第二十話.魔王の所以 幕間 ーー二十年前の悪霊討伐ーー
そこは、森の中だった。だけど、周りは開けた荒廃の大地。そう、そこは当時、世界魔法師教会に所属していた仙道の者が作り出した異界だ。
そこには男女合わせて、十人の特殊な人間達がいた。それは、世界魔法師協会の中でも指折りの実力者達。当時のS級魔法師達が勢揃いしていた。そして、彼らが全員集まる程の異常事態。それは、それ程、誰にも手が出せない程の敵がいるということだ。それも、S級が一人では足りない程に。
彼らの姿はもう、ボロボロだった。服は無残に破れ、至る所に生々しい傷をつけ、血をだらだらと流している。その流れ出ている血の量は、後数十分もすれば、出血死する程だ。まぁ、一般人だったらの話だが。
彼らは、地に倒れながらも、ある一点を睨み続けていた。
彼らが目線を向けるその先には、ソレがいた。黒く禍々しい瘴気のようなものを撒き散らしながら、空に悠々と浮かんでいる男性の姿をしたモノ。
当時、日本に出現したSSS級の討伐対象、悪霊『神堕使』。
それは、宇迦之御魂命の神使である狐が堕ち、悪霊になったものだ。
元神使の体を下地にしていることもあり、その能力は、通常の討伐対象の力を遥に凌駕している。
「はぁ……はぁ……くっ、まだ倒れないのかあいつは!」
刀を振るい戦う、一人の男がそう叫ぶ。
彼の名は、東堂誠一。黒髪黒眼の男だ。東堂家の絶対の遺伝である黒髪を腰まで伸ばし、一本に括っている。日本に存在する霊能者の名家であり、彼自身は、その能力と合わせた剣術の戦いをする。俗に言う、霊剣師だ。
それに答えるのは、彼の弟である祐希。兄の誠一と瓜二つの容姿をしている。その祐希も、誠一と同じように、正眼に刀を構えていた。
「ダメだね。まるで攻撃が通じていないよ、兄さん」
言葉は軽いが、その表情は真剣そのものだ。
「だな。でも、攻撃しない訳にはいかないな。行くぞっ、祐希!!」
その言葉に、誠一も荒く返す。穏やかに喋っている時間も無いのだ。相手が相手なのだから。
「うんっ!」
「私もお供致しますわ」
そう話しかけたのは、北欧を中心として活動するS級魔法師のナディアリーン・アインズィアだ。イギリス出身の仙人だ。
そう、この異界を作り出しているのは、ナディアリーンである。
ナディアリーンは、持ち前の金髪を揺らしながら、青い眼で神堕使を射抜く。
「ありがとう、リーン」
ナディアリーンは、祐希の恋人でもある。なので、祐希も、少しだが言葉に温かみが戻っている。
そして、三人は神堕使に向かい、走り出す。他の七人は、その三人の補助に動く。
誠一と祐希の二人は、霊気を刀身に纏わせる。そして、それを神堕使に向かって振るった。
「「はあぁぁぁぁぁぁ!!」」
それに続き、ナディアリーンもその拳に仙氣を纏い、銃もかくやという速度でその拳を放つ。
「ふっ!」
誠一達のその霊気は、真空の刃となり神堕使を襲う。
そして、ナディアリーンの仙氣も不自然な程自然に、神堕使に向かって進んでいく。
だがーー
「ふふふ、効きませんよ。そんなもの」
神堕使は、腕を一振りし、仙氣で障壁を張った。それは全てを自分に向けられた攻撃では無いと、攻撃そのものに錯覚させるもの。
誠一達は、ぎりっと歯を噛みながらも、攻撃を続ける。
「あれをやる! 祐希、援護しろっ!!」
そう言った誠一は、その場で立ち止まり、刀を鞘に戻し、居合の構えをとった。 そして、その強力な霊力が可視化され、誠一の周りに静謐な青色のオーラが渦巻いていく。
「分かった!」
祐希も誠一が何をしようとしているのかを即座に察知し、返事をする。そして、すぐに誠一の援護に動き始める。
「ふぅ……っ……よし、俺もセイイチと共に奥義を放とう」
そう言ったのは、レオルグ・インバレス。レオルグは、魔力で自身の力を底上げし、また行動を補助し、剣で戦闘をする魔剣師だ。
レオルグは、その背中に背負った大剣をゆっくりと抜き放ち、奥義の構えを構えた。
そうして、レオルグの周りに魔力が渦巻く。その髪にふさわしい金色のオーラが、レオルグの髪を揺らめかせる。
「はぁ、しょうがないわねぇ」
そういうのは、レーラ・ケレイリン。
レーラは、まさしく魔女といった格好をしていた。扇情的に挑発している胸元をさらけ出しながら、魔女らしく杖を構える。レーラは、付与を専門とする魔法師だ。付与の魔法というものは、味方の地力を底上げしたり、魔法の威力を上げたり、相手の攻撃力や防御力を低下させたりすることだ。
レーラは、静かに、静謐にその魔力を露わにしていく。レオルグと同じ、その金髪を揺らがせながら魔力がレーラを中心に収束していく。
それらに続き、他の五人も続く。
その燃えるように赤い髪を揺らしながら、炎を目の前に収束させていく。彼女は、炎の魔法に特化した魔法師だ。そして、その燃える眼を真っ直ぐ悪霊に向けた。
彼女の名前は、エイン・フェレス。エインの周りには、炎の奔流が集まり始めていた。その光景は、物凄く危険なものだが、誰しもが見惚れるような、言葉にし難い綺麗さを持っている。
「さっさとあの化け物を倒して帰還しましょう」
「そうだな」
エインの言葉に返したのは、銀色の髪をした男。エルフィン・ヴァイズ。氷を操る魔法師である。本来、氷を使う魔法師の戦いは、優雅で綺麗だ。だが、エルフィンの戦い方は、それとは程遠い。むしろ、苛烈だ。
その力で作り出した片手剣を手に、無限に特攻していくのだ。
戦場において、これほど怖い戦士はあまりいないだろう。
「僕は皆さんのお供をしようか」
そう言って、レイピアを構えた男、デーゲル・マンティレン。デーゲルは、その存在が儚く見えるほどに体が弱い。動くだけで重体になるほどの弱さだ。でも、デーゲルはここにいる。デーゲルは、並々ならぬ執念で、体の弱さをものともしない歩法や動きの技術を生み出し。見事、世界魔法師協会のS級魔法師まで登り詰めたのだ。
デーゲルのその行動は、まさに貴公子そのものだ。今も、無意識的に女性を守るように立っている。戦闘中もそうだ。体が弱いのにその行動。仲間は、そんなデーゲルに尊敬の念を抱いている。
「相変わらず良い男ね、デーゲルは。私を貰ってみない?」
「それは嬉しいですね。ですが、遠慮させていただきますよ。ミス・ノウェリングは美しい女性ですが、僕は体が弱いのでね、女性と交際はしないんです」
「ふふふっ、言ってみただけよ」
そう言うのは、ビキニとマントしか身に付けていない、まさに痴女と言った風貌をした女性、アイリーン・ノウェリングだ。
アイリーンは、魔法に通ずる全ての技術を持った天才だ。数多の魔法師が使う魔法の全てを一人で使用することができる。まさに、魔法の王と言うべき存在だ。
そのアイリーンが、デーゲルに軽口を叩いた後、攻撃準備を開始する。
「魔力解放」
アイリーンは、その身に膨大な魔力を保有している。その力は、アイリーンにも制御できておらず、周りに害が出る。その為、常時封印しているのだ。その枷を今解き放った。今のアイリーンが放つ魔法は、全てが強化され、いつもの十数倍以上の攻撃力をもたらすだろう。
そして、最後の一人が神堕使を睨め付けながら、みんなの前に歩みを進める。
その男は、ある一種の威厳を持っていた。それは覇王の覇気と言っても過言ではない程だ。
彼は、その青き髪を翻しながら、血塗れの顔を皆に向ける。
「良いか皆の者。これが最後の攻撃だ……」
その言葉に、彼を除いた九人が覚悟を決めた表情で彼を見つめ返す。彼は、その顔を見て、よしと頷くと、まるで王のような、皆に勇気を与えるような合図を出した。
全員、気丈に話をしているが、その体は、満身創痍だ。今すぐにでも死んでもおかしくない。だから、これが最後の攻撃だ。全員がこの一手に全身全霊を懸ける。
「行くぞっ! 死ぬ気でかかれぇっ!」
”霊剣の王”東堂誠一
”陰陽の奇術師”東堂祐希
”麗人の仙人”ナディアリーン・アインズィア
”剣聖”レオルグ・インバレス
”英国の魔術師”レーラ・ケレイリン
”炎姫”エイン・フェレス
”氷刃の鬼”エルフィン・ヴァイス
”薄弱の貴公子”デーゲル・マンティレン
”魔法の主”アイリーン・ノウェリング
”古代王”レイン
世界魔法師協会が誇る、十人のS級魔法師が死の覚悟を決めた、人間の限界を超えた力を持って、最後の攻撃を繰り出した。
「幻影っ!」
祐希が、その陰陽術の力でみんなの気配をズラす。
これは、祐希が独自に編み出した技法であり、誰にも真似することはできない。この力は、任意の者に、こちらの存在の気配の位置をズラして誤認させることのできる力だ。
現に、今、神堕使は目の前に敵が迫っていても反応できていない。その目は、誠一達の少し後方に向いている。
「いきなさい、<死の宣告>!」
レーラが、神堕使に付与の魔法を放つ。それは、敵の防御力を低め、徐々に体を衰弱させていき、死に追い詰める魔法だ。まさに、死の宣告である。
その隙に、全員が息を合わせ、攻撃を放つ。
「東堂一刀流奥義無音」
誠一が奥義を放つ。
東堂家が代々受け継ぐ東堂一刀流、その奥義。無音。これは、敵を切り終えるまで、自らが出すあらゆる音を消すと言うものだ。使い手の気迫によって、敵にどこまで効くかは変わる。
奥義を放った誠一のその刀が、神堕使の左腕を切り落とす。
「ぐっ……あぁぁぁぁぁぁぁ! やってくれましたねッ! 小僧がぁぁ!」
神堕使が吠える。
その顔には、今まで浮かべることの無かった苦悶の表情を浮かべている。
それを見たレインが声を張り上げた。
「行けるぞっ、皆の者っ! 東堂に続けぇっ!」
「はあぁぁぁぁ! 木正拳!」
「我流剣術奥義一閃」
「行くぜぇ、<氷絶鎧狼>!」
「<炎上峰華>」
「カノン」
「<星街道>」
「<アルフィズ>」
みんなの自分の最高の攻撃が神堕使に決まった。
この攻撃には、みんなそれぞれの死の覚悟すらも乗っている為、その気迫は今までとは比べ物にはならない。そして、その想いが乗った攻撃の威力も爆発的に高まっている。
「ぐっ……があぁぁぁぁぁぁぁ!!」
神堕使が苦悶の雄叫びを上げる。その慟哭は、この異界でなければ、世界中に広がっているような音、そして呪いだった。
そして、神堕使の体がひび割れたように消えていく。
「お、己ぇっ! 世界の犬どもがぁぁ!」
まさか、自分が負けるとは思っていなかった、と言うような顔をして誠一達に恨み言を叫ぶ。
その姿に、誠一達はスカッとしたような気分だった。ここまでの命を懸けた戦いは初めてだった。その分、生き残った際の、爽快さは段違いだろう。
そう、彼らは、勝利と言う名の美酒に酔っていた。だから、気が付かなかった。
神堕使が、最後の力を振り絞り、呪いを発動しようとしていることに。
それに最初に気が付いたのはこの男、レインだった。
「ん? ……っ!? 不味いっ、皆、避けろっ!」
それに、誠一達はすぐに反応し、横に飛ぶ。
「ふふふっ、もう遅いですよ。<悪霊継承>」
神堕使が呪いを発動した。
だが、先程、逃げ遅れた者がいた。その者に、呪いが直撃する。
その者は、黒い霧に包まれ、消えていく。
「リーンッ!」
「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」
そう、逃げ遅れたのはナディアリーンだった。ナディアリーンは、神堕使の呪いに直撃し、消えていく。
そして、自分がもうすぐに死んで消えていくと悟ったナディアリーンは、自分の婚約者に最後の言葉を残した。
「ねぇ、祐希。あなたと過ごす時間は楽しかったわ」
「リーン……」
祐希は、泣きそうな表情を浮かべ、ナディアリーンを見つめ返した。
「でも、それももうおしまいね」
そう言って、ナディアリーンは目に涙を浮かべる。その涙を耐えれたのは一瞬だけだった。涙が、どんどん溢れてくる。
「……あなたと出会えて、私の人生は色付いた。……私の人生に悔いは無いわ。……あなたに出会えたことだけが……私の人生だった。……祐希……愛してるわ……今まで本当にありがとう……楽しかったわ」
そう言って、ナディアリーンは跡形も無く消えていった。
「リィィィィィィィィィン!」
その場に残ったのは……祐希の果てしない慟哭と、ナディアリーンの死を惜しみ、弔う、仲間達の涙と鼻を啜る音だけだった。
◇◆◇◆
意識が無くなりそうになるその時。
ナディアリーンの眼に、一人の邪悪な嗤みが見えた。
新たな悪霊となったそのモノは、小さく偽装した力の中で、狂ったような笑みを浮かべていた。
そして、急に真顔になったかと思うと、底冷えするような眼とその言葉を吐いた。
「……祐希、待っていて下さいね」
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