領主館、大浴場にて
(* ̄∇ ̄)ノ 領主館の大浴場、お風呂サービス回?
ウィラーイン伯爵家が作った新領主館。
ここにはハラード伯爵の妻、ルミリアの趣味により豪華な大浴場がある。星入りの大理石をふんだんに使い、スピルードル王国の貴族の屋敷の中では比べ物にならない広さがある。
この大浴場自体がゼラと家族で入れるように、と作られたからであり、下半身が大蜘蛛のゼラが肩まで浸かれる湯船がある。
手前が浅く作られてはいるが、奥は人の足が着かないほどの深さ。大量のお湯が必要となるため、ゼラの水系の魔法を使うことを前提として作られている。
「いやまあ、正体を出して水浴びできるってのはありがたいけどよ。何だこの広さ」
呟きながら湯船にザブリと浸かるのは、下半身がグリフォン体のクイン。
「私は熱すぎるのは苦手なんだけど、尻尾を伸ばしてくつろげるのはいいわね」
はあ、と満足そうな息を吐くのは下半身が大蛇のアシェンドネイル。
「……お前達、すっかりここに慣れてるな」
呆れるように言うのは下半身が大海ガメのアイジストゥラ。
「ン? アイジスはまだ慣れてない?」
キョトンとするのは下半身が大蜘蛛のゼラ。
「アイジスがローグシーに来てから、けっこう経ってない?」
「私達を怖れない人と同じ館で共に暮らすというのは、なかなか慣れないぞ」
伝承の半人半獣四人がその巨体を現しても入ることができるのが、新領主館の大浴場。ゼラが魔法で出したお湯の中、湯煙に包まれる中で四人の半人半獣が思い思いに寛いでいる。
今回は男がいないことで全員が裸になっている。
「夢のような光景ですね」
眼鏡の湯気を拭きながらルブセィラ女史が、うっとりとした声を溢す。
「こうして皆さんとお風呂に入れるとは」
「何も知らずにこれを見た人は気絶するかもしれませんね」
ルブセィラ女史に言葉を返すのはこの館の医療メイド、アステ。二人とも湯船に浸かり呑気に話す。
アシェは湯に浸かりながらもチラチラと大浴場の出入り口の方を見る。そんなアシェの様子を見ていたアステが言う。
「子供達は、今はフェディエア様と館の者が見てますよ。ご心配無く」
「心配はしてないけれど、私はあの子達とまだ一緒に入れないのかしら?」
アシェが少し不満そうに言うのをルブセィラ女史が説明する。
「おそらくは何も問題は無いと思われますが、念のために。力ある魔獣の身体には魔力がこもり、魔獣素材には特殊な性能を見せるものがあります。ゼラさんの蜘蛛の体毛には自然治癒力上昇効果が、クインの羽には風系の魔術を強化する効果があります。アシェとアイジスの身体にも、なにがしかあると思われます」
ルブセィラ女史は言いながら湯船のお湯を手で掬う。
「それがお湯に溶け出し、人に影響を与えるかもしれません。もっともこれまでゼラさんとお風呂に入った者で、湯中り以外の体調不良は無いので、それほど心配してませんが」
「あたいらの身体でなんの出汁をとろうってんだよ」
「私とアステでこうして試してみて、後でお風呂のお湯を検査して、何も問題無ければ子供達とお風呂に入れますよ」
ルブセィラ女史の説明を聞いたアイジスが、ううむ、と唸る。
「ゼラの唾液のことも聞いたが、私達の身体から出るものが人に影響を及ぼすなど、これまで深く考えたことも無かった。同じ館で暮らすとなれば、これはしっかりと調べてみなければならない」
「……私の魔法は精神系に特化しているから、これで子供達におかしな影響があったら困るわ」
アシェが呟くことにゼラは明るい声で返す。
「大丈夫。アシェはハハウエとの約束を守って、領主館の中では変な魔法は使ってないでしょ?」
「赤毛の英雄の家族に変なことしたら、私が深都に連れ戻されてお仕置きされるわ」
「それに、アシェがもう人に何かしなくても、良くなったんでしょ?」
「そうね」
ゼラの言う通り、アシェが盾の国に手を出す必要は無くなった。人と人を争わせることにより、人口を減らす。その為にアシェはスピルードル王国に害意を持つ人を集め組織化した。
しかし、上手くいかずウィラーイン領に手出し厳禁となったことで、アシェは自ら作った組織を解体することになった。
「中央に魔蟲新森が出現し、魔獣災害で中央の人口が減ったから、しばらくは私達が何かすることは無いわね」
「中央に被害が出たことで、盾の国は平穏になるという真相を聞くと、中央に悪い気がして素直に喜べませんね」
ルブセィラ女史が言いながら眉を顰める。アシェが言葉を返す。
「言うほど平穏じゃ無いでしょう? これで王種の発生率はしばらくは抑えられるでしょうけど、魔獣深森の魔獣も少し強化されているのだし」
アシェはアイジスを見る。アイジスは小さく頷く。
「禁則に触れる技術の流布は防がねばならない。魔獣のいる地から遠く人口増加の激しい中央には、いずれ手を出す必要があった。ルブセィラも研究に打ち込むのはいいが、それが禁則に触れるものであれば、我らは封じねばならなくなる」
「人を弱体化させる技術の禁止、ですか。えぇ、古代魔術文明の技術の果てのドラゴン擬きのような研究は、私の望む魔獣研究ではありません。あれは美しくありません」
「美しいとか醜いとか、そういう問題じゃ無いんだが」
「おや? そこは重要なところだと思いますが?」
ルブセィラ女史は眼鏡を取り、手拭いでレンズの湯気を拭う。
「これまでゼラさんを見てきたところ、ゼラさんは思いの力がその身体に現れています。カダール様に気に入られようと美しく、胸が大きくなり、そして怪我をしてばかりのカダール様を癒そうと治癒の魔法が上手くなり、むにゃむにゃしたくなると唾液に夜元気が分泌される。良くも悪くもその心がその身に現れてしまうのが、進化する魔獣、そして深都の住人ではないのですか?」
「これまで深都の住人をこうして見てきた人はいないが、私達から深都の住人のことはあまり話せない」
「カダール様とエクアド様から、クインの話も少しお聞きしました。アシェもアイジスも、人の姿に近づいたのは、その心が人を求めた過去があったのではないですか?」
「ノーコメントで」
「同じく、過去を語る気は無いわ」
「なんだよ、あたいだけ知られてんのかよ。カダールとエクアドのお喋り」
ルブセィラ女史は眼鏡をかけ直して、四人の半人半獣を見る。
「いずれいろいろと聞かせて欲しいものですね。話を戻して、深都の住人とはその思いが力となって現れやすい。魔法もまた、もとの生物の特徴と性格の影響を受けやすいようですね。つまり、人に害意を持たなければ人に悪い影響は出ない、と私は考えています」
「それで私達と一緒に風呂に入って、自分の身を実験台に? 恐れ知らずだ」
「はい。私の推測通りであれば、恐れるところはありませんから。一応、治癒術の得意なアステが一緒にいてくれます」
医療メイドのアステがコクリと頷く。
「これまでクインとアシェが子供達のお世話をするところを間近に見てきました。真剣におしめの交換の仕方を私に聞いてきたお二人が、子供に妙なことするとは思えません」
これまで赤子の世話などしたことの無いクインとアシェ。だが、ゼラの出産を側で見た二人はカラァとジプソフィのことが気になってたまらない。医療メイドのアステとルミリアから子育てについて教わり、今では乳母としてカラァとジプソフィとフォーティスの面倒を見ている。
「カラァとジプソフィが夜泣きしたときの、どうしていいかとあたふたするお二人は、可愛いらしいものでしたよ」
ふふふ、と笑うアステの顔が見れなくなったクインとアシェはそっと顔を逸らす。それを見ていたアイジスが感慨深く呟く。
「ゼラで慣れたというが、これほど我らを怖れない者というのは、アシェが落ち着かずイライラしていたのも、少し解る」
「そうなの? 人ってそういうものじゃないの?」
「ウィラーイン領の人間に囲まれてるゼラにはそうだろうけどなー」
「この館の住人の頭の中は、お伽噺のお花畑なのよ」
女性達が思い思いに寛ぎ、温かな湯で解れたのかお喋りに花が咲く。
そこに大浴場の出入り口から声が響く。
「叔父上! ダメです! 止まって下さい!」
「ぬうう! 美の女神に呼ばれて行かねば芸術家では無いのだ!」
大浴場の出入り口をバンと開いて、一人の男が踊り込む
「ふおおおおおっ!!」
「きゃああああっ!?」
アイジスとクインが可愛らしい悲鳴を上げて両手で胸を隠す。
「ここは女神の泉か? それとも魔の誘う水辺か? 湯煙の向こうに見ゆるは麗しき乙女達! たおやかなる乙女と力強き魔獣との融合! ようやくその境目を視界に納めたり! なんという混沌の美学! 闇の魔物と光の女神の結合が、気高く誇り高き乙女の恥じらいが、何が起きたかと呆然とする様さえ、湯けむりの向こうに見ゆるは夢幻より遠き異界の芸術か? 私は今、新たなる美しさの階段を登る!」
「なんだなんだなんだ!?」
「ン? おじさんも一緒にお風呂に入る?」
「!この私が、人に怯えるだと?」
「……、」
大浴場に堂々と入ってきた男は、赤髭の芸術家。ルミリアの弟にしてカダールの叔父にあたる男。彼は芸術家として名を馳せる一方で、芸術的衝動に身を任せてしまうという危険な一面がある。
アイジス、アシェ、クイン、ゼラの裸を目に焼きつけるように、食い入るように見ながら四人の美しさを讃える言葉が口から止まらない。
そのまま胸を隠して硬直しているアイジスに近寄ろうとして、背後からカダールに羽交い締めにされる。
「すまん! 叔父上の暴走を止められ無かった! すぐに連れ出すので気にせずゆっくりと暖まってくれ! エクアド!」
「抑えろカダール! 御免!」
カダールが羽交い締めにしても逃れようともがく赤髭、その鳩尾にエクアドが拳を打ち込む。
「うぐ、我が美の追求に、一辺の悔い無し、きゅう……」
ぐったりとした赤髭をカダールとエクアドが引き摺るようにして大浴場の外に連れ出す。パタンと大浴場の扉が閉まり、湯煙の中に静けさが戻ってきた。
言葉も出ないアイジス、クイン、アシェ。キョトンとしているゼラ。
ルブセィラ女史が、ほう、と四人を見る。
「クインが恥ずかしがりというのは知ってましたが、アイジスも男に裸を見られるのは恥ずかしいと。アシェは男に裸を見せてからかったりしてましたが、あのようなタイプには困惑するのですね?」
「私は裸を見られても別に、でも眼鏡賢者とあの芸術家の視線はたまに不気味に感じるわ」
「深都の住人は羞恥心に差がありますね」
「な、な、なんだあの男は? 何を考えている?」
「考えている、というよりは感じたままに動いてしまう人でしょうか? 芸術に身も心も捧げているので、皆さんの美しい裸体を見たくて我慢できなかったようですね」
「おいこら! 男は入ってこないハズじゃ無かったのかよ!」
「この領主館の大浴場は、基本的には男女混浴ですよ?」
両手で胸を隠したままひきつるアイジスとクイン。
「みんなでお風呂に入ると楽しいよ?」
アイジスとクインをキョトンとして見ているゼラ。アシェが、はぁ、とため息を吐く。
「私達を怖れないにも、程があると思うわ……」
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
ありがとうございます。
(* ̄∇ ̄)ノ このあとアイジスとクインの苦情を聞いたルミリアは弟の赤髭にお仕置きしました。ですが、あまり懲りた様子は無いようです。




