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黒髪賢者の恩返し  作者: しんのすけ
第1章 新しい家族
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閑話 ジュリエッタ



 ……さて、今日も張り切っていくよ。

 まずは仕込みからだね、昨日仕入れた新鮮な魚からやっていこうか。


 ……アタシはジュリエッタ、辺境伯家の料理長を任されている。

 先代領主のヘンリー様に拾われて、好きな料理を毎日飽きずにやれている……アタシは幸せ者だ。


 このまま平穏な日々を過ごしていくと思っていたら、私はシィナお嬢様の作った甘味で衝撃を受けることになる。

 ……シィナお嬢様は天才だ。

 あのちっこい体でどれだけ計算したらあんな甘味が作れるのか……

 私は甘味は得意ではない。

 苦手ではないが、砂糖の使い方がどうも上手くいかない。 

 だけどこの間のリカンの実を使ったケーキは……まるで芸術品だ。

 しかもレシピもなく、頭で計算された材料の配分……カンで出来ることではない。

 だってシィナお嬢様はまだ8歳の子供で、料理なんてしたことない筈なんだ……アタシはここの料理長だ、厨房を隅から隅まで把握している。

 誰かが、勝手に使ったら絶対に分かる。

 その自信もある……別に誰かが使ってもいいんだ、料理ってのは自由だ。

 料理したいヤツがいたらアタシは歓迎する。

 練習で食材を駄目にするのはしょうがない……ただ、遊びで食材を駄目にしるヤツは子供だろうとキツく叱る。

 シィナお嬢様が厨房に来た時も目を光らせていたくらいだ。

 だけど結果はどうだい、料理をしたことのない小さいお嬢様がありえない美味さの甘味を失敗せずに作っちまった。

 今まで誰も考えも着かない方法でリカンケーキが出来ちまった。

 ただ、シィナお嬢様の手つきは素人同様……卵を割る動作で分かる。

 …………意味がわからないよ。

 

 その天才がヘンリー様と厨房へ姿を現した。

 私はヘンリー様もシィナお嬢様も大好きだが、一人変なのがついてきた。

 このヒゲのドワーフとは反りが合わない。

 鍛冶の腕はいいが、話をすると1分も経たずに喧嘩になる。


 道具は信頼している……この厨房の包丁も鍋もほぼ全部このドワーフの作だ。

 だけど天才がヘンテコな道具を使って何か作るみたいだ。

 このドワーフの作だろう。

 名前もあった、泡立て器というらしい。

 泡を立てる?変な言葉だ。

 私は気になって気になってしょうがない、天才がヘンテコな道具で何かやらかすんだ……つまりあの泡立て器でなれば出来ない食べ物ってことだ。

 また拙い動作でシィナお嬢様が料理をしていく。

 また卵を使う……しかも黄身と白身を分けだした……まるで遊んでいるようにも見える。

 この小さいお嬢様は底が見えない……何をやらかすってんだい……

 そして早速あの泡立て器って道具でボウルの白身をかき混ぜていく。

 お嬢様は必死になってヘンテコな道具で白身を混ぜているだけだ。

 遊んでいるようには見えない…………なにが起こっているだい?

 白身を混ぜてどうなるっていうんだ?

 お嬢様は力尽きたのか……代わって欲しいと言い出した。

 ボウルの中身は……なるほど、泡になっている。

 これを続けるとどうなるんだ?私が続きをしようとしたが、ヘンリー様が代わりにやると言い出した。

 ヘンリー様が料理をしているところなんて見たことない。

 孫にいいところでも見せたいようだけど……


 そしてヘンリー様が勢いよく泡立て器で続きをしていく。

 シィナお嬢様の細腕と違って、ヘンリー様の腕は太い……ただシィナお嬢様は腕というより手首を使って混ぜていた……ヘンリー様も真似たのか手首を効かせて混ぜている……地味に見えるが、キツそうな作業だ。

 ボウルの中身がすぐに変化する……白身は細かい泡になってきた。

 私は聞き逃さなかった……ツノが立つ……とお嬢様は言った……

 確かにこの白身は魔獣の角のように立っている。

 これが重要なんだね?角が立つくらい混ぜる……だがこれが一体何になるっていうのか……


 そしてお嬢様はコレをオムレツにするなんて言い出した。

 アタシにオムレツの塩加減を聞いてきたのでここは素直に卵3個分の塩加減にしておく。

 黄身も一緒に混ぜていく……最初から黄身も混ぜればいいんじゃないのかい?…………いや、シィナお嬢様は天才だ……必ず理由がある筈だ。

 フライパンにバターの指示も出して……もう見守るしかないよ……


 オムレツは料理人にとって重要な料理だ。

 卵を使った基本的な料理だ……だけど案外難しい……火加減を間違えると固くなってしまうからね……柔らかすぎてもいけない……

 だけどこのフワフワの卵の火加減なんてアタシにもわからない。

 シィナお嬢様は自分で焼くと言い出した……ここで失敗したらと思うとアタシでも怖い……ヘンリー様に失敗したところなんて見られたくないし、このドワーフにもだ……一生笑い者にされちまうよ……

 そんな中でシィナお嬢様はオムレツを作っていく。

 混ぜていたが、それではオムレツにならない……途中で止まってしまった。

 焦げちまうと思った瞬間に二つ折りにした。

 コレがオムレツ?見た目は失敗作だけど…………いや、違う……これは外側をあえて焦がしたね……中央の卵には火が通っている。

 肝心なのは味と食感だ……


 ヘンリー様の評価は高かった……溶ける?オムレツが溶けるなんて……

 このドワーフも同じだ……溶けるオムレツなんて……

 ドワーフが半分以上食べちまったせいで私の分が少ないじゃないか。

 だけど一口で理解した……溶ける……白身を泡立て器でフワフワにした効果だろうね…………恐ろしい……オムレツをこんな代物に変えちまった……

 私が焼くならどうしたらいい……まだお嬢様はボウルに半分程残している。

 焼いて見たい……火加減は弱火で……アタシのこれまでの経験を全てぶつけたい。


 シィナお嬢様はそんな私の願いをすんなり叶えてくれた。

 よし、バターを投入するよ……


 ……結果的にアタシのオムレツの方が美味かった、お嬢様もアタシの方が美味いと言ってくれた……だがこんなオムレツを考案する頭脳はアタシにはない…………

 気落ちしてもしょうがない、アタシはアタシのやり方でこの天才お嬢様の料理をもっと輝かせるんだ。

 もっと美味く……国で一番の料理を作ってやる。

 シィナお嬢様に精一杯応えようじゃないかっ!



 それからもシィナお嬢様はシフォンケーキという甘味を考案された。

 この甘味は異次元だ……以前のメモを見返すが……こんな幅の広い甘味は見たこともない。

 お茶の葉を入れるなんてのも……どこからその発想を思い付くのか……

 メモの内容は全部試したけど、どれもこれも美味すぎるよ……

 やっぱり卵がお嬢様の土台になっている気がする……

 この国では卵は食事に使う物だ……それを甘味に使ってくるなんて……

 スフレオムレツもそうだ、お嬢様は卵を使うことが上手い。


 この間は街の食事処にリカンケーキを教えてやった。

 詳しくは知らないが、お嬢様が大変らしい。

 食事処のお友達と毎日舞の練習をしているらしい。

 ……ああ、そうか鎮魂祭の舞か。

 もうシィナお嬢様も8歳か……早いもんだね……

 アタシも8歳で舞った記憶は残っている。


 

 鎮魂祭当日……この日は午後からお屋敷の全員お休みだ。

 ほとんどが祭りに参加する。

 私もシィナお嬢様の舞を楽しみにしている一人だ。

 街に行くと、例の食事処の出店で出されたリカンケーキが大人気だったらしい。

 もう完売したようで、そこら中で噂になっていた。

 お嬢様の甘味は世界一だからね。

 私も馴染の連中と一緒に出店で祭りを楽しむ。

 つい酒を飲んでしまい、いい気分になってしまう。

 アタシはそんなに酒が強くない……まぁ今日くらいは羽目を外しても罰は当たらないだろう。

 そんな中でヒゲのドワーフが話しかけてきやがった。

 こいつは酒が強い……まったくいい迷惑だよ。

 馴染みの連中も酒を飲んで笑い合っている。

 いい気分だ。

 そんな時またリカンケーキの話題で盛り上がっている若い連中がいたので、教えてやった。

 あのリカンケーキはリンドブルグ家のシィナお嬢様が考えた甘味だよってね……そうしたら驚いていたよ。

 ヒゲのドワーフも参加してきて、シィナお嬢様の自慢をしていた。

 まったくこいつは……

 街の住民はみんなリンドブルグ家に感謝している……ヒルク様もダリル様もシュアレお嬢様も人気があった。

 リカンケーキを考えたシィナお嬢様は天才なんだ……

 もっとシィナお嬢様を褒めてほしいよ……


 …………ああ、酔ってるね……これから舞の時間だ……水を飲んで教会へ行こう。

 教会前は……もう人だかりができていて、丁度時間だ。

 神父様が物語を語ってから舞が始まる。

 おお〜シィナお嬢様が衣裳を着ているっ

 可愛いねぇ……あんな小さくて舞えるのかと心配になるけど、お嬢様はしっかりやりきった。

 真剣な顔で舞っているお嬢様を見て、つい涙が出ちまったよ。

 本当に立派になって……ヘンリー様じゃないけど、シィナお嬢様は気分的には孫に近いからね……


 私はいい気分で屋敷へ帰った。

 


 夏も終わり、だいぶ涼しくなってきた頃……ダリル様とシュアレお嬢様は学院へ向かった……今回はなぜかヘンリー様も王都へ行ってしまった。

 3人分減ると仕入れの量も変わる……最近は卵をよく使うようになったので、卵も仕入れる。

 そしてシィナお嬢様から乳も欲しいと言われたので、乳も業者に発注する。

 乳は濃厚で美味い……栄養もあるのでアタシは好きだが、あのシィナお嬢様が乳が欲しいと言い出したんだ……何かあるね。

 乳を仕入れたとシィナお嬢様に報告した途端、厨房へ来て卵を泡立て器で滑らかにしていた。

 また何かするのかい?今度は飲み物?乳と卵を混ぜる?

 また訳の分からない事をしだしたよ……アタシはシィナお嬢様の行動を全て覚える。

 砂糖を加えて……ん?容器に移したね?今度は鍋に容器を入れて……んん?何をしてるんだ?鍋に水を入れて蓋をしちまったよ……火を付けたけど……

 余りにも変な事をしているので聞いてみたら……むしてる……とお嬢様は言った。

 むしてる?むしてる?虫?無視?……言葉が分からない。

 蓋から湯気が出てきたけど蓋を取らずにお嬢様はジッと待っている。

 しばらくして蓋を取ると、容器に入った中身が固まっていた。

 なんで固まっているのか理由が分からない。

 これがむしてる?まるで魔法だ。

 お嬢様はプリンと言っていた物を今度は魔石冷蔵庫で冷やした。

 砂糖が入っているので甘味だと思うけど……まったく理解できなかったので、むしてるを聞いてみたら湯気を使った調理方だと教えてくれた。

 確かに湯気は熱い……その熱で調理するなんて聞いたこともない……

 本当にシィナお嬢様の頭はどうなっているんだい?

 むし料理は美味しいとも言っていた……これも研究し甲斐があるね……

 そしてプリンは絶品だった。

 またやられた……なんて美味いんだ……こんな滑らかな甘味なんて知らないよ。

 

 だけどプリンを研究する前に、お嬢様の新作料理が止まらなくなった。

 肉を細切れにして作ったハンバーグ。

 小麦粉焼きのようなパンケーキ。

 乳を使ったミルクスープ。

 他にもどんどん新作料理を生み出していくシィナお嬢様。

 私は残った人生を使い、この料理たちと向き合おう。



 もうすぐお嬢様は12歳になって学院に行ってしまう。

 鎮魂祭で舞っていた頃が懐かしいよ……あっという間だったねぇ。

 

 私はシィナお嬢様に出会えて幸せ者だ。

  

 

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