【閑話】白薔薇のはじまり③
引き続き閑話です。
ロゼッタとシルビナの顔は真っ白で、かわいそうなくらい固まっている。
教室から優雅にあらわれた令嬢は、少し垂れ目で美しい褐色の瞳を、まるで驚きに満ちたようにぱっちりと開きアメリア達を見ている。
明るいオレンジのゆるやかなロングヘアを揺らし、たっぷりとしたリップから高めで愛嬌たっぷりの声をかける。
「あらあ?きれいな方がこんなにお集まりになって。王都にできたかわいいカフェのお話をされているの?」
「ごきげんよう。バートレット嬢」
突如現れたこのご令嬢は、ティリオーネ・バートレット。
ケルディアール王国の三大公爵家「バートレット」の生まれだ。
アメリアの「コーンウェル」とユーリの「クラプトン」が政治姿勢を同じくしているのに対し、この家は少しとっている立場が異なるため支持されている母体が異なる。
そのため家同士の交流も付かず離れずだったが、ティリオーネは子供の頃からやたらとアメリアを気に入っていて、互いに呼び捨てで呼び合うことを提案されたほどだ。
それは丁重にお断りしたが。
「ごきげんよう。あらまあ、相変わらずお美しいわ。アメリアはわたくしの友人とも仲が良かったのね」
「ティリオーネ嬢と3人でお過ごしとは知らず、お引き止めしてしまいましたわ」
「いいのよ。わたくしは今来たところですもの。ロゼッタ、みんなで何のお話をしていたの?」
「…えっと、それは」
ティリオーネが来たことでうやむやになりそうだった話題が、またしても気配を出し始める。
それを感じたロゼッタとシルビナの緊張感が伝わり、再び重い空気が戻ってきた。
話しかけられている本人以外が答えるのはマナーが良くないが、本人が口が開けないなら仕方ない。
アメリアが代わりに返事をする。
「お二人が、ティリオーネ様とレイラのポエムに同じ言葉が含まれていると心配されていたそうなのです。しかしそれも杞憂だとわかって、今は談笑していたのです。そうですよね?お二人とも」
問いかけられるとは思わなかったロゼッタとシルビナはビクッと震えはしたが、返事はしない。
しかし、先ほどアメリアに痛いところを突かれるシルビナを見ていたロゼッタは、そのアメリアに微笑みかけられると、恐る恐るうなずいて質問を肯定した。
「…あら、どうしてそんなことを聞いたの?同じ言葉がひとつ入っているだけで?アメリアはどう思うかしら」
「お二人の作品は、形式も違えば、描くシチュエーションも違います。単語ひとつが被っていても、私はどちらの作品もオリジナルだと思っております。」
「で、でもティリオーネさま……」
それでも食い下がろうとするシルビナに、ティリオーネがゆっくりと振り返った。
こちらからは顔の見えない角度で表情はわからないが、首を傾げたティリオーネの顔を見た直後、シルビナは口を閉じる。
この話は終わりだと判断したアメリアは、別の話に方向転換する。
「そういえば本題ですが、もうすぐお誕生日がくるそうで?ぜひその時は『私にも』お祝いさせてくださいね」
「……まあまあ!なんて嬉しいのかしら!そういうことだったのね」
ルンルンと笑顔で訳知り顔を向けるティリオーネに対し、他は呆気に取られている。
アメリアは”本題”とまで置いて、間近にせまるティリオーネの誕生日について言及した。
それによって「ポエムの話もしたけれど、本題は、ティリオーネのバースデーサプライズの相談だったということにしたのだ。
それに気づいた3人は、アメリアに感謝しながら、一抹の怖さも覚えていた。
アメリアにも、ティリオーネがこの話を信じているのかは判別できなかったが、いまはこの場がおさまればいいので、押し切ることにする。
それを知ってか知らずか、ティリオーネは友人達に機嫌よく呼びかけた。
「あらシルビナ、そんな目をするのはおよしなさい。ロゼッタも、そうならそうと言ってくれたら良かったのに。でも二人ともありがとう。
私のことを思ってしてくれた事なのでしょう?」
ニコニコと無邪気に話しているティリオーネの表情は、とても嬉しそうな笑顔。
しかしなぜか最後の方だけ、声のトーンがほんの少しだけ、気をつけなければわからない程度に下がった。
「もちろんですわ…ティリオーネさま…」
「私たち、あの……少しでも喜んでいただきたくて」
「知っているわ。わたしの美しい友人たち。大好きよ」
渡り廊下が異様な雰囲気に包まれる。
この恐怖のような、執着のように見えるものはなんだろうか。
レイラを一瞥すると、身を守るように自分の腕をつかんで抱きしめていた。
私だけでなく彼女にとっても、なかなかインパクトのある友人関係に見えるらしい。
その様子から、レイラは先ほど傷付きながらも必死に戦ったばかりだということを再確認する。
これ以上ここで彼女に負担をかけさせてはいけない。
もうそろそろ引き上げなければと判断したアメリアだったが、先ほどのオーラが嘘のように消えたティリオーネから問いかけられる。
「アメリア嬢、ずっと気になっていたのだけれど、そちらの可愛らしいレディはどなた?」
「レイラ・ベルヘット男爵令嬢です。私のクラスメイトですわ」
「ベルヘット男爵令嬢といえば、あのポエムを書いた方ね?」
得体の知れないものに対する恐怖で体をこわばらせながらも、どうにか礼儀をとってお辞儀をしたレイラに追い討ちがかけられた。
ピシリと音が出そうなほど固まったレイラの、ティリオーネを見る目がどんどん怒りに染まっていく。
まずいと思ったアメリアは、憤るレイラの口が開くよりも先に言葉を挟んだ。
「ティリオーネ嬢、あれは……」
「ええ?素敵な詩だったわ」
レイラはそういわれて一瞬きょとんとしたが、すぐ何かに気づき、訝しげな面持ちでティリオーネを睨む。
「あのポエムは決して…!」
「お父様のことは、お気の毒だけれど…きっと涙を拭きに帰ってきてくれるような、優しい方なのね」
ティリオーネに先ほどまで向けていた険のある顔つきが、みるみる解けていく。
そしてその数秒後に一粒だけ、レイラの目から大きな雫がぽろりとこぼれ落ちた。
そこを認めてくれるなら、レイラはもういいと思ったのだ。
その言葉が本心でもそうでなくても。
「……そっ、そうです。あれは、っラベンダーをうたったポエムじゃないっ……」
「うん?なにか気に障ることを言ってしまった?ごめんなさいね」
「ティリオーネ嬢、実はレイラはあまり体調が良くないのです。申し訳ないけれどこのあたりでそろそろ…」
「それは大変!気づかずにごめんなさいね。私たちは中庭に行こうかしら?ピクニックしながら昼食をとるのって楽しいのよ。アメリア嬢はいかが?」
「お誘い嬉しいですわ。でもまた別の日に。彼女と一緒にいてあげたいので」
「そう……ではまたこんどね?」
ティリオーネたち3人がいなくなった後、周りを見渡すとちらほら生徒が周りにいることに気づいた。
昼休みでみんな食堂に向かう途中なのだろう。
そういえばアメリアも、サラたちと一緒に食堂へ向かっているところだったのだ。
彼女たちのところに戻らないといけないと、とレイラに説明しようとしたその時。
レイラが突然ガバッと頭を下げた。
直角ではないかというほど深く腰を折っている。
ぎょっとしたアメリアが急いで体を起こさせようとするが、びくともしない。
すると下の方から「ズビッ」と音がした。アメリアが察して自分のハンカチを差し出そうとすると、今まで上がらなかったレイラの上体が急に起き上がり、その顔を目撃したアメリアはさらにぎょっとした。
「アベディアさばあああ!!」
「……お願いだからこれを使って……ああ、そんなに擦ったら赤くなってしまうわ」
「ありがどうございまじだ…ずびっ……かっこよかったです……」
「?ああティリオーネ嬢かしら。たしかに彼女は、美しいだけでなく公爵令嬢としても」
「ちがいますう、アメリアさまです!!!まるで、白薔薇のようで!!!!」
アメリアを含む、レイラの叫びが聞こえた者たちはみな、唖然として固まった。
あまりの大声に近くの木から鳥が飛び立つ。
アメリアはいつも通りのポーカーフェイスだが、近くにいた生徒たちはこちらを見ながら目を見開いて固まっている。
「…どうなさったの、ベルヘット嬢」
「レイラとお呼びください!!」
「……レイラ、大きい声を出してどうなさったの?」
「ほとんど知らない私をかばうために身を挺してくれた、あなたの振る舞いに令嬢として…いえ、人として感動しました!その気概も、あなたの凛とした美しさも、わたし、白薔薇のようだと思ったのです!!!」
「えっと……ありがとう?でも、そんな大層なことはしていないし、周りにすごく人が集まってきているから…」
「ちょっと、ジュリアンヌ。何の騒ぎかと思えば私たちの友人のようね」
急に大きい声を出された衝撃が抜けないまま、今言われたことも理解できず、アメリアの頭はフリーズしていた。
そこにサラとジュリアンヌが呆れ顔で、でも少しおかしそうに笑いながら歩いてきた。
「まったく…この短時間でトラブルに巻き込まれるなんて、才能ではなくって?しかも、わたくしの耳が正しければ『白薔薇』なんてニックネームをつけられたのかしら?」
「おっしゃるとおりです!白薔薇のアメリア様とお呼びさせていただきたくて!!」
「しっ……?!」
「はあ…まあ美しいうえに『深い尊敬』や『あこがれ』という花言葉もありますから、悪い意味ではないのでしょうね」
「まさしく!ピンチから表情一つ変えずにお救いくださって……その慈悲深さとお優しさに、尊敬の念を抑えられません!!」
あまりにも熱烈な叫びは、近くにいた生徒だけでなく食堂にまで響き渡り、噂となって学園全体に広まった。
また現場を実際に目撃した生徒に加え、もともとアメリアに憧れる令嬢や令息は多く、その存在に後押しされ、伝播するスピードがさらに上がる。
その日から白薔薇と称えられるようになったが、アメリアとしては忘れて欲しい黒歴史だ。
しかし、レイラになんの悪気もないことも知っているため、発端を責めることができず、それが事実としてそのまま伝わっている。
そして、面と向かって呼称されてもアメリアはレディの微笑みを一つも崩さないため、だれも本人が悩んでいるとは気がつかない。
そして、完全にアメリアに心酔したレイラは彼女に懐くようになった。
ジュリアンヌとサラが友人を慕う子を嫌うわけもなく、すぐに打ち解け、4人は親友となったのだ。
閑話はここまでです。次回は本編に続きます!