7・王太子誕生会
王太子ヴァイルの誕生会。会場である王宮の広間は国中から集められた美少女であふれかえっていて、もさもさ眼鏡っ娘のわたくしは完全に場違いだった。
さすがにドレスはまともなものを着ているけど、顔を半ば隠す前髪と眼鏡はいつもどおり。ふたつのおさげは後頭部にピンで固定して、少しだけおしゃれにしているけど形はいびつだし、ところどころほつれ髪が飛び出している。今さらぼさ髪にする必要はないだろうけど、念のため。
わたくしが冤罪をかけられたのが、たまたまだったのか、誰かに細工されたものだったか、わからないもの。もし後者ならその目的は、わたくしをヴァイルの婚約者の座から引きずり落とすことだったと思う。個人的に恨まれるほどの人付き合いはできていなかったから。
そう考えると、わたくしは美しい令嬢たちのライバルにはならないとアピールしておくことが大切なはず。
問題はヴァイルがわたくしにどう接するか。一応、誕生会中は『訓練』はやめてね、無闇に触れてこないでね、とは伝えたけれど、どうなることやら。
高らかにラッパが鳴り響く。女王陛下と王太子殿下の入場の合図だわ。
会場の隅からその様子を見る。ふたりとも神々しいほどの美しさ。だけどヴァイルは陛下から一定の距離をとり、目を向けることもない。
前回もこうだったのか思い出そうとしたけど、ダメだった。
良心がうずく。
あのころのわたくしは、婚約者に選ばれたからにはヴァイルと仲良くならなければと気負っていて、一生懸命に彼に会い、話しかけていた。良かれと思ってしていたけれど、彼にとっては苦痛だったのだ。
彼が事情を打ち明けてくれなかったことに不満はある。でも、そうできない心理があったわけで――。
女王陛下のお話が終わり、令嬢たちがひとりひとり前に出て挨拶をする時間になった。王宮への到着順で、前回とまるきり一緒みたい。
ヴァイルにはそばに控えてと言われているけど、さてどうしましょう。
と、ヴァイルが広間を見渡した。
「ロワイエ公爵令嬢チェリーナ、こちらへ」
朗々とした彼の声が響き渡った。
なんですって!
ものすごく目立つではないの!
バチリと彼と目が会う。ヴァイルはニコリとして、『こちらへ』と言ったにも関わらずに一直線にわたくしに向かってきた。
すっと手を差し出される。
「約束どおり、サポートを頼む」
「……はい」
仕方なしに手を重ね、彼のエスコートで玉座の前に出る。陛下がわたくしを睨んでいて、恐ろしすぎる。膝が震えてしまいそう。
だけれどヴァイルは母親に背を向けて、令嬢たちを見た。
「長らく隠してきたが、私は母上のせいで女性恐怖症だ」
それを打ち明けるの!
広間がざわめく。
「女性と対面すると冷や汗が流れ、鳥肌が立ち、呼吸がうまくできなくなる」
どよめきが大きくなる。
「唯一普通に接することができるのが、こちらのチェリーナ嬢だ。だから今回、婚約者選びのサポートをしてもらう」
「どういうこと」と、怒り顔の女王が玉座から立ち上がる。
ヴァイルはそれを無視して上着を脱ぐと、いつかのように袖をまくった。そうして二、三歩進み、母親に近づく。
離れたわたくしでも、よく見えた。
ヴァイルの腕に凄まじいほどの鳥肌が立っている。それを見た陛下の顔が青ざめた。
彼はすぐに戻ってきて、左手でわたくしの手を固く握りしめた。
「では令嬢がた、順に挨拶に来てくれ。最後に私と握手を。それで鳥肌が立たない相手を婚約者候補にする」
……なんてことかしら。
サラの件を鑑みると、彼が恐怖を感じない相手がいるとは考えられない。
一方でわたくしは、王太子が唯一安心できる令嬢と周知される。
ヴァイルは次々と令嬢の挨拶を受けているけど、誰も条件をクリアできない。王太子に手を握りしめられていて、時々笑顔で話しかけられるわたくしは、令嬢たちには嫉妬の目で睨まれ、陛下には静かな怒りを向けられている。
それにこのままいったら、ヴァイルはわたくしを婚約者にすると宣言するかもしれない。
そうしたらわたくしは、どうなるの? 冤罪を回避できる? 護衛に殺されるのは?
――不安のせいなのか、長らく嫉妬にさらされているせいなのか、気持ちが悪い。
ぼんやりと、殺されたときのことが脳裏に蘇る。
あれは婚約から半年ほど、王宮で年に一度の御前試合が行われた日だった。
試合は近衛兵を中心にトーナメント形式で剣でもって戦い、最優秀兵士を決める。優れた剣士であるヴァイルも出場した――
「チェリーナ?」ヴァイルの声が聞こえる。「顔色が悪い。大丈夫か?」
並んでいる令嬢を見る。残りは三人。あとこれだけなら、がんばれる。
「はい。問題ありません」
にこりと微笑む。けれど、ぐらりと体が揺れた。