第六話.最強の帰還 ーー恋人との語らいーー
夜月は、優凛の部屋に入り、抱っこしていた優凛をベッドに下ろす。そして、頬に手を当て、おやすみと言って自分の部屋に戻ろうとした。
だが、いつの間にか、目を覚ましていた優凛に袖を掴まれていた。
「どうした?」
夜月がそう聞くと、優凛は柔らかな微笑みを浮かべながら口を開いた。
そこには、万感の想いが籠もっていた。夜月の全てを知りたいという想いが。
「……少し話をしよう」
そう言われて、夜月はベッドの端に座った。
それを見て、優凛は話し始めた。
「下では、異世界でのこと、全部話していないだろ? 私は、夜月の恋人なんだ。全部、聞かせてくれないか?」
それを聞いて、夜月は、あぁ、優凛はこういうやつだったなぁと思い出していた。夜月の思いや、悩んでいることを的確に突いてきて、それに一緒に悩んでくれて、解決に導いてくれるのだ。夜月にとっての特別な存在であり、夜月の人生において、優凛の存在は絶対不変なのだ。
「あぁ、そうだな。優凛は俺の特別だからな。……これは、カイン達も知らない俺の過去の話だ」
朱里達と話したものとは、事実が少々異なる話。あの場では、語る必要がないと、夜月が判断したのだ。
ーーそして優凛に語られる、魔王の物語。
「さっきは、スラムで過ごした後、旅に出たと言ったが、実際は違う。旅に出たのはもう少し後だ。……俺は、国が滅びた後、その国を滅した国の軍に連行され、奴隷に落とされた」
始まる魔王の独白。
優凛は、その言葉に息を呑んだが、静かに、夜月の話に耳を傾ける。
戦争奴隷として売られた夜月はとある貴族に買われた。そして、始まったのは、貴族による鬱憤ばらしの拷問だった。鞭打ち、水責め、爪剥ぎ、指折り、肉詰め等々、ありとあらゆる拷問をその身に受けた。
拷問に次ぐ拷問。夜月の心は、次第に麻痺していき、何の反応も示さなくなっていった。
そして、転機が訪れる。龍が襲撃して来たのだ。夜月は今初めて思い出したかのように、言霊を紡ぐ。最愛の彼女である優凛の名前を。そして、幻視する。優凛の姿を。
薄く透明な姿をしていた。彼女は、すーっと、床を滑るようにして夜月の下へとやって来た。そして、夜月にとっての言霊を紡ぐ。「あっちに、貴方の首輪を解く鍵があるよ」と。彼女は、夜月を導くようにしてその方向へと指を向けた。そして、そのまま、存在しなかったかのように消えていった。
夜月は、奴隷から解放され、この世界を生きて行くには、力が必要だと悟った。それも、何者にも侵されない強大な力が。そして、夜月は力を求めて旅に出た。
そうして、勇者エルティカインに出会い、悲しき神の二柱を助け出したのだ。
「……ぐすっ……そうか……辛かったな」
夜月が異世界で感じた痛みに、優凛も涙を流し、泣いてくれている。
「でも……生きて帰って来てくれて……ぐすっ……ありがとう」
「あぁ」
そんな経験をしても、優凛と家族だけを考えて、ここまで帰って来てくれた夜月には感謝しかない。そんな優凛を見て、夜月は優凛を抱きしめて、頭を撫でた。優凛は、撫でられるのが気持ちいいのか、手にスリスリしてくる。
そして、優凛が見れば、夜月が朝から、無理をして表情を取り繕っていることは丸分かりだ。
奴隷に落ちたこと、様々な拷問を受けたこと、戦いを経て人を沢山殺したこと。平面上は、何も無かったように振る舞っている。実際、エルティカインやエレナ、セレナにも夜月の精神に異常は見られなかった。朱里と蒼花にも、夜月の表情は普通に見えた。優凛と夜月の深い絆があるからこそ、優凛には分かっていた。夜月がまだ、それらのことに囚われていることを。彼の体には様々な苦痛、後悔、絶望が鎖となってがらんじめに縛られていることに。
「夜月、私の前では無理をしなくていい。私は夜月、夜月は私だ。私達は、一心同体だ。あの時、約束しただろ」
優凛は、困ったような、あるいは、しょうがないなぁといった感じが読み取れる笑みを浮かべながら言った。そして、夜月をその胸に抱いた。
夜月は、優凛の温かさを感じ、そのとくん……とくん……と響く心音を聞きながら、安心感に包まれていた。そして、あの時のことを思い出していた。
ーーあぁ、約束をしていた。
ーー”私はあなた、あなたは私、でしょ。夜月は私を守り、私は夜月を守る。私達はもう、一心同体だ。これから、よろしく!!”
夜月の眼から、自然と涙が零れ落ちた。そして、遅れて嗚咽を漏らしだした。
「っ! ぐっ……あぁぁぁ……!」
そんな夜月を見ながら、優凛は、夜月の頭を撫でながら、彼が落ち着くまでそうしているのだった。
数分が経った頃、夜月は泣き止んでいた。
優凛は、夜月が泣き止んで、離れていったことに少し不満顔をしている。ちょっとSっ気があるのかな?
「ありがとう、優凛。まだ、完全には無くならないけど、大分楽になったよ」
「そうか、ならよかった」
優凛は、優しげな笑みを浮かべて頷いた。
そして、優凛がエレナのことを話題に出した。エレナが、夜月に恋慕の情を持っていることについての話だ。先程、夜月が優凛と二人で話すと言っていたので、優凛は、しんみりとした空気を変える様に、ここで、その話をすることにしたようだ。
「それで、夜月。エレナさんのことはどうするんだ? もう、手も出したんだろ?」
「あー、まぁな」
「なら、いいじゃないか。まぁ、嫉妬が無いと言えば嘘になるが、夜月にはそういう癒しが必要だ。さっきの話を聞いてそう思った。夜月は、覇気と呼べる様なものが滲み出ているからな、女性も寄って来るんだろ? ハーレムじゃないか! そう、ラノベ系主人公さんの様に! それに、私も身内になったかわいい女の子とじゃれあいたい」
他の女が寄って来ることに否定出来ない夜月。何故なら、異世界でも沢山の女性が夜月の女としての地位を求めて、寄って集って来たからだ。そして、実際、何人かには手を出しているのだ。
そして、魔王の覇気が常時滲み出ている夜月は、女性を絶対に惹きつける。それに、優凛はかわいい女性とじゃれあいたいらしい。そんな理由から、エレナを夜月の女にすることは問題無いらしい。それに伴って、ハーレムも問題無いらしい。日本人として、その感性はどうなのだろうか……。まぁ、夜月も十五年間、異世界で過ごしたこともあり、そういう概念は失われた。
それに、優凛にとっても、夜月は特別だ。二人は一心同体なのだ。その余裕が、他にも女を作ることに寛容なのだろう。
「そうだな。ま、なるようになれってことだな」
「ん、じゃんじゃん女の子に手を出していいぞ」
「よし! この話はこの辺にして……明日はデートだ」
「え、そうなのか?」
「あぁ、母さんと蒼花さんが俺に気を利かせてくれてな。そういうわけで、明日のデートどこに行くか決めようか。どこにでも連れて行ってやるぞ?」
その言葉を聞いて、優凛は眼をキラッキラッさせた。
「ん! ん!」
優凛が、嬉しそうな声を上げながら、夜月に向かって手を上げた。
「はい、優凛さん!」
「私、スイーツ店巡りしたい!!」
こういうデートは、夜月が異世界に行く前も、毎週のようにしていたデートのルーティーンだ。
優凛は、甘いものに眼がない。夜月も甘いものは好きなので、それに喜んで付き合うのだ。
「じゃあ、明日はいつも通り、スイーツ店巡りするか!」
「ん!」
と、その前にと、夜月は、優凛をベッドに押し倒し、その上に覆い被さった。
「今日は寝させない」
そう言って、男の笑みを浮かべて、優凛の服を脱がしていった。そして、現れる彼女の肉体。黒い下着に包まれた、均衡のとれた美しい体に女神も裸足で逃げ出すような顔、そして主張する二つの塊。
そんな優凛の姿に、夜月はゴクリと唾を飲み込む。優凛にとっては、一日ぶりだとしても、夜月にとっては優凛との十五年ぶりの睦言なのだ。優凛の美しさに見惚れ、一瞬息が止まってしまった。
「……きて、夜月」
優凛が、艶のこもった声で囁く。
それが合図となり、夜月は優凛に向かって、身を沈めていった。
そうして、夜は更けていった。
深夜に窓から月の光が流れ込む。そこに映ったのは、キセルを吹かしている一人の男。その男は、最も愛しい女性を目の奥をどろどろの闇に染めながら見つめ、狂ったような笑みを浮かべる一人の男だった。
お読み頂きありがとうございます。
誤字や文がおかしいということなどがあれば報告してもらえるとありがたいです。
○追記
2021年11月14日
・優凛の言葉『まぁ、嫉妬が無いと言えば嘘になる。けど』の部分を『あぁ』に変更しました。
・優凛の言葉『心が籠もっていたから』の部分を『心が籠もっていたからな』に変更しました。
2021年11月30日
・最後に『深夜に窓から月の光が流れ込む。そこに映ったのは、一人の最も愛しい女性を目の奥をどろどろの闇に染めながら見つめ、狂ったような笑みを浮かべる一人の男だった。』を挿入しました。
・『”一人の”最も愛しい女性を目の奥をどろどろの闇に染めながら見つめ、』を『最も愛しい女性を目の奥をどろどろの闇に染めながら見つめ、』に変更しました。