名画、守護獣緑羽
(* ̄∇ ̄)ノ 赤髭の芸術家、またもやらかしてしまい?
「できた……」
領主館の中の一室、芸術家赤髭は描いた絵画をじっくりと見直し、うむうむ、と腕を組み頷く。
「うむ、久方振りにそこそこ納得できるものに仕上がった。やはりこの領主館は良い。伝承でしか聞いたことの無い存在、伝説の半人半獣を身近に感じ、この手で触れ、直に言葉を交わし、神話と伝承へと一歩近づく。不思議は実在し、遥かなる幻想は届かぬ夢物語では無く、この世界にあり手を伸ばせば届くところにある。では、実在するからといって神秘は失せるか? いいや、こうして目にし触れることでより謎は深まり、幻想は輝きを増す。己がこれまで感じていた美の深淵など、まだまだ浅いものだった。その奥深さを感じとることができず、己に見通せなかっただけのこと。今ではより深く、より高く、実在するその向こう側に生命と生命を慈しむ気高き尊き光を感じられる。あぁ、その美を現世に見える形に下ろすのに、己はまだまだ修練を積まねばならん。神話の中から美を掬い上げ、そこに形を与えこの世に産むには、まだまだ研鑽が必要だ。求めよ、感じよ、さらば与えられん……」
できあがったばかりの絵画を前に、集中して作業をし作品を完成させた酩酊に酔う赤髭が、独白を続ける。それを遮るようにクインが赤髭に声をかける。
「おいコラ」
「うむ? どうしたのだクインよ?」
「なんだよこれ」
「見ての通り、出来上がったばかりの新作だが?」
クインが指差す絵画は、大きなグリフォンが力強く羽ばたいている。緑の羽が陽光に煌めき、そのグリフォンの背には緑の髪の乙女が座って微笑んでいる。
青空を背景に、優雅に緑の翼を大きく広げるグリフォンは通常のグリフォンでは無く、目撃例の少ない亜種のエメラルドグリフォン。
だが、家畜を襲うとされる魔獣グリフォンが、背中に麗しき乙女を乗せる絵画はまるで緑のグリフォンが乙女を守って慈しむようにも見える。
「アバランの町の聖堂に飾る絵を頼まれたのだ。町を守るグリフォン、守護獣緑羽の絵をひとつと」
「いや、この絵のグリフォンに乗ってる女がだなー」
苦々しく呟くクインの隣で、絵を見るアシェンドネイルが、ほう、と息を吐く。
「素敵に描いてもらったわねクイン」
絵画に描かれる乙女の顔はクインに良く似ている。
クインは下半身が首の無いグリフォン体。絵に描かれる乙女は人間の足で、正体を現したクインと下半身は違うが、まるで人化の魔法で人に化けたクインのようだ。
違うところは髪の色。クインは正体を現せば緑の長い髪になる。人化の魔法で人に化けるときは、目立たぬように茶色のショートカットになる。
絵に描かれる乙女は、エメラルドのように煌めく緑の長い髪をはためかせている。
クインは赤髭の頭を片手で掴む。
「こんなもんアバランの街の聖堂に置かれたら、人に化けて髪の色を変えてもあたいが目立っちまうだろうが。あたいはアバランの街ではソロのハンターってことになってるんだ。守護獣緑羽とは無関係の」
「いや、そんなことを言われてもだ。町を守り人を守る守護獣となれば、こうではないか? アバランの町では人に恋したグリフォンが人を守ると、吟遊詩人が歌っているではないか」
「だからって勝手にモデルにすんな。これをアバランの町の聖堂に飾るなら、せめて顔を描きかえろ」
「むむむう、久方振りに納得できる仕上がりになったのに、これを描きなおすなど、クインよ美の神が降りる作品というのは、あいたたたた?」
クインが片手で赤髭の頭を掴み、その指先がギリギリと赤髭の頭を締め付ける。
「ふぬおおあ! 頭が割れる! 痛い痛い!」
「だったら緑羽だけ描いて、あたいを描くんじゃ無い」
「あたた! わ、わかった、もう一枚描く! だから離してくれ!」
クインが手を離すと赤髭は頭を押さえてしゃがみ込む。
「いたたたた。しかしこの構図は捨てがたい。むう、背に乙女を乗せずとなるとどうするか……」
「最近、やたらとあたいをジロジロ見てて、なんか気持ち悪いと思ったらこんなの描いてたのかよ」
「ハイラスマート領主からの依頼なのだ」
「それでこの前、あたいが風呂に入ってるときに突撃してきたのか?」
「ヌードモデルを頼んだら、クインが嫌がったではないか」
「当たり前だこの芸術バカ!」
アシェンドネイルが呆れたように溜め息を吐く。
「コッソリ覗くでも無く、堂々と入ってきたわよね。止める人を掻い潜ってまでして」
「私の芸術に対する想いに、隠さねばならぬことなどひとつも無い。あとでお仕置きされても、一度目に焼きつければそれで十分だ。あのときの大浴場での、半人半獣の女神達の水浴の一幕は、目を閉じればまぶたの裏に思い浮かぶ」
「記憶を無くすまで頭をかち割ってやろうか」
「止めなさいクイン、本気を出したら死んじゃうわ」
今にも飛びかかりそうになるクインのグリフォン体に、アシェンドネイルの下半身の大蛇体がぐるりと巻きついてクインを止める。
赤髭は己の描いた絵画を見直して、
「しかしこれから新しく一枚描くとすると、どうするか」
クインに巻きついたまま絵を見ていたアシェンドネイルが口を開く。
「クインの背にハイラスマート領のお嬢さんを乗せて描けばいいんじゃない? あちらの領主からの依頼なのでしょう?」
「むむ、そうか、もともとハイラスマート領主からの依頼なのだから、ハイラスマート家の娘をグリフォン緑羽に乗せて……、となると構図はこのまま、人物を入れ換えて……」
クインは口をへの字に曲げる。
「まったく、あの町はあたいを何だと思ってんだ?」
「他にも、緑羽をモチーフにした新しいお菓子の箱のパッケージデザインも頼まれているのだが」
「あの町はグリフォンを何だと思ってんだ?」
アシェンドネイルがニヤリと笑う。
「アバランの町でクインの正体がバレたら、たいへんなことになりそうねえ」
後日、新しく描かれた絵画がアバランの町の聖堂へと納められた。
絵画はグリフォン緑羽の背にハイラスマート家の長女、ティラステアが横座りするものとなり、ハイラスマート領の安寧を願い、また、町を守ると噂の守護獣、グリフォン緑羽を讃えるものとして聖堂に飾られる。
アバランの町では緑羽を型どった木彫りのグリフォンが玄関に飾られたり、緑羽にちなんだ土産物やお菓子が町で売られる。
隣のウィラーイン領では、領主の息子に恋をした蜘蛛の姫が現れたこともあり、ハイラスマート領では、
『あのグリフォン緑羽は、ティラステア様に恋をした魔獣で、やがて半分人になりアバランの町に現れるのでは?』
と、噂になる。
「と、まあ、あの絵が飾られてからアバランの町周辺でそんな話が出たりしてね」
ローグシー街、領主館に訪れたハイラスマート家、長女のティラステアはクインと話す。
「あの緑羽は男の子で、私に一目惚れしたとかって」
「なんだよそりゃ。まあ、蜘蛛の姫の恩返しが流行って、皆があれを知ってりゃそういう考えもするのか?」
「こちらは姫じゃなくて王子、になるかしら? アバランの町では守護獣緑羽は雄って思われてるから、クインがアバランの町で疑われることも無いんじゃない?」
「それはそれでいいけどよ。あたいがティラステアに一目惚れ、ねえ……」
「私じゃ無いけれど、アバランの町のハンターに一目惚れしたのは、間違いじゃ無いんでしょ」
「随分と昔の話だ。ティラステアはいいのかよ? グリフォンに惚れられた姫ってことで?」
「人の噂はどうにもならないわ。私としてはクインに好かれるなんて光栄なこと、と思うけど」
「なんのかんの言っても、ティラステアもあのカダールのいとこってことか……」
クインはクッキーをひとつつまみ、それをまじまじと見て溜め息を吐く。
そのクッキーはティラステアの持ってきたお土産で、アバランの町の新しいお菓子。
アバランの町で聖堂に飾られる、グリフォン緑羽の尾羽根。その尾羽根を模した形の薄く緑がかったクッキー。
「このクッキーのモデルの緑羽の尾羽根は、祈ると無病息災の加護がある、とか言われてるわ」
蜘蛛の姫ゼラの影響もあり、アバランの町での緑羽人気は高まっている。グレイリザードと戦う緑羽は目撃した者も多い。
クインは自分の尾羽根をモデルにされたクッキーをかじり、微妙な顔でお茶を飲む。対面に座るティラステアはにこやかにクインを見る。
「私もできるならあの絵のように、クインの背に乗って大空を飛んでみたいわ」
「あたいはゼラと違って、気軽に人を背中に乗せねえんだよ」
「え? カラァとジプソフィとフォーティスは?」
「子供だけ例外なんだよ」
ムスッとした顔のクインと楽しげなティラステア。二人の距離は近づき、いつのまにかこうしてお茶を飲むのも当たり前になってきた。
「またクインの歌を聞かせて欲しいわ」
「あたいは人前じゃ歌わねえんだよ」
「子守唄は歌うのに?」
「だから、あの子達は例外だっての」
アバランの町は、魔獣災害に見舞われるとき、どこからともなく現れた緑の翼のグリフォンが町を守るという。
北方の山岳地帯以外でグリフォンを見かけることは珍しく、守護獣緑羽と呼ばれるエメラルドグリフォンの行動は、魔獣研究者にとって謎であり、その謎を物語にしてアバランの町の詩人は歌う。
隣のウィラーイン領の蜘蛛の姫のように、緑の羽のグリフォンは、人に恋した魔獣ではないか、と。
真実を知るものは呆れたように微笑み、緑の羽の形をしたクッキーを口に入れる。
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます。
(* ̄∇ ̄)ノ カーラヴィンカのクインは歌がとてもステキなのですが、人に聞かせるのはあまり好きではありません。
( ̄▽ ̄;) 赤髭、お風呂突撃編は、活動報告の何処だったっけ?