鋼魔樹の霊実・3
(* ̄∇ ̄)ノ 鋼魔樹で何故か三話目。鋼魔樹の霊実編はこれでラスト。
「おい、カッセル、ユッキル、こっちに来い」
怖い顔をしたアイジスがリス姉妹を呼ぶ
「……アイジスねえ様、何かあったか?」
「何やら怒っているようだが?」
ヒクリ、とこめかみを動かしてアイジスが二人を睨む。背の高いアイジスと少女にしか見えない双子のリス姉妹が並ぶと、大人に説教される子供達のように見える。
「魔獣深森の奥地から取ってきた物を、人に渡したらしいが」
「あぁ、あの胡桃のことか」
カッセルとユッキルは合点がいった、という顔をする。
「できたばかりの東方古刀の切れ味を試すついでに」
「これで世話になっているこの館の者へ礼にならないかと」
「それで、人は生では木の実を食べないから、料理ができる者に渡して頼んだ」
「「あれを食べれば皆、元気になるだろう」」
双子の剣士の言うことにアイジスは怒鳴る。
「人の手に余るものをホイホイ持ってくるんじゃない! このバカ双子!」
「「ちー……」」
「まったく、深都でもトップクラスの武芸者がなんてザマだ」
大人しく項垂れながらも、リス姉妹の目に反省の色は無い。
(深都でも防御力が十二姉のトップクラスのアイジスねえ様は、頭が固い)
そんなことを考えながら、深都から来た大使にして深都から抜け出した住人を見張る役目のアイジスに言い返す。
「アイジスねえ様、人と距離を置こうとするのはセッシャにも理解はできる。だが、それで人と壁を作るのは良くない」
「壁だと?」
「このウィラーイン領はカダールとゼラの住むところ。人と深都の未来の為にウィラーイン領には極力手を出さず、そっと見守ること、と決めたのだろう?」
「それが十二姉の決定で、我等が母の望みでもある」
「馴れ合い過ぎるのも良くは無いが、この館に住む者の中には、深都の住人のこと、古代魔術文明のことを知る者もいる」
カダールという男がゼラという半人半獣を妻へと迎えた。伯爵家の息子が黒の聖獣と結ばれ、この街の住人はそれを歓迎している。
人に怖れられる筈の半人半獣。それを受け入れる豪胆な気質。深都から見て、これまでの歴史では有り得ない不思議な街ローグシー。
「故にアイジスねえ様が大使としてこの街に来たのだろう?」
「だからこそこの街におかしなことを深都の住人がする訳にはいかない」
アイジスは言い返す双子の剣士に説教する。
「魔獣深森の奥地には未だに人が知らぬ物が多くある。おかしな植物や虫を持ち込んで、人類領域で異常繁殖でもしたらどうなる? 最悪、見守る筈のウィラーイン領が壊滅する危険がある」
「それは解っている。街に持ち込む際、気をつけている。母神の瞳を通し、解析が得意な者に調べてもらっている」
「用意周到だな? カッセル、ユッキル」
「考え無しと思われるのは心外だ。それにこれにはソレガシ等の思惑もある」
「ほう?」
「魔獣深森の奥地にある物に人が興味を抱けば、人はそこに行けるようになろうとして、更に強くなろうとするのでは無いか?」
黒の聖獣警護隊の武術指南役として、また無双伯爵ハラード、黒蜘蛛の騎士カダール、赤槍の騎士エクアドに稽古をつける武術家の二人は、うむ、と頷く。
「人がその身と心を鍛え、強く生きることが我等が母の望み」
「安易な技術に頼らず、その身に重ねた力を自負とするウィラーイン領の民であれば」
「いずれ魔獣深森の奥地へと挑むだろう」
「「その気持ちをちょっと後押ししただけだ」」
アイジスは、はあ、と溜め息を吐き首をゆるゆると振る。
「まあ、この館の料理人にフェディエアが作るお菓子は、深都でも味わったことの無いもので、私も興味はある。あの鋼の胡桃をいったいどうするのか、と」
「「うむ、どうせなら美味しく食べてみたい」」
「それが本音か?」
「「ちー……」」
「甘味に負けすぎだお前ら……。まったく、ララティのことを笑えんぞ」
魔獣深森の奥地から持ち込む物について、アイジスがカッセルとユッキルの二人に話していると、その向こうでララティが両手に何かを大事そうに持って跳ねていく。
「ルミリアー、エクスガーネットベリーの種を持ってきたぴょん。これとっても美味しいぴょん。栽培実験してぴょん」
「そこの堕肉ウサギ! ちょっと待てえ!」
「ぴょ?」
深都の大使、アイジスの怒声が領主館に響く。三人がアイジスに説教されている頃。
「そ、そ、それは!」
研究者ルブセィラ女史は驚きで落ちそうになる眼鏡を慌てて抑える。ルブセィラ女史の視線の先には、机の上に小山を作る灰色の木の実の殼。それを手にするのは、黒の聖獣警護隊、武装班の鍛冶姉妹の姉。
「伝承の鋼魔樹の霊実の殼、だってさ。こいつは金属のように堅いが、純粋な金属よりは軽い。金属と植物の性質を両方合わせ持つ面白い素材だよ。これで剣とか盾とか作ったらどうなるか」
楽しそうに灰色の殼を手のひらで転がす鍛冶師姉。
「アイアンリーフの葉を重ねた盾は、軽いわりに堅いと評判がいい。問題はアイアンリーフの葉が手に入り難いってことだけど。色は違うがアイアンリーフが成長した姿が、伝承の鋼魔樹なんじゃないのかい? 魔獣深森の奥地にしか無いっていうから見たこと無いけど」
「その殼を譲って下さい。研究の為に」
「え? ヤダよ」
鍛冶師姉はルブセィラ女史に取られないように灰色の殼を守る。
「これは私がエモクスから買ったもんだ。量が減ったらナイフも造れなくなるじゃないか」
「エモクス? 料理長のエモクスですか?」
「あぁ、なんでもカッセルとユッキルが持ってきてエモクスにあげたんだと」
ルブセィラ女史は慌てて領主館の厨房へと走る。
「エルアーリュ王子への報告書を書いてて出遅れました。何故、伝承でしか伝わらない素材、鋼魔樹の霊実がひょっこり厨房にあるんですか? 油断できませんねこの領主館は!」
エルアーリュ王子への報告書だけでは無く、一度研究に打ち込むと研究室に籠ってしまうルブセィラ女史の自業自得ではあるのだが。
走って息を切らせて厨房の扉を開けるルブセィラ女史。
「エモクスさん!」
「あ、ルブセィラさん、いらっしゃい」
そこにはテーブルの上に金貨を積み上げ枚数を数える料理長エモクスの姿があった。
「そろそろ来られる頃かと思ってました」
「ここに鋼魔樹の霊実があると聞いて」
「ある、というか、あった、と言うべきですな」
「あった? ということは?」
「強い風味は無いのでいろんなお菓子にできますが、逆に鋼魔樹の霊実ならではの味わい、というのを押し出すのが難しいですな。鋼魔樹の霊実の味をよく感じるのはプリンが合うようです。カッセルさんとユッキルさんにはビスケットの方が好評でしたが、あのお二人は歯応えのあるのがお好きですな」
「ビスケット? プリン?」
「はい、鋼魔樹の霊実の中身は、全てお菓子にしてしまいました。はは、一度興が乗ると止まりませんなあ」
中身が、貴重な鋼魔樹の中身が全てお菓子になった後。それを聞いて目眩を感じてフラリと倒れそうになるルブセィラ女史。
「そんな、研究用サンプルを得ることもできず、全てお菓子になってしまうなんて……」
ショックで気絶しそうになるルブセィラ女史。テーブルの隅に乗る、半分に割れた灰色の大きな実の殼を視界に入れて、慌てて姿勢を直す。
「では、では殼は? 鋼魔樹の霊実の殼は?」
「ほとんど黒の聖獣警護隊武装班に売ってしまいました。相場が解らないので噂よりは格安ですが。というより袋に金貨を積めたミューギルさんが睨んで迫ってきて、これで売らないとハンマーで私の頭をかち割りそうな剣幕でして」
金貨を十枚ずつ積みテーブルに並べる料理長エモクス。
「あの方も研究好きというか、変わった素材が好きなところで、私もその気持ちは解りますので」
「では、そこの灰色の殼は?」
ルブセィラ女史が手を伸ばすが、料理長エモクスはサッと半分に割れた灰色の殼を取り上げる。
「これは私が鋼魔樹の霊実を料理した記念の品ですので、お渡しできませんな」
「そこをなんとか」
「これが一つは残って無いと、私が寂しいではないですか」
「それでは、お菓子の方は?」
「全て皆さんにお配りした後です」
ルブセィラ女史は全身の力が抜けてがっくりと膝をつく。
「どうして、研究班の為にサンプルを残してくれなかったのですか……」
「ルブセィラさんの気持ちも解りますが、」
料理長エモクスは、ばつが悪そうにルブセィラ女史から視線を外す。
「私としても希少な食材が減ってしまうのは惜しくて、申し訳ありませんな」
料理研究の為に辺境の伯爵家に仕えることを望んだ男。料理人エモクスの料理研究意欲はルブセィラ女史にも鍛冶姉妹にも負けてはいない。それを聞いてルブセィラ女史は一度、料理長エモクスを睨むが、諦めたのか深く息を吐く。
「お邪魔しました……」
がっくりと項垂れたまま、厨房を後にするルブセィラ女史。そっと見送る料理長エモクス。
とぼとぼと足取りも重く研究室に戻るルブセィラ女史。魔獣研究者として魔獣深森の謎を解く手掛かりになるかもしれない、そんな魔獣深森奥地の植物。伝承でしか伝わらず目撃者もほとんどいない鋼魔樹の霊実。
すぐ近くにあったのに手に入れることはできなかった。
「……万病を癒すなどと伝わるのならば、いったいどんな力を秘めているのですか? それが全てお菓子に。はぁ、お菓子の好きな人が多いこの館では、もう既に全て皆さんの胃の中ですか? いえ、今から探せば溢した欠片くらいは手に入るかも、それに武装班と話して余った素材があれば譲ってもらえるように説得を。隊長補佐の権限はこういうときに使っても良いのでは?」
諦めきれずにブツブツと呟くルブセィラ女史に、
「「ルブせんせー!」」
声を揃えて駆けてくる二人の子供。下半身は黒い蜘蛛と白い蜘蛛の双子の子。ルブセィラ女史の教え子でもあるカラァとジプソフィだ。
「ルブせんせー、やっと見つけた」
「ルブせんせー、どこにいたの?」
二人の可愛い教え子を見て、ルブセィラ女史は暗い表情に笑顔を戻す。
「ちょっと探し物をしてまして。私を探していたのですか?」
「「うん!」」
カラァとジプソフィは小さな器とスプーンを手にしてルブセィラ女史に見せる。
「新しいお菓子をもらったの」
「ルブせんせーと一緒に食べたくて」
「珍しい木の実でつくったんだって」
ルブセィラ女史は眼鏡をキラリと光らせる。
(まさかここに鋼魔樹の霊実プリンが! サンプル採取して研究を!)
二人の子供は満面の笑みでルブセィラ女史を誘う。
「「ルブせんせー、一緒に食べよ」」
「え? ええ、ええとですね」
「「ルブせんせー、プリンきらい?」」
「嫌いでは無いですよ。甘いものを食べると頭が元気になりますよね」
「「じゃあ、食べよっ」」
自分を慕う二人の可愛い教え子に誘われて、言葉を失うルブセィラ女史。ここで自分の分だけ持ち帰って研究したいと言えば、一緒に食べよー、とルブセィラ女史を探していた二人が泣き出すかもしれない。
なんとか持ち帰り研究したいという研究者としてのルブセィラ女史と、二人の先生としてカラァとジプソフィに嫌われたく無いというルブセィラ女史の気持ちが心の中でせめぎ合う。
「「ルブせんせー?」」
ルブセィラ女史の葛藤も知らず、二人の子供はコテンと首を傾げてルブセィラ女史を誘う。幼い子供の無邪気に圧されて、
「い、い、一緒に食べましょうか」
「「うん♪」」
ルブセィラ女史は心の中で涙を溢し、二人の教え子とプリンを食べる。ちゃんと一人ひとつずつ用意したプリンを三人はゆっくりと味わう。
「「おいしいね、ルブせんせー」」
「そ、そうですね、美味しいですね」
(プリンでこれならビスケットはどんな味わいに? いえ、味もそうですがどちらかというと効能が気になります。うう、食べる前に自分の血を取って、食べた後との変化など比べて見てみたかったですね。あとでカッセルさんとユッキルさんから鋼魔樹について聞いてみますか)
不思議な味わいのプリンを食べながらニコニコとお喋りをする三人。食べ終えるとジプソフィがゴソゴソとポシェットから何かを取り出す。
「これ、りょーりちょーに貰ったの」
「げっふ!?」
食後のお茶を蒸せて口から溢すルブセィラ女史。ジプソフィが見せるのは、大人の拳よりも大きい灰色の木の実の殼。半分に割れて中身は無い。
「ごしごしして磨いたら、キラッてするの」
「そそそれを見せて下さい!」
「これ、ルブせんせーの分」
「え?」
「りょーりちょーがね、ルブせんせーが食べ終えたら、ひとつあげてねって。はい」
ジプソフィから受け取ったものをルブセィラ女史はまじまじと見つめる。幻の木の実を探して駆け回って、プリンになったのを見て、諦めて食べたら今になってこうしてひとつ殼が手に入る。
ルブセィラ女史にとっては気分が乱高下する奇妙な一日。灰色の木の実の殼は一部だけ磨かれてそこだけ光を反射している。
カラァとジプソフィにつられて笑ってしまう。そんなルブセィラ女史の領主館のとある一日。
料理長エモクスは厨房で一人呟く。
「料理を研究されるのも悪く無いですが、どうせなら美味しいうちに食べて、後で感想を聞かせて欲しいものですな」
割れた灰色の木の実の殼を手に取りみつめ、
「それに、私から渡すよりも良いのではないですかな」
ウィラーイン伯爵家に仕える料理長エモクス。その料理の腕で、後に黒の聖獣の御子の先生衆の一人として名を連ねる男。目立つところは無いが、この男の密かな働きが領主館の平穏に役立っている。
安心して皆で囲む食卓こそ、料理を味わう最高の環境、というのが彼の信念でもある。
これは随分と後の話になるが、魔獣研究者として高名なルブセィラ女史の手記がいくつか見つかった。本になる前の雑多な研究資料の中に、鋼魔樹の霊実に関して書かれた部分がある。
『灰色の殼は金属と植物、二つの性質を持ち、他の植物には見られない硬度がある。この鋼魔樹の霊実で作られたプリンは、素朴な味わいの奥に不思議な生命力を感じるものであり、危険な魔獣深森の奥地で育ったとは思えない優しい味がする。極めて美味』
何故、この鋼魔樹の霊実のところだけ冗談が書いてあるのかと、後の研究者を悩ませることになる。
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
ありがとうございます。
( ̄▽ ̄;) 料理長エモクス、実はお茶目な人?
(* ̄∇ ̄)ノ 鋼魔樹の霊実の効果は不明ですが、三人の子供達が大きな病気もせずにすくすくと育ったのは、この霊実の効果かもしれません。
フォーティス君はエクアドとフェディエアと一緒に食べました。




