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破れたエンボス






「まさか…紺金糸こんきんしか?

アメリアの髪飾りと同じだ」



この青いなにかは、紺金糸を使って作られているようだった。

ちょうど、豊穣祭の夜会でアメリアがつけていた髪飾りはこの素材からできていたのを、フェリクスは鮮明に覚えている。


染めずとも深い青をしていて、より合わせた時の光沢はシルクにも勝るほどツヤがある。

人気だが素材が希少なうえ、高い技術力が必要なためケルディアール王国でも限られた者しか生産できないのだ。


妙に胸騒ぎがした。

そんな彼の様子を見たユーリが、胸焼けしたような、少々げんなりした空気を滲ませていても、フェリクスはまったく気にする様子はない。


「即座にコーンウェル嬢が浮かぶのが君らしい……でも実際、この間の夜会で見た彼女は美しすぎて、むしろ目に毒だった」



「ああ。男どもの目を潰して回ろうかと思った」



「……すでに全員の目が眩しさで焼けていたから、その必要はないよ」



ユーリが身震いしながら答える。

二人が話しているアメリアとは、フェリクスの婚約者の公爵令嬢だ。


彼女の実家であるコーンウェル家も、クラプトン家に並ぶ3大公爵家のうちの一つ。

そして、ケルディアール王国の中では、王族を除いた爵位のうち最も上位なのがこの公爵家だ。


その国内貴族トップであり、王の忠臣でもある公爵家と、継承権を持たない王族たちが婚姻するのが、王国の政治基盤を支えるための習わしだ。


ただユーリからすれば、この第三王子はそんな習慣がなくともアメリアを選んだのではないかと思えるほど、凄まじくデレデレなのだった。


今もまさに現実から離れて彼女のことを考えはじめた親友にユーリは苦笑し、そそくさと自身のパイプを探しはじめた。


一方フェリクスは、冷える空の下で豊穣祭の日のことを思い出していた。











秋の空に広がる透き通ったオレンジを、杜若色が追いかけるように染めて行く。


ケルディアール王国の一大イベントである豊穣祭が、今年も王城で開催される。

その会場にアメリアをエスコートするため、夕焼けを背負ってフェリクスはコーンウェル公爵家へと向かっていた。


実はフェリクスは「豊穣祭でおそろいを身につけると恋が叶う」という”おまじない”にあやかりたかったが、さすがに自分がそんな提案をしたら引かれるかもしれないと思い、渋々あきらめた。


だが、公爵家に到着したフェリクスは、案内されたエントランスでその決断を激しく後悔することになる。


まだ遠く離れているにも関わらず、アメリアの姿を捉えた瞬間、どんなまじないや占いに縋ってでも、この女性(ひと)を手に入れるには足りないと思ったのだ。


フェリクスは半ば茫然と、大きな螺旋のステップを下りようとするアメリアを目で追った。


上品なドレープがデザインされた群青色のドレスと、沈みきる直前の夕暮れをまとうアメリアが、優美に足を運んでいく。

エントランスを見下ろすように嵌め込まれたステンドグラスから夕日が差し込み、色とりどりのスポットライトとなって、優しくアメリアに降り注いでいた。


輝くような笑顔で近づいてくるアメリアが眩しく、フェリクスは微かに視線が揺れるのを抑えられなかった。



「お待たせして申し訳ありません。フェリクス殿下」


「…美しいな。ブルーローズのように」



そう言われたアメリアは、驚いたように頬を染める。

フェリクスは、美しくもそんな表情をするアメリアが反則的にかわいくて、抱きしめそうになるのを悶えながら我慢した。


それも束の間、アメリアは何かに気づいたようにピシッと固まる。

フェリクスには、アメリアが自分のジャケットの胸元を見たように見えた。


しかし、思い違いかと思われるほど一瞬で、その翳りは消える。あけすけな褒め方が不快だったのかもしれないと、フェリクスは内心で反省した。



「すまない。気に障っただろうか?」



「いえ、その、照れてしまい……本当に嬉しいです。ありがとうございます」



そう言ってアメリアは微笑んでいた。

側から見ればいつも通りの笑顔だったが、その時ばかりはなぜか儚く、心許ないようにフェリクスには見えた。











いつの間にかそばへと戻ってきていたユーリが、フェリクスの顔を覗き込む。

憐れむような目で見られていて若干腹が立つフェリクスだが、そんなことよりも考えるべきことがあったので、表情がうるさい友人は放っておくことにした。



「すごい顔してたけど…黒歴史でも思い出したのかい?」



「黒歴史ではない」



「……まさか、アメリア嬢の反応をまだ引きずってる?いつも仏頂面のフェリクスに突然ベタ褒めされたら、誰だって驚くだろう」



「誰でも褒めたりはしない」



「そうじゃなくてね…」



珍しくストレートな褒め言葉だったかもしれないが、アメリアがあまりにも美しくて、気づいたら心のままに賛えていた。

とはいえ、やはり重かっただろうか。


フェリクスが思い出して少々へこんでいると、うつむいた視線の先に、白くて小さいものが見えた。

コサージュらしき何かが落ちていた場所の近くには、ベリニアという植物が垣根になっており、そのベリニアの葉や茎に何かがたくさん張り付いているのだ。


気になったフェリクスは、おもむろにしゃがんで手を伸ばした。

しかし、それを見たユーリが焦ったように止める。



「これはベリニアだよ。樹液に触ったらひどくかぶれる」



「わかっている」



ベリニアは茎や葉を樹液で覆っていて、その樹液は接着剤の原料にもなる。

そのベタつきに素手で触ると、かぶれてなかなか痒みが止まらないのだが、フェリクスはそれを厭わずしゃがみ込み、中でも大きな端くれを一つ拾う。


それは紙の破片だった。

いつもなら、ただ紙屑が落ちているだけでここまで気にするほど神経質ではないが、どうしてか今は無性に気になる。


何かを探すように見つめ始めて数秒、フェリクスがはっと息を呑んだ。



「これは…」



「どうした?」



ユーリが覗き込むと、ほんの少し青みがかった白い紙には細かいエンボス加工が施されており、小花柄の押し模様になっている。

裏返すとそこには文字のような、滲んだインクのような痕跡があるように見えた。



「手紙…なのかな?破ってしまったようだけど」



「おそらくそうだな。しかも」



フェリクスは、ベリニアに張りついてしまった破片を、慎重に取っていく。

それは自分の手を心配して慎重になったのではなく、ちぎれた紙の破片を思ってのことだった。


ひとつひとつ丁寧に拾い集めながら、だんだんとフェリクスの表情が暗くなっていく。

目だけで説明を求めるユーリに対し、まだ断言はできないと前置きしてフェリクスが言う。



「……アメリアが愛用している便箋のデザインに似ている」



「え!?じゃあこれって」



「まだわからない。ただ、もしそれが事実なら」



破った人間を必ず見つけて自分の罪を後悔させなければ。

そう言いながら手をベリニアの樹液と土だらけにしている友人を見て、ユーリは額を押さえて空を仰いだ。







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