ハイアディ、領主館へ行く、5
(* ̄∇ ̄)ノ ハイアディとレーン、領主一家にご挨拶編。今回でラスト。
これからもレーンと一緒にローグシーの街にいてもいい。本当にいいの?
「いずれ深都から外交官役が来ることになっておる。そのときにはワシとハイアディで既に話がついている、とワシから説明しよう」
「あの、ハラード、ありがとうございます」
「ただし、このローグシーの街では人の振りをして騒ぎを起こさないこと、が条件になる。これを守ってもらう」
ハラードの言うことにクチバが言う。
「ですがハラード様、ハイアディは人化の魔法の維持が苦手で、興奮したり驚いたりすると正体が出てしまいます」
はう、確かに得意じゃ無いけれど。クインとアシェって人化の魔法が得意というより、動揺しないというか肝が座ってるというか。私が繊細なのかも?
ハラードが私を見て、
「ふむ、そこはどうにかならんかの?」
どうにかって言われても、どうしよう? 魔法の練習する? 考えてるとレーンが私の代わりに言ってくれる。
「ハラード様、ハイアディの人化の魔法については、どうやらハイアディの気持ちが重要なようです。集中が切れないようにと特訓すれば改善するのではないかと」
「特訓か、それで街中を人に化けて彷徨くことは可能か?」
「ハイアディが人に慣れることで、簡単に驚いたり動揺したりすることは無くなるでしょう。もとよりハイアディが本気を出せば、人がハイアディに危害を加えるなど不可能ですから」
「では、ハイアディには人化の魔法の練習というか特訓をしてもらうことになるが」
「私に案があります。ハイアディ、一緒にがんばりましょう」
「え? あ、うん」
がんばるのは私じゃないの? レーンは何をがんばるの? なんだかレーンがやる気になってる。
ルミリアがそんな頼もしいレーンを見る。
「あとは、レーンの家にフクロウの隊員を一人置くことになるわ。これまでは潜んで監視していたのだけど。そうね、レーンが家のことを任せるメイドを雇う、ということにしましょう」
「メイドですか? フクロウの隊員が偽装して?」
「レーンはこの街の守備隊の仕事があるでしょう。留守の間、ハイアディを見る者がいた方がいいわ。ハイアディ、二人っきりにさせてあげられないのは悪いと思うのだけど、これは受け入れてね」
あの家にメイドさんが? それはちょっとイヤだけど、でも街のためには必要なのかも。
スキュラを街の中に置いておこうって考える、この人達がよく解らないけれど。
「対外的にはレーンが住み込みのメイドを雇うということにしましょう。人に化けたハイアディはそのメイドの娘か妹、とでもしましょうか。クチバ、人選は任せるわ」
「フクロウの隊員でメイドの経験があるもの、ですか。解りました」
あ、私がそのメイドさんの家族ということにするのね。
他にも緊急時の連絡手段とかの話をして、私の食料、衣服に関わるお金とかについても。今までレーンに頼っていたけど、ウィラーイン家がレーンに支給してくれることになった。私が街の見回りの仕事を、ちゃんとできるようになることが条件。
うん、私、がんばらないと。後でアシェとクインと会うってことだから、二人から人化の魔法の維持のコツとか教えてもらおう。
「ハイアディから、レーンとどんな暮らしをしていたかじっくり聞きたいところだけど」
言ってルミリアが席を立つ。
「その話はあとにして、先にアシェとクインかしら?」
はう、アシェはともかくクインには怒られる? でも久しぶりに会えるのは嬉しい。
ルミリアとカダールが立ちゼラが続く。レーンとハラードとクチバは、まだ話すことがあるっていう。
「ハイアディ、こっちよ。ついてきて」
レーンは一緒じゃ無いんだ。私がレーンのところにいるには、いろいろ決めないといけないことがあるみたい。
そして私は案内された領主館のゼラの寝室で、三年ぶりくらいに姉妹のアシェとクインに会う。
「ハイアディ、お前なー」
「いたいいたいいたいいたい!」
久しぶりに会ったクインは、笑顔でいきなり私にアイアンクローを決めて、こめかみにクインの指がギリギリって!
「ひう、いたい! クインいたい!」
「痛くしてんだよ。あたいらがどれだけ探し回る嵌めになったか」
「ごめんなさいいたい! でもでもだって!」
「だってじゃねえよ。まったく」
クインがようやく手を離す。うぅ、頭が割れるかと思った。
「ハイアディはそんな行動力ある奴だったか?」
「いたた、えぇと、それはその」
「長く地底湖に引き込もってた筈だろ?」
「前よりちょっと元気になったの」
アシェが私の顔を見る。
「そうみたいね。これも赤毛の英雄効果?」
「私だけじゃないわ」
私も含めて、深都の外に出ないようにとお姉さま達が禁止してるのが深都にはいる。
人に焦がれ、人の心を求めた業の者。だけど人に恐れられ、ときには裏切られ騙され、人と殺し合うことになったりとか。中には想い人をその手で殺めてしまった者も。心を病んでしまった者もいる。
「私の他にも元気になるのも増えたし、鎮静剤とか、使う薬の量も減ってきたって」
「赤毛の英雄の知らないところで、私達が救われてるなんてね」
精神を病み症状が重い者は、穴蔵と呼ばれる治療所から出ないようにして、そこでゆっくりと心を癒やす。
私もかつてはそこにいた。お姉さま達に癒され、特にアイジスねえ様には同じ水中組ということで面倒をかけちゃった。
だから私は穴蔵から出ても深都からは出ないようにと、お姉さま達から言われている。これまで人のことを、人類領域をあまり見ないようにして深都で暮らしていた。
アシェとクインはしっかりしてて、深都の外で人類領域を探る役目をしているけれど、深都には深都を出ちゃダメって言われる私みたいのは多い。
キレやすいとか、人に思うことが有りすぎたりとか、性格の問題とかもある。
カッセルとユッキルみたいに、人に慣れてるのもいるけれど、あの二人はかつて人とドンパチやり過ぎて、それで危ないから出るなって言われてたっけ。
「カッセルとユッキルが、あの男を見定めに行くって言い出して、それで私が地下水道を」
「ちょっと待って、ハイアディ」
チラリと横を見るアシェの視線の先には、ルミリアとカダール。
「深都の話は人のいないとこで、私達だけでね」
「あ、ごめんなさい」
人の中で暮らすには、こういうところに気をつけないといけないのね。あ、そうだ。
「アシェ、私、ウィラーイン家の人達に下半身の触手をベタベタ触られたんだけど、これって人の挨拶みたいなものなの?」
「それはウィラーイン家だけの挨拶よ。この館の住人とアルケニー監視部隊は、よく触らせてくれって言うわよ」
クインが、あぁ、あれか、っていう顔をする。
「一言断って来るだけマシか? ハイアディもやっぱやられたか」
「うん、まるで怖がらずに興味津々っていうのに驚いたけど」
「ハイアディは触られただけか?」
「触られただけって、他に何があるの?」
クインはアシェを見てニヤッて顔をする。
「アシェは落とし穴に嵌められたあと、ゼラの糸でグルグルに縛られて引き摺られたんだよな」
「何よ。クインはゼラの糸で拘束されて、蝋燭の火で炙られながらストリップショーをしたって聞いてるわよ?」
落とし穴? 糸でグルグルに縛られて? 蝋燭の火で炙られながら? ストリップ?
「な、なにそれ? 何がどうなったらそんな訳の分からないことになるの?」
「いや、まあ、その、いろいろとあったんだよ」
「そうね、いろいろあってそんなことになってしまったのよ。これもウィラーイン家ならではね」
思い出したのか苦い顔をするアシェとクイン。え? じゃあ触られただけの私って、まだマシだったんだ、あれで?
「ふ、二人ともスゴイ。そんな目にあったのにこの館に住んでるの? 人にそんな目に会わされたっていうのに、暴れもしないでおとなしくしてるの? 気の短いお姉さまだったらこの館が無くなってるわよ?」
「そんなことで暴れる訳にもいかねえし。ゼラの住むとこ壊してどうすんだよ」
「さすが、十二姉に信頼されて外の役目を任されてる二人ね。スゴイ忍耐力」
私も真似をしないと。でも、私が言うとなんだか微妙な顔をするアシェとクイン。
「いやまあ、あたいらは目立つわけにはいかないからな」
「あの、クイン、アシェ、人類領域に関わる先輩として、私にいろいろ教えて欲しいの。私、人の街の暮らしとか知らないから。お願いしてもいい?」
「いいぜ」
久しぶりに会った姉妹と話をしていると、ルミリアが入ってくる。
「盛り上がっているところ悪いのだけど、そろそろアシェとクインはハラードのところに行ってくれないかしら?」
「そうね。ハイアディをたぶらかしたという色男の顔を見てこないとね」
「あの、アシェ? レーンを威かしたりしないでね?」
レーンは私を匿ってくれたいい人だもの。私がアシェに言うと聞いてたクインが、
「たらしと口説きはカダールとエクアドだけじゃ無かったってことかよ。この街は」
レーンが口説いてきたって訳じゃ無いんだけど。私を匿って一緒にいるうちに、その、いろいろあって。
ルミリアの後ろについてきた男が言う。
「クインのようなイイ女と仲良くなりたいと話しかけるのは、口説いたことになるのか?」
「ハイアディ、紹介するわ」
ルミリアが一人の男と赤ちゃんを抱く女を手で示す。
「私の息子、次期ウィラーイン家当主エクアド。エクアドの妻のフェディエア。そして私の孫のフォーティスよ」
「あ、初めまして、こんにちわ」
この男がエクアド。なんでもクインを口説いて落とそうとした勇者って、姉妹達が噂していた男?
クインがそのエクアドって男に言う。
「ハイアディはあたいらと違って人のことあんまり慣れてないから、変なことするなよ」
「これまで俺達が深都の住人に変なことをしたことがあるか? そんな恐ろしいことができるとでも?」
「……初対面であたいにやらかしたこと忘れたのか?」
「あれは事故で謝っただろうに」
アシェが、はぁ、と息を吐く。
「触るのも混浴するのも、ここでは変なことの内には入らないのね」
「え? 触る? 混浴? アシェとクインはこの館でどんな暮らしをしているの?」
「ハイアディ、ここでは細かいことを気にしない方がいいわ。私とクインは、伯爵様とスキュラを生け捕りにした勇者と話をしてくるから」
「スキュラを生け捕り? レーンっていったいどんな風に言われてるの?」
「生け捕りなのか、ガールハントなのか、どちらにしても勇者よね」
レーンが勇者? 私、ハントされた魔獣? アシェ、また話を面白くしようとしてない?
アシェとクインが部屋を出ていく。レーン、だいじょうぶかな?
視線を戻すとルミリアが微笑んでいる。
「今日はこの館で夕食を食べていきなさい。レーンと一緒に。それまで寛いでちょうだい」
「あ、はい」
寛いでって言われても、レーンもアシェもクインもいないと緊張しちゃう。
赤ちゃんを抱いた女、フェディエアが近づいてくる。
「ハイアディ、もっと楽にして」
「えぇと、はい」
「深都の住人を見るのは、アシェとクインに続いて三人目だけど、ハイアディは随分と感じが違うようね?」
「アシェとクインと違って、長い間、人と話をしたことが無いから、どうしていいか解らなくて」
言いながらフェディエアの腕に抱かれる赤ちゃんを見る。この赤ちゃん、じっと私を見てる。私も人の赤ちゃんをこんなに近くで見るのは初めてで、つい見てしまう。こんなにちっちゃいんだ。
「ふや?」
何か言いながら手を伸ばしてくる。
「ハイアディ、フォーティスに触ってみる?」
「え? いいの?」
「いいわよ。というより、フォーティスがハイアディに触りたいみたいね」
そっと手を伸ばして触れてみる。手はちっちゃいのに指がちゃんと五本ある。頬を触るとふにっとしてる。ちっちゃな手が私の指をきゅって握る。
私が赤ちゃんの頬とか額をツンツンしてるとエクアドが振り向いて言う。
「カダール、ハイアディがカラァとジプソフィも触ってみたいようだ」
「そうか」
カダールとゼラがこっちに来る。この部屋に入ってからずっと気になっていたもの。
カダールの抱く褐色の赤ちゃん。
ゼラの抱く真っ白の赤ちゃん。
この部屋に入って来たときには、クインが褐色の赤ちゃんを抱っこしてて、アシェが真っ白の赤ちゃんを抱っこしてた。
それが蜘蛛の子ゼラの赤ちゃんかと聞く前に、クインにアイアンクローされたのだけど。
人と業の者の間に初めて生まれた双子の子。赤紫の瞳が、ジッと私を見る。見ているだけで、なんだか泣きたくなるような不思議な気持ち。
カダールが胸の褐色の赤ちゃんに言う。
「ほら、カラァ。ママのお姉さんだ」
私の、妹の子供。下半身は蜘蛛で、上半身は人。見たことも聞いたことも無い、半人半獣の赤ちゃん。
人の因子を受け継ぐ、人と魔獣が結ばれて生まれた、初めての人魔。
ゼラが真っ白な赤ちゃんを胸に近づいて。
「ハイアディ、抱っこしてみる?」
「あ? あ、うん……」
ゼラに支えられて、真っ白の赤ちゃん、ジプソフィをおそるおそると胸に抱く。小さい、暖かい。蜘蛛の脚の先に履いてるちっちゃな靴下が可愛い。
伝わる熱が身体に満ちる。声を上げて泣きたくなるような胸の震え。これは、なに?
ここは不思議の街、ローグシー。
人と蜘蛛の子が結ばれ暮らす、お伽噺みたいな人の街。
それが信じられなくて、この目で見たくなって、深都を抜け出してしまったけれど。
だけどこの街は、私が予想するよりも、もっとおかしなヘンな街だった。
人と魔獣の新たな関係を予感させる、有り得ない、絵本みたいな……。
なんて呼べばいいのか解らない。もしかしたら、未だに当てはまる言葉の無いことなのかも。
この子達を見ていきたい。この子達が住むこの街ごと。
そうすればこの想いが何か、解るのかもしれない。
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます
(* ̄∇ ̄)ノ ハイアディの人化の魔法特訓編は……、どうしよう?




