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鋼魔樹の霊実・2

(* ̄∇ ̄)ノ 本編にて、ゼラにチーズの作り方を教えた料理人。今回の主役は彼です。



 ウィラーイン伯爵一家の住む領主館。その厨房を預かる料理長エモクスは機嫌良く、卵を割る。卵の黄身と白身を分けてボールに入れる。


 実は少し前まで料理長エモクスはちょっと機嫌が悪かった。仕事のことで少し不満が有った。そのことで仕事を辞めようと思う程では無かったが。


(こうして腕が振るえるってのは、いいもんですな)

 

 スピルードル国の王都で料理の修行を重ね、腕を認められいくつかの商人や貴族に呼ばれる中で、料理長エモクスは辺境のウィラーイン伯爵家を選んだ。

 

 魔獣深森は魔獣の住む恐ろしき森。しかし自然の生命力に溢れるところ。畑も果樹も魔獣深森に近いところほど、よく実り、味が濃い。

 また魔獣深森から取れる魔獣素材。ヨロイイノシシ、長角牛、グリーンラビットなどの肉は魔獣深森に近いところでしか新鮮な物は手に入らない。

 料理人として名を上げる為に大貴族に仕えるよりも、新鮮なもの、変わった素材での料理の研究をする為にウィラーイン伯爵家を選んだ料理人。それがエモクスという料理好きな男。


(盾の国の料理人というのは、そうでないといけないと思いますがね)


 ウィラーイン伯爵家に仕えてからは、博物学者ルミリアとも変わった料理研究をし、ますます腕が上がったと自覚はある。それは世間での料理人からは少しズレてはいたが、本人はこれぞ料理の可能性と一層料理に打ち込んだ。


(飢饉の時の為の非常食。昔から伝わる知恵に手を加えるルミリア様の研究。木の皮も叩いて三日煮込めば食べられる。毒のある球根も塩水に浸けて毒抜きすれば食べられる。毒抜きしたダイダイネジレバナの球根が、あんな味をしてるとは思わなかったもんです)


 新しい発見が新しい料理に繋がる。貴族相手の気取った料理も作れるが、料理人エモクスはちょっと変わった料理研究を好むところがある。

 表面上は穏やかな人当たりの良い男、しかし料理研究にかける情熱は人一倍。

 その料理人エモクスが料理の腕を振るう機会が無いと不満に思っていた相手がいる。

 伯爵家の息子、カダールに嫁ぐことになったゼラである。


(生の肉が好き、というのはもとの蜘蛛の食性が残っているからと、説明はされましたがね)


 新鮮な肉を生のまま切って出すだけ、味つけもいらない。これでは料理人の腕の振るうところが無い。


 新領主館ができてからの特別な客人達。

 それにゼラとその娘、カラァとジプソフィは下半身は大蜘蛛の半人半獣。対外的にはウィラーイン領にいる半人半獣はこの三人だけ。聖獣認定されたゼラと聖獣の御子、カラァとジプソフィの三人のみ、ということになっている。

 だが、この領主館では伝承の進化する魔獣、半人半獣がごろごろいる。このことは館の外には秘密にしていることだが。


 料理人エモクスは黄身と白身に分けたボールを横に置き、残りの生卵の殻を水で洗う。この生卵はアシェンドネイルの夕食用だ。


(お客人も皆、生食好きとはね)


 ウィラーイン領では生食はほとんど無い。魚も肉も卵も火を通さず食べれば腹を壊す。それが当たり前という認識でスピルードル王国の常識だった。

 生水も身体に良くないと一度加熱する。かつてはお茶は中央からの輸入品で高価であり、贅沢な飲み物だった。その為、スピルードル王国では、一度加熱し冷ました水に果汁を加えた果実水で客を迎えるという風習がある。

 それがこの領主館の客人達は、なんでも生で食べる方を好む。料理したものも食べられるが、生の方が良いらしい。


(クインさんはゼラ嬢様と同じで生肉好き。ただ、酒のツマミには炒り豆、茹で豆がお好き。アシェさんは生卵。殻だけ水で綺麗に洗っておいて、と。アシェさんが生卵を口に入れて、口の中でクシャリとやって殻ごとゴクンと飲むのは、初めて見たときには驚きましたがね。目を細めて満足そうにしてたから、生卵が好きなのは間違い無いようですな)


 領主館に来た特別な客人の為の料理、というか食材をそのまま出したことを思い出しながら、料理人エモクスは夕食の為の準備をする。


(カッセルさんとユッキルさんは木の実がお好き。アイジスさんは海の幸が好みと聞いてますが、ローグシーの街は海から遠いですからね。いつもの市場で仕入れる川魚に、今日は南方ジャスパルの乾燥させた海藻が手に入りましたから、水で戻して出してみますかね。たまに来られるハイアディさんの言う海のエビとカニはちょっと無理ですが、そのうち誰かに頼んで川で蟹を取ってきてもらいましょうかね。ララティさんは果物、アイジスさんには、ララティさんに食わせ過ぎるなとのことですが、あの方達の適量というのが、本当によく解りませんな)


 料理人エモクスは洗った卵を布で拭いて水気を取る。


(ゼラ嬢様もそうですが、下半身があんなに大きいのに食べる量は人と同じか、人より少ないかもしれませんな。それでどうやってあの身体を維持できるのやら。魔法使いというのはよく解りませんな)


 領主館のお客人に料理してない食べ物を出す。料理をしない料理人とはなんだ? と不満を憶えていた料理人エモクス。

 その状況が変わったのは領主館の新しい客人、下半身が大兎のラッカラックランティが来てからのことだ。


『なにこれ!? おいしいぴょん!』


 ある日の夕食でラッカラックランティ、愛称ララティが声を上げた。

 ゼラの食べているチーズケーキに興味を持ち、味見しての一言。

 ゼラは基本的には生肉を食べる。他に好みはチーズ。チーズを使ったケーキがゼラの好きなデザートだ。


(甘いものは別腹って、このことかも知れないですな)


 お菓子の美味しさに目覚めたララティは、ちょくちょくと厨房に顔を出す。そしてララティの影響なのか、カッセル、ユッキルもお菓子を食べるようになった。二人は歯応えのあるクッキーが好みのようだ。

 アイジスはあまり食べようとはしないが、付き合って口をつけるようにはなり、アシェとクインは、酒やお茶で香りつけした甘過ぎないものを好むと解ってきた。

 料理人エモクスが客人相手に腕を見せられるところができた。


(デザートは専門では無いですがね)


 そしてゼラとフェディエアがお菓子作りをするようになった。ゼラはカダールの為にと、チーズ作りを料理人エモクスから教わったことがある。今度は子供の為に何か作れないかとお菓子作りに挑戦することに。

 フェディエアはもともと少し知っていたので、フェディエアがゼラにお菓子の作り方を教える。

 そこに料理人エモクスがアドバイスしたり手伝いをしたりと、することが増えた。

 

(卵の白身はゼラ嬢様の氷系魔法を使ってメレンゲに仕上げるとして。黄身の方で何をつくりますかね)


 料理人として腕を振るう場が増え、これまでの不満が解消され、最近のエモクスは機嫌がいい。


(ゼラ嬢様に氷の器を作ってもらうのは、暑い季節に良いかもしれませんな。その器に合うデザートとは、さて何が良いですかね)


「ちょっといいか?」


 声をかけて厨房に入ってきたのはカッセルとユッキル。


(おや、ララティさんが厨房に来ることは割りとありますが、このお二人が来るのは珍しいですな)


「ええ、どうぞ」


 手を拭きながら料理人エモクスはカッセルとユッキルを迎える。ゼラも入れる領主館の一階は広く、この厨房も通路は広い。最近ではアシェもクインも領主館の中では正体を現したままのことが多い。

 アイジスは下半身が海ガメの為、正体を現すと地上での移動が不便な為、人化の魔法で人に化けたままだ。

 カッセルとユッキルは人前では正体を出さないように気をつけているらしく、今は下半身は人の姿。どこから見ても人の少女にしか見えない。

 ただ、人化の魔法が完全では無い為に尻尾が出ている。大きなリスの尻尾はいつもは腰に巻きつけて、毛皮の腰巻きのように見せかけている。


「厨房に何かご用で?」

「あぁ、見てもらいたいものがある」


 言ってユッキルが布包みをテーブルの上に置く。布包みを開けば中から現れるのは、明るい灰色の木の実。


「なん……ですかね? これは?」


 料理長エモクスはテーブルの上の物を見る。見た目は割れた胡桃のよう。それがごろごろといくつもある。大きさは大人の握り拳よりも大きい。何より金属のような光沢のある灰色の木の実など、これまで見たことは無い。

 ひとつ摘まんで手にしてみると、重い。植物の実の重さでは無く金属の重さだ。


(金属で作った木の実の彫刻? にしては妙に生々しいような。このお二人が作ったとか? それになんだかおかしな存在感というか、不思議な感じがしますね)


 灰色の重い木の実をしげしげと見る料理長エモクスにカッセルが説明する。


「これは魔獣深森の奥地で取れた木の実だ」

「魔獣深森の、奥地ぃ?!」


 驚いて木の実を落としそうになり、慌てて掴み直す。

 魔獣深森の深部ではいろいろな物が見つかる。中には料理長エモクスが噂だけは知っているが、まだ味見をしたことが無いというものがいくつもある。本当かどうかも判らないハンター達が噂で語る謎の素材。

 自分の足で走って逃げる大根。引き抜けば怪音波を発し、耳にしたものを発狂させる人参。近づけば種を打ち出して攻撃してくるカボチャ。

 魔獣深森の中の不思議な植物。その中には爆裂する槍を打ち出す大樹だとか、眉唾ものの話もある。


 道に迷ったハンターが食料を無くし、やけっぱちで見知らぬ物を食べてみたら旨かった、などと語られる類いのもの。

 だが、魔獣深森の中で見つけた植物を栽培してみて成功したものもある。今のスピルードル王国で砂糖が中央よりも安価で手に入るのは、これのお陰だ。

 魔獣深森に伝わる話の中から、目の前の灰色の木の実に結びつくものを、料理長エモクスはひとつだけ知っている。ごくりと唾を飲み声を出す。


「ま、まさか、これは、伝承の鋼魔樹の霊実!?」


 塔の如く聳える木は樹皮は鋼の大樹。魔力満ちる大樹を斬り倒せる者は無く、その実は口にすれば万病を癒す。だが鋼の殻に覆われた実を食べることができるのは、色の名を冠する龍のみ。

 食べた者がいないのに万病を癒す、という話が伝わるのも噂ならではのこと。


(その噂のもとになったのが、目撃した幸運なハンターの自慢話かもしれませんがね。何処まで本当かも解りはしない。しかし、ここにあるこの木の実は)


 料理長エモクスは知っている。目の前のカッセルとユッキル、この二人の正体を。下半身は巨大なリスの半人半獣。ゼラと同様、魔獣深森の奥地に行ける強さがある存在だと。

 かつてウィラーイン領を悩ませた、灰龍を倒せる存在。ドラゴンを越える災厄(オーバードドラゴン)とも呼ばれる超常の者。ならば魔獣深森の奥地から木の実を持ってくることも容易いだろう。

 手にする灰色の重い木の実に目を奪われる料理長エモクスに、ユッキルが声をかける。


「鋼魔樹の霊実? 人にはそう呼ばれているのか?」

「違うんですか?」

「セッシャは人のつけた呼び名を知らぬ。だが知っているなら話は早い」


 ユッキルに続けてカッセルが言う。


「これは魔獣深森の奥地で見つけた胡桃だ」


(この大きさ、この色、この重さで、ただの胡桃の筈が無いと思うんですがね?)


「殻が堅いからか、中身は柔らかく美味しい。食べると身に力が湧いてくるようだ」


(魔獣深森の奥地の伝承に伝わる植物、どんな力があるか判らないですな)


「人の身に害となるものでは無い。それどころか逆に身体に良さそうだ」


(身体に良すぎるとそれはそれで何か起きそうですがね)


 料理長エモクスはテーブルの上の灰色の木の実の山とカッセル、ユッキルの二人を見比べる。


「これを、私にどうしろと?」

「「お菓子を作って欲しい」」


 カッセルとユッキルが声を合わせて言う。料理長エモクスは少し震える声で訊ね返す。


「お菓子、ですか?」

「ああ、この領主館のお菓子は美味しい。料理長が作っているのだろう?」

「ええまあ。ですが、黒の聖獣警護隊がカッセルさんとユッキルさんに出すのは、隊員が作ったものが多いですよ」

「その隊員から、美味しい作り方を教えてもらったのは、料理長からだと聞いている。なので料理長に頼みたい」


 カッセルに続きユッキルが言葉を重ねる。


「セッシャ達はこれで礼にならないか、と」

「食事に寝床と用意してもらい、この館では良くしてもらっている」

「刀が欲しいと言えばこうして作って貰った」

「ソレガシにできる礼とは何か、とこうして木の実を取ってきたが、人は生では口にしないから」

「なので美味しく料理できるものに頼みたい、と」

「問題は料理長への礼、なのだが、何がいいだろうか?」

「お菓子に使ったあとの残り、でも良いだろうか」


 聞いた料理長エモクスはポカンと口を開ける。


(本物の鋼魔樹の霊実なら、これひとつで幾らになるやら。万病に効くと噂の鋼魔樹の霊実は、色の名を冠する龍の骨の粉と同じくらい、本物は目にすることもそうそう無いもの、なんですがね)


 木の実の中身をお菓子に使い、残った殻を貰うだけでも、料理人から見れば莫大な財産だ。本物と証明するのが難しいという欠点はあるが。


「ダメか?」

「い、いいえ、そんなことは。やらせていただきますとも」

「では、よろしく頼む。それと、この木の実を使ったお菓子はセッシャも味見してみたい」


 言って二人は厨房を出ていく、目の前に残された、テーブルの上のいくつもの灰色の木の実を見て、料理長エモクスは肩を震わせる。


(伝承の鋼魔樹の霊実を、お菓子にするとはね)


 料理長エモクスは震える指で木の実の中身をそっと掬う。灰色の殻に覆われた白い中身は、胡桃と比べても柔らかい。

 どんなお菓子を作るにしても、先ずは素材の味をみてみなければ。


(人の身に害となるものでは無い、ということだから、大丈夫でしょう)


 指で掬った鋼魔樹の霊実をそっと口に入れて、目を閉じる。


(……じわりと口の中に広がるこれは、言葉にしにくいですな。しょっぱくも無く、辛くも無く、苦くも無く、それなのに自然の生命力そのものを味わっているような……)


 料理長エモクスはそのままの姿勢で、じっくりと味わってから、目を開きニヤリと笑う。


「伝承の鋼魔樹の霊実をお菓子にした料理人。自分で言っといてなんですが、こんな胡散臭い料理人はいませんな」


 ククク、と一人でほくそ笑む料理長エモクス。

 これまで誰も食材として扱ったことの無い木の実を前に、静かにやる気を燃やす。

 新しい素材での新しい料理に興味を持つ、研究者気質の料理人。それが領主館の厨房を預かるエモクスという男である。



設定考案

K John・Smith様

加瀬優妃様


ありがとうございます。


( ̄▽ ̄;) まさかここで料理長が主役になるとは。


◇◇◇◇◇


料理長エモクスの独り言


「本来であれば、この鋼魔樹の霊実はルブセィラさんに調べてもらわなければならないのでしょうがね。サンプルに持ってかれるとお菓子に使える数が少なくなってしまいますな。クッキーにタルトにケーキ、いろいろと試してみたいので、ルブセィラさんに見つかる前に作ってしまいますかね」


( ̄▽ ̄;) これがルブセィラ女史の目にも涙、に繋がると。



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