【閑話】白薔薇のはじまり②
アメリアは本作ヒロインですが、今だけヒーローになります。
突然姿を現したアメリアに驚いたのか、それだけではないかもしれないが、先輩方は声もかけられない。
そんな中レイラは、心からの疑問を顔に浮かべてアメリアへ問いかける。
「アメリア嬢、どうしてこちらに?」
「声がしたので気になりまして。来てみたらベルヘット嬢、あなたの姿が見えたの。そうしたらなんだか『不思議』なお話をしているみたいだったから、差し出がましくも出てきてしまったわ」
「……あらコーンウェル公爵令嬢、このような場所でご尊顔を拝見できるとは、大変光栄ですわ。」
「本当ですわね。かの有名な三大公爵家のご令嬢がお越しくださるなんて。」
アメリアから視線をよこされた先輩女子生徒は、はじめこそ殊勝な態度を見せていたが、さすが。
後輩をこんなところに呼び出していびるだけの事はある。
すぐに気を取り直したようにアメリアの方に顔を向け、形だけ敬意の嫌味をぶつけてきた。
彼女らの本意を汲み取るかぎり、おそらく
『立ち聞きした上こんなところまで出てくるなんて浅ましい』
『たまたま公爵家に生まれただけの令嬢が偉そうに。暇人ね』
と言いたいのである。
これはこれは、ありがたい。
このくらいの方が良心の呵責が必要ない分、こちらも存分にやりがいがあるというものである。
実は私あまりいい性格でもないのよ?と内心で微笑みながら、アメリアは平然と話し出す。
「こちらこそお二人にお会いできて光栄です。ごきごんよう、シルビナ・サーバンクレイ伯爵令嬢。お母上はお元気かしら?」
「? ええ。元気にしておりますけれど」
「それはよかったです。以前の夜会でお会いした時に、サーバンクレイ領の特産であるワインのお話で盛り上がったのですが、あまりに美味しかったので私の父に推薦しようかと思っていますの。また機会があれば、お母上にご教授いただきたいわ」
シルビナは笑顔を保ちつつ、グッと喉を締める。
実はいま、サーバンクレイ領は領民がだんだんと減り、経営が落ち込んでいる。
そしてこのサーバンクレイ領の収益のうち、およそ4割を名産のワインが占める。
その穴埋めのために、それとなく夜会で貴族諸侯たちに営業をかけていた。
ワイン好きで知られるコーンウェル公爵にも話しかけたが、すでに得意先があると断られた。
それをみかねて、娘のアメリアが母の営業トークに耳を傾けてくれた。
その一部始終をシルビナは目の前にしていたし、アメリアもシルビナが付き添っているのを見ている。
それなのに、まるでシルビナが何も知らないかのように説明をした。
「サーバンクレイ領の特産であるワイン」などと付け加えながら。
「ご挨拶が遅れてごめんなさい。ロゼッタ・カトルーシュ伯爵令嬢。それで、先ほどは何のお話をされていたのですか?」
「……お聞き及びのとおりですよ。彼女がティリオーネ様のポエムを盗作したのです」
「ではお伺いしますが、お二人はティリオーネ嬢とベルヘット嬢の作品はお読みになったということですね」
「…はい、もちろん」
シルビナは先ほど
「親について回るだけで貢献しないシルビナでも、受注を無に期す事はできるのだから、言動には気をつけなさい」
とアメリアから言外に牽制された。
シルビナは、アメリアからの警告に対して苛立ちをおさえるので精一杯だ。
それを横目にロゼリアは、自分はいったい何を言われるのかと若干おびえている。
「でしたら、ティリオーネ嬢の作品にどのような感想をお持ちでいらっしゃいますか?」
「それはもうすばらしかったわ。豊かに咲き誇るラベンダーの美しさをうたっておられましたの。芳しくも爽やかなあの香りを胸いっぱいに吸い込むような」
「そうよ。まるで目の前に広がる一面のラベンダー畑が目に飛び込むようで、うっとりしてしまいます」
「なるほど。ではレイラ嬢の作品の内容もそれと酷似している点があると」
「そうよ………たしかラベンダーが光ってどうのとか」
「違うわよ。ラベンダーを抱きしめていたわよね」
やはり。シルビナもロゼッタも、ティリオーネ嬢のものは読んだが、他はきちんと読んでいないのだ。
しかも、それはきっと興味があったわけではなく、付き従う相手への褒め言葉を考えるために読んだくらいの状況なのではないか。
もしポエムや芸術に興味がある人なら、もっと作品や作者に対するリスペクトがあるはずだ。
二人とも見た目は美しいのに、美しいものを「見る目」がないのだ。
アメリアはもったいないことと嘆きつつ、だとしたらその程度でどうしてあんなに怒っていたのか気になり始めた。
横にいるレイラを見ると、怒りを通り越して唖然としている。
「恐れ入ります。先輩方はベルヘット嬢のポエムについて、あまり内容がお分かりではないようですね」
「そんなことはっ!今は少しぼんやりしているだけですわ。でも、ラベンダーが入っていたのは覚えているもの!!」
「そ、そうよ。ティリオーネ様の作品が印象に残っているから、他のものを思い出しづらいのかもしれないわね。」
レイラはまだ茫然自失している。
私はこんな人たちに一生懸命、時間を使って説明していたのか…という顔だ。
もし他の令嬢ならば「単語がひとつ被っているから盗作しただろう」なんて呼び出しには応じない。
作品を見れば理屈がおかしいことは歴然だし、そんなことを言う人はおそらく作品を”読んでいない”からだ。
それでも、正義感の強いレイラは、身の潔白を証明するために行ったのだろう。
ベルヘット領民から慕われたレイラの親は、領民たちを守るべき存在であり、仲間だと教えるため、幼い頃からレイラを身分に拘らず平等に遊ばせていた。
令嬢だからと、ひいきしない。
わるいことはわるい、いいことはいい。
平民街のふれあいで価値観を学んだレイラは学園に入ってからもそのまま生きてきた。
爵位を笠にいばる者や、卑怯な者に立ち向かい、その姿勢は学園でも変わっていない。
アメリアはレイラの価値観は理解しているし、共感もしている。
本来、弱きを守り、強きを挫く精神は尊い。
一方で、彼女はむやみに自らトラブルに突っ込んでいく傾向があり、そのせいでまわりに引かれている感じも否めない。
しかしアメリアも、今こうして首を突っ込んでいる自分も人のことは言えないと、内心苦笑する。
「勘違いさせていたらごめんなさい。なにも、お二人を責めているのではないのですよ」
アメリアがそう言えば、先輩たちの硬い姿勢はすこしだけ和らぎ、今度はレイラがバッとこっちを振り向く。
そんな目で見ないでほしい。
視界の端で捉えているだけでもこわい。
「ただ、その程度の把握で彼女を糾弾するとなると、れっきとしたご令嬢であるお二人の振る舞いとして、どのように見られてしまうでしょうか?」
「それは……」
「………」
「私は、おかしいと思うのです。立派なレディとして評判のみなさまが、このようなアバウトな情報で、責めるために人を呼び出されるなんて」
名指しされた二人は返す言葉がないのか、アメリアを見つめるだけで何も言わない。
さすがに令嬢としての矜持か立ち姿勢は崩さないが、何かに怯えるように黙りこくってしまっている。
これは限りなく図星に思えるが……確信するにはまだ早いだろう。
アメリアは最後のひと押しをする。
「もしかして、誰かに言われたのではありませんか?たとえば…」
そこまでアメリアが話した瞬間、ロゼッタとシルビナの背中側にある空き教室から、一人の令嬢がゆったりと現れた。