宿屋の少年の見る先は、1
(* ̄∇ ̄)ノ アイジストゥラがローグシーの街に来たときに、出会った少年の主役回。
領主様の館に行くのは、緊張する。改めて手の布包みをギュッと握る。
宿にあったアイジスの荷物は、領主様の家来が持っていった。だけど、そのとき洗濯中だったアイジスの服だけ宿屋に残っていた。その服が乾いたので、僕が領主館に持って行くことに。
アイジスは実は領主館のお客人だった。キリッとしてカッコいいのは貴族だったから、だって。どうして身分を隠して、旅人の振りをしてうちの宿なんて安いとこに泊まってたのかは解らない。
『貴族の中には、そうして身分を隠して街の様子を見たりする人がいるもんだ。うちの伯爵様だって若い頃は身分を隠してハンターやってたんだし』
しっかりした貴族ほど、自分の治めるところをちゃんと見るために、そういうことをしたりする、って父さんが言っていた。
うん、アイジスは何処か人の上に立つ凄い偉い人、みたいな感じがするときがあって、父さんの話を聞いたときはそんなものかと思った。
でも僕は、アイジスは人に化けて恩返しに来た魔獣の姫なんじゃないかって、そう思ってた。それが伯爵様の親戚の貴族様だったなんて。
ううん、アイジスは絶対にただの人じゃ無い、と思うのだけどなあ。ときどき世間知らずなところがあって、でもそれが貴族だったから庶民のことを知らなかった、て、ことらしい。
「亀の指輪を贈るなんて、失礼なことだったのかな?」
銀の亀の指輪を見たときは、これだ! とピーンときて、貯めたお小遣い全部出して行商人から買った。高かったけれど、この指輪をアイジスに、って考えたら買ってしまった。
『アイジス、しゃがんで』
『なんだ? また何かイタズラか?』
『違うよ。アイジスは背が高いから。しゃがんで手を出して』
『まったく、なんだ?』
『ほら、手を出して』
『あぁ、わかったわかった』
アイジスの左手に、その中指に行商人から買った銀の亀の指輪を嵌める。その亀は海ガメで、海から遠いローグシーの街では見たことが無い。南のジャスパルではお守りだっていう海ガメの指輪。僕が見たことがある沼の亀と違って、足は平たく伸びて羽みたいな亀。
『……なん、で?』
アイジスが驚いている、目を見開いて。アイジスがこんなに驚くとは思わなかった。
『あのね、アイジスにプレゼント。気に入ってもらえると、』
そこから先は、言葉が止まってしまった。銀の亀の指輪を見るアイジスが、その青い瞳からポロポロと涙が溢れて、
『あの、アイジス?』
『くっ』
アイジスは立ち上がり、ヨロヨロと駆け出して行く。アイジスが泣いた。初めて見た。アイジスを泣かせてしまった?
「泣いて逃げ出すなんて、アイジス、怒らせちゃったかな……」
手に持つ包みをぎゅっと抱く。中にはアイジスの服。洗ったばかりだけどこうするとアイジスの匂いがするみたいで。
香水なのか、アイジスからは微かに不思議な匂いがした。嗅いだことの無い、なんだか懐かしい気分になるような不思議な匂いが。
指輪を渡してからアイジスと話をする前に、アイジスは領主館に行ってしまった。どうしていきなり泣き出したのか、その理由も解らないまま。もう一度会って話をしてみたい。指輪のことで嫌な思いをしていたら謝りたい。
領主館に到着。門の前でこの館を守る兵士に話をして包みを渡そうとすると、
「ちょっと待っていてくれ」
と、言われて待つことに。もしかしたらアイジスに会えるかも。それを期待しての領主館へのお使い。しばらく待っているとメイドさんがやって来た。
「ルミリア様がお会いになります。ついてきて下さい」
「え?」
そのメイドさんは顔を近づけて、声を潜めて、
「アイジスのことで、少しお聞きしたいことがあります」
メイドさんに案内されて、門を抜ける。門の中に入ってみて、領主館までけっこう離れてるのが解る。というか、まだ領主館が見えない。
今、通った門と繋がる高い塀。その塀と同じ高さの塀が向こうにもある。二重の高い塀で守られているのがこの街の領主館。
伯爵様のお館の中に僕が? 赤炎の貴人ルミリア様が、アイジスのことで僕に聞きたいこと?
こうなるなんて思ってなかった。緊張で心臓がドキドキする。
メイドさんの後について、塀に囲まれたもうひとつの門へと向かう。
前を歩くメイドさんがチラリと僕を見る。
「?なんですか?」
「いえ、なんでもありません」
そう言いながらメイドさんはクスリと笑う。
「アイジスを泣かせるとは、最強かも知れませんね」
え? なんで知ってるの?
領主館の中に案内されて入る。僕がこんなお館に入ってもいいんだろうか? 蜘蛛の姫が住むというお館は、天井が高くてとても広い。
「こちらへどうぞ」
メイドさんに丁寧に案内されて、大きな窓のある部屋に。窓から庭の花壇が見える。
促されるままに白いテーブルの白い椅子に座る。なんだかお客様扱いされるのが、とても場違いに感じる。
「しばらくお待ち下さい」
落ち着かないままキョロキョロとあちこち見る。できたばかりという伯爵様のお館。伯爵様は蜘蛛の姫様と一緒に住む為に、この大きな領主館を建てたばかり。
街を守る為に昔からある街の第一街壁の外、新しい大二街壁の近くにお館を建てた。街の人達は、さすが恐れ知らずの無双伯爵って言っていた。
「待たせたわね」
扇子を手にした赤毛の穏やかそうな人。僕が慌てて椅子から立とうとすると、
「そのままでいいわ。可愛いお客さま」
と、言ってクスリと笑う。
伯爵様の奥方様、赤炎の貴人ルミリア様。気楽に街に出て、街の人達と気さくに挨拶をされる方。だけど街の中じゃなくて、この立派なお館の中で、綺麗なドレスの貴族の偉い人を前にして、僕はガチガチになってしまう。
「緊張しているわね? 楽にしていいのよ」
「は、はい」
楽にして、って言われても。こんなときどうすればいいの? うちの宿屋には偉いお客さんなんて来ないしー。
僕を案内してくれたメイドさんが、白いテーブルの上に花の柄の入った上品なカップに、なんだかいろんなものを用意する。
見てるとルミリア様が小瓶から枯れた葉っぱのようなものをポットに入れてる。もしかして、お茶?
じっと見てるとルミリア様が僕を見て言う。
「赤茶はお好き?」
「あ、あの、お茶なんて飲んだこと無いです」
お茶はとっても高価なもので、貴族とかお金持ちの商人が飲むもの。お茶を用意して振る舞うのは、うちはそれだけ稼いでるんだぞっていう自慢だって、父さんが言ってた。
だけど街の守備兵の人が、街の為に頑張ったことを労って、伯爵様が手ずから淹れてくれたお茶を飲んだことがあるって、自慢もしてたっけ。
ルミリア様が白いカップに赤いお茶を注いで、僕の前にそっと置く。
「さ、どうぞ。お茶を飲みながらちょっとお話ししましょう」
「こ、光栄です」
赤いお茶はとてもいい匂いがする。どんな味がするんだろうと口をつけてみると、うん? なんだか匂いとは違う味?
ルミリア様は僕を見てクスクス笑う。
「赤茶は香りを楽しむ飲み物なのよ」
そう言って小坪から真っ白な砂糖をスプーンで掬って僕のカップにサラサラと入れる。真っ白な細かい粒の砂糖、うーん、貴族って感じがする。口をつけると甘くなってて飲みやすい。
「アイジスのことで、聞きたいことがあるの」
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます
(* ̄∇ ̄)ノ 時期はアイジストゥラが領主館に来てからのこと。




