ええ、命がけの職業ね…………彼らが無事にいるから今日は大丈夫そうね」
「馬車より冒険者の方が襲われやすいんですか?」
「絶対ではないけどね、でもまだ気を抜いてはいけないわよ」
「はいっ」
……予想外に森を突破するまで1時間近く掛かったけど、もう安心してもいいかな……疲れた。
「無事に抜けられたみたいね」
「はい……疲れたしお腹が空きました」
「シィナお嬢様、もうしばらくで昼食ですからね」
「は〜いっ」
よし、もう大丈夫だろう。
気が抜けた瞬間お腹が空いたよ。
もう森側の窓には草原が広がっている……
やっぱり怖いよこの世界……
比較的なだらかな場所に馬車は止まった。
他の馬車も止まっている。
誰かが私達と同じようにここを休憩地にしているらしい。
よし、ようやくお昼だ。
馬車を降りて背伸びをすると、とても気持ちいい。
あれ何だろう?翼はあるけど鳥じゃない。
空に何か飛んでいる……こっちに向ってきている…………あっ!!
「空に魔物がいますっ!!」
「「「えっ!?」」」
私は瞬時に魔力制御をして高速まで一気に巡らせる。
まだ姉様は馬車から降りてない。
でも魔物は凄い勢いでこっちに向って来ている。
姉様の言葉を思い出す…………落とす……
イメージするのは台風、竜巻、かまいたち、暴風……魔力で手が熱くなる。
いけっ!!
一瞬の静寂の後に風が巻き起こっていく。
狙いはあの黒い何か。
私の黒髪も前方へなびいているけど、私自身はなんともない。
ただただ大きな風のうねりが上空へ向かって勢いをどんどん増していく。
広範囲なのであの黒い物体は風に巻き込まれ…………あれ落ちない?
落下しないでまるで洗濯機の洗い物のように空中で転がるように回っている。
…………あ……羽取れた……
なんか落ちないでズタボロになっていくんですけど……怖っ!
「シィナ!!もういいわっ!魔力制御を止めなさいっ」
「は、はいっ!」
姉様の声で私は魔力制御を止めた。
空中の物体はゆっくりと落下していく。
うわ……グチャって音がしたけど……もう……ピクリともしていない。
「シィナ大丈夫っ!?」
「は、はいっ大丈夫ですっ」
正面に周った姉様によって抱きしめられる。
「よかった、魔力は大丈夫?魔力制御してみて?」
「大丈夫です、ほら……」
「……大丈夫そうね……はぁ〜よかった……」
「シィナお嬢様すげぇっすね……」
「ああ、シィナお嬢様の魔力は凄いんだ」
エントさんとマルムさんも駆け付けてくれた。
「シィナお嬢様っ!無事ですかっ!?」
「レーアさん、落ち着きなさい……大丈夫そうよ」
レーアもココナさんも心配してくれた……馬車の馬も大丈夫そうだ。
はぁ……良かった……
「もし、先程の魔物を退治してくれたのは……そちらのお嬢様でしょうか?」
「……はい、私の妹ですが、そちらは?……あれ?」
「ああ、失礼しました。私は王都で商いをしているブリットと申します……先程は危ないところを助けて頂き、ありがとうございます」
ん?そうだったの?確かに近くにこの人がいたかも……無我夢中だったからよくわからないよ……優しそうなお爺さんだね。
「私は王立学院の近くに店を持っております、魔法道具専門店でして…………あれ?シュアレお嬢様……ですよね?」
「ああっあそこの道具屋さんの店主さんね。いつも奥様が店番してるから分からなかったです」
「姉様お知り合いですか?」
「ええ、魔法の道具を扱っているお店の店主さんよ。私はたまに行くからね」
「シュアレお嬢様はリンドブルグ家ですよね?その妹様ですか?」
「ええ。シィナ、ご挨拶」
「はい、シィナ・リンドブルグと申します、今年から王立学院に通います」
「これはご丁寧なご挨拶痛み入ります。改めて、魔物から救ってくれて、ありがとうございます。シィナお嬢様は凄い魔力をお持ちのようで……感服いたしました」
丁寧で優しいお爺さんだ、この人はいい人ね。
偶然とはいえ一応助けたらしい……本当に偶然ですけど。
「何かお礼をしたいのですが……」
「別にお礼はいらないわ、ねっシィナ」
「はい、姉様の言う通りです。お気になさらず……」
「いいえ、私は商人……受けた恩は必ずお返しいたします……ですがこれから隣街に行く用がありますので、近い内にでも店に来てください。その時に何かお礼致しますので」
「はぁ……」
「では、これで失礼します。必ず来て下さいね、シィナお嬢様、シュアレお嬢様、お待ちしております」
ブリットと名乗ったお爺さんはお礼を言って馬車で去っていった。
森の方へ行ったので、私達が来た街へ行ったみたい。
「とりあえず昼食にしましょう……」
「はい、姉様」
……魔物騒動はひとまず落ち着いて、昼食を食べる。
今日も宿屋で作ってもらったお弁当だ。
シンプルで……美味しい。
………………連日だと、飽きてきたね……シンプル過ぎて。
まぁ、旅の途中なので我慢するけどね。
「そういえばさっきの魔物はなんですか?」
「アレはゾットという羽を持つ魔物よ、人や馬を襲って血を吸うの」
コウモリを大きくした感じだったね。
吸血コウモリ……ゾット……気持ち悪かった……
……死体って放置でいいのかな?
「ゾットはそのままでいいのですか?」
「他の魔物のエサになるから、放っておいても大丈夫よ」
「いえ、本当は土に埋めるのがいいのですが…………ええと……散らばってしまっていて……」
「うっ……そうですね……今日は放っておきましょう……」
「すみません……」
「シィナお嬢様はお気になさらず、先程の商人を助けたのですから胸を張って下さいっ」
エントさんはフォローしてくれるけど……やり過ぎだったかな……
初めての高速循環魔法……初めての魔物討伐……
後で姉様に相談しよう……
昼食を食べ終え、お馬さんの状態もいいみたいなので、移動を再開する。
今日の目的地はまだ先だ。
見晴らしはいいので、警戒はしやすい……
「シュアレ姉様……」
「なぁに?」
「私は魔法を抑えた方がいいでしょうか?」
「……そうね、少し……いえ、魔物相手ならさっきくらいやっちゃっていいわ。中途半端に手傷を負わせるよりもちゃんと仕留めた方がいいわね」
「それは何故でしょう?逃げ帰ってくれた方が……いいのでは?」
「シィナお嬢様、手傷を負った魔物は更に凶暴になってしまう場合がございます」
「そう、だから仕留めるのよ…………シィナが手傷を負わせて、どこかの街で暴れてもしも誰かが亡くなったり怪我をしたら……どう?」
「それは嫌ですっ」
そんな事になったら最悪だよ……魔物には非情になるしかない……
苦しめないようにするしかないのか……
「学院では対人戦……人と魔法の撃ち合いの勝負なんていうのも上級生ではやったりするけど、人には手加減する必要があるわね……いい先生がいるから、一緒に相談しましょうね」
「ありがとうございますシュアレ姉様っ」
「まぁ、最初は学院生活に慣れることが重要だから、魔法のことはしばらく忘れてもいいわ」
「分かりましたっ」
「あ、さっきの魔法道具のお店は便利な道具も売ってるから、その内一緒に行きましょうね」
「はいっ!」
……シュアレ姉様の言葉はしっかり守りましょう。
一緒に通えて良かった……一人でやっていく自信ないよ……
シュアレ姉様はとても為になることを教えてくれるの。
「それから、近寄ってくる男には……」
「男は敵ですっ!」
「よろしいっ!いい、シィナは可愛いから、寄ってくる男は多いわ……」
シュアレ姉様の言う通り……近寄ってくる男は敵ですっ!
言いつけを守るよ。
「……はぁ……レーアさん、お互い苦労するわね……」
「だ、旦那様の意向ですから……」
「……何処にもお嫁に行けなくなるわよ……」
「どうしましょう?ココナさん……」
「どうしましょうね?レーアさん……」
なんかレーアとココナさんが大きなため息を……大丈夫かしら?
長旅で疲れたのかな……こまめに休みを取った方がいいかもね……
でももう少しで次の街に着くからね……
後で肩でも揉んであげよう。
頑張ってレーアっ!
 




