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いつか、かぐや姫のお母さんだった話をしましょうか  作者: 相内 充希
番外編

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12/13

20年後(前編)

いぶきとの別れから20年。

60歳になった忍は――

 その日、忍がKAMEYAの前で待ち合わせをしていたのは笹木美奈子、旧姓砂流(すながれ)美奈子だった。

「すみません、待ちました?」

「いいえ。私もちょうど今来たところよ」

 ニッコリ笑って見せると、美奈子はホッとしたように微笑み返してくれる。

 ――美奈子ちゃん、変わらないなぁ。

 忍はこっそり胸の奥で呟いた。


 現在四十歳になった美奈子は、忍とはいわゆる「ママ友」だ。

 娘の風夏が六年生の時に、美奈子の娘の莉子が同じ小学校に入学してきた。ちょうどPTAの委員が一緒になったのがきっかけで仲良くなった――と、美奈子は思っていることだろう。

 二十歳の年齢差などなんのその。リーダーシップのある美奈子との委員活動は思いのほか楽しく、且つ大いに盛り上がった。

 まるで学生時代のクラブ活動みたいだと言われた当時のメンバーとは、子どもが卒業してからも交流は続いている。今も年に何回かは、個人やグループなどでランチや時に飲み会なんかもしているのだ。

 だから忍が今も美奈子個人と会うのは、とても自然な流れだった。

 不思議な縁だけど、こうしてまた話せるようになったことが嬉しいと思う。



 あらかじめ予約してあった席に、バイトの風夏がすまし顔で案内してくれる。

 風夏は今、十九歳の大学生だ。

 父親似の風夏は、いぶきとはあまり似ていない。

 アウトドアが大好きでいつも日に焼けていて、多少の悩みはあるだろうけれど、はじけるような笑顔の女の子に成長してくれた。ずっとショートカットだった髪を最近伸ばし始めたのが変化と言えば変化だろうか。


「風夏ちゃん、大人っぽくなりましたね」

 美奈子がイタズラっぽい笑顔で囁くので、思わず吹き出しそうになる。

「そうね。来年二十歳だし。早いものだわ」

 風夏が小さいころは、あまりにもわんぱくすぎて男の子に間違われることが度々あった。おとなしかったいぶきとは全然勝手が違うし、育児用品などもずいぶん変わっていたことで、本当に一からのスタートだったと思う。

 あまりの忙しさに、(いぶきってば、育てやすい子だったんだわぁ)と、しみじみ思ったものだ。若さの違い? まあ、それもあるかもしれないが。

 風夏は去年成人したけれど、市ではかつての成人式を「二十歳を祝う会」という名に変えて、二十歳の市民を対象に式典を行っている。その実行委員会に、いつの間にか風夏も参加していたので驚いた。

 しかもそこで二歳年上の彼氏をゲットして、今も一緒にバイトをしている。


「なんだか縁を感じます」

 ふふっと笑みをこぼした美奈子の視線の先には、今しがたオーダーを取りに来た彼女の従弟である亀井優太の姿がある。

 そう。瑛太の弟である彼が、風夏の彼氏なのだ。

 優太は名前の通りとても優しそうな青年で、瑛太ほどではないがなかなかのハンサム君だ。風夏との付き合いはもう一年近くになるだろうか。娘にとっては一番長い付き合いの彼氏だ。


 二人のことを知った時にはすごく驚いて、忍は夫と目で高速会話を交わしたくらい。

 いぶきと違って、風夏は中学時代からボーイフレンドが常に途切れない。逆に言えば一人とは長続きしない。かと言ってドロドロした感じでもなく、別れた彼とも普通に友だちというのが忍としてはよくわからない。

 我が家のバーベキューに風夏の元カレが三人くらい参加していた時は、いぶきもこの半分くらい自由だったらと苦笑してしまった。

 ――あの子はまじめすぎたのね。

 一人の男の子を、ただただ一途に想ってた娘。


『私はお姉ちゃんの分まで、人生を楽しむって決めてるんだよ』

 風夏がバースデーケーキのろうそくを消しながら、ドヤ顔でそう宣言したのはいつだっただろうか。

 風夏の言う姉は、光を見ることなく亡くなった「心晴(こはる)」のことだ。

 記録的には「いぶき」はどこにもいない。

 でももしかしたら何か感じているかもしれない。



 瑛太は大学卒業後そのまま東京で就職し、何年か前に結婚した。

 とはいえ彼の結婚相手は地元の女性らしく、お腹が大きい奥さんと歩いているところや、家族三人でいるところとすれ違ったこともある。美奈子によれば、奥さんは四歳年下らしい。

 幸せそうでよかった。

 素直にそう思うけれど、忍としては、やっぱり今も少し切ない。


 あそこに立っていたのはいぶきだったはずなのに。

 彼は娘のことを忘れてしまったのに。

 ふとした瞬間に泣きたくなるのは、ただの年寄りの感傷といったところか。


 今も風夏にいぶきのことを話せないのは、心の整理が出来てないからかもしれない。

 二十年たっていても、忍にとっていぶきとの別れは、今も瘡蓋(かさぶた)みたいなものだった。


 それでもそんなことはおくびにも出さず、楽しいランチタイムを過ごす。

 目下の話題は、美奈子の娘の高校進学についてだった。


 母親同士らしい会話と共に食事が終わり、期間限定のデザートを注文すると、美奈子がふと黙り込んだ。

「忍さん」

「なに?」

 当たり前のように返事をして、ハッとする。

 PTAで再会して以来、美奈子は忍を「浅倉さん」と名字で呼んでいた。同じように忍も美奈子のことは「笹木さん」と呼んでいる。


 ――付き合いも長いし、名前で呼び合おうってことかしら?


 動揺を隠して美奈子の話の続きを待つと、美奈子はカバンから折りたたんだ紙の束を出し、忍のほうへ差し出した。

「印刷ですけど……」

 なんだろう? と、不思議に思いつつ開き、息を飲んだ。

「これは」

 絶対にありえないものだった。

 二度と見ることが出来ないはずのものだった。

「美奈子ちゃん、これ!」

 思わず昔の呼び方をしてしまい、ハッと口元を押さえる。しかし美奈子はふわっとほころぶように微笑んだ。

「その呼び方久々ですね。はい、忍さん。お待たせしました。それ、イブの手紙です」


「まさか。えっ? まさか、そんな」

「ええ、そのまさかです。直接受け取ることはできなかったので、写真を撮って印刷したんですけど、けっこう綺麗ですよ」

 忍はのどがカラカラになり、手紙を胸元に押し当てる。

 動揺している忍に、美奈子はヒョイと肩をすくめた。


「黙っててごめんなさい。私、イブのこと覚えてるんです」


 突然の告白に頭がついて行かず、忍は目の前の水をグイっとあおる。個室でよかったと思った。

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