新たな別館、アイジストゥラの新居
(* ̄∇ ̄)ノ 領主館の近くに新しい別館ができました。
新しくできたばかりの建物。ウィラーイン伯爵家が建てたその建物は、新領主館のすぐ近く。表向きはアプラース王子の住む館となっている。
新領主館はローグシーの第一街壁と大二街壁の間にある。当時、第一街壁の中に新しく館を建てる土地が無く、第一街壁の外に新たな領主館を建築。
かつてウィラーイン伯爵ハラードがゼラに約束した、ゼラとカダールが住める館を建てた。
建築計画が始まったばかりの第二街壁は、このときまだ未完成。中央から来たシウタグラ商会の商会長パリアクスなどは、伯爵家の正気を疑った。
魔獣深森に近いローグシーの街で、まだ街壁に守られていないところに館を建てるなど、と。
一方でローグシーの街の住人は、流石は我らの無双伯爵。無敵の双剣士ハラード様に恐れるものは無し、と盛り上がった。
伯爵様の住むところを守るぞ、と第二街壁の建造は異例の速さで進む。
その第二街壁と第一街壁の間。新領主館は高い塀に囲まれ、近くには黒の聖獣警護隊の宿舎、ルブセィラ女史の研究所がある。新しく作られたグリーンラビット飼育試験場は少し離れている。
新領主館の近くに立てられた、新たな別館。
実態は深都の住人の住む為の建物。内部は深都の大使アイジスの執務室にカッセル、ユッキル、ララティが住む部屋。
加えてローグシーの街で捕獲した深都の脱走者を保護する為にある。建築には深都の住人、スキュラのハイアディの協力もある。内部は深都の住人に都合が良い造りとなっており、部屋も広く天井も高くできている。
「アイジスねえ様、これなら人でもメンテナンスはできるんじゃないかしら?」
「ハイアディには手間をかけさせた。ありがとう」
「人の大工と一緒に作業するなんて初めてで、戸惑ったけれど、みんないい人ばかりね」
「正体は見せて無いだろうな?」
「危ないって思ったときは、直ぐに領主館の中に隠れたから」
ハイアディは夜中にスキュラの姿で地下と基礎工事をしている。土系と水系の魔法が得意で、深都の住人の建物に詳しいハイアディが設計に手を加えている。
ハイアディがした夜中の秘密の工事は、表向きルミリアとゼラがやったことにしてある。
地下と基礎がどうなっているかをハイアディが大工に伝え、ついでにそのまま大工の手伝いを怪しまれない程度に。
現場の職人達は、何故か建築図面に詳しいという美人のメイドの存在に首を傾げたり、鼻の下を伸ばしたりしていた。
こうしてできた別館。まだできたばかりでカーテンも家具もこれからだ。ここに揃える家具をルミリア、ルブセィラ女史、黒の聖獣警護隊の研究班、武装班が試作中。
その建物の地下、深都の大使の個室となるところでアイジストゥラは、はぁ、と息を吐く。
「いや、まあ、こうしていろいろ用意してもらえるのは、有り難いのだが……」
人の個室と比較すれば、まるでホールのように広く大きく作られた部屋。深都の住人の中でも身体の大きいアイジスが正体を現しても余裕がある広さ。
十二姉の一人、亀の王、アクーパーラのアイジストゥラ。その下半身とは巨大な海ガメ。蜘蛛の姫ゼラより一回り大きい海ガメの甲羅は、ゼラが乗れる。その様子を見て、芸術家の赤髭が感動のあまり芸術的衝動が爆発したりもした。
部屋の中にはアイジスの海ガメ体が浸かれる広さの水槽があり、アイジスが大きな足ヒレを動かすとチャプンと水音がする。
水槽脇には淡いブルーのクッションが並ぶ。
ゼラの作った防水布で作られたクッションはそのまま浮き輪にもなる。水を弾く布で作られたクッションが水槽近くの床に並び、アイジスはその女性体の上半身を投げ出すようにうつ伏せに寝る。
まるで部屋の一角が池になっているような、大きな部屋の中に池のある中庭を作ったような奇妙な部屋。
ふかふかの防水クッションはベッドのようにアイジスの身体を受け止める。
(落ち着くような、落ち着かないような。深都の私の部屋に似ている。当たり前か、深都の私の部屋を手直ししたのもハイアディだ。ハイアディは深都の水中組の建築を手伝ったりしていたが、専門は確か、地下水道回りのハズ)
そして肘をつきうつ伏せになるアイジスが持つ右手のグラスには、酒精の高いブランデー。だらしなくうつ伏せのまた、舐めるようにブランデーを口にする。
「酒も旨いし……」
深都にも酒はある。しかし、酒好きな深都の住人が魔法で強引に作った物であり、出来映えとしてはイマイチなところがある。手っ取り早く作ろうとした酒精には、薬臭い合成ものの苦味が強い。
アイジスが持つグラスの中の液体は、口の中から喉に溶けていくような呑みやすさ。後に残る熱がたまらない。
「ルミリア様の作った蒸留器で、このブランデーはウィラーイン領の隣の領で作られたもの、なんだって」
「そうか」
「ウィラーイン領兵団が魔獣深森から守ってくれる、ということで、農作物を保存できるお酒とかチーズとかに加工するのに力を入れてるとこがある、と、この前、ルミリア様から教えてもらいました」
「人の手で丁寧に時間をかけて作られた酒が、これほど旨いとは」
アイジスに説明しながら酒を注ぐのは、少年執事ニース。空になったグラスにお代わりのブランデーを注ぐ。
アイジスおつきとなった少年ニース。今はウィラーイン家の執事見習いとして修行中。言葉使いなど直しつつ、最近はアイジスの書類仕事の手伝いなどもできるようになった。
このアイジスの部屋では気楽に過ごすが、領主館の中では礼儀作法などしっかりと身につけつつある。
その少年がクッションに座り、微笑みながらアイジスを見ている。
アイジスは少年に注がれたブランデーのグラスに視線を落とす。
旨い酒、美味しいお菓子。献身的に仕える少年執事。
「このままでは、堕落してしまう……」
「アイジスは領主館で重大なお仕事をちゃんとしてるんじゃ?」
「それはそれで、やってはいるが」
人の領主と深都を繋ぐ大使としての仕事。本来の目的は、深都を抜け出した妹達がローグシーの街で騒ぎを起こさぬように見張ること。
ウィラーイン家はアイジスに協力的で、抜け出した深都の住人に頭を抱えるアイジスに、同情的なところもある。
アイジスは深都の住人の正体を知る人との外交に気負いはあったものの、補佐としてクイン、アシェ、カッセル、ユッキルは役に立っている。何よりアイジス一人では人とこれほど友好が結べたかどうか、と思う部分で上手くやっている。
(クインはもとから人に好意的だったが、アシェがまるでメイドの一人のように人の子に仕えるとは。カッセルもユッキルも、古代妄想狂への恨みが強いハズが、ここではわりと大人しい。ララティは目を離すと何をやらかすか解らんが、人と打ち解けることでは一番だ。心配していたハイアディも落ち着いている上に、ローグシーの街の見回りも任せられそうだし)
予想していたよりも随分と居心地が良い。その上、成長を見守るべき対象のゼラの娘、カラァとジプソフィを間近に見れば頬が緩む。
(我らが母もカダールと話をしてから、随分と落ち着いている。機能暴走の不安も少ない)
安心できることが増え、人との暮らしにも少し慣れてきた。気が緩みがちになるのを自制しつつも、こうして部屋で正体を出して酒を楽しめるとなると。
「これでいいのだろうか?」
グラスのブランデーを飲み干してクッションにパタリと顔を埋める。そのアイジスの黒い髪にそっと触れる手がある。
「休めるときにちゃんと休むのも大事なこと、だとか」
言いながら少年執事は、アイジスの黒い髪を撫でる。
(どうしてニースは、私に触れたがるのか……)
そんなことを思いながらも触れる手の暖かさが心地好く、だけど迂闊なことを聞けば何かが壊れるような気がするアイジスは、何も言えないまま手を伸ばす。その手をニースはそっと握る。左手の中指におさまる銀の指輪がキラリと光る。
「ハイアディとルミリア様がクラゲの養殖に挑戦すると、言ってました」
「まったくハイアディは……」
「クラゲがアイジスの好物なんですよね?」
「あぁ、そうだ。食べ慣れているというか、昔は主食だったというか」
「クラゲって見たこと無いから。どんな生き物なんですか?」
「どんなって、半透明で身体の向こうが透けて見えて、足は短かったり長かったり、海の中ではふわふわ漂うようにしていて」
「聞いてもよくわかんないですね」
「人が食べられるものじゃないか……」
ニースが注ぐブランデーを何杯も呑みつつ、アイジスの知る海の話をする。海を見たことの無いニースは目を輝かせてアイジスの話を聞く。
「ニースも呑むか?」
「じゃあ、ちょっとだけ」
夜の中、ランプの明かりの中で足ヒレを動かせばチャプと水音が鳴る。静かな夜の中、ニースに南の海の話をする。
アイジスは右手にグラス、左手にニースの手を握ったまま、遠い昔に暮らした海の景色を思い出す。
翌朝、横になるニースの膝枕に顔を埋めるようにして寝ていたアイジスは、その姿をカッセル、ユッキルに目撃される。
「ち、ち、違う、違うぞ? 何もしてないからな?」
顔を赤くして言い訳するアイジスの言葉を、双子のリス姉妹は、わかっている、何も言うな、うむうむ、と神妙に頷いて聞く。
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます。




