1・殺されたはずが
「犯人はお前だな、チェリーナ!」
婚約者であるヴァイルが叫んだ。
「わたくしはなにも知りませんわ。濡れ衣もいいところ」
「いくら俺がお前を愛さないからといって、これは犯罪だぞ!」
「暗殺未遂と言っていいレベルです! 捕縛します!」
と、王太子付きの第一護衛たちが言って、剣を抜いて私に向けた。ほかの護衛たちもあとに続く。
ひどい。わたくしは本当に無関係なのに、ヴァイルも護衛たちも信じない。無力感に襲われる。
「……わたくしだって好きで婚約した訳ではないのに、殿下は常にわたくしを嫌い遠ざけ、挙げ句にこの仕打ちですの。もう、疲れましたわ」
ヴァイルに向かって歩く。
「近づくな!」
「お願いですから女王陛下に――」
「近づくな!」
ヴァイルが悲鳴のような叫び声を上げたとき、第一護衛が飛び出てきた。その剣が胸に突き立てられる。
「え……?」
護衛越しに、目を限界まで見開いたヴァイルが見える。
わたくし、刺されたの?
胸が焼けるように熱い。
死ぬのかしら。やってもいない罪を着せられて。
ヴァイルなんかの婚約者に選ばれてしまったせいで。
こんなことなら、好かれる努力なんてしなければよかった――。
◇◇
「お嬢様、本当にこのお姿で過ごすのですか」
メイドのサラが不安そうに訊く。
「ええ、もちろんよ」
姿見に映るのは、長い前髪と瓶底のように厚い眼鏡で顔の半分が見えず、ぼさぼさした不格好な三つ編みを両耳の下から垂らし、見たこともないほどに野暮ったい服を着た娘――つまりわたくし。
どういう訳なのか、護衛騎士に刺されたわたくしは死ななかった。というか一年ほど過去に戻ったみたい。わたくしはまだ十七歳で、ヴァイルと婚約もしていない。
きっと神様が気の毒に思って、生き直すチャンスをくれたのね。
だからわたくし、全力で婚約を回避するの!
どうすればいいのかは、わかっている。選ばれた理由はわたくしの顔だから。
婚約を決めたのはヴァイルの母親であらせられる女王陛下だ。彼女は息子の二十歳の誕生会に国中の美しい娘を招待して、その中で一番の美貌を持つ者として、わたくしをお選びになった。
陛下は大変にお美しい。四十に届く年齢だけれど、今でも間違いなく国一番だと思う。ヴァイルも母親によく似た絶世の美男で、だから妃も容姿重視なのだそう。
それならば、わたくしが美しくなくなればヴァイルの婚約者に選ばれることはないはず!
と言っても、顔を傷つけるのはイヤだから、もさもさ眼鏡っ娘に変身をすることにした。
幸い今のわたくしは社交界デビューも人付き合いもしていない。幼少期から体が弱くて屋敷に籠もっていたから機会がなかった。十七歳を超えたあたりでようやく人並みの体になったけれど、このような事情があったから、外見については世間に知られていないと思うの。
都にいる間はこのもさもさ眼鏡っ娘の姿で過ごして、来月末のお母様の十年目の命日の礼拝を終えたら、領地に引っ越す。そうすればきっと、ヴァイルとの婚約を回避できるわ。
お父様には夢枕に立ったお母様が、この姿にならないとわたくしが冤罪をかけられ、ロワイエ公爵家は取り潰されると教えてくれたと伝えてある。信じたかはわからない。けれど元々わたくしに興味がない人だから、なんとかなったみたい。
不安そうなサラに、
「お母様が夢で、こうしないとわたくしに不幸が訪れ、殺されてしまうと教えてくれたの」
と、言い訳をすると、母を慕っていた彼女は、『奥様がおっしゃるなら』と納得してくれた。
「そうだ」とサラが手を打つ。「町に願いを叶えてくれる魔女がいて、そのお守りの効力は絶大らしいですよ」
「魔女……」
「はい。まあ、通称でしょう。魔女なんて、おとぎ話の中だけの存在ですからね」
そういえば殺される少し前にも、この話をサラから聞いたわ。ヴァイルのことでかなり精神が参っていたから、心配してくれたのよね。あのときは聞き流してしまったけれど。
「ただ、とても値段が高いうえに、気に入った人からしか依頼を受けないそうで」とサラが言う。
「……とりあえず行ってみるわ」
できる対策はしておくに越したことはないもの。