クインの頼みごと その1
(* ̄∇ ̄)ノ クインのちょっとした頼み事から、ルミリアが?
「ゼラ、ちょっと手伝ってくれねえか?」
領主館に戻ってきたクインが少し困った顔で言う。カラァを抱くゼラがキョトンと首を傾げ、ジプソフィを抱くカダールがクインに訊ねる。
「何かあったのかクイン?」
「アバランの町の近くの森なんだけど、フライングスライムが増えてやがって」
「クインがゼラに頼るのは珍しいが」
カダールの言うことにクインは眉を顰める。
「あたいは風系の魔法は得意だけど、スライムってのはバラバラにしても死なねえんだよ。やるなら燃やすか凍らすのがいいんだ」
「スライム系は動きは鈍いが、しぶといのが厄介なところだ」
「ウィラーインじゃどうしてんだよ?」
「一ヶ所にまとめて火系の魔術か氷系の魔術がセオリーだが、ウィラーインの村では焚き火を燃やして、袋に入れたスライムを放り込むとかやっている」
「……スライムを袋に入れて焚き火に入れるって、焼きいもか何かと間違えてるんじゃないか?」
「袋が足りないときは、スコップですくって運んだりするが?」
「ウィラーインのやり方は参考にならねえな」
話を聞いていたルブセィラ女史が眼鏡の位置を指で直す。
「フライングスライムですか、ちょっと珍しいですね。スライム系とはその単純そうな構造からか変異種が多いのも特徴です。遺跡迷宮の掃除屋のアダ名を持ち、洞窟や遺跡に多いのですが、クインの話だと森で増殖したと」
「あぁ、そうだ。というかフライングスライムは広いところに適応した変異種だろ? 樹に登って上から獲物を狙う為にけっこうな数がよじよじと木登りしてた」
「フライングスライム、スライム系の中では一個体が小さく、その代わりに体内に気泡を幾つも持ちます。自力で飛行できるのではありませんが、気泡に溜めた浮游性のガスでフワリと滑空するという、独自の移動手段を持ちます。アシッドスライムなどと比べると、酸は弱い代わりに獲物の顔を覆い窒息させるという攻撃手段をとりますね。羽ばたくこと無く無音で滑空し、獲物を見つけると急降下する。ただ、飛行するためなのか大型のフライングスライムというのは未発見ですね」
「気泡のせいか斑の毒キノコみたいな見た目してんだよな」
「スライム系の場合、異常繁殖が王種誕生のせいか、環境の変化のせいか、解りにくいですね。以前のグレイリザード王種誕生からの、魔獣の生態環境の影響も考えられます」
「今のとこはあたいにもどっちかわかんねえ。ただ、フライングスライムだから風向きしだいじゃあ、アバランの町に一斉に行くこともあるかもしれなくて」
「風に乗って移動するため、家畜が予想外の被害を受けた例があります」
話を聞いていたアイジストゥラが、クインに冷めた視線を向ける。
「クイン、人に手を出しすぎではないか? フライングスライム程度、人が自分達でどうにかできねば。クインが守ることでアバランの町の住人は魔獣に対する防衛力を失うことになる」
「それは、解ってるけどよ……」
「クインがアバランの町に思い入れがあることは知っている。だが、甘やかしは人のためにはならない」
俯くクインとアイジストゥラを見たカダールが、
「頭で解ることと気持ちが判ることは別の話だろう。人がせねばならんというなら、俺と黒の聖獣警護隊でアバランの町に向かおう。クイン、知らせてくれたことに礼を言う。ありがとう」
「カダール……」
クインがカダールを見直すような目で見る。カダールは胸に抱くジプソフィをアシェンドネイルにそっと渡す。
「ゼラ、久し振りに遠征準備をしようか」
「うん、任せて」
「待ちなさい、二人とも」
立ち上がる二人を止めたのはルミリア。愛用の扇子をクルリと回す。
「アバランの町に行くとなると何日留守にすることになるかしら? カラァもジプソフィも幼いのだから、二人は側についてなさい」
「しかし母上、クインの話では早めに手を打った方が良さそうです」
「そうね、だからここは私が行くわ」
「母上が?」
「火系の魔術が得意なのは私だもの。それにハンターの経験もあるわ。フライングスライムの数をちょっと減らして、アバランの町にはフライングスライム対策を教えてくればいいわね。ハイラスマート領主が兵を揃えて来るまでの間、私が抑えるだけで十分」
ルミリアがアイジストゥラをチラリと見る。
「移動だけはクインに手伝ってもらうけれど、これなら人が対処する範囲内、でしょう?」
「発見も移動も、本来は防衛の内なのだが」
「魔獣深森の魔獣が強化され、ウィラーイン領以外では少し被害が増えているわ。その為の対策もいろいろしているのだけど、簡単にはいかないわね。だからこそ経験者がその知識を伝えるのよ。というわけで、クイン。私をアバランの町まで連れて行ってちょうだい」
「それはいいけど」
ルミリアは満面の笑みを浮かべる。
「一度クインに乗って空を飛んでみたかったのよね。アバランの町まで大空の旅、誰もしたことが無い空旅行なんて、胸の高鳴りが止まらないわ」
楽しげなルミリアを見てルブセィラ女史は、
「その手がありましたか……!」
呟き驚愕の顔でルミリアを見る。
◇◇◇◇◇
「炎柱」
ルミリアが扇子を振り呪文を唱え、現れた炎の柱が上空から降ってきたフライングスライムを焼き尽くす。ボジュンと音を立てて地に落ちる前に燃えて消える毒々しい色のフライングスライム。
王立魔術学院時代には火炎嬢と呼ばれたルミリアの火系魔術で、アバランの森の中、フライングスライムは次々と消えていく。
「なんか、ル、じゃ無くて、ウィルマ一人で片がつきそうだ」
人に化けハンターの姿になったクインが、呆れたように呟く。ルミリアはウィラーイン伯爵夫人の正体を隠すため、ペンネームのウィルマ=テイラーを名乗っている。
クインの呟きを聞いたルミリアは、愛用の魔術補助具の扇子をクルリと回す。
「私一人で、というわけにはいかないわ。森の中で火系の魔術を使うと魔獣が騒ぐから、消火用に水系の魔術師がいてくれないと」
ハンターの装束に身を包むウィルマ=テイラーことルミリアは、連れのハンターのパーティを見る。水系の魔術の使える男が周りを見渡し、延焼しているところがないか確認している。
他に剣を持つ男、もう一人の女は弓を構えている。この三人のハンターはアバランの町のハンターギルドでルミリアの調査に雇われた。
剣を肩に担ぐ長身の男が感心した顔でルミリアを見る。
「すげえもんだ。ウィルマは魔術が速えってよりは気づくのが速えのか」
「魔術構築に時間のかかる魔術師は、どれだけ先を取れるかが大事なとこでしょ」
「しっかし、こんなとこでフライングスライムの大量発生か。まさかと思ったが本当だったとは」
「森にキノコ取りに入った子が偶然見つけたって聞いたのだけど。けっこういるわね」
ルミリアはクインと決めておいた作り話をハンター達に話す。
「その子がいつもより森の奥に入っちゃったことを怒られたくなくて、ちゃんと大人に話をしてなかったみたいなのよ」
「これを知らずにほおっておいたら、アバランの町がえらいことになってたかもな」
大きな木の表面をよじよじと登るフライングスライムがあちこちにいる。弓矢を構える女ハンターが言う。
「これ、早いとこハンターギルドに報告した方がいいんじゃない?」
「そうだな。さっさと撤収しよう」
三人組のリーダー格の剣を持つハンターが言うのにルミリアが応える。
「ちょっと待って。魔力に余裕があるから少し数を減らしてからにしましょう。そちらの彼もまだいけるかしら?」
鉄棍を持つ水系の魔術師が無言でコクリと頷く。弓矢を持つ女ハンターが肩をすくめる。
「あー、スライムなんて、討伐しにくい上に魔獣素材としても使えないから増えなくていいのに」
「まったくだ。面倒で金にもならない」
剣を担ぐハンターも苦笑いして言う。ルミリアはまた一体のフライングスライムが樹から飛び降りたところに、
「火槍」
炎の槍の魔術を打ち込み焼き尽くす。
「自然はそうそう人の思い通りにはなってくれないわね。だからってこのままにしておくと被害が出るし。それにこのスライムに他の魔獣が食べられると、ハンターの収入に響くわよ?」
「フライングスライムって、何を食うんだ? 小さい獣とか虫とか死骸じゃ無いのか?」
「足の遅いランドタートルが狙われることもあるわよ」
「そりゃ困る。ランドタートルの甲羅も肉も食われちゃかなわん」
ルミリアとクインはこの三人組としばらくパーティを組み、フライングスライム討伐をすることになる。また、アバランの町のハンターギルドにフライングスライム大量発生を報告。
クインからはハイラスマート伯爵家の長女ティラステアに話を通してあり、ハンターギルドからの報告を受けたハイラスマート伯爵は速やかに援軍をアバランの町へと。
フライングスライム大量発生は幸運にも早期に発見できたことで、大きな被害が起きる前に対処できた、という運びとなった。
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます
(* ̄∇ ̄)ノ 救援を理由にルミリアは、この時代の人では初めての大空の旅を楽しみました。




