まさかのラブコメ展開!? ジャンルはローファンだったよな?
激しい閃光───
道端で中腰になってPCを操作する俺の、すぐ目の前に光の柱が立った。
神々しい、神秘的な光……、をイメージしたのだが、眩しさに慣れ始めた目でよく観察すると、その光の柱が発する飛沫のドットがやたらと粗い。
ゲーム内の召喚エフェクトを無理矢理現実世界に引き延ばしたものであろうから、それも当然なのだが……、そんなことを考えられたのは、全てが終わった後のことだ。
この時の俺はただ呆然と見つめるほかはなかった。
眩い光の中、漆黒に彩られた中二装備をまとった俺の自キャラ───ブルーウッドの後ろ姿を。
これも後になって考えれば、思わずそのときの自分の正気を疑うことであったが、俺は眼の前に現れたその非現実的な存在に対し、間違いなく自分の守り神であり分身であるという確信を抱いていた。
一瞬の迷いもなく、そういうものだと、俺の錆び付いていた中二心が息を吹き返したのだ。
その向こうにいるCGオークがこちらに気付き、向かってくる素振りを見せたときにも、俺は一切怯まなかった。
何しろこちらのレベルは315。
負ける要素が見当たらない!
俺はゲームプレイ中のホームポジションから、左手の中指に掛かったショートカットキーを押し込んで、渾身の一撃を繰り出した。
「雷槍!」
閃光。それに轟音。
飛び散る光の粒が消えたとき、眼の前に列を為していたCGオークどもは跡形もなく消えていた。
これはどう見ても射程3セル以上は伸びてるんじゃないか? 現実仕様か?
……などと考えている暇はないのだった。
俺はノートPCの画面の方を見た。
ゲーム画面に表示されているグラフィックは、どう見てもメタリボの中の中世ヨーロッパ風の地形マップだったが、障害物などの構造は、今俺が現実に見ているN市の住宅街の地形と一致しているように見えた。
マウスを置いて来たのは不覚だった。
慣れない十字キーでブルーウッドの向きを変えて動かす。
ゲーム画面のブルーウッドと、現実世界に顕現しているデカいブルーウッド。
それに、俺自身の身体の向きを変えると、ゲーム画面と現実の間で生じる齟齬にまごついてしまう。
さっき出したスキルに比べ、全く格好付かないヨタヨタとした動きだったが、それでもどうにかユズキの家の中に向かってブルーウッドを誘導する。
行け、行け。前進だ。
ユズキの家のドアは粉々に破壊され、その向こう───家の中にはCGオークの後ろ姿が見えた。
まだ、ユズキが狙われてるということは、ログアウトできていないということか?
ブルーウッドと一緒に家の中に乗り込み、CGオークを後ろから斬りつけた。
二、三度斬り合うモーションを見せたあと、CGオークの方が弾けて消えた。
「ユズキ!」
「こ、ここー!」
くぐもった声を頼りに、さらに奥へ進むと、壁の向こうからCGオークのものと思しき体の一部が飛び出して揺れているのが見えた。
すり抜けてんじゃん。ガバ設定かよ。
CGオークはどうやら浴室前の脱衣所にいるようだった。
一般的な日本の住居の狭さと、メタリボ世界のセルの大きさが噛み合っていないのだ。
次の瞬間、浴室のドアが破壊されたような大きな音に、ユズキの悲鳴が重なった。
ヤバい。向きが合わせられない。
壁越しの向こうは見通せなかったが、俺の脳裏には今にもユズキに向けて振り下ろされるCGオークの戦斧の攻撃モーションが映っていた。
間に合わない!
「ユズキ離れろ! 奥に寄れ!」
俺が最近割り当てたばかりのショートカットキーを叩くと、耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。
『憤怒の槌』。
使用したキャラの前方3×3を吹き飛ばす極大の物理攻撃は、CGオークは言うに及ばず、ユズキの家の壁を粉々に破壊し、先ほどまで見えなかった前方の視界を大きく切り開いた。
大技を出し終わり、満足げに仁王立ちするCGのブルーウッド越しに、完全に壁が打ち壊された浴室の中に佇む全裸のユズキと向かい会う。
腰まである長い黒髪が、ピンク色に上気した肌の上にうねるようにして纏わりつき、雫を垂らしていた。
形良く膨らんだ乳房も、艶めかしくくびれた腰回りも、そこから立ち上る湯気も、まるでストップモーションを見るようにくっきりと、ハッキリと俺の目に焼き付けられる。
その絵面は、これまでここで繰り広げられていた荒唐無稽な戦闘とは、また違った意味で、非常に現実味の乏しい、冗談のような光景だった。
先ほどまでの緊迫した空気は完全に吹き飛び、俺の頭の中が、ラブコメラブコメラブコメラブコメラブコメラブコメラブコメラブコメラブコメラブコメラブコメラブコメという謎の四文字の羅列によって埋め尽くされる。
自分たちを襲った状況のあまりの温度差に、二人とも声を出すこともできず、ただただ見つめ合う。
やがて、このままじゃ不味い、何か言わなければと我に帰った俺は、とりあえず舌が動くに任せてその沈黙を打ち破った。
「ぜ、全然、デブってないじゃん……」
その言葉が致命的な失敗であったことを、俺は、見る間に赤く染まっていくユズキの顔色を見て察するのだった。
「は、はあぁ!? 誰が、いつ、デブったって言ったの!? つーか、いつまで見てんのよぉ!?」
ユズキはその場にしゃがみ込んで身体を隠し、俺は回れ右をして手にしたノートPCの画面に視線を追いやった。
「だ、誰だったかなぁ? 村井? 大西だったか?」
酒の席のことだ。よく憶えていない。
誰だったかに、こいつらの名前など憶えなくて良いと言われた気もするが、こんなことになるなら、怒りの矛先を逸らすために、しっかりメモしておけば良かったと後悔する。
まさか、こんなことになるなんて。
十年振りの同窓会に出ようと思ったとき。
七年振りにメタリボを立ち上げたとき。
それに高校時代のあの日、教室でユズキにメタリボの話をしたとき……。
これは、そのときの俺には、全く想像もできない怒涛の展開であった。
いや、これは俺じゃなくても無理でしょ?
こんな展開予想してた奴がいるならチーターだ。
きっと、そいつは目次から先に読んでいたに違いない!




