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とある魔力バカの奮闘記  作者: つくしんぼ
9/10

冒険者ギルド

 久しぶりの自宅での朝食を食べ終えたレオハルトは、両親と別れてからアルフィナと共に屋敷の外に出ていた。朝食を終えてから一度自室へと戻り、旅装束の上にローブを羽織るという旅人スタイルに着替えて外に出たレオハルトは、屋敷の敷地内の正門とは逆の位置にある裏口へと向かっていた。

 昨日は強引に正門から敷地内に入れられたが、実際今のレオハルトは大っぴらに屋敷を出入りできる立場ではない。他人に見られぬよう、注意を張りながら敷地の外の様子を伺う。


「…よし。じゃあ、俺は行く」


「本当にお一人で外出なされるつもりですか?」


「何度も言わせるな。本来俺は使用人を着ける事はおろか、この屋敷に住む事すら許されない身なんだ」


 外へ出ようとするレオハルトに、アルフィナが問いかける。このやり取りも、朝食後にレオハルトが一人で外出するつもりだと伝えてから何度も行った。

 

 心配してくれてるのか、それとも専属として主人を一人放つのが気に入らないだけか、どちらにしてもレオハルトは意見を曲げるつもりはない。今日だけでなく、これ以降も基本、外出する時は誰も連れていかず一人で行くと、これもアルフィナに伝えてある。


「…承知致しました。お帰りをお待ちしております」


「ん」


 暫し黙り込んでから、アルフィナはそう言って体の前で両手を組みお辞儀する。綺麗な礼を見てから、レオハルトは小さく声を出して返してから裏口から敷地の外へと足を向けた。


 ここから大通りまではそう遠くはない。レオハルトは深くフードをかぶり、大通りへと入っていく。

 レオハルトが向かうは商店エリアの方向である。今日レオハルトが行くのは商店エリアにあるとある施設だ。

 リトンベルク邸に住まわせてもらう事になったのは良いが、さすがに一日中屋敷に籠りっぱなしはレオハルト自身、嫌だった。ならば外に出て何をするかだが、勿論一日遊び倒すのもまた気が向かない。

 とすれば何をするかは決まっている。仕事をする。仕事をして金を稼ぐのだ。それも、レオハルトにとってはすでに慣れ尽くした行為で金を稼ぐ。


 商店エリアには、冒険者ギルドという施設がある。所属するために必要な要素はたった一つ、ギルドが要求する強さを満たせば良い。

 レオハルトは旅の途中、冒険者としてギルドに登録していた。ギルドが提示する依頼を受け、達成すればすぐに報酬金が貰える。更にモンスターの部位を持ち込めば追加の褒賞まで貰えるという素晴らしい施設なのだ。

 お蔭で、旅の間はほとんど金に困る事はなかった。冒険者ギルド様々である。


 未だ馴れない奇異の視線から解放され、商店エリアへ。そしてリトンベルク邸を出てから約一時間、レオハルトは巨大なレンガ造りの建物の前まで辿り着いた。

 正面にある出入口は堅牢な扉ではなく頼りない両開きのゲート。このゲートは如何なる者も中に入ればいい。たとえそれが悪意ある者でもすぐに鎮圧できるというギルドの威信の表れという話だ。


 レオハルトはゲートを手で押し開け、建物の中へと入っていく。

 建物の中は一見、賑やかな酒場にも見える。たくさんの椅子とテーブルが並んでいる。だがレオハルトから見て右の壁際にあるのは巨大なカウンターとそこに並ぶ大勢の人達。

 カウンターとは逆、レオハルトから見て左の壁には掲示板があり、そこにはたくさんの依頼が張られている。モンスター討伐、或いは素材探索、はたまた護衛任務等依頼の種類は様々だ。

 そしてカウンターの前で並んでいる人達はすでに掲示板から依頼を選び、依頼を受理する手続きをしようとしているのだ。


 並んでいる大量の椅子とテーブルにも当然意味はある。パーティーを組んだ者達がどの依頼を受けるか相談する場であり、依頼を終えた冒険者が休む場でもある。

 ここでは食事もできるが、この場を利用できるのは冒険者のみである。そうでない者は叩き出すというのがギルドのルールだ。


「やっぱ、依頼たくさんあるな…」


 一度内部を見回してから、レオハルトは入口から左、掲示板の方へと歩き出す。掲示板の前で立ち止まり、そこに貼られた依頼を眺める。

 これまでこうしたギルドには何度も立ち寄ってきたが、さすが王都に設立されたギルド。建物の大きさも依頼の数も比べ物にならない。


「こうも数が多いと悩むぞ…」


 口元に拳を当てながら依頼の内容を見比べていく。カウンターの前で並ぶ人の数を見て、もう手頃な依頼は取られているんじゃないかと不安はあったが、それ以上に依頼の数が多い。

 これは仕事に困らなくて済むと喜ぶべきか、それとも物騒な世の中になったと嘆くべきか。

 そんな事を考えながら良さげな依頼を探すレオハルトの視線に一つの紙が目に留まった。


「…ふむ」


 掲示板から紙を剥がし、そこに書かれた内容を読む。

 王都から馬車で一時間ほど行った所に広い森がある。そこは様々な種類の薬草が多く群生している場所だ。

 しかしこの紙に書かれている内容曰く、その森にあるモンスターが巣を作ってしまったらしいのだ。


 モンスターの名はキラーホーク。

 この時期は繁殖期であり、つがいを組んで巣を作り、卵を産んで子育てをする。この依頼が貼られたのはいつか解らないが、貼られてからの日数によってはかなり厄介な依頼かもしれない。

 もしすでにキラーホークの牝が卵を産んでいた場合、キラーホークの雄は一日中巣の周囲を飛び回り敵がいないか監視をするのだ。

 そんなの当然なのでは、と思うかもしれないが、その監視の範囲がとんでもなく広いのだ。更にキラーホークは索敵能力が高い。視力も聴力も他のモンスターとは一線を画している。

 そして最悪なのはすでに卵が孵っている場合だ。雛とはいえ侮りがたし。両親を討伐し、油断した冒険者が雛に怪我を負わされるなんて話は珍しくない。または殺された、なんて話も聞いた事がある。


 仮にキラーホークのつがいと雛達を同時に相手にするなんて事、普通の冒険者なら考えるだけで背筋を寒くさせる、そんな依頼なのだが。


「おっしゃ。これにしよう」


 レオハルトは軽い口調で呟きながらその紙を手に、カウンターへと足を向ける。

 後はカウンター前の長い列に並んで手続きの順番を待つだけなのだが…、ふと様子がおかしい事に気が付く。


 カウンターには五人の職員が立っていた。その内の四人が女性で男性が一人。

 それぞれの職員の前で順番を待つ人達の列があるのだが、どうもその列の長さがそれぞれ明らかに違う。更に言えば、男性職員の所だけやけに列が短い。


 冒険者になる者は大体が男である。女性冒険者もいるにはいるのだが、人数は多くない。

 レオハルトは女性職員達に視線を向ける。四人の誰もが整った顔立ちをしており、男性受けしそうな外見をしている。

 レオハルトも男である。もし四つの列の長さがこの半分であったなら、どれか一列に並んでいたかもしれない。

 だがさすがに今、この列に並ぶ気は起きない。小さく息を吐いてから、レオハルトは男性職員が受付をする列の最後尾に並んだ。


 レオハルトが並んだ列とその他の列の違いは、並ぶ人の数だけではなかった。他の列は何故か進行が遅い。同じ依頼の手続きをするための列のはずなのに、何故。

 そう思い、観察してみると、最前にいる冒険者が積極的に職員に話しかけている。どうやら職員を口説いているようだ。


 確かに彼女らは相当モテそうだと、先程職員の顔を見てレオハルトも思った。だが彼女らも大変だとも同時に思う。この男どもの列を捌くのは苦労するだろう。

 何しろ代わる代わる口説かれるのだ。慣れた様子であしらってはいるが、きっと中には強引に物にしようとしてくる輩もいるだろう。

 レオハルトはそういう場面をこれまでに何度か見てきた。巻き込まれた事もある。二度とあんな修羅場に巻き込まれたくないと強く感じた経験だった。

 あの職員達もそういう経験が一度はあるのだろう。それくらい容姿が整っているのだ。そして、あそこまで男達に人気があるという事は、きっと中身もまた綺麗であるのだろう。


 恋に飢える男達の列を捌く強き女達を眺めながら、心の中で合掌をする。

 するとふと、レオハルトの視線に気付いた一人の女性職員が依頼の手続きをしながらレオハルトに視線を向けた。

 レオハルトと視線が交わり、そしてにっこりと笑顔を浮かべる。レオハルトは小さく会釈をしてから女性から視線を外す。

 たった視線が合っただけであんな対応をするとは、何という男殺し。これはあの人気も頷けるというものだ。

 見ろ。ただ笑顔を向けられただけで、レオハルトと視線が合った女性の列に並んでいる男達が一斉にレオハルトに殺意が混じった視線を向けたではないか。人気がありすぎるというのも考えものである。


「お次の方、どうぞ」


 そうこうしている内に、レオハルトの番がやってくる。レオハルトは男職員の前に選んだ依頼が書かれた紙を置く。


「…はい。キラーホークの巣の駆除ですね。それでは、冒険者カードを見せてください」


 依頼の内容を見た瞬間、男職員の表情が曇った事には気付いていた。しかし気にする事なくレオハルトは言う通りに冒険者カードの一枚を取り出し、男職員に差し出した。


 冒険者カードというのは、簡単に言えば自分はギルドに所属する冒険者である事を証明するもの。そこに書かれるのは名前、性別、年齢、そして冒険者ランク。裏面には、ギルドのエンブレムである剣、槍、杖の三本が交差する絵が描かれている。


「Bランク、ですか…。本当に宜しいのですね?」


「はい」


 職員の問いにすぐに頷いて答える。


 モンスターには危険度によってランクに分けられている。危険度が薄いGランクから危険度が増していき、F、E、D、C、B、A、Sランクまでが存在する。Sランクはそれ以下のランクとは違い少し特殊なのだが、今この場では関係ないため割愛する。


 ちなみにレオハルトが受けようとしている討伐依頼の対象、キラーホークは危険度Cに定められている。だが、先に説明した通り、発情期のキラーホークはつがい、或いは家族で集まっている場合が多い。

 Cランクというのは飽くまで単独での危険度。つがいであればBランク程度、家族であれば数によってはAランクにまで跳ね上がる場合もある。


 そして先程職員がレオハルトを指して口にしたBランクというのは、そのまま、レオハルトの冒険者としての練度を表している。

 モンスターと同じように、冒険者もGからSまでランクがあり、レオハルトはその中でBランクに位置している。


 話は戻るが、レオハルトが受けようとしている依頼はキラーホークのつがいの討伐。しかし、すでにつがいは子を成している可能性が高い。そうなると、レオハルトの冒険者ランクであるBを超える危険度A相当に達する可能性があるのだ。


 職員が訝しげな様子なのはそこが引っ掛かっての事だろう。だがレオハルトにとってかなりおいしい依頼であるこれを受けるのを止めたくはない。


「…解りました。それでは、アレックス・ベールさんがこの依頼を受理したと手続きを行います。少しの間お待ちください」


 ちなみに冒険者に登録する際、レオハルトは偽名を使用した。それが今職員が言ったアレックス・ベールである。

 さすがに本名を使う訳にもいかなかった。そうすれば当然、冒険者レオハルトの情報はここ、王都のギルドに届いてしまうのだから。


 まあ、少し裏技を使ってはいるが、これもこの場では関係のない話のため割愛する。


「お待たせしました。アレックス・ベールさん、御武運を」


 待つこと数十秒程、手続きを終えた職員がレオハルトに言葉を掛けてから腰を折ってお辞儀をする。

 冒険者が依頼を受け、旅立つ際に必ず依頼受付を担当した職員がする行動。

 見慣れた光景を一瞥してから、レオハルトは職員に背を向けてつい十分程前に通った出入口へと向かう。


「さて、エレノア。今日はどの依頼を受けようか」


 出入口へと向かうレオハルトの耳に、ふと男の声が届いた。

 横目で声が聞こえてきた方を見ると、丁度男女の二人組がレオハルトとすれ違う所だった。


 男はレオハルトよりも十センチ程背が高く、黒のインナーの上に銀に輝くチェストプレート、すね当てに籠手を装備している。腰には細身の剣を収めた鞘が差していた。


「学院は五日間休みですし、泊まり掛けの依頼も受けてみたいのですが…。そういう訳にもいかないですよね…」


 女は男よりもかなり背が低く、恐らく百五十センチあるかないかくらいではなかろうか。旅装束の上に白いローブを身に纏い、両手には背丈ほどある長い杖を握っていた。


「…」


 二人とすれ違い、そして離れていく。二人の話し声が遠ざかっていく。

 レオハルトは少し早足で出入口を潜り外へ出る。


 ギルドを出てから数十メートル行った所で、レオハルトは立ち止まって背後、ギルドがある方へと振り返った。


「…相変わらず仲が良い事で」


 小さくポツリと呟く。頭に浮かぶのは先程、ギルドを出る直前にすれ違った二人。


 レオハルトは笑みを溢しながら歩みを再開する。

 目指すは、依頼にあったキラーホークのつがいがいる森だ。

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