かつて流行ったネトゲの衰退の歴史を知る
数あるサーバーの中で、俺が遊んでいたサーバーがたまたま過疎で壊滅していただけ。
俺が最初に考えたその目算は途方もなく間違っていた。
その後しらみつぶしにログインしていったサーバーのいずれにおいても、復活ポイントの状況は全く同じだった。
五回死に、六回死に……、七回死んだところで、デスペナの蓄積に耐えきれなくなった俺は一旦クライアントを落とした。
そして、かつて自分がよく覗いていたメタリボの攻略サイトや交流掲示板を覗きに行く。
その多くは既にサイトが存在しなかったり、更新が遥か昔に途絶えていたりして何の情報も得られなかった。
そしてどうにか数年前の掲示板の過去ログを保管した場所を見つけ、そこに残された最新の書き込みを読み解き、状況を理解していく。
そこには、次々と敵NPCによって蹂躙されていく各サーバーのプレイヤーによる断末魔のような書き込みが残されたいた。
抵抗しようにもプレイヤー人口が少な過ぎて、モンスターの増殖に追い付かなくなっているようだった。
《何だ面白そうなことになってんな。俺も混ぜろよ》
ときどきフラリと立ち寄った復帰組が、敵NPCとの攻防を面白がって参戦してくるが、結局はずっと変わり映えのしない作業を延々と続けることに飽きてしまい、長くても数カ月程度で離脱していく様子が、テキストだけのログの中に映し出されていた。
《ありません。投了です。本当にありがとうございました》
《クソお世話になりました》
《もう、ゴールしてもいいよね?》
《流石に、飽きたな》
《gg》
……。
《もう、ほとんど人おらん。これ読んで興味持った人いたら、***サーバー行ってあげて》
その書き込みの日付は三年前だった。
俺はもう一度メタリボのクライアントを立ち上げ、そのサーバー名を探した。
あった。
皆が飽きて去って行ったのは大体三年前だ。
ログを読んだ雰囲気では、今なお続けている者などいないように思われたが、もともとこういうゲームは意地と惰性で続けていくものだ。
それに、アカネが忙しいからという理由で飲み会に出て来なくなったのは一昨年からという話だった。
微かな期待を抱きながらワールドが表示されるのを待つ。
ぬっ。駄目だ。やはりモンスターだらけだ。
画面中に表示される敵の群れを見て心が挫けそうになる。
だが、前回までとは違う点があることにも同時に気が付いていた。
HPの削れるスピードが遅い。
自キャラを囲む敵の種類が違うのだ。
他のワールドを埋め尽くしていたナイト階級ミノではなく、今画面を埋め尽くしていたのはゴブリンだった。
俺は焦りながらもスキルを発動し、隣接するゴブリンの一体に攻撃を始めた。
画面の中の自キャラが見慣れた攻撃モーションを繰り出す。
コマ数を数えられるくらいのチープなモーションだが、久しぶりに見たその動きに、エフェクトに、効果音に、心が躍った。
おおっ、削った。
ゴブリンの一体が倒れ、開いたマスにまた別のゴブリンが詰めて隣接してきた。
範囲だ。範囲スキル! いや、それよりHPがヤバイ。
ポット、回復ポットはどうやって使うんだっけ?
どんなふうにショートカットキーを割り振ったのかまでは憶えていなかった。
慌てている間にタコ殴りにされた俺は……、俺の自キャラは、HPを削り切られて死亡した。
これで何度目だ? 八回目?
このゲームに熱中していた時期であれば、ほとんど発狂しそうなくらいの経験値ロスだった。
「クソゲー過ぎんだろ……」
静かな自室にポツリと響いたその呟きとは裏腹に、俺は為す術なく死ぬしかなかった他のサーバーとは違う確かな手応えに心を燃え上がらせていた。
自キャラの死体に群がる敵キャラを観察する。
ゴブリンの中でも最強ランクのモブ───アサシン階級ゴブではあったが、他のサーバーにいたミノタウロスよりは全然マシだった。
最後までプレイヤーが抵抗を続けていたサーバーだから、その分だけ敵側の勢力が強化されきっていない、ということだろうか?
俺は自キャラを死亡させておいたままコンフィグ画面を開いて、色々な操作ボタンを確認する。
瞬殺されるほどの火力に囲まれた状態では回復ポットで粘る意味はなかったが、ここならまだ頑張ってみる気になった。
皆が諦めて去った不毛の地に、何らかの旗印を刺してやれないだろうか、という悪だくみに似たロマン。
それが全く無意味な行いであることを、二十七にもなった、いい大人の俺ははっきりと自覚していたが、時に男とは、こんなバカバカしいものにこそ執念を燃やすものなのだ。
所持しているポットの残量と使えそうなスキルを確認する。
頼みの綱は『慙愧の剣+8』に付いた敵への与ダメの割合でHPが回復するライフドレイン効果だった。
スキル使用時の与ダメには適用されないが、通常攻撃で殴って回復するHPの量が、敵からの被ダメを上回れば生き残ることができる。
俺はレイドボス狩りの準備をしたままログアウトしていた七年前の自分に感謝しながら復活ボタンをクリックした。