リス姉妹の二人旅
深都のお姉さまが次々と、
次は、リス? 姉妹キャラ?
夜明け、暗い大地に日が射し、夜に生きる獣は眠り、昼に生きる鳥が目覚め、鳴き声を上げるころ。
「むう……、ぐうう」
粗末な小屋の中、一人の逞しい武芸者がイビキをかいて眠っている。正確には目が覚めてきているが、もう一度寝ようとしている。周りが騒がしくて起こされてしまった。夜明けでまだ薄暗い。
武芸者の顔の近くに一匹のリスがいる。そのリスはおそるおそるという感じで、武芸者の口に顔を寄せようとしている。
(人を恐れないとは変わったリスだが、毎朝、毎朝……)
そうっと武芸者の唇に顔を寄せるリス。そのリスに近寄ったもう一匹のリスが、真横から飛び蹴りを食らわせる。そのまま二匹はひとつの毛玉のようになってゴロゴロと向こうへ転がっていく。
まったく、騒がしい。しかし、リスとは飛び蹴りとかするものなのか? あれは肘打ちから裏拳? 流れるような連撃、おお、巴投げまで。
いつからか二匹のリスが小屋の中に入ってくるようになった。普通のリスと比べて少し大きいが、これも魔獣深森に近いからだろうか? なついてくれるのは可愛いらしいが、あの二匹は何故、毎朝この小屋でケンカをするのだろうか?
チイ、チイ、と何やらお互いに非難するような鳴き声を上げて、二匹のリスは俺の寝る布団の上でケンカを続ける。
このリス達のおかげで、すっかり早起きになってしまった。俺が起きるまでこの二匹はケンカをやめない。できればもう少し寝かせて欲しいのだが。
「わかったわかった、起きる、起きるから」
頭をかいて身を起こすと、目をパチクリさせた二匹のリスが並んでこちらを見上げる。さっきまでケンカしていたのが嘘のように、布団の上に仲良く身を寄せて。
「おはよう」
リスに人の言葉など解る訳が無く返事も無い。それでもこの二匹につい話しかけてしまう。近くのかごの中のクルミを掴み、布団の上で見上げる二匹のリスに与える。受け取った二匹は小さな手で受け取り、音を鳴らしてクルミの殻に歯を立てる。
野性の獣がこんなに人に慣れて、大丈夫なのか? 山に籠り剣の道を極めんと孤高の修行の筈が、どうにも最近は騒がしい。
昨日の残りの粥を温め朝飯とする。食い終わる前に外から声がする。
「師匠! おはようございます!」
「もう来たのか? 少し待っててくれ」
「はい!」
小屋の扉の外からは野太い男の声。粥をかきこみ、腰に剣帯を巻く。愛用の長剣をひとつ下げて小屋を出る。
「「師匠! おはようございます!」」
「あぁ、おはよう」
並ぶ八人の男達。いずれも十代の若造で俺を見る目はキラキラしている。
近くの村で商人の護衛の仕事を引き受けた。そのとき野盗に襲われたが、未熟者ばかりで返り討ちにした。腕力自慢ばかりで武芸も知らぬ素人ばかり。殺さぬように手加減する余裕すらあった。
この男達八人はそのときの野盗だ。子供のときに魔獣に村が襲われ無くなり、生きる術を無くして野盗になっていた、という。
それを聞けば野盗だからと討つことも躊躇われる。かと言って近くの村でこいつらを受け入れることも難しい。
「師匠、よろしくお願いします!」
「あぁ、では前に教えたことに気をつけて、剣の素振りからしよう」
腕っぷしが取り柄のコイツらを魔獣から村を守る戦士として、村が雇うというのはどうだ? と、提案してみた。村としては雇う余裕も無いということだが、コイツらがものになれば畑を広げられるかもしれん。
そうしたら、村長が、
『魔獣狩りができるように、剣士殿が彼らを鍛えて下さい』
『俺が?』
『剣士殿の弟子となり、村の役に立つとなれば、野盗としてやってきたことに目を瞑りましょう』
と、言い出して、村を無くして野盗としても半端な若造の師匠になってしまった。俺の修行もまだまだだと言うのに、いきなり弟子が八人も。しかも男ばかりで色気も無い。
かと言ってこいつらを野盗として殺すのも、なぁ。
「師匠、これでいいですか?」
「だから腕力で振るな、と、言ってるだろうに」
「いや、武器って腕で振り回すもんじゃ?」
「それは、得物に振り回されてるだけで、武器を使うとは言わんよ」
「じゃあ、武器を使うっていうのは?」
「長い物は短く使い、短い物は長く使う。重い物は軽く使い、軽いものは重く使う」
「師匠、どうやっても重いもんは重いんじゃねぇの?」
「これができれば、鍋の蓋でもゴブリンを殺せる」
「えー? 師匠がすげえのは身を持って知ってるけどよー」
「お前、その剣を横に向けて持ってろ。今、見せてやるから」
腰の愛用の剣を抜き、頭上高く構える大上段。
「頭の上に剣を構えたら、ここから手で剣を振り下ろすんじゃ無い。剣を支える自分がいなくなれば、剣は真っ直ぐ下に落ちる。剣の軌道の邪魔になる自分の身を消していくのよ」
若造が横に構える長剣に向けて、俺の剣を落とす。
「我を消して、体を消してこそ、剣が在る」
口笛を吹くような高い音ひとつ。斬鉄は上手く切れる程にガツンとぶつかるような手応えは無い。金槌で板を叩くような手応えが有る内は、斬れずに叩いてるだけだ。
キン、と軽い音を立てて、若造の持つ剣が半ばから斬れて先が落ちる。ポトリと地に着く。
「「すげええええ!!」」
「大袈裟だ、お前ら」
「師匠、これなら盾も鎧も斬れるんじゃ?」
「盾も鎧も使い手次第だ。持ってる奴が動いて斬撃を流せばこうはいかん。添え物斬りならともかく」
「これ、俺にもできるようになりますか?」
「それを俺が今、教えてるんだが。このくらいできないと一人で魔獣の群れ相手にどうするんだ?」
「師匠は先ずそこがおかしいと思うんですけど。一人で魔獣の群れを相手にしようってのが」
「それができれば、村を守れるだろう。住む村を無くしたくなければ、やってみろ」
俺の言うことに目を輝かせていい返事をする男達。こいつらはバカだが、根っから悪い奴等じゃ無い。
住む村が魔獣に食われて無くなってなければ、野盗なんてやって無かっただろうに。
「よし、今日はグリーンラビットでも狩りに行くか」
「え? 森の奥に入るんすか? グリーンラビットって、前歯で足を食いちぎるって」
「そのグリーンラビットを狩れれば、肉は旨いぞ。お前ら、旨い肉は食いたく無いのか?」
「ええ!? 魔獣を食うんですかい?」
「それができると、村の中じゃなくてここみたいな森の浅部に住めるようになれる」
「師匠はほんとに人間ですか?」
「お前らな、人間は鍛えれば、いろいろできるようになるもんだぞ。端から諦めるんじゃ無い」
ふと視線を感じて見上げてみれば、二匹のリスがこっちをジーっと見ていた。木の枝の上に寄り添うように並び、黒いつぶらな瞳が四つ、俺を見つめている。
あいつら俺の武術に興味があるのか? 真逆な。
◇◇◇
♪揺らぐ面影、森の中
滲む涙のその向こう
微笑む思い出胸に沈め
修羅と羅刹の二人旅
鏡に映す心の声に
幽かな正気を繋ぐ
恨みの風に背を押され
進む先に道は無し
最早、ここは道の外
悪鬼外道の行くところ
唄え、討ち取れ、打ち鳴らせ
狂い死ぬは赦されず
唄え、討たれ、討ち殺せ
仇を討つまでは赦されず
思い返せば森の中
優しい声が遠ざかる
繰り返す血と死の刃風
胸を裂き悶え討つ
間に合わぬなら、ああいっそ
共に果てれば良かったのに
置いて行かれて行き場も無く
仇を討つより他に無し
己を律する声遠く
人ならざる者が征く
唄え、討ち取れ、打ち鳴らせ
奪われた者は帰らずとも
唄え、討たれ、討ち殺せ
このまま闇には沈めない――
「ば、バカな! 余の古代魔術鎧が人の剣で切れるなど!」
「……こんな過去の遺物の為に、あの人を殺したのか?」
喚く男の前にはバラバラに切り刻まれた古代魔術鎧。中に人が乗り込む古代魔術文明の人型兵器。人を越える力に鋼の装甲、人の新たな力として魔獣に立ち向かう兵器として。
古代魔術鎧を復活させ己の権勢としようとした男は、目の前の光景が信じられない。
腰に毛皮を巻き付けた奇妙な衣服の女剣士が立ち上がる。
「己が身を鍛えることも無く、理屈も解らず満足に扱うこともできぬ古代の遺物に頼る。借り物の力で気分だけは強者となり、それで魔獣深森に挑むとは」
黒い瞳が男を睨む。深く暗い瞳に光は無い。
「身の程知らずの愚か者め」
男を睨む女剣士の向こう、背後から襲おうとしたもう一体の古代魔術鎧に幾つもの線が走る。一瞬の停止、ガラガラと支えを無くした積み木細工のように、古代魔術鎧は振り上げた斧を下ろす間も無く破片へと変わる。
その向こうにいるのは二刀流の女剣士、剣を振り抜いた姿勢で立つ。こちらも毛皮を腰に巻いた奇妙な衣服を着ている。
「姉よ、ちと油断しすぎでは?」
「妹よ、少し遅かったのではないか?」
「雑魚が少しばかり多くての」
男は頭を抱えて、泣くように叫ぶ。
「有り得ん! 有り得んぞ! 余の、余の古代魔術鎧が、こんな剣士の剣で倒されるなど? な、何者だ貴様ら!」
双子のようによく似た顔の女剣士が二人。剣を一本、右手に持つ方が名乗る。
「ソレガシの名は、カッセルダシタンテ」
剣を二本持つ方が続けて名乗る。
「セッシャの名は、ユッキルデシタント」
寄り添うように並ぶ二人の女剣士は、手に持つ剣先を男に向ける。
暗く深い黒の瞳が四つ、男を睨む。
「「この剣で師の仇、討たせてもらう。覚悟せよ」」
♪唄え、討ち取れ、打ち鳴らせ
嘆く声がここにあると――
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
ありがとうございます
友情出演、別荘の主に民宿の女将
場外乱闘の勝利記念?
(* ̄∇ ̄)ノ スピンアウトはなんでもアリアリー。




