たった二人のワールドで、全チャしながら作業狩り
それから俺は明け方まで坑道に潜って火ネズミならぬ毒ネズミを狩り続けた。
名前やグラフィックは火ネズミなのに、毒属性の攻撃をしてくる謎の生物として、当時はよくネタにされていたことを思い出す。
坑道のような小さなダンジョンエリアは他とは切り離されていて、出現するのは以前からの固有種のみ。時間経過で数は増えても強くはならないのだと教えられた。
坑道も大量の衛兵NPCで蓋をされていて、そこを越えていくと予想どおり大量の敵モブで埋め尽くされていた。
最初何度か死にそうになりながらも、コツを掴んだ俺はゴリゴリと敵の群れを削って進んでいく。
ほんの二時間程度で、八回死んで失った分の経験値を取り戻し、レベルは90から91に上がった。
多分、普通の人の感覚で、ほんの二時間と聞くと、どこがほんのなんだとツッコミたくなるだろうが、よく調教されたネトゲゲーマーにとって、二時間程度の経験値稼ぎは、マジで一瞬のような感覚だ。
普通は戦闘している時間よりも敵を探して動き回る時間の方が圧倒的に長くなるため、今こうして常に剣を振っていられる状態というのはゲーマーにとって、本来、多幸感をひたひたにひたす脳汁が出るほどの高効率行動なのである。
大量のモブを相手にする戦闘は、コツをつかんでからは基本的に単調な作業の繰り返しだが、久しぶりだということも手伝って、俺は全く苦にならなかった。
しかも、離れているとは言え、同じ世界に、あのアカネと二人きりで狩りをしているのだという事実が、俺にとってはかつてない至福のひとときであった。
始めはどのスキルを使うのが効率がいいだとか、アイテムの補給はどうするのだとか、ゲーム攻略に関する情報のやりとりをしていた俺たちだったが、しばらくすると、そこに現実の話題も混じっていった。
今日の同窓会の出席メンバーがどうだったとか、そういうことだ。
『なあ、俺のことほんとに憶えてた?』
その一言をチャットで流すことにどれほどの勇気が要ったことか。
だが、仮に憶えていないと言われても大丈夫だ。
ほとんどゼロからであってもゲームを通して、もう十分打ち解けられたという実感があったから。
このメタリボをアカネがやり続ける限り、いつでもこうして会話ができるという気安さが、俺の背中を押していた。
『憶えてるよ』『青木が教えてくれたんじゃん』『メタリボ』
「……マジかよ」
それはモニターを見つめながら、生身の俺が言った呟きだった。
俺の一言がアカネの行動に、人生に、影響を与えていたのだと……、やや、いや、多分に驕った見方ではあったが、そう思うと自分というちっぽけな存在が世界中から肯定されたような、そんな幸せな錯覚を生んだ。
しかし……。
『ごめん』
『何が?』
『だとしたら俺のせい、みたいなもんだろ?』『アカネが』『メタリボ廃人になったの』
十年だ。
逃げ込む先が変わっただけかも知れないが、アカネが十年間も引きこもることになった切っ掛けが自分にあったのだと考えると複雑な心境だった。
俺が浮かれるのは勝手だが、彼女にとっては人生を台無しにするような大問題のはずだった。
『苗字で呼ぶな』
『アカネも青木って呼んでるだろ』
『学校で言ってなかったけど』『本当は昔から嫌だったの』『苗字呼び』
なんで? とタイプしようとした手が止まった。
安易に踏み込んで良い話題ではない気がしたのだ。
いや、既にそのボーダーラインは踏み越えているような気がした。
しばらく返事をしないでいると、アカネの方から勝手に続きを話しだした。
『別に青木のせいじゃないし』『図に乗るな』『頭に乗るな』
打ち直すなら、『気にするな』の方が良かったんじゃないかと勝手なことを思う。
何となく、そういう意味を込めてチャットを打っているように思えたのだ。
もちろん十年間会っていない、ただの同級生のことを、俺なんかが分かったふうに言うのはおこがましい、というか、それこそ『頭に乗るな』という感じだが、母親を亡くしたことを切っ掛けに、メタリボの中に一人逃げ込んだ少女───いや、今はもう少女の面影もないのだろうが───彼女の心情が、無機質なただの文字の羅列の中から漏れ伝わってくるように錯覚してしまうのだった。




