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14・今回も冤罪

 式典が開かれる大広間に向かって、ヴァイルと廊下を進む。周りには彼の専属護衛と、わたくしについている近衛兵がいる。第一護衛はいない。

 先ほど受けた報告によると、彼は伯爵令嬢とは会っておらず行方不明のことも知らなかったとのこと。ヴァイルの『休憩』命令を受け、彼女を探しに行ったそう。


 これで、わたくしの安全は確保できたのかしら。


「気に食わないな」

 わたくしの右手をかたく握りしめたヴァイルが不機嫌な声を出した。

「気に障ることをしてしまったかしら」

「チェリーナではない。――いや、チェリーナか?」ヴァイルがわたくしを見る。「みなが君を見る。鬱陶しい。チェリーナは俺の最愛の人だ」

「まあ。顔をあらわにさせたのはヴァイルよ」

「キスをしにくかったからだ。普段は別に……」

 口を尖らせてもにょもにょと言いよどむ。


「この顔はキライ?」

「大好きだ!」と前のめりになるヴァイル。「――そうだな、チェリーナと俺だけの秘密だったのが、みなが知るところになったのが面白くない」

「まあ」

 子供みたいな言い分に、笑みがこぼれる。一年前にはわたくしに『近寄るな!』と叫んだというのに。あのヴァイルとこのヴァイルは別の人間なのだわ。


「だがいつまでも俺の我儘でチェリーナに不便をしいるわけにもいかないからな」

「あなたのためならこの程度、不便ではないわ」

「いや」とヴァイルの表情に真剣味が増す。「俺は自分のことだけを考えていては、いけないのだ」


 と、背後から駆けてくる複数の足音がした。

 立ち止まり振り返ると、強張った表情をした第一護衛と三人の近衛兵だった。明らかに、良くない知らせだわ。


「どうした」とヴァイル。

 さっと一礼をした近衛兵が、

「行方不明だった伯爵令嬢が遺体で発見されました」

 と答える。


 遺体!

 まさか、わたくしの代わりになったということ!?


 彼女は城内の一室で倒れていたという。後頭部に酷い怪我があり一面血の海だったとか。見つけたのは父親とふたりの近衛兵。


「それで」と近衛兵のひとりがやや怯んだ顔でわたくしを一瞥してから、手を差し出した。なにかを持っている。「令嬢が握っていたものです」

 ヴァイルがそれをつまみ上げる。

「ボタン……?」

「はい」と近衛兵。「ロワイエ公爵令嬢の付き人の服のものではないかと」

「サラ!?」


 驚いてボタンをよく見る。

「確かに今日の服の生地と同じように見えるけれど、サラは控室で待機しているわ」

 まさか! わたくしの代わりにサラが命を落とすの? 伯爵令嬢とふたりもが?

「令嬢とサラには接点もないわ!」

「ですが」と近衛兵が困ったような顔でヴァイルを見ている。「令嬢が殿下との婚約を諦めきれていなかったのは周知の事実です。それが原因ではないかと」


「誰がそんなことを言っている!」とヴァイル。

「伯爵です」

「わたくしもサラも、今日一日、彼女と話してはいないわ」


 第二護衛とわたくしについていた近衛兵がうなずく。けれど第二護衛が、

「ですがサラさんを見ていたのは殿下がチェリーナ様を連れて会場を出たところまでです」

 と言う。


「チェリーナ様は伯爵令嬢の振る舞いにかなりお怒りになっていたとか。付き人が名代(みょうだい)となり呼び出し、諭すはずがこのようなことになってしまったのではないかと考えられます」と近衛兵。


 ちょっと待って。わたくし彼女に腹を立てたことなんてないわ。むしろ、わたくしがもさもさ眼鏡っ娘の姿をとったせいでヴァイルの婚約者候補にされてしまって、申し訳なく思っていたし、ヴァイルもそれを知っている。


「彼女に迷惑していたのはチェリーナより俺だ」とヴァイルが眉を寄せる。「そんな根拠のない嘘八百でチェリーナに冤罪を着せようとしているのは、誰だ」

「その」と近衛は言いよどんだものの、すぐに「主張したのは伯爵ですが、女王陛下も可能性があるとご判断されました」

「母上か!」ヴァイルが忌々しげに言葉を吐き捨てる。「俺が自分の選んだ令嬢以外と婚約したのが気に食わないからといって、この仕打ちか!」


「ロワイエ公爵を敵に回しかねませんね」と第二護衛がつぶやく。


「申し訳ありませんが、このような経緯でロワイエ公爵令嬢は容疑者でございまして」と近衛兵。「控室にもいらっしゃらなかったようですし」

「ああ、俺とずっと共にいたからな。俺の護衛全員が証人だ」

「そうですか。ですが陛下より、私どもで確保してお連れするようにとのご命令です」


 近衛兵たちが前に進み出る。


「チェリーナに近寄るな!」

 ヴァイルが叫んでわたくしの前に出た。

「広間へ向かうところだ。俺が共に行く」

「ご命令です」と近衛兵。

「母上はチェリーナを精神的にいたぶりたいだけだ!」

「殿下、落ち着いてください。私がお連れします。それならば、よいでしょう?」

 と第一護衛が進み出た。


 待って!

 それだけは絶対にイヤよ!

 一番安心できないひとだもの!


「結構です。わたくしはヴァイル殿下と参ります」

「陛下の反感が深まりますよ」と近づく第一護衛。

「あなただけは嫌。良くない予感がするの」


 ヴァイルを見ると彼は『わかっている』とでも言うかのようにうなずいた。

「予感は大切にすべきだ。俺もこの一年、そうしてきた。行こう、チェリーナ。君と君の名誉を守らなければならない」


 ヴァイルを見つめる。


「不安か? 案ずるな」彼は優しく微笑んだ。「今度は、俺はチェリーナを守る」

「『今度』?」

 確かにそう聞こえた。ヴァイルも戸惑った表情になる。

「『今度』と言ったな、俺は。どうしてだ?」

「言葉の綾でしょう。ヴァイル。とても頼もしいわ」


 目に涙が浮かぶ。わたくしは嬉しいみたい。

 生き戻ったときは絶対に関わりたくないと思ったけれど、今は彼のとなりにいるとこに安心と幸せを感じている。


 ヴァイルがわたくしのこめかみにキスをした。

 行こうと(いざな)われる。


「ですがっ、容疑者なのですっ!!」

 歩き出しだわたくしたちの背後から、叫ぶ声がした。

 振り返ると第一護衛が強張った顔で震えている。


「お前の幼馴染だったな」とヴァイル。「気の毒なことをした。だがチェリーナは関係ない」


 息をのんだ。

 第一護衛の手が剣の柄を握っている。

「冷静になって!」


 わたくしが叫ぶのと、彼が剣を抜くのは同時だった。


「彼女の仇!」

 第一護衛が剣を構えて切りかかってくる。


 ヴァイルも巻き込んでしまう!


 わたくしは彼を突き飛ばそうとし、彼も恐らくそうしようとしたのだろう、ふたりで激しくぶつかってバランスを崩す。

 その勢いのままヴァイルはわたくしを抱えて廊下に倒れ込み、ゴロゴロと転がる。

 視界の端に入る、剣を大上段に構えた第一護衛、その後ろに迫るほかの護衛や近衛たち。


 ヴァイルがわたくしを突き飛ばし、かと思ったら低い姿勢のまま勢いよく第一護衛の足に体当たりをした。よろけた彼に、体勢を変えたヴァイルが足払いをかける。

 音を立てて床に倒れる彼に近衛たちが乗り上げる。


「チェリーナ!」叫んだヴァイルが床を這うかのように近づいてくる。「チェリーナ!」

「大丈夫、ケガもないわ」

 半身を起こしたわたくしをヴァイルがきつく抱きしめる。


 彼はカタカタと震えていた。


 わたくしも思いの限り、抱きしめ返す。

「助けてくれて、ありがとう」

 色々なパターンを想像してはいたけれど、ヴァイルが身を挺してわたくしをかばってくれるとは考えたことがなかった。

「あなたになにも起こらなくて、本当によかったわ……」


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