どうやら転生したらしい
いつも一緒に高校からの帰路を辿る友人からの「帰ろ」に「予定あって急いでるから」と返し、俺は高校からの帰路を猛スピードで駆け抜けている。
なぜ俺がここまで急いでいるかというと、今日は俺が待ちに待っていた百合小説の発売日なのだ。二ヶ月前に、作者さんが「出ます」とSNSで発表した時には叫んだ。そして母に怒られた。
俺は無類の百合好きで、スマホで『ゆ』と入力すれば『百合』と予測変換され、百合小説から漫画、アニメ、挙句の果てには絵画にまでその手は伸びていき、最早自分も百合になりたいという訳のわからない次元までいってしまった。
思えば少し浮かれ過ぎていた。いつも慎重に生きているのに、今日は青信号だからという理由だけで走り抜けようとしてしまった。
だから、信号を無視して突っ込んでくる車の存在にも気が付かなかった。
世界は真っ白だった。小さな頃に連れて行ってもらったスキー場を思い出す。目を開けようにも眩しすぎてぱっちりとは開かない。
何かに包まれて世界に影がかかった。そのおかげで目を少し開けやすくなって状況の確認ができる。
「泣いてはくれませんけど、呼吸も正常で元気な女の子ですよ」
マスクとビニールのようなものでできた帽子をつけた、医者のような人が俺を抱えているようだ。
冷静に分析してみたが怖い怖すぎる。なんなんだよこの巨人の医者は!百八十センチはある俺を余裕で抱えるってどうなってんだよ。俺は撥ねられて病院に担ぎ込まれたのだろう、撥ねた奴の顔も痛みもはっきりと覚えている。嗚呼そうか、俺は頭を強く打ったんだ。だから、ちょっとおかしくなってるだけなんだな。
そして、医者は俺を抱えて少し歩き、横たわってぐったりといる女の人に近づいていった。
その女の人は少し明るい茶色の髪にすっぴんと思われるものの美しい肌、パーツパーツに少し丸みを帯びた可愛い顔をしている。
「ほら、娘さんですよ」
というかさっきっからなんなんだ、俺のことを女の子だの娘だの、俺は百合を愛し、百合のために生きる男だぞ。
ぐったりとしていた女の人は、俺を見ると頭を優しく撫できた。俺は髪の毛が殆ど無くなってしまったらしく、その手の感触が直接頭皮に触れている。
あれだけ正面からぶつかって、生きてるだけで儲けもんだ、髪くらいはしょうがない。
今の俺はどうなっているのか、興味と言ったら他人事な感じがするが見てみたくなったので、手を目の前にやってみた。やけに肉付きが良い。空手をやっていたせいで拳ダコができ、骨張っていた俺の手がぷくぷくという擬音が当てはまるようになってしまっている。
いや、そうか、受け身を取る時に叩きつけたんだそれでこんなに腫れてるんだな。鏡が見たいな。
「あの、すみません、鏡の前にやってもらってもいいですか?」
その瞬間、この部屋は甲高い叫び声で埋まった。
皆んながあんまりにも叫ぶものだから、びっくりして俺も叫んだ。
「あっ、はい、鏡」
俺を抱き抱えている女の人は、急にスンと、あんまり驚いた後だからか落ち着いて俺を鏡の前に連れて行った。
「あっ、成る程そういうことね」
そこにはまた叫び出した白衣を着ている女の人と、赤ちゃんが写っていた。
白衣の女の人は、また直ぐに落ち着いた後に俺を別の部屋に連れて行き、俺は何か箱のようなものに入れられた。小さい頃に飼っていたハムスターのケージによく似ている。
「お母さんが元気になったら会えるからねー」
白衣の女の人は、俺に顔を近づけて優しい声でそう言ってから去って行った。
この部屋には俺の他にも赤ちゃんが数人いてその子たちはスヤスヤと眠っている。俺はというと眠れるはずがなかった。
だってそうだろ、何が起こってんのかまだ理解ができていない。とりあえず、転生だか入れ替わりだかわからないが、今の俺は赤ちゃんでしかも女の子だということだけがわかっている。それ以外は何にもわからない。この状態で眠れるわけがない。
あっすっごい眠い、すっごい眠い。赤ちゃんねっむ。即落ち二コマじゃんこれじゃあzzz
目を覚ますと、知らない女の人が俺の顔を覗き込んでいた。スーツ姿で、顔が少し疲れている。ただ、絶美(絶世の美人の略)。思わず心臓が高鳴ってしまった。いやでもこれじゃあ赤オネ、流石に罪深過ぎる。
「うわ、起こしちゃった。ごめんね」
いつの間にか俺が寝る前に居た部屋ではなくて、先程横たわっていた女の人、おそらく俺の母親と同じ部屋になっていた。
「いいのいいの、この子、産まれた時も泣かなくて検査も受けたんだけど特に異常はないんだって」
「心配だな」
「そうだね、でも泣いてないってことは少なくとも痛いとか苦しい、とかでは無いってことでしょ?」
母は弱々しいが、愛の籠った声で言ってから俺のことを見つめてから微笑んだ。
「愛梨、お疲れ様」
スーツ姿の女の人がそう言ってから、母親にキスをした。
これは百? 合?
「杏もありがとね、私の側にいてくれて」
「でもこっからは子育てだ、大変だ、私達、いいお母さんになれるかな」
確定しました、俺は百合ップルの子供として産まれて来ました。
思わず、「尊い」と言おうとしてしまったが、何とか止めることができた。新しい親に迷惑をかけるだろうし、これからは普通の子供の成長速度に合わせよう。
退院の手続きが終わったのか、俺は杏に抱っこされて車に乗ることになった。
車窓から街の様子を眺めていた俺は、病院では特になかった違和感に気がついた。
百合ップルとか浮かれてたから気が付かなかったけと、まだ男を一人も見てないな、産婦人科だし女の人ばっかなのは当たり前だと思っていたのだが、外に出てみても女の人ばっかりなのは変わらない。街行く人たちは大体女の人だ。
あっ、あれは男の人だな。第一男を発見。そこから車で十分程の目的地と思われる場所に着くまでに見た男の数は三十人程だった。
もしかしてこれって、あれか? 男女比が違う世界ってやつか?
これってだってあれでしょ? あの、男が少ないから取り合いになってモテモテみたいな世界なんでしょ? 女の子も積極的でさ…… でも俺今女子なんすよ、関係ないんす…… ん?
俺は今女子でこの世界には女子が多い。俺は百合になりたい。
これって百合になるチャンス? そうか、この世界はそうなんだな!俺は百合になるぞ!
思わず顔が綻んだ。
「見て見て愛梨、笑ってる」
「ホントだ、杏に抱っこされて嬉しいんだよ」
「百合香、ここがお家だよ」
俺が家というやつを目的地という言い方をしたのには理由がある。
最初はなんか馬鹿でかい建物の前に車が止まったなー、くらいに思ってたからなんか赤ちゃんとか幼児を預ける施設かなんかかと思っていたのだ。なんかプールとかテニスコートみたいなん見えるし……
これもしかしてとんでもない家なのではないだろうか。
杏がボタンを押すと、グギィというモーターの駆動開始音が聞こえて、物々しい鉄製の門が開き出した。前世の俺の身長の2.5倍くらいはありそうだから四メートル程。
広大な敷地があって、家自体に着いたのは、門から二、三分歩いた頃だった。
その家も二階建ての豪邸で、中に入った時に螺旋階段が見えた時は思わず吹き出してしまった。
そこから数ヶ月間、俺は何の情報も得ることができず、この家で過ごした。いや、それは少し嘘で愛梨と杏の百合ップルの仲の良さは知ることができた。これは「キマシタワー」の連続だったのだが、語ると多分3万文字位になりそうだからやめよう。あとR18もあったし……
そんな俺にチャンスが訪れた。
愛梨が俺におっぱいをあげながら眠ったのだ。ベッドの上の棚に、愛梨のスマホがある。これはチャンス。
頭が重すぎてバランスのとりにくい体を目一杯伸ばして、スマホを取って、パスワードを打ち込んだ。俺はずっとスマホを狙ってたからわかるパスワードは俺の誕生日だ。
まず調べるべきはこの世界の男女比。『世界 男女比』で調べると1対200と出てきて、この男女比はさらに大きくなっていくというのが専門家の見立てらしい。原因は遺伝子のうーたらこーたらと書いてあったが、理解する気などサラサラない。
続いて、『女性同士 出産』である。これは俺の前の世界と技術は変わっていなかった。ということは俺は杏と血が繋がっていないのだろうか。
「うっ、うーん」
愛梨が起きそうになったので、俺は検索履歴を消去してから目を閉じたのだが、眠れなかった。今日は即落ち2コマではない。心臓がどきどきしているのだ。
これで確定した。俺の百合ライフは想像してた、えーと1対200だから二百倍楽しみなものになったのだ。
そこから六年程が経って、俺は遂に小学校に入ることになった。小学校は別に私立のーとかではなくて、どこにでもあるような、ちゃんと体育館の床が一部禿げているような所だ。
当たり前だが、ここでは百合は絶対無理だ。あー、いや、あ、どうだ、無理だうん。現在、別にあの時俺が死んでから精神年齢が変わることはなかった。別に大した経験もした訳じゃないから当たり前なのだけど、あの、だからですね。小学生はストライクゾーンに入ってこないの。
いやー、上手くいかないね世の中ね、俺も肩グルングルンに回して小学校入って思ったもん、いや可愛いけどってそういうんじゃないのよって。
「ねぇ、百合香ちゃん」
などど少し黄昏ていたら、沙羅ちゃんが俺に声をかけてきた。
子供というのは育つのだ。いつか俺のストライクゾーンに入ってくる。だからこの時期から種を蒔いておいて損はない。
「どったの?」
「私は最近、年不相応に黄昏てる人間の邪魔をする遊びにハマってるから」
沙羅ちゃんは老成ていて、小学1年生とは思えない語彙力を保持している。よって、会話が成立する沙羅ちゃんが俺の唯一の友達である。
「百合香ちゃん、遊ぼ」
裕太が話しかけてきた。
こいつは友達ではない。俺の百合王国(俺が勝手に言ってるだけ)に入り込んだ蝿だ。この学年に一人だけいる男だ。俺は妙にこいつに懐かれている。おそらく、俺から同性の気楽さのようなものを感じ取っているのだろう。
「いや」
素っ気なく断ると、裕太が泣き出してしまった。我ながら大人気ない。
「だれ、裕太くん泣かせたの!」
由佳ちゃんが俺達の方に駆け寄ってきて、吠えた。
俺の勝手な予想ではあるが、由佳ちゃんのこの行動には少々の打算が含まれているのだと思う。産まれてから今まで、地道に情報を集めてわかったのだが、やはり男の配偶者を持つと、特権は無いが一目置かれるらしい。また、現在、やはり男は稀少であり、男の保護のために国から金が振り込まれ、精子の提供にも報酬が出るのでうまくくっつくことができれば一生安泰なのだ。
流石に由香里ちゃんがここまで考えてることは無いだろうが、親に何か吹き込まれている可能性は少なくない。
「いいんだ、由香里ちゃん、僕が悪い」
「もう、裕太くんが優しすぎるのが駄目なんだからね」
まだ今のところ、裕太はモテているとかはない。そもそもみんな誰が好きだの何だので茶をしばくような年齢ではないのだ。
ただ、もっと年がいって女の人になったらグイグイイケイケとのことである。そのせいか女性に苦手意識を持つ男も多かったりなんだりするらしい。まあ自分には関係のない話である。小学校高学年、5、6年生の男子がイケメンムーブをかましにかましてくるのを見たり、それにきゃあきゃあ言っている女子を見る度に溜め息が出る。
夕景は流れ、絵の具を使った後のバケツのような色の川辺を歩き帰路に、前世では不注意のせいでポックリ逝っているので慎重に足を進ませる。
「今日は疲れたね、沙羅ちゃん」
「この程度で疲れたなんて言ってたら、大人になんてなれないよ」
「沙羅ちゃんはさ、大人になりたいの?」
「そうだね、早く大人になりたい」
俺も大人になったことはないから、その良さというものはあまりわからない。ただ、大人と子供の違いなんて結局ないんじゃないだろうか。ロックとメタルの違いが正直よくわからないようなもんだ。俺たちみんな、名前をつけてわかった気になってその本質のことなんか見ていない。
「そう言えばさ、百合香ちゃんって春田財閥となんか関係あるの? 名字とかそうだし」
「あるよ」
「やっぱりそうなんだ、お家行ってみても良い?」
「いいよ、別にいつでも、なんなら今から来る?」
という訳で家に着いた。口をあんぐりと開けた沙羅ちゃんは、自動で開く門をぽやーっと見てから俺に手を引かれて家までの道を歩いた。
「ただいま」
「おかえり、お友達?」
丁度玄関の掃除をしていた愛梨が返事をしてくれた。
「うん、そう」
俺がそう言うと愛梨は顔を抑えて泣き出した。
「愛梨どうした」
「だって、百合香が友達を連れてくるなんて、一生ないだろうなって思ってたから」
屈むような体勢になった愛梨の背中をさすってやると、顔を俺の方に向けてから沙羅ちゃんの方に向けた。
「ねえ、百合香のお友達、お名前はなんて言うの?」
「椎木 沙羅です」
「百合香をよろしくねー」
愛梨お得意のあざとい笑みを顔に紗羅ちゃんは完堕ちした。