颯爽登場! あの、それ……、チートじゃないっすよね?
『hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh』
hはヘルプの頭文字である。
我ながら無様な救援コールだ。
どうせなら最後まで自分の、なけなしの矜持を保ってこのゲームを去るべきだったかも知れないと、すぐに後悔の念が押し寄せてきた。
どうせ誰もいないのに……。
これだけモンスターが溢れているワールドなのだ。
この街以外だって同じ状況に違いない。
『どこ?』
救援コールを打ってから、それはほんの数秒あとだった。
既に諦めの境地にあった俺の目に、別の誰かが入力した全チャ文字が映り込んだ。
いた。いたんだ。
信じられない思いのまま、俺は急いで文字をタイプする。
『ウィンダリアのギルド』
「…………」
画面を見つめながら返事をじっと待つ。
そして、全体チャットを通じて返事を返してきたキャラの名前を心の中で反芻した。
「……ユズキシ……」
嘘である。
普通に、リアルに口に出して呟いていた。
ユズキシ……、柚季氏……か?
まさかな、と思う。
このチャットの主が赤根柚季だなんて、そんな出来過ぎたこと……。
だが、考えてみれば、そうであることは必然のようにも思えた。
何しろ、俺はこのメタリボをやればアカネに会えるかもしれない、というスケベな下心でゲームを始めたのだから。
言葉は悪いが、ネットストーカーのようなものだ。
自分から探しに来ておいて、何故ここに!? と驚くのはチャンチャラおかしい。
そうこうする間に『ベルセルク』の効果時間が切れた。
自キャラの剣を振るモーションが遅くなって、再びジリジリとHPが減り始める。
『回復ポットもうない』『死にそう』『当方ナイト職』
必死で全チャを連打する。
無様過ぎる。これが往時のメタリボなら、他のプレイヤー連中から総スカンを食らっていただろう。
晒し板に名が残る。
『今向かってる』
その端的な応答に、文字列に、不思議なほど勇気付けられた。
そして、そのこちらへ駆け付けようとしている『ユズキシ』が、あのアカネかも知れないという変な期待感によって、救援を待つ身でありながら、この場から逃げ出したいような思いにも駆られていた。
しかし、向かっている、とは言っても、どこから向かってくるのだろうか。
別の街からテレポートで飛んで来たとしても、ポップ地点は俺がこのワールドで初めて死んだ街の中央付近のはずだ。ゴブリンだらけの……。
あそこからこのギルドまでは結構あるぞ?
そんなことを思いながら、救援に来られたときに既に死んでいたらさらに格好が付かないぞと変なプライドが首をもたげる。
ポチリとショートカットキーを押す。
『シールドバッシュ』。
思い付きで打ったスキルが功を奏した。
それを食らった敵は吹っ飛ばない代わりにしばらく硬直したのだ。
その間、攻撃がやむ。
よし。こんな副次効果があったとは……。
けど、打つ相手はトロールじゃなくてゴブリンに方だな。
俺はリキャストが終わる度、右のセルのゴブリンに『シールドバッシュ』を使い、それ以外の時間は上のセルにいる柔らかいトロールの方を殴るという動作を続けた。
自分でもかなり耐えた方だと思う。
最後の回復ポットも使い、なけなしの全快エリクサー3個も使い果たしたとき、ギルドの入口に『ユズキシ』が現れた。
女性グラフィックのナイトキャラだった。
柚季の騎士だから、『ユズキシ』なのか? などとくだらないことを思う。
だとすると大分残念なネーミングセンスだが、青木だから『ブルーウッド』と名付けた俺が言えた義理ではないか……。
そんなことを考えている間に、トロールのたまり場となっているギルドに殴り込んできた『ユズキシ』は、驚くべき勢いで画面内の敵を片付け始めた。
同じナイト職のはずなのだが、俺が見たこともないスキルを使っていた。
もしや俺がメタリボをやめていた期間中に実装された新スキルなのだろうか。
スキルを使う度、『ユズキシ』の前方3×3の敵が、ガコっと削れて空間が広がる。
通常攻撃の殲滅力もエグい。
俺の『ブルーウッド』がスキルも交えた上で一体倒すのに10秒以上かかるトロールを、『ユズキシ』は僅か四、五振りのモーションで倒してしまう。
ギルドの入口から、ずっと動かずにいる動きにも手慣れた雰囲気が感じられた。
自分のキャラを使い、唯一の入口を塞ぐことによって外のゴブリンが入って来ることを防いでいるのだ。
ギルドの部屋いっぱいに埋まっていたトロールは、あれよあれよという間に殲滅されていく、俺の方に向かってきていたトロールとゴブリンも『ユズキシ』の方に向かっていき、俺はギリギリのところで命を取り留めた。
いや、単に自キャラの経験値をロストせずに済んだというだけの話なのだが。
俺の気持ちとしては、そんな程度ではとても足らない。まさに窮地を救われたヒロインのような気持ち。
人為らざる英雄か、神を仰ぐような気持ちでその女ナイトの動きに見入っていた。