押し寄せる敵、尽きかける回復、だが俺には最後の切り札があった
開幕、『地獄炎舞』で周囲8セルの敵を焼き払う。
流石、俺が手塩を掛けてレベルカンストまで育てたキャラ。頼もしい高火力だ。
空いたセルに敵が詰めてくる前に移動して次は『雷槍』。
今度は前方3セルのゴブリンが消えた。
その間も自分のHPは減り続けている。
前進前進。
いや、今のでセルは三つ空いたが、自分が1セル進む間に敵も詰めてくるので結局進めるのは1セル分でしかなかった。
とにかく敵の数が多過ぎる。
画面中を埋め尽くす敵なんて、俺が遊んでいた頃には、下水道のネズミ大量発生イベントでしか見たことがない。
街の中に、アサシン階級ゴブが大量発生しているなんて、当時のプレイヤーであれば絶対にクソゲー認定して大量のGMコールが飛び交っていたことだろう。
『シールドバッシュ』……は、駄目だ。
周囲のセルが空いていないので吹っ飛ばせない。
俺は自キャラに自動で通常攻撃をさせつつイベントリを開き、『防御上昇+最大HP上昇』の効果のあるスクロールを使用した。
ポットを飲み、とりあえずHPは全快。
削られるスピードも大分落ちたが、安心していられる状況ではなかった。
手持ちの回復ポットには限りがあるし、スクロールの効果時間だってすぐに切れるだろう。
それまでに倉庫にアクセスできる冒険者ギルドにたどり着かなければ。
手持ちのアイテムを使い切ってしまったら、今度こそ間違いなく詰みだった。
火力は……、まあいいか。
『器用さ上昇』スクロールを追加で使用すると、HPゲージが削れる速度がさらに減り、通常攻撃で敵に与えるダメージ量も増えた。
やはり、相手が器用さの高いアサシン階級だから、結構こちらの攻撃が空振っていたらしい。
微量だが、攻撃の度にHPが回復する効果も確認できた。
だが、それでも敵の攻撃で減る量の方が圧倒的に多い。
この場所……、八方向を全て敵に囲まれている今の状況では絶対に耐えられない。
俺はスキル使用のクールダウン時間が終わる都度スキルを繰り出し、まるで地面を掘り進むようにしてゴブリンの群れを掻き分けていった。
神殿を出た先にもゴブリンの群れは続いていた。
こんなギュウギュウ詰めでこいつらは一体、この世界で何をしているんだ?
そんなシュールな妄想が頭を過ぎる。
本来であれば久しぶりに見る街の景観に懐かしさを憶えるはずであるが、あいにくと画面いっぱいにひしめくゴブリンのせいで背景のグラフィックもほとんど見えない。
ギリギリそれと分かるギルドの屋根を目指して近付いていき、その扉をくぐる。
と、そこで俺は絶望した。
ギルドの中にいたのはゴブリンではなくトロールの群れだったのだ。
ギルドにトロール寿司詰めとか! どんだけデカい建物なんだよ!
心の中でツッコミを入れる。
それに、現実問題として、これまで相手にしていたアサシン階級ゴブリンよりも明らかに格上の障害だった。
どうする? 戻るか?
一瞬迷ったが、考えるまでもないことだった。
戻ったところで詰むだけだ。
なんとしてもこのトロールを掻き分けて奥にある宝箱にタッチしなければ。
ギルドの入口から宝箱までおよそ10セル。
だが、その10セルが果てしなく遠かった。
トロールはHPが高く、自動回復も付いているので一体倒すにも相当時間を使うのだ。
『攻撃力上昇』スクロールはギルドに入ってすぐに使用した。
これ以上の殲滅力上昇は見込めない。
「痛ってーな、コイツ」
背後からは外からついてきているアサシン階級ゴブが殴り続けてきていて、そいつがたまに繰り出すスキルが結構な確率でHPを大きく削るのだった。
かと言って、ゴブリンを狙って攻撃しても、その後ろからはまた別のゴブリンが詰めてくるのだから、そちらは放っておいてトロールの方を攻撃して前に進み続けるしかなかった。
とにかく前へ。前へ。
ギルドの壁沿いに進むと、敵から殴られる向きが八方向から五方向に減るので、必ずしも最短ではないが、L字に進んで宝箱のセルを目指そうと、まずは部屋の角を目指す。
被ダメは減ったが回復ポットは既に尽きようとしていた。
ギルドに入ってからたったの6セル。
それでようやく角までたどり着いたが残りの回復ポットは1個。
あとは定期イベントで配られていた『ランチボックス』という食べ物アイテム。
イベントリにあるそれの効果を読んで、そのアイテムに継続的にHPが微量に回復する効果も付いていたことに気付く。
くそっ、これ最初に使うべきだったな。
しかし、どう考えてもここからあと6セル───宝箱までの距離を残りの回復アイテムだけでしのげる気がしなかった。
ここで死んだら次は回復ポットなしの状態から。
……それはどう考えても無理だろ。
『鉄壁』を使用。移動できなくなる変わりに、防御力が大幅に上昇するスキルだ。
続けて『ベルセルク』発動。リキャストタイムが丸一日必要なスキルだが、一時的に攻撃速度が跳ね上がる。
その状態でギルドの角に陣取り、柔らかいトロールを通常攻撃で殴り続けると、被ダメを『慙愧の剣+8』の効果による自動回復が上回ってHPゲージが回復し始めた。
「…………」
俺はキーボードから手を放し、両手で口を覆って軽く息を吹き掛けた。
かつてメタリボにのめり込んでいた俺の学生時代……、多くのプレイヤーから蔑みの目で見られ、自分もそういった行為をするプレイヤーのことを内心で小バカにしていた、とある行動がある……。
自分は絶対に、どんなに困っても、あんな恥ずかしい真似はすまいと……。
ゲーム内では全て自己責任なのだ。仮に不相応な狩場に挑んでしまったのだとしたら、潔く諦めて死ぬべきなのだと……。
そう強く信じていた自分のポリシーにも関わる禁忌を、俺は七年越しに破ろうとしていた。
キーボードに刻まれた一文字に目を止め、俺は必死にそれを連打する。
エンターキーを叩くと、ワールド全体に響く全体チャットのログに、その文字は高らかに解き放たれた。
『hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh』