深都の住人、その食事の秘密 その2
(* ̄∇ ̄)ノ ララティに聞いてみよう、深都の住人の食事。その2。ルブセィラ女史視点です。
「あちは深都の道化者、深都の姉妹を楽しませ和ませるのが、あちの使命、あちの役目」
ララティの赤い瞳が薄く輝き、視線に射たれたように身が硬直します。いつも楽しげな笑みを浮かべるララティが笑みを消し、まるでこの部屋の空気が凍りついたかのように感じます。
「だから、あちの姉妹があちのことを、しょーがない奴と言って可愛がるのはいつものことぴょん。だからって人間がそれを真似してあちを侮るぴょん?」
侮るつもりは無かったと、口にしようとしても上手く口が動きません。
「これでもあちも業の者。お前たちよりずっと長く生きているぴょん。そのあちが人間になめられるいわれは無いのだぴょん。あちがアイジスねえ様と違い、リココの実に釣られてペランコ喋ると思われるのは、不愉快だぴょん」
ララティに威圧され、息を飲んでしまいます。確かに領主館の中で、ララティは深都の住人達の末の妹のようなポジションです。
イタズラしたりつまみ食いしたりと、それでアイジスやアシェに怒られたり、ときにはクインやゼラさんとじゃれあったり。姉達に可愛がられる末の妹のようなララティを見てきました。
ララティがグリーンラビットに化けたままハンターの罠にかかり、人に捕獲されてここに来たことからも、私は何処かでララティのことを軽く見ていたのかもしれません。
ですが、ララティも伝承の進化する魔獣。龍を越える災厄。ゼラさんと同格の力を持ち、人の寿命を越えて生きる超越者。
今、私を見据えるのが、ララティのもうひとつの素顔。私が固まり何も言えずにいると、ルミリア様が静かに言います。
「ララティを侮るつもりなんて無いわ」
扇子をクルリと回して、まるでいつものお喋りのように話します。
「館の料理長も、深都の住人は生食を好むので腕のふるい甲斐が無いって言っていたもの。私は以前に同じことをゼラに聞いてみたのだけど、チーズケーキは甘くて美味しい、生肉は美味しくて元気になる、って言うの。焼いた肉はあんまり美味しく無いって」
「それはそうだぴょん」
「焼いたクッキーは美味しいと食べるから、そこが不思議なのよ。だからこれはララティにも聞くし、ララティの他にも、あとでアシェにもクインにも聞くつもりよ」
「面倒なことするぴょん。あちらがこの館で食べ物に不満を言ったり、してないはずぴょん?」
「それでも私は、あなた達のことをゼラの姉だと思っているわ。私の娘の姉妹だと。だからララティも私の娘、家族には美味しいものを食べさせてあげたいと思うのは、おかしなことかしら?」
「ふうん?」
ララティは赤い瞳でルミリア様を見、暫く考えたあとに、ようやくその唇にいつもの笑みを戻します。
「そういうことなら話してやるぴょん。これはリココの実に釣られて話すわけじゃ無いぴょん。あちを家族と言うルミリアへの賞賛ぴょん」
「あら、それはララティも私を家族だと思ってくれるということかしら? 母上と呼んでくれてもいいのよ?」
「歳下の母上は勘弁ぴょん。それとあちが喋ったことは、アイジスねえ様には秘密にしといて欲しいぴょん」
「いいけれど、アイジスに怒られるようなことなのかしら?」
「あちは、このくらいならルミリアとルブセィラには話してもいいと考えるぴょん。だけどアイジスねえ様は、深都の住人のことを話し過ぎるな、と、言いそうぴょん」
「解ったわ、ララティから聞いたということは秘密に。ね、ルブセィラ」
私が頷くと、ララティは手にするリココの実を一口かじり目を細めます。
「うん、リココの実はおいしいぴょん。あちらが生のものを好んで食べるのは、フォイゾンを取る為だぴょん」
「フォイゾン?」
ララティが語ることにルミリア様が尋ねます。フォイゾン? 私も初めて聞く言葉です。
「フォイゾンというのは、まー、生命力とか、生命エネルギーとか言うと解りやすいぴょん? 深都の住人の食事については、かつて調べたお姉さまがいるぴょん。あちが識るのはこの受け売りぴょん」
「生命力、それは魔力とは違うのね? 呪詛が負の生命力という説を聞いたことがあるわ。となると、フォイゾンというのは正の生命力のことかしら?」
「単純にプラスとマイナスの関係でも無いぴょん。深都の住人は食べ物からこのフォイゾンを身体に取り入れるぴょん。そのフォイゾンの特徴として、新鮮なものほど多く含まれるぴょん。動物なら生きているときが多く、死んでから時間が経つほどに失われるぴょん。植物なら枝からもいだ実も、時が経つ程に減少するぴょん。焼いたり加熱したりするのもフォイゾンが消えていくぴょん」
「フォイゾンを多く得ようとするなら、新鮮な生の方が適している、ということなのね」
「量だけじゃ無く質の問題もあるぴょん。そしてフォイゾンを吸収できるのは深都の住人だけじゃ無いぴょん。力持つ大型魔獣はだいたいできるぴょん。ドラゴンがその巨体を維持するのに、食べる量がそれほど多くないのも、これが理由ぴょん」
ララティの語るドラゴンの食事量を聞き、背筋が震えます。魔獣研究者として魔獣について調べても、未だに未知のことが多いです。
その未知のひとつが、ここでこうして明かされるとは。フォイゾンという名の生命力を直接身体に吸収できることで、ドラゴンは巨体であっても食事量は多くない。ドラゴン以外にもフォイゾンを食事で得られる魔獣は、その身体を維持するのに食べる量は少なくて済む、ということであれば。
魔獣深森が深部に進む程に、自然の実りが豊かに感じられるのもこれが理由でしょうか? ララティの言うことが真実ならば、強い魔獣ほど、無闇やたらと食い荒らしたりはしないということになります。
「そしてあちら業の者は、進化前の食性に近いものほど吸収率が良くなるぴょん」
「それで食事は生を好むのね。でもそれだとお菓子は?」
「甘いものは別腹ぴょん」
ルミリア様の質問にララティは呑気に答え、右手のリココの実をかじります。
「むぐむぐ、んま。食事がフォイゾンを取り入れる為で、お菓子は味や歯応え、香りに喉ごしを楽しむ為のもの、なのではないかぴょん?」
「深都にはお菓子は無かったのかしら?」
「皆無では無いけど、あちらは調理する必要が無いぴょん。だから調理のための器具に魔法あたりは、人間ほど発達してないぴょん。一部の酒好きが趣味で酒造りがんばってるけど、お菓子職人なんていないぴょん」
「解ってきたわ。食事はフォイゾンの為、お菓子は楽しみの為、それで味わい方が違うということね。ララティ、人間はそのフォイゾンを身体に取り入れることはできるのかしら?」
「それは無理ぴょん」
ララティは赤い瞳でルミリア様を見ます。その目はまるで、永き時を生きた賢人が子供を見るかのような目で。
「食べる物を肉と定めた獣は、生の肉や内臓の肉を食べることで必要な栄養を取り入れるぴょん。食べる物を草と定めた獣は、内臓に微生物を飼い、その微生物が草から宿主に必要な栄養素を作るぴょん」
ララティはリココの実を持ったままの右手の指で、私とルミリア様を指します。
「一方、人間とは飢餓から逃れる為に、いろんな物をなんとか食べられるようにと、調理という技術を発達させたぴょん。調理することで毒のあるものや食用に適さないものを食べたり、加工して保存食を作ったりするぴょん」
ララティの言うとおり、調理とは農耕と並び、人が飢えぬようにと発達させた技術です。
「これはフォイゾンを取り入れることとは、真逆の手段を選んだということぴょん。調理技術の進歩と引き換えに、腸内の微生物は少なくなり、消火する為の酵素を作る能力も衰え、生の肉を食べればお腹を壊すと内臓は劣化しているぴょん。深都の住人の食事よりも、人間は自分達の食事を心配した方がいいぴょん」
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます
(* ̄∇ ̄)ノ 豆知識その1、妖精博士、井村君江 先生の著作より。
妖精は人間の食べ物のエッセンス(ロバート・カークは『フォイゾン』と呼ぶ)や養分を抜き取るので、そのあとの牛や食べ物は炭のように崩れるという。
フォイゾンは「穀物や牛肉の実質の汁、またはエッセンスで、妖精はこれを食物とする」と17世紀のパースシャー(現セントラル州)アバーフォイルの牧師ロバート・カークは言っている。
アフラッハの小作人は、牛乳と焼きパンに十字を切るのを忘れたのに気づき投げ捨てたところ、灰のように崩れたという。
外見はそのままだったが、妖精に精分を抜き取られていたので、犬さえ見向きもしなかった。
食物の味が抜けかさかさになるのも、妖精にフォイゾンを取られたからである。
現代のスコットランド語でfoisonという語が用いられているが、これはfusionの意味が入っている二重語で、「豊富」という意味と「体力」「精力」「精神力」の両方の意で用いられている。ロバート・カークはスコットランド人なので、この語の古い形を使用したのであろう。
(* ̄∇ ̄)ノ フォイゾンとは妖精さんの食べる物なのです。蜘蛛意吐世界では、深都の住人など強力な魔獣が食べ物から吸収する生命エネルギー、ということで。
(* ̄∇ ̄)ノ 豆知識、その2、エスキモーとはかつてヨーロッパ人から見た『生肉を食べる人』というのが語源という説があります。寒い地方でのビタミン不足を補う手段として、生肉を食べる習慣があり、トナカイの腸を生で食べたりしていました。
( ̄▽ ̄;) 現代では、このエスキモーという言葉が生肉食らい、と差別に抵触するとして、イヌイット族など、呼び変えたりしています。一方で自らエスキモーと名乗る人もいたりします。




