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とある魔力バカの奮闘記  作者: つくしんぼ
6/10

旅の目的

「魔族の動きが活発化してます」


 静まる部屋に、レオハルトの声が響き渡る。その言葉を聞いたコーネリウスの体がピクリと動く。


「魔王が眠りに着いてから百年。師匠の言ってた通りです。目覚めが近いんでしょう」


「確か…なのか」


 か細いコーネリウスの声。信じられないのだろう。今の世界は戦時下であった時代に比べてとても穏やかになった。だが、その平和は薄氷の上で成り立っている事を知る者は少ない。


「旅の最中、何度か魔族の痕跡を見ました。ですが、その姿は目にしてません。今は表立って行動するつもりはないのでしょう」


「…だろうな。魔王がいない今、そんな事をすれば四大国の戦力に叩かれる」


 現在世界に残存する四つの国家。

 ここ、サヴェルトス王国。サヴェルトス王国と同じ大陸に存在し、隣国であるオーフェリア共和国。サヴェルトス王国から遥か南の大陸を支配するスクィフェラム帝国。この三つの国から西、多くの島々で成り立つサーテムシア聖国。

 今、魔族が暴れだせばこの四つの国を同時に相手取る事となる。魔王がいるのならそれも可能であるかもしれないが、どう見ても得策ではない。


 本来であれば。


「ですが、近頃帝国がやけに戦力を集めているのが気になります」


「…その情報はこちらでも掴んでいる。活動が活発化しつつある魔族を警戒しての事だろう」


 普通に考えればコーネリウスの言った通りだ。魔族の動きは王国だけでなく、帝国や他の二国も掴んでいるはず。警戒し、軍備を整えるのは自然だ。


「ただ、その動きがあまりに早いのは気になるがな」


「えぇ」


 しかし、レオハルトとコーネリウスには懸念があった。帝国の動きが早すぎるという点だ。勿論これも、対策は早めにしておくに越したことはないと言われればそれまでだ。

 だが先の戦争、初めに仕掛けたのは帝国だった。そして、現在魔王と呼ばれる者がまだ人間だった頃、帝国出身であるという情報はすでに各国の中枢に知れ渡っている。故にというべきか、魔王が最初に攻め込んだのは帝国だったと言われている。


「この期に乗じて…と考えてるかもしれません。今代の皇帝は先代と違い、野心家ですから」


「ふむ…」


 先程言った通り、先の戦争を勃発させたのは帝国だ。だが、その戦争を止めようと最初に動いたのも帝国だった。誰もが不快を覚え、そして遺憾に思った。それでも戦争が終わったのは、先代皇帝の人となりと、それだけ先の戦争が人々にとって苦しかった事の現れかもしれない。

 そんな穏健派だった先代皇帝だが、六年前に亡くなり、皇帝職を引き継いだ今代皇帝は先代皇帝の息子なのだが…。その考え方はまるで父と真逆。今でこそ王国ら他三ヶ国との停戦協定を守っているが、いつまでその姿勢が続くか。


「レオハルト。気になる事があるなら全て言え。確証がなくとも構わん」


「…」


 コーネリウスに指摘され、レオハルトが黙り込む。コーネリウスの言う通り、まだ話していない懸念がレオハルトにはあった。旅の途中で耳にしたある噂。証拠もなく、ただ噂を聞いただけのため、全く当てにはならない一つの情報。


「帝国が、魔族と繋がっているという噂があります」


「なんだとっ?」


 冷静に話をし続けていたコーネリウスが声を荒げる。もし、この部屋に結界が張られていなければ外にまで声は届いていただろう。


「確証はありません。噂を話していた人物に聞いても、噂の出所は解らないと」


「むぅ…」


 コーネリウスが両腕を組んで俯き、何かを考え込む。当然だ。仮にレオハルトの言う通り、帝国が魔族と繋がっていた場合、世界のバランスは大きく変化する。それも、悪い方に。


「噂を確かめたいと思ったのですが、帝国は今、鎖国が厳しく…」


「入り込めなかった、か…」


 去年の事だった。スクィフェラム帝国はある政策を実行した。それが鎖国である。他国から入る人間を厳しく審査し、少しでもその人物に怪しい点があれば元々帝国の人間であったとしても入国を許可しないという徹底ぶりだ。

 何かあると睨んでいたが、もし魔族との繋がりを他国に漏らさないためだとしたらーーーーーー


「オーフェリア共和国とサーテムシア聖国の二国には怪しい動きはありませんでした」


「そうか。それならいいのだが…」


 レオハルトは旅の中で掴んだ情報を全てコーネリウスに伝えた。これにて、四年前から続いたレオハルトの任務は完遂された。各地を回り、情報を集め、気にかかるものは国の上層部に伝える。これが四年前、レオハルトが国を出た本当の理由である。知る者は国王と三大公爵達、そしてレオハルトの母マリアベルのみ。

 まだいるにはいるのだが、王国内に限定すればその五人のみである。


「…ご苦労だった、レオハルト」


「いえ」


 立ち上がりレオハルトに歩み寄ったコーネリウスは、レオハルトの肩に手を置きながら労いの言葉を掛ける。それに対してレオハルトは表情を変えずに短く返事を返す。


「ブルーメルス王に送る書状をすぐに書く。レオ、お前の部屋は掃除してある。今日は、ゆっくり休め。…といっても、もうすぐ昼食の時間だがな」


「え?え、いや…」


 コーネリウスがレオハルトを愛称で呼んだ。つまり、もう任務の話は終わりだと言外に告げているのだ。いやそれよりも、コーネリウスの言葉にはもっと気になる点があった。


「昼食なら外で食べてきますよ。いきなりもう一人分多く作れって、コックの人にはきついんじゃ…」


「ここのコックが何人分の食事を作ってると思ってる?一人分増えようが変わりはしないさ。それに、どうせアルフレッドがとっくにお前の分の食事を用意しろと厨房に伝えているさ」


「その通りでございます」


「うおっ!?アルフレッド!」


 コーネリウスがレオハルトを愛称で呼んだ時に、結界を解いた事には気付いていたが、だからといって侵入が早すぎではないだろうか。それも侵入した際の気配も全く感じなかった。

 アルフレッドは畏まった体勢のまま続ける。


「レオハルト様がお帰りになった事はすでに使用人達に知らせております」


「え?」


「厨房にも、レオハルト様の分の食事を追加せよと指示を出してあります」


「えぇ…」


 本当なら、昼は商店エリアであの宿の食堂以外の場所を探そうと思っていたのだが…というよりそうしたかったのだが、先回りされてしまった。というより、食事だけじゃなく寝泊まりもこの屋敷じゃなくどこかの宿で済まそうと思っていた。


「しかし、セレーナが嫌がるでしょう。あまり俺に近付きたくないでしょうし」


「セレーナか…。あの子は何も知らない…いや、何も知らない事に苛立っているからな。だが、話す訳にもいかん」


 父に家族揃って食事をと誘われるのは嬉しいが、セレーナの事がある。今、セレーナと近付くのは止めた方がいいだろう。


「マリアが悲しむな…。四年ぶりに家族が揃ったというのに」


「…仕方ないですよ。セレーナの怒りは、その原因は俺にあるんだ」


 母の事を出されると弱いが、仕方がない。妹と仲が冷めてしまったのは寂しいが、急いで仲を修復しようとしても間違いなく逆効果だろう。


「部屋の準備もしてもらってるようですが、この後宿をとりに行きますので…「いや。寝泊まりはここでしてもらうぞ」はぁ?」


 食事と一緒に寝泊まりも他の場所で済ませると言おうとしたレオハルトを遮って、コーネリウスが言う。

 レオハルトの呆けた声が漏れた。


「父上?何を…」


「お前、肝心な所で尻込みするからな。こうでもしなきゃ、お前とセレーナが話をする時間なんて作れないだろう」


「…」


 かなり直球気味にお前はへたれだと言われてしまった。割と凹む。


「ほれ、さっきも言ったが私はこれから王への書状を書かねばならん。お前はとっとと部屋に荷物を置いてこい」


「…」


「黙ってないで、さっさと行け」


 もう話は終わりだと言わんばかりにコーネリウスはレオハルトに背を向け、執務席へと戻る。そして机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出しペンを走らせる。

 これ以上はもう取り合ってはくれないようだ。そして、勝手に屋敷を出て宿をとれば後で叱られるだろう。


「…はぁ~」


 仕方ない。腹を括るしかないらしい。

 レオハルトは父に背を向け、開いた扉から執務室を出ていったのだった。


「…あれ、そういやアルフレッドは?」


 そしてふと気付いた時には、アルフレッドの気配が消えていたのだった。











 レオハルトとコーネリウスが執務室で密談していた頃、セレーナは廊下を歩き、自室へと向かっていた。背後から自分を追いかける足音にも自分を呼ぶ声にも目を向けず、ただ歩き続ける。


「セレーナ!」


「っ」


 一瞬、足が止まりかける。後ろから追いかけて来ているのは母だけだと思っていた。だが先程、 セレーナを呼んだ声は母のものではなかった。


「セレーナ、待って!」


 セレーナの肩に手が掛かる。肩に置かれた手に力がこもり、足を止める。無論、無理矢理振り払う事も出来たが、それはしなかった。

 先程の声と、そして今の声。振り返ると、その声の主である母とリオノーラの二人が立っていた。


「…リオノーラ様、お母様」


「セレーナ…」


 セレーナの肩に手を置いたのはリオノーラだった。リオノーラは手を離し、半身になってマリアベルの道を空ける。マリアベルはゆっくりと歩み寄り、セレーナの目の前で立ち止まる。


「…どうして」


「…」


 悲しげなマリアベルの視線から目を逸らす。マリアベルは目を逸らしたセレーナを見つめ続ける。


「…そんなに、レオが許せない?」


「…はい」


 マリアベルの問いに、セレーナは頷いて答える。セレーナとて解っている。レオハルトと仲違いしていても虚しいだけだという事は。それでも、簡単には割り切れない。せめて、レオハルトが国を出ていった、その本当の理由を知るまでは。


「兄が全部を話してくれるまでは、許すつもりはありません」


 はっきりと断言する。自分から妥協をして、兄を許すつもりはないと。断固たる意志を以て。


「ごめんなさい、お母様。きっと、お母様が望む私とお兄様の姿は、まだ見られない」


「セレーナ…」


「…それでは、明日の準備をしなくてはならないので」


 悲しげなマリアベルの瞳に胸が痛むが、セレーナはマリアベルを一瞥し、そしてリオノーラに会釈をしてから踵を返して歩き出したのだった。




「…マリアベル様」


「…貴女も、明日の課外授業の準備があるのでしょう?」


「それは…」


 セレーナが言った明日の準備とは、明日から三日間の日程で行われる合宿の事だ。セレーナやリオノーラが通っている魔法学院では、年間を通して課外授業が三回行われる。それは全ての生徒達が三回課外授業に出るという事ではなく、三つの組に分かれて一度ずつ課外授業をこなす仕組みになっている。

 そして明日、リオノーラとセレーナが所属する組が行う課外授業が開かれるのだ。


 国立魔法学院は六年制で、課外授業は六学年全ての生徒がランダムに分けられる。学年別ではなく、全ての学年が混ぜられた上で行われる。


「仕方のない事よね…、あの子が怒るのも…。でも、それは…」


「…」


「…ごめんなさい、貴女に言っても何にもならないわね。さあ、今日のところは帰りなさい。もうレオにはいつでも会えるのだから」


「や、やめてください!そんな言い方…」


 そんな言い方、まるで自分が不安がっているようではないか。課外授業から帰ってきた時、レオハルトがいなくなってるのでは、と。レオハルトがすぐに国を出て、また会えなくなるのではないか、と。


「レオを連れてきてくれてありがとう」


「…いえ。それでは、これで失礼致します」


 色々と言いたい事はあるし、セレーナの様子も気になるが、マリアベルの言う通り明日の準備がある。それに、セレーナに関してはリオノーラが深入りすべき問題ではない。

 リオノーラはマリアベルに会釈をしてから、屋敷の出口がある一階へと降りていくのだった。

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