第二十一話.魔王の所以 ーー異界の社ーー
「悪霊の居所、それは『異界の社』。それは、富士山の麓近くの町の人々の生活の中にいつの間にか紛れ込んでいた」
「あぁ、仙氣でその不自然なものが自然に見えるってやつを利用したアジトか」
「うん」
夜月は、それを聞いて、そうかと言い目を瞑る。
今、夜月の頭の中には、優凛を拐った悪霊に味わわせる、残酷な手段を考えていた。その心は、黒く染まっていた。
「それでリルテットさん、悪霊の名はなんて言うの? 仮にもS級である君が出張って来たんだ。敵は名付きだと思うんだけど……どうかな?」
エルティカインは、そうリルテットに尋ねた。その言葉は、見かけは優しそうな雰囲気だが、その目は優しくなく冷たい雰囲気を放っている。
リルテットは、それに少し気圧されながらも返答した。
「……うん。悪霊は名付き。悪霊の名は……懺怨」
「ふ~ん、そんな名前なんだ」
その名を聞いても、エルティカインの反応もまちまち、夜月達も何の反応も示さなかった。
その様子にリルテットは驚き声をあげる。
「なんで、みんな驚かないの?」
と。そんな言葉を発した。
だがーー
「敵の名を聞いたのは、そいつの最後への無価値な餞別だ。俺達にとって、名付き程度敵でも無い」
夜月は、無情にもそう評した。
異世界でも名付きの魔物というのは存在した。その固有の種族の中でも、特殊変異した個体に名前は付けられる。その個体は、固有の種族とは比べ物にならない程に強い。また、固有の種族でも、全てが危険なものや、特定のものが危険な場合も名前が付く。
夜月達は、そんな敵や魔物を無数に屠って来たのだ。今更、名付きの敵が現れたとしても、敵でも何でも無い。
夜月達と渡り合う為には、それこそ一体一体が特殊である龍などを引っ張り出して来なければ、相手にもならないのだ。
それを聞いて、リルテットは納得した。
先程、見せられたその力を見ていれば確かに、名付きといえど、夜月達の敵では無い。
「『異界の社』までは、すぐに案内できるけど……どうする?」
それを聞いて、夜月は少しだけ考える。
ここには、朱里、蒼花と夜月達の母親もいる。二人を戦場へは連れて行けない。だから、ここで待っていてもらう他ない。
だが、二人だけで残しておくのも少し怖い。だから、エルティカイン、エレナ、セレナの三人の内の一人は、ここに残り、護衛をしてもらわないと夜月が安心できない。
「誰かは、ここに残って母さんと蒼花さんを守って欲しいんだが……エレナ、頼めるか?」
夜月は、ここに残り、朱里と蒼花の二人を護衛する者をエレナに頼むことにした。エレナの能力は、戦闘にも特化しているが、守りの力もずば抜けているのだ。
それに、エレナのことは信頼している。そのことが、エレナを護衛に選んだ理由だ。
そうして、夜月は、エレナを護衛として、朱里、蒼花、エレナをここに残し、夜月、エルティカイン、セレナ、リルテットの四人で『異界の社』に向かうことにした。
「『異界の社』へ向かうか。案内しろ、リルテット」
夜月は、尊大にリルテットに言う。
その時、優凛を取り戻す戦い、そして怒りの為に精神が興奮した夜月は、その偽装が解けた。その夜月の眼は闇色に染まっていた。
「うん」
それにリルテットは頷き返した。
ーーその時
夜空に浮かぶ月が一瞬、闇に染まったような気がした。
◇◆◇◆
夜月達四人は、リルテットが運転する車で目的地『異界の社』へと向かっていた。リルテットが運転しているのは、リルテット以外、『異界の社』が存在する場所を知らないからだ。
夜月達が乗った車は、ある一点、富士山の方に向かって走っていた。
「それで、悪霊の居場所はどこなんだ?」
助手席に座っている夜月は、前を見据えながらリルテットに聞いた。
富士山の方面に向かっているのは、分かっていたが、正確な目的地は分からない。だから、聞いたのだ。
それに、リルテットも真面目な顔をしながら答えた。
「悪霊の居場所は、富士山の五合目から少し入ったところ。自然と同化する仙氣を使うから、富士山はとても都合の良い場所。富士山は日本で一番の自然地帯だから」
そう、古来より富士山には物語が残されている。例えをあげるなら、『竹取物語』だろうか。作中に、不死の山として出てくることが有名だ。
昔から、富士山は霊山として、崇められていた。だとするならば、魔力や霊気などを使う魔法師達にとっては、都合の良い場所だ。そして、今回の敵は仙氣を使う。そこをアジトとして選んだのは見事だと言える。懺怨は、自らの力をより発揮できるという考えだけで、この場所を自らの根城にしていた。だが、その選択が逆に世界魔法師協会の者達を苦しめていた。懺怨からしたら、結果オーライだと言えよう。
そんなことを、補足を加えながらリルテットがみんなに説明した。
「なるほどな。富士山は所謂、霊泉か」
「うん。世界魔法師協会の人達は、年に一回は富士山に行く。あそこの空気は美味しいから」
このリルテットが言う、空気が美味しいという言葉には二つの意味が込められている。一つは、一般人も感じるように、マイナスイオンの空気でリラックスし、美味しく感じられる様な意味だ。もう一つは、魔法師目線で見た時。この富士山は、魔法師達にとって、とても居心地の良い霊泉だ。戦いや日頃の疲れが浄化される様な気持ちになる。その様な二つの意味が込められているのだ。
「そこがアジトだということは分かってる。だけど、その構成員は分からなかった」
懺怨のアジト『異界の社』の場所は分かっても、その内部までは探ることができなかったのだ。そんなことをすれば、こちらが、相手の存在を探っていることがバレてしまうからだ。自分が作った異界は、その者は内部のことを全て感知できるのだ。
リルテットの言葉に、エルティカインがなんて事ないように言った。
「大丈夫だよ。敵が悪霊なら、仲間の数もある程度予想はつくからね」
その言葉に、リルテットが見た目少しだけ目を見開く。内心では、結構驚いているが……。
「分かるの?」
「うん。そうだね。敵の仲間、所謂配下は、二、三程度かな」
エルティカインは、異世界で悪霊を何度か殲滅している。その時の経験から、懺怨の仲間・配下の数を予想した。
悪霊の仲間・配下の増やし方は、霊的存在の特殊な方法だ。まず、霊的存在は自分の魂が剥き出しになっている。そして、その剥き出しになっている魂のごく一部分を切り離し、依代となる動物、人間、物に受肉させるのだ。だが、魂を切り離すのは、壮絶な痛みも伴うし、難しい。このことから、霊的存在の仲間・配下は、ごく少数となる。
他の種族はこの方法を取ることは危険な行為となる。まぁ、高位の存在となれば、霊的存在よりも軽々しく行えるが。
このことから、エルティカインは懺怨の仲間・配下が二、三人だという予想を弾き出したのだ。
そうして、夜月達は富士山の五合目に辿り着いた。ここから先は、徒歩で向かわないといけない。車は侵入不可だからだ。
「こっち」
リルテットは、五合目から少し降りたところにある森林に入っていく。この森の中に懺怨のアジト『異界の社』があるようだ。
数分歩くと、目の前に鳥居のような物が忽然と現れた。
「これが『異界の社』の入り口か」
「うん」
「え? 俺達は何も見えないんだけど……」
「えぇ、私にも何かあるようには感じられません」
夜月はそう言うが、その後ろでエルティカインとセレナは、夜月とリルテットが何をみているのかが分らなさそうに見ていた。それを、不審に思い、リルテットに聞こうとしたところで、リルテットが口を開いた。
「神谷さんはこれ見えるんだ」
「どういうことだ」
「この入り口は、本来隠されている。これが見えるのは、仙氣の使い手のみ。だけど、神谷さんには見えてる。不思議」
リルテットは、本当に不思議そうに、夜月の顔を覗き込んでいた。
「そういうことか」
夜月はその原因に心当たりがあるようだ。
なぜ、夜月がこの鳥居が見えているのか。それは夜月の眼だった。今、夜月の眼は赤く染まっている。
それは、夜月が持つ魔眼だ。それは全てを見通すことができる。
本来、『異界の社』の入り口である、この鳥居は隠されている。いや、厳密に言えば、今現在も隠されていると言った方が正しい。だが、仙氣の使い手であるリルテット、そして、夜月は魔眼で、この『異界の社』の入り口の鳥居を目にすることができたのだ。
そして、エルティカインとセレナは、夜月に、そこに何かがあると認識した上で見ろと言われた。
そして、認識して、知覚したことによって、鳥居を認識できるようになった。
「あぁ、見えるようになったよ」
「私もです。まさか、私達に感知できないとはすごいですね」
「そうだね」
そうして、懺怨のアジト『異界の社』の入り口を知覚した夜月達四人は、懺怨が待つ『異界の社』の中に足を進めていく。
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