ネガティブ・ララティ 第2話
「ララティ、入るぞ」
カダールは一声かけて扉を開けララティの部屋に入る。部屋の隅で丸くなっているララティを見つけて、
「これは……、」
鬱々としたウサギ娘を目の当たりにして固まってしまう。
「ふわふわ、ふさふさの白い毛皮が無くなったララティは、こんなに貧相に見えるのか?」
貧相、の一言にビクンと身体が跳ねるララティ。
「ひ、ひ貧相……、うぅ、あ、あちは貧相なダメっこウサギぴょん……」
さらに深く落ち込むララティ。
ララティの下半身のウサギ体は、いつもはふかふかの白い毛皮に覆われてふっくらとして見えていた。
その体毛が無くなると突然痩せたようにも見えてしまう。そのままズブズブと床に沈んでいきそうなララティ。
ロッティはキッとカダールを睨んで、
「カダール! なんでいきなりトドメを刺すんじゃー!!」
「む、すまん。しかしいつもは直ぐになにか言い返してくるララティがここまで元気が無くなるとは」
「だから落ち込んどると言うたのじゃ! 言ってはならんことをー!」
「いや、これは日頃ララティに思うことを言う良い機会かもしれん」
「は?」
一同が見守る中、カダールは丸くなるララティにズンズンと近づく。床に転がるララティの上半身、その肩に手をかけて、よいせと起こす。下半身のウサギ体は伏せの体勢に。
ララティはチラリとカダールの顔を見るが、直ぐに目を逸らして顔を伏せる。小さな声でぼそぼそと、
「……カダール、いつも迷惑かけてばかりで、ごめんなさいぴょ……」
消え入りそうな声で謝るララティの肩をカダールは支える。
「ララティ、俺からララティに言っておきたいことがある。いつも感じていたことだが、これまで改めて言う機会が無かった」
真剣に言うカダール。聞いていて心配になったルティは慌てて口を出す。
「あ、あ、あのカダール? 叱ることならララティが元気になってからにしてあげてほしいんだけど」
カダールは心配するなと片手を振ってからララティの両肩をがっしと掴む。ララティが身を強ばらせる前でカダールが口を開く。
「ララティ、いつもありがとう」
「え?」
「ララティがローグシーに来てくれたことを、俺は心から感謝している」
「えにゅ? え? えと、あの?」
「俺が子供の頃、俺はローグシーの街でよく遊んでいた。伯爵家の息子だが、この辺境の地は身分に煩く言う土地柄では無い。街の者からはぼっちゃんと呼ばれたり、同じ年頃の友人と一緒に悪さをしたこともある。それで街の人に怒られたりもしたものだ。
だが今ではローグシーの街は大きく変わった。ゼラが聖獣に認定されてからは第二の聖都とか呼ばれるようにもなった。各地から巡礼者、旅人、商人、旅芸人が訪れるようになり、中央からはハンターを志す者も来るようになった」
「うにゅ? それが?」
「今のローグシーの街にカラァとジプソフィが行くと目立ってしまう。聖獣の御子と呼ばれ崇められてしまう。人化の魔法も使えないから変装しても無理だ。
カラァとジプソフィには同年代の友達を作るのは難しいか、と諦めかけていた。だがララティが来た。ララティが子供たちとはしゃぐところを見ると、俺は自分が幼かった頃を思い出す。カラァとジプソフィに良い遊び友達ができたことに俺は感謝している」
「え、でも、あの、あちはイタズラばっかりしてて、」
「ララティのイタズラはたまに度を超すこともあるが、そのイタズラは人を驚かせよう、楽しませようとするもので、そこに嫌がらせや底意地の悪いものを感じたことは無い。安心してカラァとジプソフィを任せられる」
「あ、あちはたのしくて一緒に遊んでいただけで、」
「それがいいんだ。俺ではゼラ譲りの身体能力を持つカラァとジプソフィとは、かけっこも鬼ごっこも付き合えない。改めて鍛え治さねばとカッセルとユッキルから指南を受けてはいるが、俺では子供たちの遊び相手は務まらない。父親として口惜しい限りだ。」
「うーにゅ、鍛えても難しいかもぴょ」
「ララティが気を病んだ姉妹の為に、自ら道化を買って出たことはクインとアシェから聞いた。その優しさが伝わるからカラァもジプソフィもララティを慕っている。そしてまるで同い年の友人のように、同じ目線であの子たちといてくれる。
俺が子供たちに与えることができなかったものをララティがくれたんだ。ララティ、ありがとう」
「カダール、あ、あちは、」
「またもとの元気なララティに戻って、子供たちの遊び相手になってくれ」
ララティは目を潤ませてカダールを見る。カダールは優しく微笑みララティに頷く。
人と深都の住人。まるで違う存在。しかし通じ会うものがあればそんな違いなどたいしたことでは無い、と黒蜘蛛の騎士と呼ばれた男は大ウサギの乙女の手を取る。大ウサギの乙女の目には光が戻る。
その場面を見ていたエクアドはフォーティスの耳に口を寄せてコソコソと。
「フォウ、よく見ておくんだ。あれがウィラーイン家の持つ力のひとつ、『天然人たらし』だ」
「てんねん?」
カダールはララティの頭をポンポンと撫でるとクルリと振り向く。
「ララティの気分がもとに戻らなければ、ララティの治癒能力含めた魔法が安定して使えない、ということだな?」
ルティとロッティは顔を見合わせて、
「う、うん、たぶん」
「ララティがこうなったのは見たこと無いのでワカランのじゃが」
カダールはひとつ頷き言葉を続ける。
「そしてグリーンラビットは毛刈りされると臆病になる、と。ルブセィラ、毛刈りされた後のグリーンラビットの様子はどうなった?」
「毛刈りの直後からそれまでの活発さを失い、壁際の隅でじっとして大人しくなりました。また、飼育員を見ると怯えて逃げるようになりました。体毛がもとに戻るにつれ活発さを取り戻し、元通りに毛が生え揃う頃には人間への攻撃性も取り戻しています」
「ララティもグリーンラビットと同じ習性が残るとなると、毛が生え揃うまで落ち込んだ状態が続きやすくなる、となるのか。そして気落ちしていると自己治癒が上手く使えず体毛の再生に影響も出る、と」
「毛が生えないと気分が上がらず魔法が上手く使えない。毛を再生させるためには魔法が使えるようになる必要がある。これは詰んでませんか?」
「直ぐに治そうとすると詰んでいるようにも見えるか。ならば応急手当てだ」
「応急手当て、ですか?」
「そうだ。大きな怪我をしたときには適切な応急手当てをすることで、その後の怪我の治り方が良くなる。直ぐにどうこうできなければ快方に向かうように手当てをするべきだ。それならば、」
カダールはララティの部屋を出て飼育員宿舎の外に出る。そこにはララティを心配しながらも、ララティの部屋に入りきれなかった者達が待ち構えていた。
カラァとジプソフィは真っ先にカダールに駆け寄り、
「「パパー、ララティは?」」
と揃ってカダールに尋ねる。カラァとジプソフィの後ろからゼラも心配そうな声で、
「カダール、ララティはどう?」
「かなり落ち込んでいた。元気が無い。日頃のララティを知っていると重症に思える。なので、ゼラ、カラァ、ジプソフィ、3人にしてもらいたいことがある」
「「なにー?」」
「ララティの毛皮を作って欲しい」
「「毛皮ー?」」
「そうだ。ララティの体毛がもとに戻るまで、代わりに毛皮の着ぐるみをララティに着せる。どれほど効果があるか分からんが、素肌を晒して落ち着かないのであれば服を着てみるのはどうか? と。ゼラ、できるだけララティの毛皮に似せたふかふかの布というのは作れるだろうか?」
「ンー」
ゼラは人差し指をピッと伸ばすとその指の先から白い糸を出す。その糸はまるで生きているように空中を泳ぐように動く。
「ララティの毛皮、えーと、このくらいの長さ? 白さ? で、触るとふわふわで、あの触った感じだとこのくらいの毛の集まり方? うにゅー」
ゼラは両手の指先から糸を出して編み始める。
「毛皮っぽくするのは、んにー、こう? こんな感じ?」
ゼラの両手の間、白くきらめく糸が集まり毛皮が出来上がっていく。カダールは手を伸ばしその毛皮の手触りを確かめる。
「なかなかいい感じじゃないか? やはり糸の扱いはゼラがこの国一番だろう。できた毛皮布を裁縫してララティのウサギ体に合わせた着ぐるみにするのは、聖獣警護隊武装班に頼もう。カラァとジプソフィはママに新しい布の作り方を教えてもらおうか」
「「ウン!」」
「あぁ、ゼラ。今回はプリンセスオゥガンジーのように防御力最大にする必要は無いから」
「ウン、わかった。カダール、これでララティはもとに戻るの?」
「おそらくだが、時間をかければ自然ともとには戻るのだろう。だがララティが落ち込んだままでは心配して不安になる者も多い。俺も落ち着かないしな。
毛皮の代わりになるものがあれば、ララティの気分も落ち着いて良くなるかもしれん。なのでゼラとカラァとジプソフィの作る、ララティの毛皮の再現度が重要だ」
カダールは二人の娘、カラァとジプソフィの頭をポンと撫でて、
「カラァとジプソフィはララティの腹を枕に昼寝したりもしてたから、感触を憶えているんじゃないか?」
「「ウン!」」
「あのかんじのふかふかはー」
「ママー、ここからどうするの?」
「この裏に通した糸をクルってして、抜けないようにして、このくらいの長さでプチってして」
ゼラが見本を見せながら毛皮を織り、カラァとジプソフィは真似しながら同じように毛皮を作る。順調に大きく広がっていく白い毛皮。
「ララティ復活作戦の鍵は3人の作るララティ毛皮の再現度にかかっている。ゼラ、カラァ、ジプソフィ、よろしく頼む」
「「しゅぴっ!!」」