19・大団円
約束を果たし終えて、すっかりいつもどおり、むしろ五割増しで溌剌としているヴァイル。長椅子に並んで座り、わたくしの手をずっと撫でている。
飽きないのかしら。
「挙式だが、予定日まで待てない。母上に来月でと頼もう」とニコニコのヴァイル。
一応、約一年後の建国記念日に内定している。縁起がいいからと言われていたけど、単純に陛下がわたくしとの結婚を渋っていたから、かなり先にしていたらしい。
早まるのは、わたくしも嬉しい。だけど――
「招待状が間に合わないのではないかしら」
それからわたくしの準備も。父が公爵家の名に恥じないウエディングドレスを作らせている。
「まあ、来月は難しいかもしれない。とにかく最速でだ。構わないか」
「ええ。最速には賛成だわ」
「魔女も招待しよう。恩人だ」
それを聞いて、ハッとした。
大切なことを忘れていた。
「ヴァイル、あなたの左手!」
包帯に巻かれた手を両手でそっと包み込む。
魔女のもとにあった前回の手は、願い事の成就により消えたという。そして現在の左手は――
「不具合は願い事の担保になっているからだそうなの。でも本来は前回の左手で、こちらは影響を受けているだけ。そして願い事自体は別の世界のものだから、ややこしいみたいで」
ヴァイルは微笑んだ。
「これは己の愚かさの証だ。気にしないでくれ」
「もうすべて終わったのよ。直せる可能性はあるのですって。包帯を外してもいいかしら」
許可を得て、巻き始めに手をかける。
「前回はどうしてケガをしたの?」
ヴァイルがため息をつく。
「第一護衛が犯人だと判明して問い詰めたとき、結果的に剣を交えることになってな。やられたんだ。あいつはエリートだったから、犯罪者として捕まるのが我慢ならなかったのだろう」
「そうだったのね」
包帯を外し終えた。
「……ちょっと恥ずかしいのだけど、魔女がそうしなさいと言ったのよ。願い事はわたくしの命に関することだから、と」
彼の左手を胸の上の素肌に当てる。
ヴァイルの顔が赤く色づく。わたくしも顔も胸も熱くて溶けてしまいそう。
ダメよ、集中して。魔女に教わった言葉は――
「『願いは成就し、死は退けられた。鼓動を感じよ。其の魔法は終了をした』」
ヴァイルの左手が僅かな時間だけ輝きに包まれ、すぐに元に戻った。手を離す。
「どうかしら」
彼は左手を眼の前に掲げると、ゆっくり動かした。
「すごい。普通に動く!」
「よかった!」
「チェリーナ、君はどこまで素晴らしいんだ!」
「わたくしではないわ。魔女よ」
「君が俺を許していなければ、この方法を試すことはなかった。ありがとうチェリーナ」
「わたくしこそ。生き返らせてくれてありがとう」
抱き寄せられ、キスをされる。口に、頬に、瞼にと場所を変えて何度も何度も。
「そ、そうだわ。魔女があなたを褒めていたの。普通は代償に体を切り落とすと知ると、諦めるのですって。でもあなたは躊躇わなかったって」
ヴァイルがキスをやめてわたくしを見る。悲しそうな目だった。
どれほど後悔をしたのかが、わかる。
それから彼は先ほどと同じ、わたくしの胸の上の辺りに触れた。にこりと笑う。
「では自分を褒めるとするか」
「ええ! 魔女は誇りに思いなさいとも言っていたわ」
「見た目の怪しさに比べて、いい魔女だ」
「そうね」
「正直なところ、ここではまったく鼓動がわからなかった」とヴァイルの指がわたくしの肌をなぞる。「もっと下ではないか?」
「知らないわ。不具合が治ったのだから問題はないと思うの」
「確認するのは夫婦になったとき、か」
「そうよ」
ヴァイルが手を離し、笑う。
「チェリーナは意外と大胆だ」
「それは魔女が……!」
「俺を好きだなんて変わり者だし、服装のセンスは酷いし、殺されかけているのに俺を助けようとするし――最高だな」
「また、もさもさ髪と眼鏡をする? あなたの好きなほうを装うわ」
「あれも可愛かったが、キスをしにくい」
ヴァイルの顔が近づく。
と、扉を叩く音がした。
「ちょっと長すぎやしませんか」と廊下から第二護衛の声がする。
チッと舌打ちをするヴァイル。
「俺は傷心から立ち直ったばかりなのに」
「あなただって、自分の手を切り落とすくらい大胆だし、もさもさ眼鏡っ娘姿を可愛いというセンスだし、なかなか面白いわ。こんな人だとは思わなかった。大好きよ」
素早くキスをする。ヴァイルから離れて座り直して、
「どうぞ、お入りになってくださいな」と第二護衛に声をかけた。
ガチャリと扉が音を立てる中、ヴァイルは愛おしそうな顔で、わたくしを見て笑っている。
今回は死ななくてよかったわ。彼には笑顔でいてもらいたいもの。
《おしまい》