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宿屋の少年の見る先は、2

(* ̄∇ ̄)ノ 宿屋の少年の続きー


「アイジスのこと?」

「ええ、アイジスはあなたのご両親の経営する宿屋、赤い風見鶏に宿泊していたのよね。そしてアイジスにローグシーの街を案内していたのが、あなた、ニース君と妹さんのリムさん」

「はい、そうです。僕と妹で宿屋の手伝いをしてて、それでこの街が初めてっていう旅人、えーと、旅芸人とか行商人にこの街のことを教えたり、道案内したりしてます」


 チップ目当てで小遣い稼ぎでやってるんだけど。


「それで、ローグシーの街のことを知りたいっていうアイジスを連れて、ローグシーの街のあちこちに行きました」

「でも、他のお客さんとアイジスとは扱いが違ったようだけど?」

「それはアイジスがローグシーの街のいろんなところを見たいっていうことで、その分チップも貰ったので」

「じゃあ、街の中でアイジスと追いかけっこをしたっていうのは?」


 ルミリア様、何処まで知ってるんだろ? アイジスから聞いたんだろうけど。


「アイジスが走っていくから、つい追いかけて」

「アイジスから聞いたのだけど、宿屋の子のニース君とリムさんが妙につきまとってきていたって」

「それは、アイジスのことが、なんだかほっとけなくて、心配で」

「どうして?」

「アイジスみたいに、黒髪の背が高い人はこの街では珍しいから、何か、もめたりするかもって思いました」


 アイジスは背が高い。この街でアイジスより背の高い女の人はいない。それに髪の色、この街の住人は茶色が多い。赤色に金色、銀色もいるけれど。灰色の髪の人は東方から来たっていうのが解る。

 だけどアイジスの、いつもしっとりと濡れているような艶々した黒髪は珍しくて目立つ。


「アイジスの見た目は人目を惹くし、アイジスは街でお店の店員と話すのもちょっとぎこちない感じで、それで心配になりました」

「確かにアイジスの黒髪はちょっと目立つわね。でも南方からの旅人で変わった髪色をした人もたまにいるでしょう?」


 南からの旅人で、紫色とか桃色とか派手なキラキラした髪の人がたまにいる。うちの宿屋に泊まったこともあって、その髪の話も直接聞いた。派手な髪の色をしてる人は、精霊の加護を受けた南方の精霊魔術の使い手だって。

 でも、アイジスが精霊魔術師、というよりは、この街では蜘蛛の姫と二人しかいない黒髪の、姫様みたいな女の人っていうのは。


「ニース君はアイジスに銀の指輪を贈ったのよね。どうして?」

「それは、その銀の指輪が南方ジャスパルではお守りになるって行商人に聞いて」

「お守り?」

「はい。それで行商人の見せた海ガメの指輪を見たら、これならアイジスを守ってくれそうってピンときて」

「子供のお小遣いで買うには高かったのではなくて?」

「プラシュ銀のナイフを買うために貯めてたのを、全部使っちゃいました」

「宿屋に泊まるお客さんに、そうやって贈り物してたらお小遣いが貯まらないわね」


 ルミリア様が閉じた扇子を顎にあてて、じっと僕を見る。


「私はね、ニース君がアイジスを特別扱いしていた理由を知りたいの」

「それは……」


 アイジスをただの旅人、宿屋のお客さんとは、思えなかった理由。アイジスを初めて見たときから、もしかしてこの人は、と感じて妹と二人でアイジスにつきまとっていたのは。


「アイジスが恩返しに来た、お姫様かと思って」


 ちょっと恥ずかしくなって俯いてしまう。この街で流行った物語『蜘蛛の姫の恩返し』

 赤毛の王子が助けた蜘蛛が、蜘蛛の姫になって恩返しに来る話。

 だけど、それが本当だっていうのをこの街の人は皆、知っている。だってこの街には、黒蜘蛛の騎士カダール様と蜘蛛の姫様がいる。

 カダール様が子供の頃に助けた蜘蛛が、蜘蛛の姫様になってこの街にやってきた。僕も街を見に来た蜘蛛の姫様の脚に触らせてもらったことがある。

 黒蜘蛛の騎士と蜘蛛の姫様に憧れるローグシーの子供は、恩返しを期待して、虫や小さな動物を助けたり、餌を上げたり人の来ないところにそっと放したりするようになった。そんな子供の遊びは今もある。


「僕と妹が助けた、蜘蛛かトカゲか蝶か、その何かがアイジスになって来てくれたんじゃないかって」

「まぁ、それは素敵ね。それでアイジスの正体を探ろうとアイジスにつきまとっていたのね」

「はい、でもそれだけじゃなくて」

「他にもあるの?」

「僕、見たんです」


 ルミリア様が扇子を開いて口元を隠す。僕の様子を伺うように見る。


「ニース君は、何を見たの?」

「宿屋で、アイジスに頼まれて部屋にお酒を運んだときです」


 あのときのことを思い出しながら、と、言っても、あのときのアイジスの顔を僕は忘れられない。


「アイジスは部屋の窓の外、夜のローグシーの街を眺めていました。僕が部屋に入ると、お酒はそこに置いてくれ、と言って。そのときのアイジスの顔が、寂しそうに見えて」

「アイジスが、寂しそう?」

「はい、それで僕はアイジスにカップを持たせて、持ってきたお酒を注ぎました。僕が話し相手になるよ、って言ったらアイジスはちょっと笑って」

「そう、それでどんな話を?」

「この街の屋台で美味しいのはどれか、とか。花屋の猫がお腹が大きくなって、赤ちゃんが生まれそうとか。エッジが街に出てきた蜘蛛の姫様の脚にしがみついたら、高く持ち上げられて大声出して驚いたとか」


 そのときのアイジスは薄く微笑んでいた。だけど、その笑みはなんだか、とても遠いところから賑やかなものを見ているような、そんな寂しそうな笑みで。


「アイジスを一人にしちゃいけないって」


 そんな風に思うようになった。アイジスにそんな寂しそうな顔をさせたら、いけないと。

 銀の海ガメの指輪を贈ったのも、旅人のアイジスがいつまでこの街にいるか解らないから。アイジスを守るお守りがあるなら、と、その海ガメの指輪を見たときに勢いで買ってしまったのもそう。だけど、


「アイジスは怒ってないですか?」

「どうしてそう思うの?」

「指輪を贈ったときに、アイジスは急に泣いて、それからちゃんと話をできなくて」


 顔を上げてルミリア様を見る。


「アイジスを困らせたなら、謝りたくて」

「ニース君はアイジスに夢中なのね」

「なんだか、ほっとけないんです。しっかりしてるように見えて、ちょっと抜けてるところがあるし。洗濯物も忘れていったし」

「届けてくれてありがとう。ちょっとバタバタしたものだから」

「ルミリア様が聞きたいのは、本当にアイジスのことですか?」

「あら?」


 ルミリア様は扇子で口元を隠したまま、探るように僕を見る。


「さっきからルミリア様が聞いてくるのは僕のことばかりで、アイジスのことじゃ無いですよね」


 僕が言うとルミリア様は扇子を閉じて、ニッコリと笑う。


「なかなかいいわね」

「え?」

「実はこの館でお客様が増えて、アイジスの側仕えをどうしようか悩んでいたところなの」

「はあ」

「アイジスはちょっと他人と距離を置こうとするところがあって、でも宿屋のニース君とリムさんには気を許していたと聞いたわ。それで、ニース君、この館で働く気はないかしら?」

「僕が、ですか?」

「宿屋の仕事を手伝っていたというなら、部屋の片付けに掃除とかできるでしょう。ニース君とリムさんでアイジスの身の回りのことをしてもらおうかしら、と」


 僕が伯爵様のお館で働く? アイジスの側仕え?


「ただ、この館には秘密が多いの。ゼラ、蜘蛛の姫のことも含めてね。領主館の秘密を絶対に漏らさないことが条件になるわ」


 いきなり言われて、頭の中がグルグルする。


「すぐに返事はできないでしょうね。ニース君のご両親にもお話しないといけないし。だけど、ニース君がやる気があるかどうかだけでも聞かせてくれないかしら? アイジスの身の回りのちょっとしたお手伝い、だけど領主館で働いてもらう以上、学んでもらうことも多いわよ」

「やってみたい、です」


 領主館で、黒蜘蛛の騎士と蜘蛛の姫様の住む館で働く。それは街の子ならみんなしたがるだろう。それに、またアイジスの側にいられる。


「じゃ、それで話を進めるわね。妹さんのリムさんにも話をして、近々、ニース君のご両親ともお話させてもらうわ」

「はい、お願いします。領主館で働くことは、父さんも母さんも、驚くけど喜ぶと思います」

「ニース君が宿屋を継ぐとなれば、箔がつくのかしら? ニース君、お茶のお代わりは?」


 そのあとルミリア様とは、アイジスのことを少し話した。


「アイジスはニース君のくれた指輪をちゃんとつけてるわ。ウィラーインの人達の気性を知らなくて戸惑っていたみたいね」

「指輪のことで困ったりしてないですか?」

「それについては、アイジスに会ったときに本人から聞いてみてはどうかしら?」


 領主館からうちに帰る道は、領主館に来る前のときの緊張とはうって変わって、浮き立つような気持ち。

 領主館で、アイジスの側にいられる。あの背の高い、青い艶の黒髪の、カッコいいアイジスの側に。うちに帰ったら妹と父さんと母さんにすぐに話そう。

 僕もなんでこんなにアイジスのことが気になるのか、わからない。その、何故が知りたくてアイジスの近くにいたいのかもしれない。

 どこか他の人と違う、もの凄く遠いところから来たような、不思議な旅人のアイジス。たまに遠くを見るように寂しそうにする顔が忘れられない。

 僕が側にいるよ、と言ってみたくなるけど、恥ずかしくなってまだ言えない。

 アイジスの側仕えになれたら、いつか言えるようになるかもしれない。


 だってアイジスは、もしかしたらほんとうに森の奥から来たお姫様かも――


◇◇◇◇◇


 伯爵夫人ルミリアは、少年を送り出したあと、椅子に座ってふふ、と笑う。そこに隠し部屋から喫茶室を見ていたフクロウのクチバがやって来る。


「あの少年をこの館で働かせるのですか?」

「ええ、そのつもり。サレンの見立ては当たっていると、私も思うもの」


 ルミリアの側にずっといた護衛メイドのサレンが頷く。


「あの少年、アイジスの正体にカンづいてますね」

「海ガメの指輪を見てピンときた、なんて、アイジスの正体を知らないにしては、ずいぶんと鋭いこと。秘密を守らせる為には早めにこちらに引き込んでおかないとね」


 フクロウのクチバが少年の座っていた椅子を見る。


「アイジスの側仕え、務まりますか?」

「あのアイジスは役目上、私達とどこか距離を取ろうとしているわ。私としては立場を越えて仲良くしたいのだけど。ニース君ならきっとアイジスに踏み込んでくれるでしょう」

「楽しんでますね、ルミリア様」

「あら、私は少年の純粋な想いを応援してあげたいのよ。銀の指輪が繋ぐ、少年と海ガメの姫の歌、ふふふ、素敵ね」

「少年の宿屋、赤い風見鶏はどうしましょうか? 息子と娘がこの領主館に働きに来ると、宿の人手が足りなくなるのでは?」

「これからローグシーの街には、外からいろんな人が来るわ。街の宿屋の守りも強くしたいところね」

「では、その宿屋にフクロウの隊員を送りましょうか? 人手が足りなくなり人員募集するようなら」

「その前に宿屋の経営者夫妻と会ってみなければね。ニース君とリムさんは、最初は交代でうちの館に通いで来てもらうことにしましょう。サレン、いろいろ教えてあげてね」

「かしこまりました、奥様」


 サレンがスッと頭を下げる。


「アイジスも元気になることでしょう。たまに指輪を見て溜め息をついてましたから」



設定考案


K John・Smith様

加瀬優妃様


m(_ _)m ありがとうございます


(* ̄∇ ̄)ノ こうして少年ニース君は領主館で働くことになります。


アイジス

「ななななんで、ニースがこの館に?」


ニース

「今日からアイジスの手伝いをします」


サレン

「ニース、『今日からアイジスの側仕えとなりました、ニースと申します』と、ご挨拶しましょう」


アイジス

「えええええ?」



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