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地図アプリと世話焼き女に、俺は死ぬほど感謝したという話


 暗い夜道、チャリンコを漕ぐ道すがら、多くの人とすれ違った。

 皆、俺とは逆向きに逃げている。

 馬鹿だな。南じゃなくて西か東に向かって逃げろよ、と思うが構ってはいられない。


 ユズキの自宅は俺の住む家よりも、だいぶS市寄りにあった。

 あのCGのオークたちの侵攻速度がどの程度なのか想像も付かないが、人間の徒歩程度だと考えてもそんなに余裕はなかった。

 俺は社会人生活と、ここ数カ月のネトゲ廃人生活で(なま)った足腰を恨む。


 曲がり角でチャリを止め、息を整えながらスマホの画面を開く。


 地図アプリ、様様だ……。


 方向を見定め再びチャリを漕ぎ出す。

 既に人通りもほとんど絶えた住宅街を全力で走る。

 あちこちから避難を呼び掛けるスピーカーの声が聞こえていた。

 一度その発生源と思われるパトカーと道を挟んだ向かいで出くわしたが急いで向きを変えて逃げた。

 職質や避難指示を受けている場合ではない。


 このへんだ……。


 そう思って適当な家の玄関に目を走らせると、運良く一軒目で目的の家が見つかった。

 立派な表札に刻まれた『赤根』という文字。

 見上げると二階の部屋の一つに明かりが灯っていた。

 俺は家の前の道路にチャリを乗り捨てると、ユズキの家のインターホンに駆け寄った。

 ツキユビしそうなほどの勢いと力でチャイムを連打する。


「アカネー!……ユズキ、いるかー!? 逃げるぞー!」


 ドアノブを握ってガンガンと引くが鍵が掛かっていてドアは開かない。


 もう避難した後か? だったらいいのだが……。


 チャイムを鳴らすのをやめ、自分が逃げ遅れないようにしなければと自転車を置いた方を振り返った。

 そのとき、静まり返った住宅街の中で、薄っすらと流れるドラムのビートに気が付いた。

 それに、かすかな歌声も。


 学生時代によく耳にした憶えのあるフレーズ。

 耳を澄ますとシャワー音すら聞こえてくるようだったが、流石にそれは妄想が勝ち過ぎた錯覚だったかもしれない。


「あいっつ! のんびり歌なんか歌ってる場合じゃねーよ!」


 あと、風呂長過ぎ!


 音漏れするということは何処かに風呂場の窓があるはずだった。

 回り込んでその窓を叩いてやろう、と庭の方に目を向けたときだ。

 家を囲む塀の向こう───街灯に照らされた道の向こうに動くものがあった。


 見間違うはずがない。

 現実の風景からあまりに浮いた、冗談のような存在。

 CGのオークの頭の部分が、塀の向こうからノッシノッシとこちらに向かってくるのが目に映った。

 闇に溶け込むこともなく、街灯の光に照らされるというわけでもなく、ディスプレイ上でRGBの加法混合で発色されるグラフィックスのように、それ自体が光を放っているかのような独特の存在感。


 そのあまりのリアリティのなさに鼻白む……、というか、頭がおかしくなりそうだった。

 実際それを始めて見たのであれば、俺の頭はオーバーフローを起こし、その場に立ち尽くすしかなかったかもしれない。

 しかし、先にテレビの中継でそれを見ていたことで、辛うじて心は身構えられていた。

 それが人の生命を(おびや)かす脅威なのだと認識することができた。


 俺は急いで玄関の前を離れ、歌声が聞こえてくるユズキの家の庭の方へと回り込んだ。

 壁の上の方に付いた小さな窓からオレンジ色の明かりが漏れている。

 あそこに違いない。

 俺は思い切りジャンプしてその窓を手でバシンと叩いた。

 続けてもう一度跳ぶ。


「ユズキ! 俺だ! 青木だ! ここはヤバイ! すぐに逃げろ!」


 窓に向かって大声で叫んだ。

 もう一度跳んで窓を叩く。


「ユズキィ!」


 もう一度叫んだ直後、上の方で窓が開く音がした。

 高い位置にある換気用の窓だから、そこから中を覗くことはできない。

 いや、決して覗きたいわけではないが。


「すぐそこまで来てる! CGのモンスターだ。逃げるぞ!」

「青木? 本当に青木なの?」


 うぉぉぉ! ユズキの声だ!


 それどころではないが、生で聞いた彼女の声に、俺のテンションは爆上がりだ。


「そうだよ。信じろ!」

「ちょっと、声デカイ。近所迷惑だからやめてよね?」


「大丈夫だ。俺たちしかいない」


 こんな時だが、ゲームの中でもこんな会話をしたなと思い出す。

 さながらこれは全体チャットか。

 そう思ってようやく後ろを振り返る。

 こんな大声を出していたらあのオークに見つかって、こちらに向かって来るだろうかと不安になったのだが、そこにオークの姿はなく、代わりに先ほどまで俺がいた玄関の方から、ドスンという大きな音が響いた。


「なに? 何の音?」


 窓の隙間から聞こえるユズキの声が心細そうに震えた。


「多分モンスターだ」

「モンスターって何よ?」


「メタリボのオークだ。ゲームの中から出て来たんだ。人を襲ってる」


 俺はそう口にしながら、こんなの絶対信じさせられないやつじゃん、という絶望感に打ちひしがれていた。

 だが、俺の言葉の真偽はともかく、間近に何らかの危険が迫っていることは、断続的に響く大きな音と震動によって伝わるだろう。


「もう玄関まで来てる。裏口かどっかから逃げろ」

「ふ、服着てないよ? 髪もびちゃびちゃだし……」


 要領を得ない応答だが、怯えていることは伝わってきた。


 畜生。絶対に守る! ユズキは殺させねー!


「そもそも何でウチの場所知ってんの? これドッキリなの?」

「いっ……!」


 いいから早くそこを離れろ、と言おうとしたとき、ユズキの言った言葉が引っ掛かった。

 あのメタリボのチャットウィンドウで読んだ運営からのメッセージを思い出す。

 あのCGのオークが狙っているのは、現在もメタリボにログインしている俺たち二人のいる場所だと。

 だとしたら、今ユズキの部屋のPCで動いているメタリボを落とせば、あのCGオークはターゲットを見失ってどこかに去るのではないか?


「ユズキ! メタリボを落とせ! ログアウトするんだ!」


 浴室の窓に向かってそう叫ぶと、俺は来た道を戻って玄関の方に向かった。

 暗がりを進んで玄関が見える位置までいくと、その前には、やはりあのCGオークがいた。

 しかもその数は一匹や二匹ではなく、周囲を見回すと、CGオークはユズキの家の前の道路に、ズラリと列を為して並んでいた。


 現実世界でも物量かよと心の中で悪態をつく。

 だが、その皮肉交じりの物の見方が良かったのだろうか。俺は咄嗟(とっさ)に、これはいけそうだ、と判断していた。

 パッと見、CGオークは人間よりも倍ほど大きな体積で、玄関の前の空間を占拠していたが、比率がデカ過ぎるせいなのか、CGオーク同士の隙間を埋め切れてはいなかった。

 現実世界では、セルとセルの間にも人一人が余裕で通れるくらいの隙間があるのだ。


 躊躇(ちゅうちょ)している余裕はなかった。

 CGオークの振り回すCG戦斧がユズキの家のドアを打ち破った。

 CGオークの列がズリズリと動き始める。

 狙いはユズキのPCか? ユズキか?


 のんびり観察して確かめているわけにはいかない。

 俺は覚悟を決めて、同一のモーションで前進しているCGオークの列に割り込んだ。

 その足元を()って、転がるようにして道路に出る。

 チャリの前カゴから裸のままで入れてあったノートPCを取り上げると、急いで電源ボタンを押した。


 遅い遅い遅い。

 SSD搭載モデルに買い換えた当初は速くなったものだなあと感心したOSだったが、今はその立ち上がる僅かな間も身を焼くような焦燥感に駆られていた。


 こいつらが、メタリボにログインしているPCを狙っているのなら、こっちでもログインしてやればいい。

 ユズキがログアウトして、俺がログインすれば、こいつらの敵意(ヘイト)はこっちに向くのではないかと思った。


 俺にはそれぐらいしかできない。

 何しろ、相手は拳銃や爆発物も効かないという謎の存在なのだ。

 俺が殴りかかったところで勝てるイメージがまるで湧かない。

 テレビ中継で見た、CG戦斧が人の肉を叩き斬るあのシーンが頭から離れなかった。

 ユズキ……、間に合ってくれ!


 PCが立ち上がり、メタリボのショートカットをクリックする。

 流石、高速進化したハードと逆行するように、全ての無駄を削ぎ落したローエンド超軽量ゲームクライアントだ。爆速で立ち上がる。

 記憶されたアカウントとパスワードで即行ログイン。

 飽きるほど見たワールド選択画面。


 すぐにエンターキーを押そうとした、俺の手が、そこで止まる。


 そこには見慣れないワールド名がズラリと並んでいた。

 俺の目と手は、その中からまるで吸い寄せられるように、『N市サーバー』と名付けられたワールドを選択していた。


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