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4・恋されているわ!

 わたくしは甘かったみたい。

 手を握った次の会合で、ヴァイルはわたくしのとなりにすわった。

 回を追うごとに距離はどんどん近くなり、許可をとらずにわたくしの手を握るようになった。彼がわたくしを見る目は熱を帯び、会話には甘い言葉が混ざっている。


 いくらわたくしが箱入りでもわかる。

 ヴァイルはわたくしに恋をしている!


 サラに相談をしたら、

「そうなると思っていました」としたり顔でうなずかれた。「だってチェリーナ様は、殿下が初めて普通に対応できた女性ですよ。一気に恋に進むに決まっているではありませんか」

「でも半分顔が隠れている、もさもさ眼鏡っ娘よ!」

「殿下はそれが良いのでしょうし、お嬢様のお人柄に触れたら誰だって好意を抱きますよ」

「だけれどヴァイル殿下よ!」


 以前はあんなにわたくしを避けていたのに――。




 街のカフェで並んでヴァイルと並んですわっている。向かい合わせがいいとお願いしたけれど、彼は切ない声で、

「遠い」

 とだけ言って、わたくしのとなりにすわった。

 さり気なく右手に手を重ねられている。

 そしてヴァイルは空いた手でわたくしのもさもさ三つ編みを、

「美しい」

 と感嘆しながら毛先を触り、眼鏡を

「驚異的な愛らしさだ」

 と褒めてガラスの縁をなぞる。


 完全に遊び人の振る舞いだと思うの!


 しかも困ったことに本人に自覚がない。

 サラはわたくしの素顔を見せれば一発撃退だと言うけれど、それで彼が余計に女性恐怖症になったら大変よね。


「殿下」手を彼の手の下から抜き取る。彼は左手がほんの少しだけ不自由らしくて、動きが鈍い。「そろそろこの訓練は不要ではありませんか。十分に女性に慣れましたでしょう?」

「まだまだ必要だ」ヴァイルはすがる子犬のような顔をする。「チェリーナ以外は、いまだ怖い」


 ええ。知っているわ。

 カフェの店員さんにだって、態度が固いもの。変装していてもヴァイルの美男オーラは漏れ出ているから、頻繁に女の子に声をかけられる。けれど、そんなときのヴァイルは完全に目が怯えている。わたくしがそばにいるときは、さり気なくしがみついてくるし。


 脱出したばかりの手を取られ、口元に持っていかれた。さすがに口づけられはしなかったけれど、ヴァイルはきっとそうしたいのだわ。わたくしの手を握りしめている自分の手にそうしているもの。


「チェリーナは大丈夫なのに、不思議だ」と切なそうな目でみつめられる。「俺はどうすればいい」

「ほかのお嬢様とも訓練をされるべきです。ちゃんとお顔が見えている、ね」

「それは怖いし時間がない」

 時間は、わたくしに会ってばかりいるからではないかしら。当初よりも会合の間隔は狭まっているし、時間は伸びている。


 カフェのガラス越しに外を見れば、控えている第一護衛が苛立たしげにしているもの。わたくしを殺した張本人だから大嫌いだけど、ヴァイルへの忠誠心は本物なのよね。主より三歳しか年上ではなくてまだ若いけれど、剣術武術とも最高レベルだとか。

 対女性の訓練についてはやぶさかでないものの、頻繁なお忍びは我慢ならないみたい。ヴァイルの身に万が一のことが起きたら、と心配らしい。


 と、護衛に街の治安管理をしている軍人が話しかけてきた。雰囲気が悪い。

「殿下、外をご覧になって」とヴァイルを促す。「不審者と疑われているのではありませんか?」

「そうだな」

「行ってあげてくださいな」

「仕方ない。あれでは目立つ。すまないが行ってくる」

 ヴァイルがわたくしの手を一度強く握ってから名残惜しそうに離し、外に向かった。


 ――さすがにまずい気がする。いくら女性が苦手だとしても、どのようなものか、どのように対応すべきかの教育は受けているでしょうに。それなのに、この振る舞い。

 次に会うときは、きっと手にキスをしてくる。

 訓練をやめるべき潮時なのだ。


 彼のあの態度は恋だけれど、でもそれは対応できる異性がわたくししかいないためのはず。ほかに話せる令嬢がいれば、そちらに興味が向くのではないかと思う。

 問題はそんな相手をどうやってみつけるか――。


「うわっ、すごいブス」

「これでカフェに来れるって、どんな神経をしているんだか」


 嘲るような口調が聞こえてきた。目を向けると、見覚えのあるふたりの青年がこちらを見ていた。わたくしの悪口だったみたい。


「お前、恥ずかしくないの」と、ひとりがわたくしに近づき、三つ編みを掴んだ。「ぼさぼさすぎ」

「やめてください」

「ここはお前みたいなみっともない人間が来るところじゃないんだ」ともうひとりも、わたくしの頭をこづく。周りは見ていないフリをしている。

 確かふたりとも、子爵家の次男だわ。殺される前、ヴァイルの婚約者だったころに会ったことがある。

 年はわたくしやヴァイルと同じくらいだけれど素行が悪くて、陛下が毛嫌いしていた。絶対に息子に近づけさせるなと、わたくしも厳命されていたもの。


「生意気に一番高いケーキを食べてやがる」

「貴様には似合わない」

 両脇にわたくしを挟むように立たれて、立ち上がろうにも椅子を動かせない。頭の上には腕を置かれ、だんだんと怖くなってきた。店内だからひどいことはされないだろうけれど、店員はオロオロしているだけだし、止まない侮言が恐ろしい。


 王妃教育で失礼な態度を取られた場合の対処は習ったけれど、こんな目に遭うケースは教わっていないもの。

 でも、ヴァイルもサラもここにはいないし、自分でなんとかしなければいけない。


「なんだよ、この眼鏡。見えているのか」とひとりが眼鏡のツルを掴んだ。

「やめてっ」

 慌てて眼鏡を押さえる。

「顔を見せろよ、ド――」

 青年の声が悲鳴に変わった。


 見ると憤怒の表情をしたヴァイルが両手で、ふたりの青年の手を捻りあげていた。

「ユーグ!」とヴァイルが第一護衛の名前を叫ぶ。「さっきの軍人を呼んで来い! 暴行の現行犯だ! 牢にぶちこめ!」


「待って! 騒ぎを起こしては――」

 ヴァイルはお忍びだ。公爵令嬢と密かに町で会っていたなんて知れ渡ったら、スキャンダルになってしまう。

「――そうだな。君の評判が傷つきかねない」と悔しそうな表情のヴァイル。


 え?

 わたくし?


 ヴァイルは青年を離し、

「失せろ!」

 と一喝した。彼らも敵わない相手と悟ったようで、そそくさと逃げて行く。

「ひとりにしてすまなかった」ヴァイルが泣きそうな顔になっている。「怖かっただろう?」

「……いえ。大丈夫です。わたくしたちも出ましょう。注目をされていますわ」

 ヴァイルはうなずくと、わたくしの手を優しく握った。


 あんなに憎んでいたはずのひとの手が、なぜだかとても安心できる。

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