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これは男にとって嬉しい誤算だった。とは言っても、女同様すぐに殺すつもりだったが。
そして闇に浮き出るその顔を見た瞬間、男は息を飲んだ。
生きる気力のない何も映さない瞳は、もう死んでいるのと同じようだった。
生きているのを証明するかのように、男は子供の腕を掴んで立ち上がらせた。抵抗することなく起立した子供の背丈は、男が膝立ちになったことでやっと視線が同じになるくらいだった。
「一緒に来るか?」
「……」
返事はなかった。長い沈黙の間、子供は掴まれた腕を見ていた。
その腕が次に来るのは頭か、それとも腹か。
腕だけじゃない。足も警戒しなければ。
全身の筋肉に力を入れる。頭は庇うと殴られる時間が延びるだけだったから、これが唯一子供に許された防御とも言えた。
しかし、子供の予想したことは起こらなかった。
戸惑いながら男を見ると、黒の瞳には初めて見る自分の姿が映っていた。
「お前の幸せを奪ったもの全てが壊れるところを見たいと思わないか?」
男はとても優しい口調でそう言った。
ーーーーこいつが幸せになれるとでも?
そう嘲笑ったのは誰だったろう。
男は自分の口元を手のひらで覆い、その笑みを隠した。
これからこの子供に与えるのは幸福などではない。
ここよりも酷い地獄だろう。
このままここで一生を終える方がどんなに楽か。
ーーー絶対に許さない。
女の声が頭に響いた。
泣きたいくらいに懐かしく、心臓を掴まれるような激痛が蘇る。
ーーー新しい××なんて、殺してしまって。私と同じように
そうだ。殺さなければ。
地獄よりも酷い、誰よりも残酷で、哀れな最期でなければ。
それが男に託された願いだった。
「ミエル…」
男がその名を口にしたのは数年ぶりだった。
「お前は、この世に神はいると思うか?」
「……」
「俺はいると信じている」
「……バ……ノ」
「話せるのか?なんだ、言ってみろ」
話しかけてくれる男に何も返せないことが子供は悲しかった。
だからせめて、自分の知る言葉を伝えたかった。
意味も知らない、よく聞いた言葉だ。
「バケモノ」
発音は間違っていない筈だ。
しかし、男の顔はとても険しくなり、子供は失敗を悟って俯いた。
強く腕を引かれ。そっと顔を上げると、立ち上がった男に見下ろされていた。
その瞳には強い何かを感じた。
それが何かは分からなかったが、不思議と安心した。
「俺と一緒に来い。お前の幸せを奪ったもの全てを壊してやろう」
今度は自分に言い聞かせるように男言った。
もちろん子供には理解できなかった。しかし、その言葉に子供はコクリと頷いた。




