3・ヴァイルの変化
ヴァイルの訓練は可愛らしいものだった。数日に一回、変装した彼と町のカフェでこっそり会う。向かい合わせにすわって、世間話。それだけ。
それでも彼にとっては意味のある訓練なのだそう。
ヴァイルは女性と目を合わせるのも、対面し続けるのも恐怖でしかないという。それを普段は精神力と王太子としてのプライドと、母親への恐怖で押さえこんで普通に振る舞っているらしい。
わたくしは彼のことをなにも知らなかったみたい。
注意深く観察していたら、気づけたかもしれない。半年も婚約していたし、陛下の命令で三日に一回は食事を共にしていたのだから。
結局わたくしもヴァイル同様に、相手のことを考えていない婚約者だったのだ。
殺される未来を回避できなかったらと考えると怖いけれど、多少は訓練に付き合ってあげてもいいかなと思う。
わたくしが彼の婚約者にならなければ、ほかの令嬢がなるのだもの。そのひとが不幸になるのを防ぐことになるかもしれない。
わたくしは、きっと大丈夫。魔女が力を込め直した、お母様の形見があるから。
「チェリーナ。お願いがある」
訓練が始まって三ヶ月ほどが過ぎたある日の別れ際。真剣な面持ちでヴァイルが頼んできた。
「なにかしら」
「手を握らせてくれないか。そろそろ普通に触れられる気がする」
わたくしの馬車の前で、そばにはサラがいる。彼女は不快そうに顔をしかめたけれど、王太子に意見できる立場ではないからか、黙っている。
「……ダメか?」
ヴァイルが捨てられた子犬のような目でわたくしを見つめる。
仕方ないわ。
「どうぞ」
わたくしは両手を差し出した。
恐る恐る、わたくしの手を両手で包み込むヴァイル。
「やった! 鳥肌が立たないぞ!」
すごく嬉しそう。
わたくしも、さすがにほっこりする。
「それはようございました」
「ああ、チェリーナのおかげだ!」
そう言われると悪い気はしない。かつてのヴァイルと違って、今のヴァイルはただの好青年だもの。
今のこの努力が、わたくしやほかの令嬢の不幸を遠ざけていると考えると、がんばろうという気にもなる。