クインの頼みごと その2
(* ̄∇ ̄)ノ アバランの町の近くでフライングスライムの大量発生が。
「木彫りのグリフォンなんて売っているのね」
「グリフォン緑羽はアバランの守護獣だから」
ルミリアとクインは、アバランの町の中を女ハンターに案内されて店を見る。その店の中は大小さまざまの木彫りのグリフォンが並ぶ店。
「グリフォンの置物は魔よけになるって、家の玄関に置いたりね。悪いのが家に入らないように守ってくれるって」
「スピルードル王国では北方以外ではグリフォンは珍しいのに」
「だから余計に緑羽が謎だって言われてて、王立魔獣研究院も調べてるみたい」
「緑の羽、ということは普通のグリフォンじゃ無いわよね?」
「グリフォンの中でも希少種のエメラルドグリフォンらしいわ。風の魔法を自在に使う空の王者だって」
ルミリアと女ハンターの話を聞くクインの顔は苦いものでも噛んだようになっている。ルミリアは小声で注意する。
(クイン、顔に出てるわよ。ほら笑顔)
(ああ、けど、なんでアバランでここまで緑羽人気が高まったのか……)
(あら、それは仕方無いんじゃない?)
以前、グレイリザード王種誕生のとき、大発生したグレイリザードと戦うグリフォン緑羽の姿は、多くのハンターに目撃された。
また、クインがグレイリザードの王種が発見できずに困っていた。グレイリザードの王種が身を隠すことに特化した新発見の変異種ミラースキンリザードであった為に、クインでもなかなか見つけられなかった。
王種誕生からグレイリザードが異常繁殖し、森に灰色の大トカゲが溢れる。
このとき、クインはグリフォン緑羽に化けて人が森に近づかぬように、森に向かうハンターに攻撃した。
クインはグリフォンのナワバリに入った者を襲う、と見せかけたのだが、ハンターの中にはケガをしたものはいても死んだ者はいない。
その後、アバランの町ではグレイリザードの王種誕生の報が知らされ、町の住人は動揺することになる。灰色の肉食の大トカゲは、獰猛で動きも素早く討伐難度はやや高い。森からあふれ出たグレイリザードがアバランの町を襲うのか、と、町の住人に戦慄が走る。
このときアバランの町に立ち寄った、当時はまだアルケニー監視部隊と呼ばれていた、ウィラーイン領の特殊部隊が協力。ゼラとカダールがグレイリザードの王種を討伐したことになっている。実はグレイリザードの王種にトドメを刺したのはクインなのだが。
これを町の住人から見るとどうなるか。
「グリフォン緑羽はグレイリザードの危険が無くなるまで、森にハンターが入らないように警告してくれていたんだ。そして黒の聖獣様にウィラーインの部隊と、ティラステア様の青風隊が来た。これでアバランの町の防衛を堅めて町の人達は一安心。それまであの緑羽は町を守ってくれてたんだろうね。黒の聖獣様と黒蜘蛛の騎士がグレイリザードの王種をやってからは、緑羽は森から出るグレイリザードを狩ってた。町に向かおうとするグレイリザードの大型化したヤツと、緑羽が戦ってるとこは私も見たんだよ」
女ハンターが、まるで自分の手柄を自慢するかのようにグリフォン緑羽のことを語る。それを楽しそうに聞くルミリア、微妙な苦笑で聞くクイン。
「凄かったよ、上空から風の魔法でズババッて切り裂いて、でもデカイグレイリザードはそれで止まらずに突進してきた。あ、私、終わった、これ死んだ、って思った」
「あら、あなた生きてるじゃない?」
「そう、今、生きてるってことは緑羽に助けられたから。私が目を開けたとき、見たのはグレイリザードの大型種の頭にカギ爪を立てる緑羽。突進する大トカゲはそれで走る方向が変わって、私の横を通り過ぎていったんだ」
「あなたにとってグリフォン緑羽は、命の恩人なのね」
「私だけじゃ無い。この町の年寄りハンターで、緑羽に助けられたって言ってるのはけっこういるよ。あ、この町に来たならこれを食べていくといいよ」
女ハンターが屋台で買ってきたものをルミリアは目にする。
「茶褐色の大きな鳥の卵みたいね。なんだか見た目は可愛らしいわ、これは?」
「アバラン銘菓、グリフォンの卵」
クインがちょっとひきつった顔で見る。構わずルミリアは、かぷっと一口。
「あら美味しい。卵たっぷりのスポンジケーキね」
「子供も好きで、アバランの町に来た旅人に商人にも評判はいいみたいね」
「お土産に買って帰ろうかしら?」
「あまり日持ちしないんだけど、大丈夫?」
「そこはなんとかなりそうね」
ルミリアは女ハンターとにこやかに話ながら、アバランの町の中、店に屋台を見て歩く。お土産に何を買って帰ろうかしら、とウキウキするルミリアと並んで歩くクインは、
(なんだこの、背中が痒くて居心地の悪いミョーな気分は)
という気持ちが顔に出ないように、女ハンターに話を合わせながらアバランの町を歩く。
「アバランの町に来たらここを見ておかないと」
女ハンターが先導する教会の聖堂へと入っていく。続いてルミリア、クインも聖堂な中へ。
アバランの町の聖堂はそれほど大きくは無い。しかし、参拝に来た者で賑やかだ。
「あれ? 来てたんだ」
女ハンターの言う先にいるのは背の高い男。聖堂の壁の方へと祈っている。女ハンターと同じパーティでこの数日、ルミリアとクインと行動を共にしていた水系魔術師。口数は少ないが愛想が無いわけでは無く、堅実な性格の男ハンター。
その男は壁に向かって祈っていた顔を上げ、女ハンターの方を向く。
ルミリアが男ハンターの祈っていたものを見る。
「あら」
そこにあるのは美しい大きな尾羽根。黒瑪瑙と翡翠で作られたような、黒と緑の縞模様。黒い布とガラスに挟まれて、額縁で飾られ、まるで一枚の絵画のように聖堂の壁に展示されている。
「これが緑羽の尾羽根よ。綺麗でしょ?」
「ええ、美しいわ。そして大きくて長いわね」
「緑羽の尾羽根はこれが何本もふさふさあって、日の光の中で煌めいていた。私は緑羽を見て、初めて魔獣を美しいと感じたね」
実はルミリアは、ゼラの持ってきたクインの尾羽根を持っているし、何より今では毎日のように正体を現したクインの姿を見ている。ふさふさの尾羽根を間近に見て触ったこともある。
しかし、それを欠片も見せずに、まるで初めて見たように感心して、飾られた緑羽の尾羽根を見詰める。
一方、心穏やかにいられないのは当のクインだ。自分の尾羽根が聖堂に飾られ、クインの見ている前で、クインの尾羽根に手を組み祈りを捧げる人がポツリポツリといる。
(あのなー、あたいの尾羽根に祈っても何の加護もねーぞ。なんでこうなってんだ?)
ルミリアは飾られる尾羽根に祈っていた男ハンターに訊ねる。
「この緑羽の尾羽根に何を祈っていたの?」
「……祈ると、病気にならず、健康になる、と言われている」
聖堂の中、ということもあるが男ハンターはいつものように小さな声で言う。
ルミリアは小声でクインに聞く。
(そんな効果あるの?)
(あるわけねーだろ)
男ハンターは飾られた尾羽根をうっとりと見ながら続ける。
「……自分は水系の魔術が使えるが、風系の魔術も使える。ただ、風系は素質が足りないのか、あまり上手く使えない。……この尾羽根に祈ると、風系魔術の制御が上手くできる、気がする」
(ねえクイン、そんな効果あるの?)
(だからあるわけねーだろ。ただの思い込みだ)
(魔術制御のための精神集中って、その思い込みが意外と効果あるのよ)
(そんなのしらねーよ)
「……ハイイーグルの羽を素材にした魔術補助具は、風系魔術の効果を高めるという。高価で手は出ないが。この緑羽の尾羽根を組み込んだ魔術補助具であれば、いったいどれ程のものになるのか」
話を聞いてた女ハンターが口を挟む。
「でも、この尾羽根、王立魔獣研究院が欲しがってるって聞いたよ?」
「……聖堂にある以上、教会のものだ。何よりこれは、アバランの宝だ。たとえ王家であっても、渡してはならない」
(なんだか、ゼラの体毛みたいな扱いね。すっかり崇められてるわね)
(あたいにはただの尾羽根なんだけど。あたいの尻に生えてるものに、祈るのがこんなにいるなんて……。なんだか、尻が痒くなってきた)
まるで夢見るように尾羽根を見る男ハンター。それを優しい目で見るルミリア。尾羽根に祈る人を見て、何故か嬉しそうにニコニコしている女ハンターに教会の神官。聖堂の中を柔らかく包むように、穏やかな時が過ぎる。
(なんだかなあ……)
クインは片手で尻をかいて、加護無き物に祈る人を見る。
(あのときは他に手が思いつかなかったから仕方無いけど、ずいぶんと目立っちまったなあ)
ルミリアに促され、クインも飾られた尾羽根に手を組み、祈るふりをする。たまにアバランの町を訪れるソロのハンター、という設定のクインは怪しまれないようにと振る舞う。
(自分の尾羽根を拝むことになるなんてな。しかし、誰がこの聖堂にあたいの尾羽根を持ってきたんだ? 抜け落ちたのが何処に落ちたかなんて知らねえけどよ)
実はこの聖堂にクインの尾羽根を寄進したのは、カダールである。
◇◇◇◇◇
「ハイラスマート伯爵様の援軍が来るってよ」
夜の酒場、アバランの町のハンター達が集まる店。この数日、ルミリアとクインがパーティを組み共に行動をしていた三人と、夕食を取りつつ酒を飲む。
リーダーの剣士がジョッキを掲げる。
「大風も嵐も来る前に伯爵様の援軍が間に合いそうだ。これでフライングスライムはどうにかなるだろ」
「天候次第ではどうなっていたか解らないわね」
「いや、これはウィルマのおかげだろ。ウィラーインのハンターは腕が一段違うと聞いてはいるが、アバランの町にウィルマ以上の火系魔術師はいない」
「あら、おだてるわね」
「おだてじゃねえよ。しかも魔獣の知識も確かだ。できたら俺達と今後もパーティを組んで欲しいとこだ」
「ごめんなさいね。この件が片づいたら戻らないといけないの」
「そいつは残念だ。ところで、ウィルマって、もしかしてあの絵本の作家のウィルマ=テイラーか?」
「名前が同じだけよ。絵本作家がこんなところで流れのハンターなんて、してるわけないでしょ」
「それもそうか。おい、クインも呑んでるか?」
「あー、呑んでるよ。ただ、なあ……」
クインが横目で酒場の隅を見る。そこにはギターを演奏する吟遊詩人が歌を歌っている。ポロンと最後のフレーズを弾き、近くのテーブルの酔客が手を叩く。
「なあ、あの歌って、なんなんだ?」
「なんなんだ、って言われてもだな。クインも知ってるだろ? 『蜘蛛の姫の恩返し』 絵本からミュージカルにもなって、スピルードル王国には、知らない奴はいない」
「知ってるけどよ」
「あれはウィラーインの黒の聖獣の話なんだろ? 本当は赤毛の騎士で赤毛の王子じゃ無いってだけで」
「子供にも分かりやすくしたって聞いた。それで絵本なんだってな。それが?」
「アバランの守護獣、グリフォン緑羽も、もしかしたらアバランの町の誰かに恋した魔獣、もしかしたら聖獣なんじゃないか? っていうのがああいう歌になってる」
「はーん」
溜め息吐いてクインはジョッキを煽る。空になったジョッキに女ハンターがお代わりを注ぐ。
「緑羽は綺麗だけど勇ましいからね。それで詩人が歌うのは、緑の羽根の男の子と町の娘の恋。他に緑羽は青年で、相手はアバランの町の女の子というバリエーションもあるね。蜘蛛の方は姫様だけど、緑羽は王子様ってこと」
ルミリアが首を傾げて訊ねる。
「緑羽って、オスなの?」
「グリフォンのオスメスってどう見分けるか知らないし。それに鳥で尾羽根が立派なのって、たいていオスじゃない?」
ルミリアがグラスを傾けて、ふふ、と笑う。
「そうね。オスの方が派手な羽根の色をしていたりするものね。でも緑羽がオスかメスか、確認した人はいないの?」
「どうやってあの緑羽に近づくの? 緑羽の股の間を確認できるとこまで接近できたハンターなんていないわね」
聞いていたクインはテーブルの下で膝と膝をギュッと合わせる。
(なんで人間はあたいの股間を見ようとするんだよ。あー、いけない、人間のフリ。今のあたいは人間のソロのハンター)
クインはなんとか顔をとりつくろうが、話を聞く度にジョッキを煽るペースが早くなる。
水系魔術師がボソリと言う。
「……緑羽がメスでもいいと、自分は思う。緑のマントの青年が屋台の娘にいきなり求婚する歌物語もあるが、緑のマントの乙女がアバランの町の男を拐って求婚するのも、アリだと思う」
「それだと蜘蛛の姫と同じじゃない。それに緑羽はオスだね」
「……オスかメスか不明だ」
「だって緑羽の横顔って凛々しいもの」
「……凛々しい女騎士のような乙女、かもしれん」
「いーや、絶対オス。こう、眼光鋭い感じの目で殺す的な」
水系魔術師と弓矢使いの女ハンターが言い合う。酒場の隅では先程の吟遊詩人が一杯呑み、次の曲を歌いはじめる。その歌を聞くリーダーの男ハンターがルミリアとクインに教える。
「お、あの歌がその緑羽女バージョンだ。アバランの町の男に恋をして、しかし打ち明けられずに、切ない恋にエメラルドの涙を流す……」
ゴン、と音がする。
(あ、あぁ、カンベンしてくれ……)
「おい、大丈夫か? クイン?」
クインはテーブルに突っ伏し顔を上げられない。ゴン、という音はクインが額をテーブルに打つ音だ。
「クイン? ちょっと呑みすぎたみたいね。私達は先に休ませてもらうわ。ほら、クイン、立てる?」
ルミリアはクインに肩を貸し宿屋へと引き上げる。顔を赤くしたクインは酔いつぶれたフリをして、ルミリアと肩を組みヨロヨロと歩く。
フライングスライム大量発生の一件は、早く対処できたことで大事にならずに済んだ。ハンター三人組は早期発見と対処に尽力したことで、ハンターギルドより報酬が出た。ルミリアとクインが帰ってしまった後なので、二人の取り分はアバランの町のハンターギルドが預かることになる。
町に大きな被害は無かった。
ただ、緑の髪の乙女一人だけがその心にダメージを受けたことを、アバランの町の人達は知らない。
「ルミリア、これは絵本にするなよ。これ以上広められてたまるか」
「私が本にしなくても、もう手遅れでは無くて?」
人に見つからぬように夜の中、伝承の魔獣カーラヴィンカが夜空を翔ぶ。その背に一人の女魔術師を乗せて。
夜闇の中で星の光を受けた尾羽根が緑色に光る。
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます
(* ̄∇ ̄)ノ 帰り道、クインの背にはアバランの町のお土産包みもいっぱいです。




