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階段を刺すように、女は力を込めて階段を降りた。
前にここへきたのはいつだっただろうか。
二週間は来ていない。いや、一ヶ月だっただろうか。
しかし、その日に何があったかは、はっきりと覚えている。
恋人のショーンが浮気をした日だ。あの忌々しい果物売りのエイミーという女と路地でキスをしていたのを見てしまった。
エイミーはすぐにこちらに気づいたが、驚く様子もなく勝ち誇ったように目の端を細めた。
ショーンと付き合っていることはエイミーも知っていたはずなのに。
怒りがこみ上げた女はエイミーの髪を引っ掴み、思い切り頰を叩いた。
ギョッとしたショーンがエイミーを庇ったのも気に入らなかった。
女は思いつくだけのエイミーの悪口を叫び、ショーンのために焼いたリンゴパイを籠ごと地面に叩きつけて、そのまま自分の店の地下室に足を運んだ。
そして今日、ショーンは別れを切り出してきたのだ。
エイミーに子供ができたから結婚したいなどとふざけたことを言っていた。
悪夢だ。早くこの夢が終わればいい。
女はショーンに縋り付いたが、ショーンがその手を取ることは無かった。代わりに軽蔑のこもった視線を向けて「お前、子供がいるんだろう」と言った。
子供?
一瞬、なんのことか分からなかった。そんな女の態度に、ショーンは忌々しいとばかりに舌打ちをした。
「地下で子供を育ててるって。エイミーから聞いた。…もういいだろ。俺は町を出て行くし、二度と顔を合わすことはないよ」
力の抜けた女の手を振り払い、ショーンは背を向けた。
女はショーンを静かに見送り、ゆっくりと立ち上がった。足についた土を払い、自宅へと向かった。それが先ほど女に起こった悪夢だった。
「ここに来ると嫌なことばかり思い出すわ」
女の呟きに、薄暗い地下の一番奥で小さく蠢くモノがいた。
カツンーーーカツンーーー。
ヒールの音に耳をすますソレに女の苛立ちは増す一方だった。そして唇に歪んだ笑みを浮かべた。
「あんたまだ生きてるの。水も、食べるものだって、ずっとあげてないのに……なんで死なないのよ」
皮肉めいていうが、返事はない。
言葉を教えていないから理解もしていないだろう。それでも、沸々と沸き上がる怒りを女は鎮められなかった。
おもむろに駆け出し、ソレに殴りかかった。
ソレはまだ小さな子供だった。
「あんたを育ててるだって!?お前もそう思うかいっ?」
一発、二発ーーー子供の顔や体を喚きながら殴る女は異常だったが、泣き声一つあげない子供は不気味だった。
「なんで……こんな、こんな化け物のせいでっ!!」
不気味な子供。
生まれた時からそうだった。