子育てなんてね
(* ̄∇ ̄)ノ アシェンドネイルの子育て日記
「あーしぇ」
「何? カラァ? おしめ?」
ゼラの娘、赤毛に褐色の肌のカラァを仰向けに寝かせる。英雄の母と眼鏡賢者がいろいろと試して作る、カラァとジプソフィ用のおしめ。人間の赤子のものより大きい。
「あー、」
「カラァ、ちょっとだけ大人しくしてね」
八本の蜘蛛の脚をワキワキとさせるカラァ。くすぐったいのか蜘蛛の脚で私の手を引っ掻くように蠢かせる。
カラァもジプソフィも下半身の蜘蛛体が大きくなってきた。それに合わせて蜘蛛の脚の力も大きくなる。
力加減が上手くできずに蜘蛛の脚の爪でいろいろと引っ掻いてしまう。これで肌を切って怪我をしないようにと、カラァもジプソフィも小さな蜘蛛脚用の靴下を履かせている。
カラァとジプソフィの子育てとは、誰も経験したことの無いもの。予想外のことに右往左往してしまう。まったく、ゼラの治癒の魔法が無ければ酷い事態になっていたかもしれない。
「あー、あーしぇ」
「ジプソフィも? ちょっと待って」
あうあうと不機嫌な顔をするジプソフィ。この二人のおしめは交換するのも大変なのに。
「アシェ、ジプソフィはあたいがやるよ」
クインがジプソフィを抱き上げて、ジプソフィを仰向けに寝かせる。そのクインの顔はこれまで見たことも無いような、穏やかで柔らかな微笑み。私もあんな顔になっているのだろうか?
進化する魔獣、伝承のラミアと呼ばれるこのアシェンドネイルが、今はこうしてウィラーイン家の館で子供のおしめを変えている。なんでこうなっているのやら。
ゼラとカダールに関わってから、なんだか奇妙なことになっている。それが、不思議と嫌でも無い。
正体を表したまま、人と一緒に住むだなんて。
「あー、しぇ?」
「はいはい、カラァ、もうちょっとそのままで」
カラァの上半身はゼラと似た褐色の肌の女の子。下半身もゼラと似た黒い大蜘蛛。
人体と蜘蛛体の繋ぎ目、ここからオシッコが出る。そこは人間の女性器と似ていて、それは私とクインとも変わらない。
だけど大きい方は蜘蛛体のお尻の方から出る。おしめはその二ヶ所をカバーするように二つのパーツでできている。
汚れたおしめを外して、カラァの大事なところを清潔な布でそっと拭く。
赤毛の英雄が赤子の頃に乳母をしていたという、この館の医療メイド、アステに教えてもらいながら赤子の世話をする。
ゼラもカダールも、その親になる英雄の父ハラードも英雄の母ルミリアも、皆がカラァとジプソフィの面倒を見たがる。だけど、
「せっかくだからアシェとクインにも仕事をしてもらいましょうか」
と、英雄の母が言い、
「ウン、アシェもクインもお願い」
と、ゼラも言う。何もせずに伯爵家の館にいるよりは、何か仕事をしているというのはいいのかしら?
私はゼラの娘が気になって仕方が無い。これまでに存在しない、我ら業の者の、初めての子供。
カラァとジプソフィが産まれるところを間近で見てしまった私とクインは、この子達もゼラのことも心配でたまらない。
二人が産まれるとき、ゼラは死んでもおかしく無かった。自分の持つ生命力、魔力、そのほとんどを二人の子供に譲り渡すような出産。
蜘蛛体の腹が裂け、生気を失ったゼラはなかなか出血が止まらず、何度か気を失っていた。その度に私とクインが魔力転移でゼラに魔力を送り、この世に繋ぎ止めた。
今でもゼラにはそのときの後遺症がある。かつての頃よりゼラの力は、少しだけ衰えている。とはいっても、もともと底無しかと思える魔力に深都のお姉様、おそらくは十二姉にも勝てそうなゼラ。少し弱体化したくらいでは、その違いは人には解らないことだろう。
それほどの想いをして、自らの体内を作り替えてまで産み出した、ゼラとカダールの子供たち。
「あーしぇー」
「はい、終わったわよカラァ」
おしめを換えてカラァを胸に抱き上げる。
「うわぁ! おい、ジプソフィ!」
「あやー?」
「あや? じゃねーよ、もう」
ジプソフィのおしめを換えていたクインが声を上げる。見てみたら、ジプソフィのオシッコを顔に浴びてしまったクインが情けない顔をしている。あー、布で拭くときに刺激して、オシッコが出ちゃうときがあるのよね。私も引っかけられて驚いたことがあるわ。
眼鏡賢者が貴重なサンプルとか言って、おしめを持っていったりカラァとジプソフィの排泄物を採取したりも、どうかと思うけれど、あれはあれで二人の健康状態を調べるのに役に立っている。
「子供達はどうだ?」
「あら、お帰りなさいカダール」
赤子の英雄、ゼラの夫、私達の運命をも変えてしまった男が帰ってきた。
「二人とも元気よ」
「そうか、では、」
カダールが私に近づいて、私の抱くカラァに手を伸ばす。
「あら? なにかしら?」
「いや、カラァを抱こうかと」
つい、ニヤニヤとしてしまう。
「何? カラァとジプソフィが、パパと言う前に、あーしぇ、と言ったのを気にしてるのかしら?」
「アシェを乳母として任せているところはあるが、カラァもジプソフィも俺の子だ」
ムッとした顔でカダールが近づいてくる。私はカラァを抱いたまま、カダールからツツツと離れてクインの近くに。クインはジプソフィのおしめを換えていて、側でゼラが見守っている。
カラァもジプソフィも、ゼラのことを、ぜー、とか、ぜーらー、と呼ぶようになった。パパと呼ばれることを期待していたカダールの前で、パパより先に私のことを、あーしぇ、と呼ぶことを憶えてしまった。
あのときのカダールの、この世の絶望を味わったような顔は忘れられない。
「アシェ、俺にもカラァを抱かせてくれ」
「そんなに必死にならなくても。なに? 妬ましいのかしら?」
「妬ましい、というよりは、羨ましい。次は俺の番だと思う」
あっさりと羨ましいと口にする。カダールにしろ、このウィラーイン家の人間は、明け透けというか、隠すところが無いというか、さらっと思うことを口にする。そこに嫌味が感じられない。そこを突っつく度に私の方が疲れてしまう。
英雄の父のように、息子の妻のおっぱいに触りたいと堂々と言うのもどうかしてると思うのだけど。
「ぜー、」
私の胸に抱くカラァがゼラの方に手を伸ばす。クインの持ち上げるジプソフィも同様に。
「んしょっと」
ゼラが着ているキャミソールをスポンと脱ぐ。人の頭くらいありそうなゼラの胸がポムンと弾む。
ゼラの手にカラァを渡す。クインもジプソフィをゼラに。
二人の子供はゼラのおっぱいにしがみつくように、ゼラも二人の子供を右手と左手で支えて。
カラァもジプソフィもゼラのおっぱいに口をつけ母乳を飲み始める。不思議な穏やかさ、奇妙な暖かさ。
半人半獣の魔獣が、人間から黒の聖獣と讃えられ、人との間にできた子を胸に抱く。
ここは、本当に絵本の中の世界なのかもしれない。ずっと胸の底に抱えていた、苛立ちが、苦いものが、ゆっくりと溶けていくような、不思議な空間。
(おい、アシェ)
近寄ってきたクインが小声で囁く。少し恥ずかしそうに。
(あのことは秘密だ、誰にも言うなよ)
(解ってるわよクイン)
思い出すと呆れてしまうというか、笑ってしまうというか、でも少しクインの気持ちも解る。
誰も見ていないと思ったのか、クインがゼラの真似をしてカラァとジプソフィに自分のおっぱいをくわえさせたことがある。母乳なんて出やしないのに。たまたまそれを見てしまったとき、クインが真っ赤な顔になって、二人を泣き止ませようとした、とかいろいろと言い訳をしていた。
そういうことをしてみたい気持ちは、私にも解ってしまう。
「ううむ、父親として父上よりも先に俺のことを呼んでもらわなければ……」
カダールが真剣な顔で悩んでいる。今の領主館では誰が子供に先に呼んでもらえるかと競っているような感じ。
問題は深都のお姉様達。領主館のことを伝えろと煩いけれど、伝えたら伝えたでローグシーの街に来たがってしまう。
ゼラの幸福そうなところ、カラァとジプソフィの愛らしいところを見せるといろいろ我慢できなくなるらしい。伝え過ぎれば十二姉がやりすぎだと怒る。まったくどうすればいいのか。