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コサージュの渡し方

 マイペースすぎて申し訳ないです…読みに来てくださってありがとうございます!!




コサージュを完成させた次の日の朝、アメリアはいつもより早くに目覚めてしまった。

するとドアから控えめなノックが聞こえる。侍女のマーサだ。




「おはようございます。昨夜はよく眠れましたでしょうか?」




「ええ…あのね、実は……昨晩コサージュが出来上がったのだけれど」




「まあ!お疲れ様でございます!私はお嬢様がお悩みになりすぎて倒れないか、心配でたまりませんでした」




マーサは、くるぶしまであるスカートのメイド服を着て、胸に手を当て眉を下げている。

いつも赤毛をフィッシュボーンで一つに編んでいる彼女は、アメリア付きの侍女であり、21歳の男爵令嬢だ。

女性の中では少し背の高いアメリアとも背丈が似ていて、ファッションはもちろんあらゆる相談に乗ってくれる。

なので、マーサはアメリアにとって3歳上のお姉ちゃんのような存在だ。




「もう、マーサったら大袈裟よ。でもあなたに相談していなければそうなったかもしれないわ」




「本当に!美しいむらさきの瞳が睡眠不足で赤くなっているのを見た時は、生きた心地がしませんでした…でもお嬢様の目標が達成されてよかったです…」




「心配をかけたわね。ありがとうマアサ」




「とんでもございません。本当にお疲れ様でございました…ご朝食の前に軽く髪をまとめますか?」




「ありがとう。お願いするわ。…あのねマアサ」




「どうかなさいましたか?」




マーサが手早く支度を進めながら、フィッシュボーンを揺らして心配そうにアメリアの表情を窺っている。

その顔を見たアメリアは笑みをこぼす。この優しい侍女にあまり心労をかけてはいけない。

嫁入り修行としてコーンウェル公爵家へきているマーサは、初めて会った6年前から、誠実で優しく、そしてアメリアを心から大切にしてくれる。

家族のような存在なのだ。


だからこそアメリアも、弱音を吐くことができた。

例えば、お父様には相談しづらいような…例えば女性特有の悩みや、恋の悩みについても。

アメリアが友人以外で自分の心の内側を話すことのできる貴重な相手が、マーサだった。




「実は、差し上げる自信がないの…どんなふうに渡したらいいのかもわからないし…」




「ああ、お嬢様。殿下があなた様からのプレゼントを喜ばないはずがございません。もし渡すタイミングがわからないのでしたら…そうですね……『マリア・レティの日』にお渡しするのはいかがです?あと2週間ほどですし、1ヶ月後の豊穣祭にも間に合いますね!」




「へっ?!ま、マリア・レティの日は……す、好きな人に贈り物をする日じゃない……今までお菓子やなんかを差し上げたことはあるけれど、手作りの、しかもフェリクス様に……」




「何も問題はないはずでございます。もしも、フェリクス様のことがお好きなのであれば」




「すっ……?!」




アメリアの顔がみるみるうちに赤くなったのを見て、妹を愛しむようにマーサは微笑んだ。

普段は冷静でパーフェクトなこの女の子は、自分の気持ちを自覚しているのに、フィアンセの想いをどうにも汲みきれないらしい。

どう見てもアメリアにベタ惚れなのだが。

この自己肯定感の低さの理由に、アメリアの幼少期が思いあたって、マーサは苦虫を噛んだような気持ちになる。


主のまっすぐな菫色の髪をとかしながら、過去に戻れないことがマーサは心の底からもどかしかった。

しかし、もう幼い頃の彼女を笑顔にすることはできなくても、いま目の前にいるアメリアに「あなたは愛されるべき存在だ」と「みんなあなたが大好きだ」という事実を伝えて、彼女の背中を押したい、けれど。




「アメリアお嬢様。フェリクス殿下のお気持ちを代弁することはマーサにはできません。不敬だとかそんな理由ではなく、お嬢様が、ご自身でそれを受け取ってほしいと思うからです」




「マアサ……」




「そのために、コサージュとマリア・レティの日を役立てるというだけでございます。その日に贈り物をしたり、コサージュを届けることが目的なのではありません。ですからお嬢様、気負われる必要はございません。マリア・レティの日は、そのついでなのですから」




「…わかったわ。そうよね。きちんと向き合わなくてはいけないのよ。たとえ当たって砕けても」




前向きになったように見えたアメリアの、ナイーブな気配を感じたマーサは大いに慌てた。

普段しっかりしすぎて落ち込み慣れないアメリアは深く沈むと再び浮上するまで時間がかかる。

それで「マリア・レティの日を逃した」なんてことになれば、今度こそ渡せないかもしれない。

それはまずい。この一世一代のチャンスを失ってしまう。


実は、去年のマリア・レティの日までにアメリアがフェリクスにプレゼントしてきたのは、お菓子や紅茶など消え物ばかりだった。

重いと思われたくない…とか、お返しで気を使わせたくない…と言いながら、本当はあげたい刺繍のハンカチやネクタイを、毎年クローゼットに全部しまっている。

それが、今年は彼のリクエストがあったから踏み切れたのだ。

これはまさしく千載一遇のチャンス。

主の心に立ちはだかるハードルを、マーサはさらに下げてみることにした。




「お嬢様。殿下はきっと、アメリア様から直接プレゼントなさるのが一番お喜びになります。会えるだけでもうれしいでしょうから。けれどお嬢様もお忙しい御身です。お手紙をつけて、郵送なさるのはいかがですか?」




「でもマーサ、フェリクス様の方がお忙しいのに、それでは印象がよくないわ…」




「とんでもございません。むしろ時間だけで言えば、会う予定を作っていただくよりも早いはずです。それにお嬢様、男性は焦らされたらそれだけ強く相手に焦がれてくれるものなのですよ。」




「それは…小説でも読んだことがあるけれど、本当に?」




「もちろんでございます。」




断言してみたものの、マーサだって恋愛小説で読んだだけだ。

好きな人がいてもわざと焦らすような態度をとったことはない。

だが、会って渡すのを郵送にしたくらいで「焦らす」なんてもったいぶったことにはならないだろう。

そもそもあのフェリクスが、どんな形であれアメリアからのプレゼントを喜ばないはずがない。


フェリクス第三王子の侍従であるカインはカリエール伯爵家の27歳。

マーサの兄の同級生で、兄と仲が良いため休日よく家に来るのだが、お互いがそれぞれの主の恋路を心配しており、可能な範囲で情報交換することがあるのだ。

これまでアメリアが贈ってきた飲み物や食べ物だって「アメリアが自分のために選んでくれたと思うともったいなくて手をつけられない」と嘆いていたらしい。


「そのままにしておく方がよっぽどですよ」とカインが諭すと、少しずつ大事そうに口に運びはじめたそうだ。

レディメイドのお菓子でその有様なのに、今回はアメリアが作ったオーダーメイドのコサージュなのだから、大喜びに決まっている。

だからこそ今一番大切なのは、まずはアメリアが「それならできるかもしれない」と心から思えることだろう。




「お嬢様……差し出がましいことを言ってしまったかもしれません。余計にお困りなら」




「……そうじゃないのよ。郵送、しようかなと思い始めたの」




「…んんっ。それがよろしいかと思います。便箋はいつものセットで?」




「ええ、……待ってマーサ、今書けというのではないわよね?」




「お嬢様、覚悟が鈍らないうちに一思いでいってしまいましょう」




「いやだって、心の準備が」




「はいどうぞ。マーサがついておりますから大丈夫ですよ。」




「…時間がないでしょう。もうすぐ朝食の時間だもの」




「それもご安心ください。お嬢様は今日いつもより2時間も早く起床なさっておりますので、あと1時間は余裕があります」




アメリアは今にも先ほどの言葉を撤回したそうにしているが、有無を言わせぬ笑みを浮かべたマーサに、羽根ペンを渡されてしまう。

いつの間にか目の前のテーブルに広げられたレターセットは、トレーに乗せられている。

もし、やっぱり書斎で書きたい、なんて言われた時にいつでも運びやすいようにだろう。


もう何を言っても逃げられそうにないと悟ったアメリアは、とうとう下書き用の紙を一枚とった。

いつも手紙を書く際には使わないが、毎回ドキドキしすぎて筆が狂うため、フェリクスへの手紙を書く際は用意している。

深く息を吸い込んで、アメリアは長く息をついた。


やっと筆を動かし始めた、かわいい妹で友人のような主人に、マーサはまた一つほっと息をついたのだった。











すぐ次話更新します。

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