柴咲コウの残念な夢
夢に女優の柴咲コウが出てきた。夢の中の彼女は僕の姪で、彼女が小さい頃に抱いて寝かしつけたり、一緒に遊んでやった記憶がある。
その彼女が何かで悩んでいるというので、家まで会いに行ったのだが、家では彼女の父親が、カッターシャツを着たり、ネクタイをしめたりして、バタバタと出勤の準備をしている。この父親は僕にとっては兄か弟にあたるわけだが、実際には僕には男の兄弟はいない。
彼女はネグリジェのような、白い、薄い木綿のワンピースのようなものを着ていて、部屋の隅で体育座りをしている。父親から事情を聞くと、彼女は「自分は美しくない」と言って悩んでいるという。
冗談で言っているのだろうか、それとも誰かの気をひきたくて、あえてそのような言い方をしているのか、とにかく父親は困っているようで、僕からなんとか言い聞かせてくれと頼まれる。
彼女が床に視線を落としているので、とりあえずこちらを向かせようとして、幼い頃によくしていたように、彼女の顔を両手で包むようにして上を向かせた。なんともなめらかな、僕の手に吸いついてくるような肌の感触がした。そして、僕の腕のあたりに、彼女のひざ頭が当たっているのだが、そちらもスベスベの感触がしている。
フロイトは「夢には色も音もない」と言っていたはずである。しかし、僕の夢には色も音もあるし、このように、触感が印象的な夢もある。
とにかく彼女は、ビジュアル的にも美しいし、実際に肌に触れてみると、更にその美しさが補完された。そんな彼女が「自分は美しくない」と悩んでいる。これはやっかいな案件だと思った。とにかく何か言って、彼女をなぐさめなければならない、あるいは、なだめなければならない。
「君は美しいよ」これはなんとも陳腐な言葉である。「君は平均的な女性と比べても、かなり美しい方だよ」これも平均という基準があいまいである。「君は誰よりも美しいよ」「君は世界で一番美しいよ」これはあきらかに言い過ぎだと自分でも思っている。世界中を探せば、もっと美しい人は、いるかもしれないと思うからである。
色々な言葉が頭に浮かぶが、どれも言えないまま、なんとなく手持ち無沙汰な時間が流れる。彼女のおかっぱの髪は、目にかかるかかからないかくらいの長さで、その髪ごしにじっと僕を見ている。
待てよ、たしかに以前は、柴咲コウはおかっぱ頭だったけど、最近は前髪を伸ばしてるんじゃなかったっけ、これは本物の柴咲コウなのか・・・と思いはじめる。いや、待て待て、これは夢なんだから、以前のイメージが映像化していてもおかしくないじゃないか・・・えっ、そもそもこれが夢だってことを認識してるのか?
僕の頭の中で色々な考えが駆け巡って、自分の立ち位置があいまいになってくる。夢の中の人物としてふるまっている自分、その自分を観察している自分、更にその外側から、第三者としてこの現象全体を解釈しようとしている自分。
そもそも柴咲コウは、僕に夢や希望を与えてくれるプラスの存在なのか、それとも、僕を迷わせたり、誘惑したりするために出てきているマイナスの存在なのか、その部分さえ判断がつきかねている。
しかし目の前にいる彼女の映像と、触れている肌の感触だけはリアルなのである。とりあえず、生足の感触だけでもどうにかしようと思い「お前、色っぽ過ぎるだろ」などと冗談を言いながら、ワンピースの生地を引っ張って、自分の腕との間に置いた。木綿の生地一枚の感触で、かなり心は落ち着いたのだが、布一枚を間においても、彼女の体温は伝わって来る。
これは本当に夢なのだろうか、それとも生霊のようなものを体験しているのだろうか。もっと、思春期の少年の見るような、ストレートにエロな夢だったらいいのに、なんか無駄に複雑で、わかりにくい夢だ。
本当の事を言うと、僕はすでに正解を知っている、というか、少なくとも知っているつもりではいる。ここで求められている「美しい」という言葉は、症状に対する処方箋のようなもので、その薬にはどういう成分が何ミリグラム入っているかとか、身体のどの部分に作用するかというようなことは知らなくても、ただ飲んで布団をかぶって寝れば、次の朝には症状はかなり回復しているのである。
だから僕はただ「そんなことないよ、君は美しいよ」と言えばいいだけなのだが、僕は「美しい」という言葉の意味についてこだわり、そしてその言葉を、姪で女優である柴咲コウに向かって言うことに、何かのためらいを感じているのである。
そのようなことに一切ストレスを感じずに「君は美しいよ」とあっさり言ってしまえる、シンプルな心を持った男性なら、そんなにカッコよくなくても、女性にもてるんだろうなあと思う。「あなたはそんな簡単なこともできてないんですよ」というメッセージを伝えたい夢なのだろうと思う。
結局何の進展もないまま、目が覚めてしまった。残念、柴咲コウさん、もう一度出てきて・・・