リス姉妹、寂れた村の死闘◇2
(* ̄∇ ̄)ノ リス姉妹、死闘編パート2。
「ふっ!」
カッセルダシタンテの右の回し蹴りが男の後頭部に決まる。しかし、
「あー? 痛くも痒くもねーなぁ? ひひひ」
男は蹴られた頭を傾けたまま右手の大剣を振り回す。「チッ」その場から飛び退き、大剣の軌道から身をかわすカッセルダシタンテ。
(並みの人間なら昏倒する筈が、痛みを感じていないのか? 自分の手が脱臼しても構わずに動くとは、動きが速い分、アンデッドよりもたちが悪い。暗示か、催眠か、それとも禁忌の精神操作か)
肥大した筋肉が人の限界を越えた力を生む。その力で、重量級の得物、大剣や大斧、鉄槌を振り回す。己の関節すら破壊する歯止めを失った暴力。痛みを感じぬままゲラゲラと正気を失った笑い声、カッセルダシタンテを襲う人の数は増え、十を越えて群がってくる。
(戦技は無い素人が人間離れした力に反応速度、それが痛みも恐怖も無く向かってくるとは、やりにくい)
カッセルダシタンテは一人の女が振り下ろす鉄槌を、横から剣を当て逸らして避ける。
痛みによる怯え、死への恐怖も無く、素人が捨て身で狂気の笑声を上げながら襲いかかる、悪夢のような戦闘。
互いに命のやり取りをする武人ではあり得ない動きに、振り回す武器が仲間に当たることも気にしないデタラメさ。カッセルダシタンテにとっては初めて相手にする種類の敵。
(見かけ以上の筋力に自分の身が振り回される動きが、ここまで読みにくいとは)
カッセルダシタンテは歯噛みする。武人として身を鍛えてきた中で、完全な素人を相手にすることはこれまであまり無い。カッセルダシタンテに挑もうという者は、それなりに腕に覚えがある者だった。
ただの力自慢や野盗の類いでもケンカに殺し合いの経験がある。正当な剣術を学ぶ機会が無くとも、未熟でも、襲う者、戦う者は自己流で戦闘技術を身につけている。
今、カッセルダシタンテを襲う者にはそれが無い。人の身体の動きを戦闘へと生かす操法、それがまるで無い。その上、一振りで自分の手首、肘、肩の関節を痛めつけるような動きを平気でする。
(それがアンデッドよりも反応が速い、その上、見かけに騙される。だが、そうと解ってしまえばどうとでもなる)
「げはあー! ちょろちょろ逃げんなあ!」
「ならば逃がさず捉えてみろ!」
カッセルダシタンテに男が掴みかかる。大剣を持たぬ方の腕を伸ばし、カッセルダシタンテの肩へと伸ばす。
カッセルダシタンテはその腕を剣を持たぬ左手で下から取り、同時に左足で男の左膝を掬うように蹴る。掴みかかる勢いのままにスッ転ぶ男は、頭から向こうの鉄槌を持つ女に突っ込み、女を巻き添えに倒れる。
カッセルダシタンテに助けられ、その場から逃げ離れた狩人の男が喚く。
「なんだ? おい、ゲッティ! マルジ! お前らどうして? そのムキムキの身体はなんだ?」
「あぁん? 狩人のノジルかー?」
(こいつら、村人なのか? 暗示でソレガシを襲うように操られたのか?)
カッセルダシタンテの前で大斧を構える男が狩人へと大斧を振り上げる。
「狩人ノジルぅ! 邪魔すんならお前も死ねえ!」
「マルジ!? やめろ! マルジ!」
「ちぃっ!」
カッセルダシタンテは舌打ちひとつすると、狩人の男へと体当たりする。大斧の一撃が狩人の頭に落ちる前に、間一髪で回避する。狩人とカッセルダシダンテの間の地面を男の大斧が穿つ。
カッセルダシタンテに押された狩人が地面をごろごろと転がる中、どこからともなく嫌らしい女の声が響く。
『おぅやおや、お優しいねえ、チビ剣士。人を庇う余裕があるとはねえ』
「何者か?」
『寄機械衆が一人、ドラクナル=D。おチビを殺すのはこの、あたいだ、憶えておきな』
カッセルダシタンテは首を振り、声の聞こえるところを探る。
(ち、音の出所が解らん? ひとつでは無いのか? この反響音はなんだ? その上、こいつらの声がやかましい。これでは、)
狂乱する者達は興奮するままに笑声、叫声を口から漏らす。それがあちこちから聞こえる女の声と混ざる。
その間も戦闘狂化兵は続けてカッセルダシタンテを襲い続ける。村の中は突然の戦闘に女子供の悲鳴が上がる。
『クカカカカ、あたいの戦闘狂化兵は簡単にはくたばらない。それを止めたければ殺すしか無い。だぁけどひとつ教えてやるよ、そいつらはただのこの村の住人だ。戦闘薬が切れたらもとに戻る、た、だ、の、村人だ!』
「なんだと!?」
『クカカッ、お優しい小娘剣士? どうする無関係な村人相手に?』
「この、外道がッ!」
『人の道を外れてこそ人を越えた力を得る! 枠に納まる程度のものになんの力がある?』
「最早、人としての矜持も無いか! その力、何の為に!」
『カカッ! 力ってのはあればあるほどいい! 何の為? 己を守った上で好き勝手するためにだ! クカカ、気取ったところでお前も同じ力の信奉者だろうがッ!』
(ちっ、ソレガシを挑発し混乱させるつもりか? それとも気の早い勝ち誇りか? 何の為に声をかける、寄機械衆!)
『よそ見してていいのかい? あたいを探す余裕なんてあるのかい? その戦闘狂化兵はお前を殺す! だけど興奮し過ぎて頭イっちゃってるからねえ、ついでに自分より弱そうな邪魔物も殺しにかかっちゃうよ?』
「なんだと?」
カッセルダシダンテは鉄槌を振り回す女の足を、剣の腹で払う。その向こう、村の娘へと向かう戦闘狂化兵がいる。村の娘は口を開けひきつった顔で棒立ちに、目の前の光景に、村を突然に襲った暴力に混乱している。目前に迫る大男に怯え硬直している。
「は、やぁ、」
「きひははは! お前も死ねえ!」
肩に大剣を担ぐ男が村の娘に向かう。カッセルダシタンテに向かう途中の邪魔な娘を蹴り飛ばそうとする。
「ちっ! この外道が!」
カッセルダシダンテは舌打ちひとつ、邪魔な男の顔を蹴りつつ押し退け、村の娘へと走る。恐怖で固まる娘の身体を左手に抱え、
(間に合わんか!)
娘をかばい男の蹴りを背中に受ける。人間離れした力で蹴られ、抱えた娘ごと宙を舞い、村の納屋の壁に叩きつけられる。辛うじてその身で娘をかばいながら、カッセルダシダンテの身体は背中から納屋の壁を割る。木の板の壁が割れ、納屋の中からカッセルダシタンテの声が響く。
「ぐああっ!」
『クカカカカ! 格好をつけたまま死んじまいな! イカした武人らしくねえ!』
壁の壊れた納屋の中、カッセルダシダンテは素早く身を起こす。その身から壁の木屑がパラパラと落ちる。娘を見れば無事だが、息を吸い込んだまま身体が震えて固まり身動きが取れない様子。
『ほらほら、頑張らないと村人が次々死んでいくよ? クカカカカ!』
嘲笑うドラクナル=Dの声。割れた納屋の壁に頭を入れて中を窺う戦闘狂化兵の男。
「あぎゃ?」
男の首から剣が生える。カッセルダシダンテの持つ剣が男の首を貫き、鮮血が溢れる。
「やむを得ん」
歯軋りと共に苦く言葉を吐くカッセルダシダンテ。その目が黒く暗く光を消す。闇を溶かす光映さぬ暗い瞳。
(もとに戻す方法が解らない以上、犠牲を減らすには、この狂人を止める為に殺すしか無い、だが!)
「奇機械衆ドラクナル=D! 人を歪める禁忌の外道が! 貴様も生かしては置かん!」
『クカカカカ! やれるものならやってみろ! この独草毒裁のドラクナル=Dの自慢の戦闘強化兵は、まぁだまだいるからね!』
村に響く女の声に従うように、またも一軒の家から四人の男女が現れる。正気を失った瞳に涎を溢す口。手に大きな剣と棍棒をぶら下げて。
首から血を噴き上げる男の身体を踏み越えて、納屋の割れた壁から身を現すカッセルダシダンテ。疾風の速度で戦闘狂化兵へと向かう。最早、様子見をすることも無く最短最速で確実に命を奪う戦い方へと。
デタラメに振り回される大剣、大斧の隙間をすり抜け、手にする剣で首、胸と確実に絶命する急所を躊躇わずに狙う。
戦闘狂化兵はカッセルダシダンテを視界に入れれば向かってくる。だが、カッセルダシダンテを見失った者は手近な村人を標的にする。村の中、逃げ惑う女子供の悲鳴、逃げる最中その背に鉄槌を打たれ倒れる老人。
ひなびた村が阿鼻叫喚の地獄に変わる。カッセルダシダンテ一人では手が足りず、邪魔をする戦闘狂化兵を屠る間にも、倒れる村人がいる。
怒りのあまりにカッセルダシダンテの身が震える。
(ぐ、抑えろ。如何なる時も冷静に沈着に、人化の魔法が、解ける)
肌が泡立ち、怒りに飲まれ正体を出さぬように震えながらカッセルダシタンテは剣を振るう。
村で起きる殺戮劇。それを離れた丘の上から見る男がいる。己の背よりも高い槍に身を委ねるように立ち、静かに村の中、遠く剣撃を操るカッセルダシダンテを視界に収める男。
「復讐、か。仇討ちの為に死を積み重ねる、か」
表情の無い顔で男が呟く。男が持つ槍は奇妙な形をしている。槍のようだが穂先は無く、先端に穴が空いた筒状の奇妙な長い金属。
男は呟きながらその奇妙な金属筒を地面に寝かせる。
「復讐は、いい。恨みを晴らさねば、一歩も先に進めない。それは俺にもよく解る」
男は丘の上、村を見下ろすところに腹這いとなり金属の筒に顔を寄せる。
「だがそれもここまで、お前には悪いが敵に回す相手が悪過ぎた。仇討ちの為に村人を見殺しにできない優しさは命取りだ」
男は腹這いのまま、寝かせた槍のような金属の筒を操作する。その筒の先を戦うカッセルダシダンテへと向けて。
「復讐を果たすならば、それだけに集中するべきだ。情けも矜持も消えぬ恨みなど、甘いだけ。その余裕を見せたのが命取りだ」
男は槍に取り付けた筒に目をつける。遠眼鏡を覗いた先に見えるカッセルダシタンテを見る。
「奇機械衆、遠見殺しのスナブ=S。殺気も届かぬ距離から必殺の弾丸を届けよう」
古代魔術文明の喪われた技術。火薬の爆発により金属の弾丸を飛ばす、長遠距離の狙撃銃がカッセルダシダンテを遥か遠くから狙う。