第十六話.魔王の所以 ーー消失ーー
翌朝、朝食を食べた夜月達は、富士山を間近で見れる場所に移動していた。
「初めて見るが、テレビで見るより壮大だな」
「ん、そうだな」
夜月と優凛は二人は、富士山の壮大さに陳腐な言葉しか出て来ない。テレビで見るより、実際に自分の目で見ると全然違うものだ。
今の季節は冬だ。富士山は雪化粧を纏っている。それが、また何とも言えない幻想的な雰囲気を醸し出している。
「「「……」」」
異世界勢の三人は、その幻想的な山に言葉を失っている。異世界にこう言う風景が無いとは言わない。だが、この富士山には独特の雰囲気があるのだ。人を惹きつける何かが。
三人が再起動するには、少し時間がかかりそうだ。それほどまでに、見惚れている。
朱里と蒼花は、手を繋いで、寄り添いながら、この風景を見ている。二人は、卒業旅行の時に一度富士山は見ている。だが、何度見ても感動はあるようだ。
「そろそろ行くか」
麓で富士山を見るのは終わりだ。これから、富士山の登山口、五合目へと行くのだ。五合目までは、一般乗用車で入ることができるからだ。そこの観光が終わると、また昨日と同じように、熱海の温泉街を観光する予定だ。
夜月達は、車に乗って移動を開始する。
数十分後、夜月達は、富士山の五合目に到着していた。
ここには、多くの観光客が訪れる。富士山に登る登山客、山には登りたく無いが、麓よりもっと近くで富士山を見たいという観光客で溢れている。夜月達は、どちらかと言えば、後者だ。山に登りたくないとは言わないが、今回は旅行なので登らない。
この観光地や観光客を見て、エルティカインとセレナは、感心したような顔で言う。
「こういう、山を観光地にするのはいい発想だね」
「そうですね。向こうでは、山は獣の住処という根源的な恐怖から、入る者は少なかったので、こういうものは思い浮かびませんでした」
こういう場面では、ついつい、元王子や元神の目線で見てしまう。王子として、いかに民を喜ばせるか、そして、経済を回して行くのか。神として、そして世界の管理者として、人々の行いは常に関心のあるものなのだ。いつしか、それはセレナの趣味となっていた。そういうことから、それぞれの観点から、こういう物事を見てしまうのだ。
「こうして真下から見ると、麓で見るよりも荘厳に感じるわね」
「ね~。私もこんなに近くで見るのは初めてだけど、感動するわね~」
「そうね。やっぱり、麓で見るのとは違うのね」
エレナと蒼花、朱里も、異口同音に言葉を口にする。
そして、夜月の一声で移動する。
「んじゃ、土産買いに行くか」
「ん!」
夜月達は、早速、五合目にあるお店に向かって足を進める。ここには、お店は一店舗しか無い。唯一のお土産屋さんだ。富士山関係の売り物が沢山販売されている。
夜月達は、お店の中に入り、お土産を見て回る。キーホルダーや写真、置物など、色々な物が売ってある。
「俺達は、これにするか」
それぞれ、お揃いの物を買ったようだ。夜月達三人は富士山のキーホルダー、エルティカイン達は写真とバッジ、朱里達は写真入りのフォトフレームを買ったようだ。そして、店の外に出て、車に戻る。
車に戻った夜月達は、温泉街へと戻り、昨日は回ることができなかったところを観光する。
まずは、もうお昼なので、昼食を食べる為に座って食べることのできるお店を探す。
「あれがいいんじゃないか?」
優凛が道脇にある一つのお店を指して言う。優凛が見つけたお店は、蕎麦屋だ。
夜月達は、蕎麦屋で昼食をとることにし、入っていく。日本さながらの温泉街の風景を見ながら、蕎麦を啜るというのも通なものだろう。
「いらっしゃいませ、何名様でございますか?」
「七人だ」
「では、テーブル席へとご案内いたします」
夜月達は、店員に案内されて、七人でも余裕で座ることのできるテーブル席へと座った。そして、テーブルの端に立て掛けて置かれているメニューを手に取る。ざる蕎麦やとろろ蕎麦、天ぷら蕎麦と色々な蕎麦がある。
夜月と朱里はざる蕎麦、優凛とエレナは天ぷら蕎麦、蒼花とエルティカインとセレナはとろろ蕎麦にしたようだ。
注文が決まったので、店員を呼ぶ。
「ご注文は、お決まりですか?」
「あぁ、ざる蕎麦二つと天ぷら蕎麦二つ、とろろ蕎麦を三つ頼む」
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
店員は、注文を紙に書き、厨房に下がっていった。
数分して、注文した蕎麦が運ばれてきた。
『『『いただきます』』』
蕎麦を食べ始める。異世界勢は、一口食べた後、黙々と食べ進めている。予想以上に美味しかったようだ。夜月達も、温泉街を見ながら、談笑して食べていた。
そうして、蕎麦を食べ終わった夜月達は温泉街の観光をする。昨日とは全く別の場所だ。似通ったところは多岐に渡るが、所々で全然違う様相となっている。
温泉街を歩いていると、温泉卵を売っている売店を見つけた。昨日の温泉卵とは違うようだ。温泉卵を作る温泉の種類が違うのだ。昨日のは、硫黄泉で作られた温泉卵であり、今日のは塩化物泉で作られた温泉卵だ。
夜月達は、それぞれ一つずつ買い、食べる。
「これも美味いな」
「ん、昨日のとは違う味で美味しい」
この温泉卵もみんなに好評のようだ。夜月達は、他にも美味しいものがないかと散策を続ける。
少し歩くと、お面を売っている屋台があった。エレナは、そこが気になったようだ。夜月を急かしながら、屋台に近づいていく。
「らっしゃい! おぉ! こりゃまた、えらいべっぴんさんが来たもんだ!」
「ありがとう、店主さん」
エレナは、店主の褒め言葉に軽く返事を返しながら、物珍しいのか、お面を熱心に見つめる。そんなエレナに、夜月が何か気になるのか聞く。
「なんかあるのか?」
「えっ、いやそういう訳では無いわよ? ただ」
「ただ?」
夜月が聞き返すが、エレナは少し言い淀むようにしている。そこに、優凛が横から入る。
「エレナは、その狐のお面をつけて欲しいんだろ?」
優凛のその言葉は、エレナの気持ちをそのままそっくり代弁していた。そう、屋台に売っていたお面、その中の狐のお面を夜月につけて欲しかったのだ。絶対似合って、格好いいから。
「そうなのか?」
「……えぇ」
夜月は、それは分からなかった、という顔をしながらエレナに問うた。その問いに、エレナは恥ずかしいのか、顔を俯かせながら返事を返した。
その返事を聞いた夜月は、一つ頷いて、お面が置かれている台に近づき、狐のお面を手に取る。そして、お金を店主に払い、その狐のお面を頭につけた。
「どうだ?」
夜月がそう聞くと、エレナは驚いたような顔になった。まさか、本当につけてくれるとは思わなかったのだ。エルティカインとセレナも驚いている。逆に、朱里と蒼花はエレナによかったわね的な顔をエレナに向けていた。
夜月は、一度自分の家族になれば、一気に優しくなるのだ。優凛への対応がいい例だ。逆に、他人となれば、驚く程冷酷になる。仲間は、その限りでは無いが、家族よりは扱いは雑だ。
「う、うん。格好いいわ」
「そうか。なら、よかった」
そして、夜月達の間に風が吹いた。
その時、優凛が小さく悲鳴をあげた。
「きゃっ…………」
その瞬間、一呼吸の悲鳴を残し、優凛の一切合切が消失した。気配さえ、一欠片も残っていない。
その場にいた誰も彼もが、それに反応できていなかった。魔王と勇者でもだ。故郷に帰って来て、気が緩んでいたこともある。だが、それでも何らかの反応ができないのはおかしい。
そして、夜月が茫然と呟く。
「優凛が……消えた……?」
その瞬間、夜月から表情の一切が抜け落ち、強大で凶悪な怒気と威圧が放たれた。
その時、魔王を……夜月を人たらしめていた最後の感情が欠落した。夜月は、これで、この優凛が消えるという、たった一手で、完全なる魔王と化した。それは、たった一人で世界すらも片手間に滅ぼすことのできるただの一体の怪物だ。
もう……後戻りはできない。
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