12・ヴァイルの勝利
会場は前回と同じつくりで、陛下の席が高い壇上にあり、それから一段下がった両脇に王族の席が並んでいる。
試合に参加するヴァイルは出入りがしやすいように別区画に席があり、そこに座るのは彼とわたくしだけ。入れるのはとサラ、彼の護衛、飲み物を運んでくる侍従。前回ヴァイルは、あまりここに戻ってこなかなった。わたくしと一緒にいたくなかったからだと思う。
それでも最初のころは座っていた。下剤が入った飲み物があったのは、このころのはず。けれど今回は対策済みよ。
お父様の助けがあっても手がかりはまったく掴めなかったから、強硬手段を取った。
『御前試合当日、ライバルを減らすために飲食物に下剤を盛ろうと企んでいる人間がいる』との怪文書をあちこちに送ったの。これですべての管理と監視は厳しくなった。前回の犯人はやりにくくなったでしょう。
あとは、わたくしが不審な動きをする者がいないかに注意を払えばいいのだけど……。今回はヴァイルを応援したいから、両立が難しい。ただ前回と違って、サラを連れて来られたから、不審者探索は彼女に協力してもらうことにした。
ヴァイルは左手のハンデをものともせずに、順当に勝ち上がっていく。試合以外は席に戻り、不安を押し隠した笑顔でわたくしの手を握っている。わたくしは時おり彼の左手を揉んで、少しでも動きがよくなるように願う。
今年が最後の出場になるのなら、準決勝敗退なんて未来は覆してほしいもの。
怪文書の効果か、毒見役がいるからか、今のところは誰もお腹を壊していないし、棄権もない。このまま無事に終わればいい。
とはいえ前回の犯人がほかの細工をするかもしれないから、気は抜けない。
そう用心していたけれど何事も起こらないまま、ヴァイルは準決勝に進んだ。相手は前回と同じ。
わたくしは彼の左手に願いを込めてキスをして、第二護衛たちがわたくしたちのブースから、大声援を送った。それらの効果があったのか、ヴァイルは接戦の末に勝利した。
更に決勝戦も、長時間の激闘を制してヴァイルが勝った。どう見ても彼のほうが押されていたのに。
審判が彼の名前を優勝者として高らかに宣すると、ヴァイルは対戦相手に一礼してから、わたくしの席へ駆けてきた。地面に膝をつき、左手を胸に当てる。
「この勝利をチェリーナに捧げる!」珍しく高揚した表情のヴァイルが叫ぶ。「君の伴侶として、騎士として、盾として、すべての災いから君を守ると誓おう!」
ヴァイル!
以前のあなたは、わたくしを嫌ったというのに。
様々な感情が渦巻き、言葉が出ない。
わたくしはうなずいて立ち上がる。
「チェリーナ」とヴァイル。「誓いとして、君にキスをしたい。――目を見て」
サラがわたくしの前髪をピンで止めて眼鏡を外した。まだ『いい』と言っていないのに!
もちろん、それ以外の返事なんてないけれど!
壇を降りようとしたら、それよりも早くヴァイルが立ち上がり、下から手を伸ばしてきた。頭を引き寄せられ唇が重なる。
初めてのキスは……
途中からはあまり覚えていない。
歓声の中、ヴァイルに横抱きにされて会場をあとにしたことは、うっすら記憶にある。見上げる彼の顔は、不思議な表情をしていた。