11・わたくしが殺された日
あっという間に数ヶ月が過ぎて、一年に一度の御前試合の日がやってきた。
前回わたくしが糾弾されたのは試合終了後、優勝者を讃える式典が開かれるまでの間でのことだった。場所はわたくしの控室前の廊下で、わたくし、ヴァイル、彼の護衛たちしかいなかった。
今回、万が一同じ事件が起ころうとも、ヴァイルはわたくしを疑うことはないと信じている。けれども、そもそも一服盛られないことが重要なのよ。
下剤を仕込めるということは、命を落とすような毒をも盛れるということだもの。
わたくしは自分と彼の両方の命を守らなければならない。
お父様を拝み倒して調査してもらったけれど、ヴァイル周囲や宮廷の使用人に怪しい人物は見つからなかった。
わたくしは不安でいっぱいなのだけど、ヴァイルもそんな顔をしていた。
試合開始前、サロンでわたくしを出迎えてくれた彼はぎこちない笑顔で、わたくしの手を取りキスをした。
お返しにわたくしも彼の左手にキスをする。手はだいぶ悪くなっていて、握力も弱くなってしまった。試合で優勝を狙えるのは、今回が最後かもしれないらしい。
だからヴァイルの不安はそのため。そう思ったのだけど――。
彼はわたくしの手を改めて握りしめ、
「出会った日に俺が話したことを覚えているか」と尋ねた。
「女性恐怖症のことかしら」
「違う。それを克服しないと誰かを死なせてしまう気がする、という話だ」
思わず息をのんだ。すっかり忘れていた。
「そうね、話していたわ」
「あの予感がひどくするんだ」とヴァイル。「今日が鍵だ。たぶん」
わたくしも彼の手を握り直した。
「大丈夫よ。わたくしがあなたの厄を払う。とても素晴らしいお守りを持っているもの」
お母様の形見を、今日だけは服の上につけている。昨日のうちに鎖を新しいものに替えて、切れる心配もない。魔女がこの効力は絶対だと言っていたもの。
「だといいのだが。チェリーナの母上が夢枕に立ったのも関係があるのではないかと思うのだ。君を失いそうで、怖い」
ヴァイルは怯えた目をしている。
一年前、わたくしに『近寄るな』と叫んだヴァイル。あのときとは大違いだわ。
「わたくしにはヴァイルがついているもの」
「だが俺は試合に出る。だから」と彼は目で控えていた第三護衛を示した。「今日一日、彼をチェリーナにつける」
「すでにいるけれど……」とわたくしも、後ろにいる近衛兵を見る。
前回と異なり今回は、わたくしに常に護衛がつけられている。王宮にいるときは近衛兵が、それ以外は父が雇っている騎士が。ヴァイルが心配してくれてのことだ。
「近衛を信用していないわけじゃない」とヴァイル。「だが俺が一番安心できるのは、俺の専属護衛なんだ。だから今日はふたりでだ」
ヴァイルは護衛の第一と第二は試合に出るから、と付け足し、第三護衛はわたくしの後ろに移動した。
ヴァイルがわたくしの手にキスをする。
「煩わしいだろうが我慢してほしい」
その反対だわ。ふたりもわたくしを監視するひとがいれば、してもいないことで冤罪を着せられることはないもの。
「心強いわ」
ヴァイルの表情が和らぐ。繰り返される手へのキス。
婚約して五ヶ月になるけれど、彼はそれ以上のことはしてこない。なぜだかはわからない。でも女性恐怖症のせいかもしれないから、黙って待っている。……ちょっと待ちすぎな気持ちではあるけれど。