帰郷の途中で
第一話書いて、小説投稿画面にいって、さあいざ!
あ、タイトル決めてない。
あーでもないこーでもない、と考えた末に決めたのがこれです。まあ…タイトルで読むか読まないか決めるなんて早々ないよね!?(まずタイトル見てあらすじ開くか決めてる奴が何か言ってる)
からからと耳障りの良い音は車輪の音。時折、それに混じって聴こえる硬い何かを蹴ったような音は、車輪が石を弾いた音。その音が鳴る度、車内は揺れ、同時に荷台の上に腰を下ろす少年の体もまた、ガクンと揺れる。
「おーい、兄ちゃん!酔ってたりしてねぇか!?もしそうなら馬車停めて休憩にするが!」
「いや、気にしないでいい!大丈夫だ!」
結構な頻度で起こる揺れも何のその。荷台で寛ぐ少年の耳に、馬車の前方から少年を気遣う男の声が届いた。その声の主がこの馬車の御者であり、そして道中一人歩く、真っ黒なローブに身を包んだ少年を乗せてくれた恩人でもある。明らかに怪しい格好をしていた少年を乗せてくれた、器の大きい男である。
視線を御者席へと向ければ、荷台を、正確には荷台に座る少年を覗く壮年の男が。男は少年の表情を見て、言葉通り大丈夫だと確認したのだろう。荷台に向けていた視線を前へと戻す。
「狭くてわりぃな!王都に届ける荷物が一杯でよ」
「全然。むしろ豪華で広いキャビンよりも落ち着くくらいさ」
「がはは!そうかい!そりゃあ良かった!」
茶目っ気が混じった少年の返事に、男は豪快に笑い声を上げる。言葉遣いは男らしく少々荒いが、優しい心根を持つ男に、少年は小さく笑みを浮かべる。
まあ、性根が腐ってたのならまず自分を心配してわざわざ馬車を止めたりしないだろうが。
まあ、そういうフリをしているという場合も考えられるがーーーーーー
「…あと、二時間くらいか」
「おぉ、よく分かるな兄ちゃん。外は見えないだろうに」
「布の中でも太陽は見えるからな。太陽の位置で時間の経過具合は解るし、後は馬車の速度を考えて大体の予想はつく」
「ほぉ~、太陽の位置でねぇ…」
御者の男が空を見上げる。太陽の位置でも確かめてるのだろう。
「長い間旅してる人なら誰でも出来るさ」
「おっと。長年運送業やってるおっちゃんの悪口かぁ?」
しまった、気を悪くさせたか。
そう少年は直感的に思ったが、男の返事の声には明らかに笑みが込められており、少年の言葉に気を悪くした様子は感じられない。その事に安堵した少年は、御者の男に聞こえないボリュームで息を吐いた。
「…しかしよぉ、兄ちゃん。長い間旅してるって言ってよぉ?兄ちゃん、随分若ぇじゃねぇの」
「…」
御者の男がかなり話しやすい、親しみやすい性格をしているせいで、少し喋りすぎてしまった。男が見えない背後で、少年が僅かに目を細くする。
「まぁ、俺にゃあ関係ねぇけどよ。これでも結構長ぇこと生きてっからな。色んな子供を見てきた訳よ」
「安心していいぞ。俺はそういう境遇で旅してる訳じゃないから。それに、王都に行くのだっていい加減帰んないと親が五月蝿そうだって思ったからだからな」
「がはは!そうかい!それならおっちゃん安心だ!」
まあ、帰る理由は親に無事な顔を見せるためだけじゃないのだが、それはこの男に話す理由はないし、義理もない。
静かに少年は傍らに置かれた身太な剣を撫でて、そして立ち上がった。
「あん?どうした、兄ちゃん。急に立ったら危ねぇぞ?」
少年が立ち上がった音は御者席まで届いており、男はこちらを覗きながら言う。
「スピードを上げろ」
「は?」
「スピードを上げろ、面倒な事になる前に」
先程までの雰囲気とはガラッと変わった少年の声に戸惑ってしまったか、男は少年の指示にすぐ従う事が出来なかった。そして、その遅れは致命的なミスとなってしまう。
「な、なんだぁ?」
男が素っ頓狂な声を出したのを聞き、もう間に合わない事を悟る。荷台から御者席へと体を乗り出し、外の様子を目にする。周囲から十数人の男達が此方に向かってきているのが目に見えた。
「すまん。後で金は払う」
「は?に、兄ちゃん!?」
少年は再び荷台へと戻ると、置いてあった剣を取り、鞘から抜いて後方の布を切り裂く。そして切り裂かれた布を払い、丸見えとなった馬車後方の景色を見渡す。
景色は違うが、此方でもまた、男達が此方に向かってきていた。ただ、前方よりは数は少なく、数えればその人数は七人。前方は詳しく数えてないため、正確な数は解らないが恐らく十人以上はいた。つまり、約二十人以上がこの馬車を襲ってきている事になる。
「いつの間に王都の近くはこんな物騒になったんだ…」
確かに街道で山賊に襲われるなんて、決して珍しい事ではない。しかし、こんな王都の近くで山賊が出るなんて聞いた事もなかった。だからこそ、この御者の男も護衛無しでいる訳で。
「さ、山賊…、何で…」
狼狽える男。そうこうしている内に、馬車は包囲されつつある。もう一刻の猶予もない。
「俺が応戦する。あんたは真っ直ぐ王都に向かってくれ」
少年は御者席に体を乗り出し、男の耳元に口を寄せて呟いた。
直後、ギョッとただでさえ山賊の登場に強張っていた表情を更に強張らせて男は少年の顔を見上げた。
「兄ちゃん!?何を言ってーーーーーー」
「俺が降りたら全速力で離脱するんだ。今なら俺が山賊を妨害すれば振り切れる」
男は何か言いたげだったが、聞く余裕はない。
もう衝突は避けられない。そして、少年はこの馬車を、男を守りながら戦える自信が無い。
少年はひらりと御者席から体を投げ出す。一瞬の浮遊感、すぐに着地した少年はまず馬車前方にいた山賊達に注意を向けた。馬車が離脱するために、一番最初に対応しなくてはならない連中だ。
「ーーーーーー」
全身に魔力を通す。一瞬後、駆け出した少年は、常人ならざるスピードで前を走る馬車を追い越していく。
「は、はぁ!?」
御者席で上がる驚愕の声を置き去りに、少年の速度に驚きを露にする前方の山賊の集団に向かって突っ込んでいく。
「な、何だこいつ!」
「狼狽えるな!ただの身体強化だ!」
全力ではないとはいえ、馬よりも速く走る少年。これは決して、この少年の身体能力のみで行われているものではない。先程山賊が口にした身体強化。身体に魔力を巡らせ、体の強度と耐久度を上げる基本的な魔法である。この世界にいる魔法を使える殆どの人間は、まずこの身体強化の魔法を最初に覚えると言って良い。
「ちっ、しょうがねぇ。まずはこいつからーーーーーーぐっ!?」
少年の思わぬスピードに山賊達が狼狽える中、冷静を保つ者もいた。
まずは、そいつから狙う。
流していた魔力の勢いを上げる。一瞬、全身を僅かな痛みが奔るがもう馴れたもの。動きを緩める事なく、速度を上げた少年は他の山賊達に指示を出す、恐らくリーダー格であろう男の背後に回り込み、首筋に手刀を入れる。
くぐもった声を漏らした男は力を失くし、ゆっくりと前から地面に倒れる。その様子を見る事しか出来なかった他の山賊達は足を止め、それぞれが持つ武器を少年に向ける。
が、その手が震えている事は、少年にも見てとれた。
「兄ちゃん!」
「行け!」
「…すまねぇ。衛兵呼んで、すぐ戻るからよ!死ぬんじゃねぇぞ!」
一連の流れを見て、自分がここにいても何も出来ないと悟ったのだろう。御者の男はそう言い残し、馬車のスピードを上げてその場から離脱していく。
「なっ…、くそっ!魔法で馬車を止めろ!」
後方から聞こえてくる山賊の指示を出す声。見かけはどうにもそうは見えないが、魔法を使える者はいるらしい。だが、前方にいる山賊達はその指示を聞いても少年を警戒したままでいる。どうやら、魔法を使える者は後方に固めているらしい。
ならば、もう前方の山賊はいい。馬の速度に追い付ける者などそうはいない。少年は体を翻し、前方の山賊を残して駆け出す。
「なっ!?」
突如向かってきた少年に戸惑いを見せる後方の山賊達。
だが、その中にいたスキンヘッドの男だけはすぐに冷静さを取り戻し、少年を見据えた。
「狙い変更だ、もう馬車はいい!こいつを焼き殺せ!」
状況判断が早い。そしてその指示に素早く従う山賊達の様子から、スキンヘッドの男はリーダー格ーーーーーーいや、リーダーと断定していいだろう。
それならば、やる事は一つーーーーーー
「喰らいやがれ!火炎球!」
数人の山賊が放ったのは、無詠唱で放てる炎属性魔法の一つ、火炎球。詠唱を必要とする魔法よりも威力は劣るが、魔力を練り、魔法名を唱えるだけですぐに放てる便利な魔法だ。
そして、魔法は込めた魔力の量で威力が決まる。一流の魔法使いは、火炎球で、二流魔法使いが放つ中級魔法を打ち破れる。決して、最下級の魔法とはいえ侮れないがーーーーーー
手に握られた剣の刀身に魔力を込める。何も、魔力を通せるのは人間の体だけではない。こうして武器等に魔力を込めて強化する、物質強化も立派な魔法の一つである。
「しっ!」
魔力を通した剣を大きく一文字に振るう。少年に迫る火球の数は四。その全てを、少年は一振りで打ち消した。
ーーーーーー威力は四人合わせてそこそこ、二流といったくらいか。
「ば、バカな!?」
「たった一振りで!」
その光景は、山賊達に衝撃を与えるものだった。
放たれた魔法を凌ぐために大抵の魔法使いがとる行動は、回避、或いは自信が持つ魔法での迎撃だ。少年がとった行動はこの二つの中では後者だがーーーーーー
「身体強化と、物質強化だけで…」
身体強化も物質強化も、殆どの魔法使いが使用する魔法だ。前線に出て戦う、所謂魔法剣士は当然その二つを使用するし、後方での固定砲台に徹するタイプの魔法使いも如何なる時に備えて身体強化を施すのが通常である。この二つの魔法は、現代において最も使われている魔法と言っていい。
「てめぇ、何モンだ…」
「そう怖がるなよ。別に珍しくないだろ?剣で魔法を斬るなんてさ」
少年の言う通り、剣で魔法を打ち破る事が出来る剣士は存在する。だが、少年が言うほど数は多くはない。
珍しくない?いや、断じてそれは違う。
(さっきのスピードといい、涼しい顔して魔法を斬ったのといい…。こいつ)
ここで、山賊のリーダーは、自分達は獲物にすべき相手を間違えた事を悟った。
(全員で一斉に襲い掛かれば…いや、駄目だ。こいつがそれを想定してないとは想えねぇ)
今、少年は周囲を囲まれている。馬車を後方から追っていたリーダーの部隊と、前方から襲って馬の足を止める予定だった、すでに少年に気絶させられた幹部の部隊。合わせて二十一人が、少年を包囲している。
だというのに、少年は顔色一つ変えない。人間でない、それこそ魔物を見るような、そんな色のない瞳で山賊達を見据えている。
(いつでも、その気になれば俺達を殺れる。そんな顔しやがって…)
山賊のリーダーは、この目と同じ目を見た事があった。まだ、山賊に身を堕とす前、王都の魔法学院に通ってた頃だ。国の魔法師になる事を夢見て、我無者羅になってたあの頃。機会があって、当時、同学年で成績トップだった生徒と試合をする事となった。
試合はあっという間に終わった。自分が放った魔法は相手が放った魔法に一瞬で呑み込まれ、そして敗北した。あの試合で、希望溢れる夢は一瞬にして絶望に呑まれた。才能の違いというものを、見せつけられた。
(あの目だ…。俺を見下す、あの目…っ)
腸が煮え繰り返り、今にも少年に飛びかかって行きそうになる足を必死に留める。
(駄目だ、逃げろ。俺達が敵う相手じゃない。逃げて、また別の獲物をーーーーーー)
「逃げよう、とか考えてる?」
リーダーの思考が止まった。男の瞳を覗く視線は、全てを見通してたかの様に、考えを言い当てた。
「あんたら逃がしたら、きっと別の奴が襲われるんだろうな。多分、さっきのおっさんがあんたらの事を兵に伝えてるだろうから、すぐに捕縛隊が結成されるだろうけど…」
捕まるまでに時間は空く。その間に、犠牲者が出ないとも限らない。
「もしそうなったら俺の良心がね、痛むわけですよ。チクチクと、な?」
「くっ…そがァ…!」
少年は、最初から山賊を捕らえる気でいた。逃がすつもり等毛頭なかった。撃退?違う。ここで、一網打尽にする。
「あまり抵抗すんなよ?手加減は苦手だから、うっかり殺すかもしんない」
「舐めてんじゃねぇぞこらぁぁあああああああああっ!!!」
リーダーが必死に抑えていた怒りが爆発する。
(こんな餓鬼にッ!ここまで虚仮にされて、黙ってられっかッ!)
一方、少年は先走って突っ込んでくるスキンヘッドの男を見て、ほくそ笑んでいた。
何故かは知らないが、自分に対してあの男が怒りを抱いていた事には気付いていた。そこを弄る様に挑発してみたが、いとも簡単には決壊してくれた。
ーーーーーーしかし、持ってる武器は杖の癖に、接近戦を挑んでくるつもりなのだろうか?
内心で首を傾げながら、魔法を使う様子も見せず、杖を少年に向かって振り下ろしてくる男の背後に回り込み、先程と同じように首筋目掛けて手刀を振り下ろす。
まるで、デシャブ。
くぐもった声を漏らした男は、ゆっくりと前から地面に倒れる。そしてその様子を目にした残りの山賊達は動揺を隠せず、おろおろとし始める。
「さっきも言ったけどさ。あんたら全員、逃がすつもりないから」
ここからはまるで流れ作業。頭を失った山賊達は統制されず、逃げようとしたり、いきり立って少年に襲いかかってきたり。襲いかかる山賊を対処しながら、逃げ出そうとする山賊にはすでに気絶させた山賊の体を放り投げて足を止める。
そうして、あっという間に、五分も経たずに少年は山賊を制圧。山賊達を木の根元に座らせ、山賊の一人が持っていたロープを山賊達ごと木に巻き付けて拘束したのだった。
王都に向かった御者が、兵達を連れて戻ってきたのは少年が山賊達を拘束してから二時間程経ってからだった。辺りは茜色の夕陽に染まり、空の一部は夜の帳に包まれ始めていた。
「兄ちゃん!無事だったか!」
すでに意識を取り戻した山賊達に睨まれていた少年を見つけた御者の男が馬から降りて駆け寄ってくる。その姿を見て、ふと気にかかった疑問を少年は聞いてみる事にした。
「おっさん、荷物はどうした?」
「んなの王都の兵に預けたよ!ってか、兄ちゃん、怪我とか…無さそう、だな」
兵達と共に来た御者の男だが、男の馬車はどこにも見当たらなかった。まあ、普通に考えて男の言う通り、荷物を預けて来るのは当然なのだが。
「すげぇな…。無傷でこいつら捕らえちまうなんて」
男は、ロープに縛られていた、今は兵達に連行されている山賊達を眺めながら言った。そして、体を少年の方に向けると、勢いよく腰を曲げて頭を下げた。
「兄ちゃん、助かった!もしあんたがいなかったら、俺ぁ今頃…」
「あー…、えっと…」
「何か礼をしてぇとこだけど…、俺ぁ金持ちじゃねぇし、金目になるモンも持ってねぇし…」
「いや、そんな気にしなくていーーーーーー」
「そういう訳にゃいかねぇ!あんたは俺の命の恩人だ!何か礼をしなきゃ気が済まねぇ!」
本当に気にしなくて良いのだが、それでは済まないらしい。とはいえ、別に欲しいものなんて無いし、こんな程度の事でただの民間人から金を受け取るなんて出来ない。しかし、それでは解放されそうにないし、どうするべきか。
「これで全員か?」
少年が考え込んでいると、目の前にいる御者以外の第三者の声がした。振り向くと、陽の光が反射し、目映く輝く銀色の鎧を身に着けた兵士が立っていた。
山賊達を縛っていた木に視線を向け、そこに誰もいない事を確認してから視線を兵士へと戻し、少年は口を開く。
「二十二人いたから、その数だけいたなら全部の筈だ」
「了解した」
兵士は少年にそう返事をすると、山賊達が押し込められていると思われるキャビンの近くに立っていた他の兵士と何やら話してから、扉を開けてキャビンの中を覗きだした。恐らく、少年が言った数と山賊の人数が合っているか確認しているのだろう。
山賊を押し込んだキャビンの確認を終えたのか、一度キャビンから出た二人の兵士は一言二言交わしてから、一人は再びキャビンの中へと戻り、もう一人、先程少年に確認を促した兵士が歩み寄ってくる。
「これより我々は王都へ戻る。君達にも同行してもらうぞ」
「あぁ。…でもよ、俺達ゃどこに乗りゃいいんだ?あれ全部山賊どもが乗ってんだろ?」
「あいつらを乗せたのはあの二台だけだ。残りの一台は空いている」
「え…。あの狭いキャビンに十一人ずつ乗せたの…」
兵士達が持ってきたキャビンは三台。その三台に山賊を別けて乗せたのかと思っていたが、違ったらしい。あの、どう見ても十人も入らない、五人でやっとに見えるキャビンの中に山賊達が押し込められているのだ。
「…ま、いっか。さ、乗ろうかおっさん」
「は?お、おう」
少年は考えるのを止めた。それに第一、あれは犯罪者集団だ。今からでも少し痛い目見てもらっても罰は当たらないだろう。
少年と男がキャビンに乗り、扉を閉めてから少しして、馬車が動き出した。色々あったが、これでようやく王都へ帰れる。予定してた時間よりかなり遅れてしまったが。
「なあ」
「?」
窓から見える、流れる景色を眺めていると、正面の席に座る男が声を上げた。視線を男の方へ向け、少年の目を真っ直ぐ見る男の目を見返す。
「さっきも言ったが…、本当に助かった。あんたがいなきゃ、俺はあいつらに殺されてた」
「…さっきも言ったけど、気にしなくていい。礼も別にいらないんだけど…」
「いやいやいや!命の恩人に礼一つできねぇ人でなしにしないでくれよ兄ちゃん!」
「…」
山賊に襲われたのは男だけでなく、少年も同じだ。これで馬車が襲われてたのを割り込んで助けに行ったのなら、気持ちも変わってたのかもしれないが。
「…そうだ。あんた、王都には良く行ってるのか?」
「あ?あぁ、王都と近くの村と街を往復してっからな」
「それなら、王都の安くて良い宿教えてくれないか?礼はそれって事で」
ポカンと口を半開きにして呆然とする男。数秒後、ハッと我に返った男は激しく頭を振る。
「いや、いやいや、いやいやいや!そんなんで良いのか!?」
「そんなんで良いんだよ。大体、山賊に襲われたのは俺もなんだから。おっさんを助けたのは飽くまで自衛の延長なんだぞ?それで盛大なお礼されても気が引ける」
ぐっと言葉を詰まらせる男。
これ以上の礼を受け取るつもりはない。もう少年の意志が固い事を察した男に出来る事は、もう一つしかない。
「…解った。ならせめて、あんたの宿代だけでも払わせてくれ。頼む!」
「…はぁ。一泊しかするつもりないから、それだけな」
「っ…!あぁ!任されたぜ兄ちゃん!」
他人の宿代を余計に払う事になっているのに、何故嬉しそうにしているのやら。呆れが含んだ溜め息を吐いてから窓の景色へと視線を戻す。
「そうだ兄ちゃん。あんたの名前を教えてくれよ」
「名前?」
すると、男は再び少年に声を掛けた。少年は思わぬ質問に目を瞬かせる。
「おう。俺はガウスってんだ。兄ちゃんは?」
「…」
名前。それを告げる事が何を意味するか、少年には解っている。だが、ここで名乗らないのも余りに不自然だ。
ーーーーーー仕方ない。名前だけ名乗るか。
「レオハルトだ」
「レオハルト…、かっけぇ名前だなぁ兄ちゃんよぉ!」
この名を聞いて、ただ感心するだけの男に少年、レオハルトは密かに安堵する。
もし、フルネームで名乗っていたら、この俗世に疎そうな男でも気付いていただろうから。
「…ホント、明日からどうしよう」
レオハルトがポツリと漏らすが、実際のところ明日何をするか、何をしなくてはならないのかはもう決まっているのだ。ただ、明日自身の周りで起こるであろう事を想像し、憂鬱になってしまったが故の先程の呟き。
「んぁ?何か言ったか、兄ちゃん?」
「…いや、もうすぐで王都に着くなって言っただけだよ」
四年。レオハルトが王都を出てから経った年月だ。長い間離れてはいたが、この道は覚えている。王都にいた頃、家族と、友と共に何度も通ってきた道だ。
王都は、近い。
これからじっくりのんびり進めていこうと思います。
よろしくお願い致します。