子育てってなあ……
(* ̄∇ ̄)ノ クインの子育て日記ー。
エイジスはかつてのクインの想い人で、リアーニーはエイジスの奥さんです。
「あー、」
「なんだよジプソフィ」
「あーう?」
「あーう、じゃ、わかんねえよ」
胸に抱くのはジプソフィ。ゼラの双子の娘の白い方。金の髪にゼラと同じ赤紫の瞳。どういうわけか、真っ白の肌。
この子を見ているだけで、何故だか自然と笑ってしまう。今のあたいは、あのカダールとその父親の、あのだらしないへにゃりとした顔みたくなってんのかな。
左手ひとつでジプソフィを抱っこする。下半身の蜘蛛体も、その体毛は真っ白でふわっふわだ。カラァは母親のゼラと肌と蜘蛛体の色は似ているけれど、どうしてジプソフィは真っ白なんだろう?
あのばかゼラがどんな無茶な子供の作り方をしたのかは、詳しいことはまるで解らない。あの血塗れの出産から、ゼラもカラァもジプソフィも、よく回復したもんだ。
ゼラがこの子を産むときに、あたいもアシェもその場にいた。そしてあたいとアシェの魔力を三人に送り、苦手な治癒の魔法でサポートした。
それもあって、あたいもアシェもこの子達が産まれるのを手伝った産婆みたいな気分になる。
「あーう」
「なんだ? 眩しいのか?」
色とりどりの花の咲く、ウィラーイン領主館の庭の花壇。身体の向きを変えてジプソフィが眩しくないように。
晴れた午後の陽気に包まれて、花の香りの中で、あたいは下半身のグリフォン体をペタンと地面につけている。ジプソフィを抱っこして、その名前のもとになった白い花を見ていたりする。
あうー、と言うジプソフィのほっぺを右手の人指し指でつんとつつく。
「……んあ」
目を細めるジプソフィ。おねむ、なのか? 『あー』だけでも喜怒哀楽ってなんとなく解るのな。
胸に感じるジプソフィの体温。そのあどけない顔を見ていると、なんだか肩から力が抜けていく。胸の中に、ジワリと何かが広がっていく。
こんなに安らいだ、穏やかな気持ちは、なんなのだろう? エイジスも、リアーニーも、子供や孫を抱くときは、こんな気持ちを味わっていたのだろうか?
「クイン、動かないで下さいね」
「おー」
この館の拳骨メイド、サレンがカラァを抱いている。サレンがそっとカラァをあたいのグリフォン体の背に乗せる。
ゼラと同じ褐色の肌、黒い蜘蛛体。違うのは真っ赤な髪の色。そのカラァがちっちゃい手であたいの体毛をぎゅ、と掴む。あたいは畳んだ緑の翼を動かして、カラァが落ちないようにする。
あたいのグリフォンの背は、ゼラの蜘蛛の背に続く子供達の二番目のお気に入りのソファだ。それが蛇体のアシェはちょっとだけ残念そうだったか。
「ふぅーお! おおおおお! 大地駆ける獅子の胴! 生きた宝石ハイイーグルにも勝る翡翠の翼! その上半身は戦神の使徒の如く、麗しく美しく鋭い美貌! 日を浴びて煌めくはエメラルドの髪! その慈愛の眼差しの先にあるのは、その手に抱くのは、その背に担ぐのは、黒の聖獣の蜘蛛の御子! 白と黒の愛し子を守るために、天空より舞い降りた守護の半人半獣! 人と魔獣! 光と闇! 混沌のただ中に垣間見えるのは清らかさ! 異形が故の畏怖の姿にしかし心と瞳は聖女が如く! だからこそそこに神聖さが際立ち輝く闇の中の灯火! 愛しさが切なさが心強さが込み上げる! おおお! 聖なるかな! 聖なるかな! 聖なるかなあ!!」
「静かにしろよ、ジプソフィが起きちまうだろ」
赤い髭の男が感極まった声を上げて興奮している。なんだか鬼気迫る勢いでスケッチをしている。あたいとカラァとジプソフィを見る目が、なんか怖い。
「お前、もう少し離れてくれ」
「うむうむ、遊び疲れてようやく大人しくなったこのスケッチチャンス、逃す訳にはいかない」
キャンバスを手にズリズリと離れていく赤毛赤髭の伊達男。なんでもスケベ人、じゃなくてカダールの叔父らしい。
ウィラーイン家の奴らはあたいらが正体出してても怖がらねえし、どっかおかしいんじゃねえかと思うが、この赤髭とあの眼鏡は更に一段踏み込んでおかしい。おかしいのを越えてたまにちょっと怖い。あたいらを見る目がギラギラするときがあるんだよな。
芸術家とか学者ってのは、どっかおかしい奴がなるもんなんだろーけどよ。
拳骨メイドのサレンが、あたしのグリフォン体の背で横になるカラァをポンポンと撫でる。こっちもさっきまではしゃいでいて疲れたのか、瞼が重そうになってる。
サレンがカラァの黒い蜘蛛の脚を撫でながら首を傾げている。
「どうした? サレン?」
「いえ、少し悩みごとがありまして」
「悩みって、サレンが?」
「それはどういう意味ですか?」
「いやー、サレンって悩み事も拳で解決してそうだから」
「まるで私が悩むのがおかしいとでもいうような感じですね。全て拳でかたをつけるとか、そんなことでウィラーイン家のメイドが務まるものですか」
「じゃ、何を悩んでいるんだ?」
「カラァとジプソフィが大きくなったときのことです」
カラァとジプソフィが大きくなったとき、か。
既に黒の聖獣ゼラの娘として、この国どころか他所の国まで注目しているカラァとジプソフィ。
この領主館も密偵対策に塀は高く、内壁と外壁の間も広く、そこを黒の聖獣警護隊が巡回している。そうして対策してくれるから、内壁の中のこの庭であたいも正体を出して寛げる。
ゼラとカダールは、今日は旧領主館を改造した迎賓館で、南方ジャスパル王国からの使者と会っている。それで子守りをあたいがしてるってのもあるが。いやまぁ、何もなくてもあたいが子守りをしてたりもするけどよ。
ちなみにアシェはアイジスねーさんとフクロウのクチバとローグシーの街を見回っている。もちろん二人とも人化の魔法で人に化けている。
この領主館で正体を出したまま人の相手をしていると、ちょっと麻痺してしまいそうになるけど、いくらローグシーの街だからってそうそう正体を住民に見られるわけにはいかない。
たまにこうして見回って、深都の住人が紛れ込んでいないか、見張っているんだが。
どーにもルミリアとハラードの二人が、アシェとアイジスとあたいを街に馴染ませようって、お使いに出してるような気もする。
外を警戒しつつも大胆なことを平気でしてやがる。
あたいもアシェもアイジスねーさんも、ゼラだって本来は人と違う者。人と共にいる、この今の方が異常なんだ。
そこに産まれそこに住むカラァとジプソフィ。
この子達は大きくなったとき、そのことをどう思うのだろうか? 自分が人と違う異形と産まれたことを忌まわしく思ったり、世界を恨んだり、してしまわないだろうか?
そうならないように、あたいには、何ができるんだろうか?
「……サレンも、そういうことを悩んだりするのか?」
「も、と言うことはクインも同じ悩みを?」
「そりゃまあ、人とはどうしても違う者だから、さ」
「そうですよね、人とは形が違います。脚も八本ありますから。ですので、そこはどうアレンジしようかと」
「アレンジって、何の話だ?」
「ですから、そこが悩みどころなのですよ」
「ちょっと待ってくれ。なんだかズレてるような。改めて聞くのもなんだが、サレンは何を悩んでいるんだ?」
「おや?」
小首を傾げるサレン。見た目だけはただのメイドに見えるサレンだけど、この拳骨メイドもウィラーイン家の一員。
アシェの話じゃあ、人造魔獣のウェアウルフを拳で沈め、古代妄想狂の改造ドラゴン擬きの片目に飛び蹴りかました、ウィラーインの中のウィラーイン、らしい。
「クインもカラァとジプソフィの子育てに悩んでいるのかと思いましたが」
「悩むというか、どうしても気になることだろ」
「クインはゼラちゃんの姉ですから、妹の娘は気になりますよね。カラァとジプソフィをどう育てれば強く逞しくなるのだろうかと」
「そこであたいの心配とサレンの悩みがズレてないか? 強く逞しく?」
「ええ、カラァとジプソフィに私のアーレスト流無手格闘術をどう教えようかと」
「……はあ?」
少し熱いくらいの陽気の中、涼しい風がひとつ流れる。
「人の武術とは二本の足で行い、その重心の移動や足さばき、歩法というものが重要です。これを脚が八本のカラァとジプソフィにどう教えようかと悩んでいます」
「……武術?」
「上半身は人と同じですから、投げ、絞め、関節技などは教えられそうですが、歩法に蹴り技などはこの子達独自のものになりそうですね」
なにを悩んでいやがるこの拳骨メイドは?
「剣は旦那様とカダール様がお教えになるでしょうが、無手での対人戦闘で盾の国最強はアーレスト流無手格闘術です。カダール様が中央で神前決闘無敗の聖剣士を地に沈めた技も、私がカダール様に伝授したアーレスト流格闘術ですからね。ウィラーイン家の娘を強く逞しく育てるのも、ウィラーイン家に仕えるメイドの仕事です」
何やら胸を張り腕を組み、ウンウンと頷くサレンを見ていると、クラリと目眩がしてきた。
「おや? どうしましたクイン?」
「……いや、その、この館で暮らしていて、あたいもウィラーイン家に慣れてきたと、思っていたけど……、ちょっと、目眩が」
「今日はいつもより日差しが暑いくらいですからね。果実水をお持ちしましょうか?」
「あー、頼んでいいか? 今はほら、動けないから」
サレンが館の中へと姿を消す。
あの拳骨メイド、この子達をどうするつもりなんだ? おかしなことを仕込まれないようにあたいが見ていないと心配だ。
腕の中では白い蜘蛛の子がスヤスヤと眠り、あたいのグリフォン体の背中では黒い蜘蛛の子も寝息を立てる。
どちらもあたいの服と体毛を小さな手で、ぎゅ、と握ったまま。
……あたいが心配するだけ、無駄なことかもしれないなあ。
アシェの言うお花畑の連中に囲まれて、この子達が騒ぎを起こしたところを想像しても、笑って楽しんでる様子しか浮かんでこない。
人より長く生きてきたけれど、こんな笑ってしまうような気持ちは知らなかったし、これをなんて言うのかもよく解らない。
ひとつだけ解ることは、カラァもジプソフィも大物に育つんだろうな、ってことぐらいか。
今はまだ、拳骨メイドにシゴかれる未来も知らずに、スヤスヤと穏やかに眠る娘達。
少し離れたところでは片手を口にあてて、小さく、ふおおおおお、とか言ってる赤髭のおじさんがキャンバスに木炭を走らせている。




