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我が名は吸血王アルカンドラス!! 12


 一瞬の沈黙。

 ポーズを決めたアルカンドラスは内心で後悔しながらも、引っ込みがつかずその態勢を維持。冷や汗を浮かべながら様子を伺う。

 白毛龍の乙女はクスクスと笑い出し、赤毛の女は、どうだコイツ面白いだろう? と言い、海亀の乙女は呆れた顔をして言う。


「なんというか、これがある意味で人間らしいというものか? ハオス、コレを管理できるのか?」


「なんとかなるだろう。求めるものがハッキリしてるというのは、飴と鞭も分かりやすい」


 どうやら彼女達を怒らせる事態にはならなかったようだ、とアルカンドラスは安堵する。練習し過ぎてクセになってしまった名乗りのポーズを解除し、コホン、とひとつ咳払い。


「それで、我輩は何をすればいいのであるか? 人間領域の調査と呪詛の研究、か? 具体的に何をどうするのか聞かせてもらえるのだろうか?」


「やる気を見せるのはいいが、そう急ぐなよ」


 アルカンドラスの背後から赤毛の女が応える。


「オマエに何をさせるかは、オマエにどこまで許すかを決めてからだ。その前にオマエに褒美をやらないとな」


「褒美? 報酬の話では無くか?」


「約束しただろう? 俺を楽しませることができたら、俺の名を教えてやると」


「そんな話もあったか。その後、我輩は散々な目にあった」


「後ろを向けよ、アルカンドラス」


 アルカンドラスはゆっくりと振り向く。この部屋に入ってからは一度も見ていない己の後方を。

 アルカンドラスは白毛龍の乙女と海亀の乙女、この超常の二人を視界に収めておく為に前方を見ていた。背後の赤毛の暴力女を一度も振り返ってはいなかった。

 振り返り見るとそこには、背が高くなり髪が長くなった赤毛の女がアルカンドラスを見下ろしている。


「やはり、か」


 アルカンドラスはその姿を確認して小さく呟く。

 始めは赤毛の女は、白毛龍の乙女と海亀の乙女、この二人の配下かと考えていた。だが赤毛の女は二人と対等に話をしている。

 ならば赤毛の女はこの人外の乙女達と同格の存在、または同種の存在だろう。そう予測し振り向いたアルカンドラスの目の前には、予測の通りに予想を越えた姿になった赤毛の女がいた。片目を閉じたまま楽しそうにアルカンドラスを見下ろしている。


 黒いコートを脱ぎ、身体の線の出た白いピッチリした拘束着のような服。白い服についたベルトがほどけ、リボンのように何本も垂れ下がっている。上半身はあまり変わらない。

 だが、腰から下は人の二本足では無く四本足の黄金の獅子。その獅子の尻からは黒い大蛇のような鱗の生えた尾。背には白い羽毛の翼と黒い蝙蝠の羽と二対四枚の翼を広げる。

 その翼で空を飛び、西の黒の森まで運んで来たのか、とアルカンドラスは見て理解する。

 金のたてがみから生えるのは獅子の頭では無く、赤毛の女の上半身。


「……どうやってこれまで人の姿に化けていたというのか。これが魔法、か」


 呟きながら見上げる先、肩までの長さだった血のように暗い赤い髪は腰まで伸びている。その頭、赤い髪の中からは山羊の角が伸び天を衝く。


「……まるで、軍神の使徒と魔獣を合成したような姿。しかし、奇妙に調和が取れているようにも見えるのは何故か?」


 呟きながらアルカンドラスは、正体を現した赤毛の女の姿をジロジロと見る。

 己が直ぐに処分されるわけでは無いと分かり、少し余裕の出たアルカンドラス。持ち前の好奇心と研究欲が湧いてくる。目にした超常の存在と記憶に残る伝承が結びつき、ひとつの仮説を導き出す。


(もしや、ラミアやアルケニーなどの半人半獣が女ばかりというのは、過去にこやつらが人に目撃されたことが原因なのではないか? この三体とも女性体であるし。であれば、男の半人半獣はいないのだろうか? 解らん、あまりにも未知)


 アルカンドラスの視線を受け止める赤毛の女は腰に手を当て、片目を瞑ったまま微笑み名を名乗る。


「オレの名は、アダーゲルダラムラーダ=ハオス。これからオマエの主になる」


(む? アダー、ゲルダ、ラムラーダと別々に呼ばれてはいなかったか? どういうことだ?)


 疑問に思いつつもアルカンドラスは姿勢を正し頭を下げる。せっかく助かったのだからここは大人しく従っておこう、と。


「どうかお手柔らかにお願いする。我輩の新たな主人、アダーゲルダラムラーダ=ハオス様」


 本来の調子を取り戻したアルカンドラスは恭しく忠誠を誓う。表向きには処分されることを恐れて服従を誓うように。だが内心では、


(恐るべき超常の存在、人外の領域を司る者たち。まともに相手をすれば勝つことも逃げることも不可能。だが三体しかいないのであれば、いずれは隙を見つけて逃げ出せるやも知れん。それまでは忠実な下僕のフリをしつつ、信頼を得て油断させるというのはどうだろうか? ついでに古代魔術文明の遺跡とこの三体のことを調べるとしよう。少なくともこの赤毛の女の身体動作、魔法の謎を解明しなければ、逃げることも避けることもままならんだろうし)


 と、考えていた。頭の中で未来の脱出の為に計略を練りながら、アルカンドラスは顔を上げ軽口を叩く。


「できればもう殴らないで欲しいのだが」


「それはオマエ次第だ」


「しかし、我輩、下僕となるのは初めてであり、誰かに仕えるとかは苦手なのだ。かつては我輩の魔術の師となった者を怒らせてしまい、破門されたりとかしているのだ」


(しつけ)るのも飼い主の務めか?」


「き、気をつける。善処させていただく。なのでもう殴らないでください」


 アルカンドラスは何やら満足気な顔をした赤毛の女から視線を外し、次に海亀の乙女を見上げる。


「む?」


 不思議そうに見返す海亀の乙女。アルカンドラスは海亀の乙女を見上げて言う。


「我輩の主人となる者よ、名を教えていただきたいのだが?」


「これは名乗る流れか?」


「では、我輩はこれから主人となる者をなんと呼べばいいのであるか? 呼び名が分からなくては困るではないか。今後の為にも必要ではないだろうか?」


「そういうものか」

  

 海亀の乙女は腕を組んだまま、アルカンドラスをじっと見る。仕方ないと名を名乗る。


「私の名はアイジストゥラ。永劫を謳歌するのならば長い付き合いとなるのかもしれん。呼ぶときはアイジスと呼べ」


「ではアイジス様、今後ともよろしくお願いする」

 

 どうやらこの海亀の乙女、アイジストゥラは理知的なようだ。アンデッドは嫌いなようだが話は通じそうだとアルカンドラスは頭を下げながら思う。

 次にアルカンドラスは白毛龍の乙女に向きを変える。見上げた先では、


「ふうむ……」


 白毛龍の乙女は片手を顎にあて、何やら考えている。海亀の乙女と赤毛の女の二人に言う。


「アイジスもハオスも名乗りが淡白ではないか?」


「「は?」」


 戸惑いの声を上げる二人に白毛龍の乙女は片手でアルカンドラスを示しながら続ける。


「このアルカンドラスは自らを吸血王、叡知の深淵の探求者と名乗った。その主人となる我らもまた、主としてなにかそれっぽい名乗り方をしたほうが良いのではないか?」


「そういうもんか?」


 赤毛の女が首を傾げ、海亀の乙女は眉間にシワを寄せて言う。


「私はそういう茶番につきあうのは苦手だ」


「茶番でも良いではないか。この吸血王が従いたくなるような格を我らに感じるのであれば。叡知の探求者を名乗る者ならば、力だけの主に心から仕えようとは思うまい」


 白毛龍の乙女の言葉にアルカンドラスは動揺する。


「ま、まさか、吾輩の心を読むのか? これも魔法か?」


 うろたえるアルカンドラスを見下ろす白毛龍の乙女はクスリと微笑む。


「どうやら読まれてはいけないことが心の中にあるようだ。さて、神も運命も捩じ伏せる、と豪語する者を従えようというならば、どう名乗るが良いだろう? 神や運命を越える感じの者であれば主に相応しいだろうか? ん、ん、んー、」


 白毛龍の乙女は喉の調子を整えると、左手を腰にあて右手をアルカンドラスにかざす。朗々と歌うように言葉を紡ぐ。


「――自ら人の(くびき)を外れたる者は、人外の律にて滅すが運命(さだめ)。されど汝、アルカンドラスよ、運命に抗いて世の(ことわり)を知ることを望むか?」


「ぬ、うぅ?」


 アルカンドラスは再び威圧される。声を詰まらせブルリと震える。


(なんだこの声は? まるで声が槍のように吾輩を貫くような、魔法? いや違うな。この半人半龍の存在感、か? 圧倒的な、気圧されるようでありながらも包み込まれるような、雰囲気を操るというか、まるで場を支配するということを熟知しているようではないか。こいつ、ノリというものを弁えている!)


 吸血鬼となり、人を越えた超人としていかに在るべきか? と考察しポーズやセリフを練習していたアルカンドラス。

 王のように支配者然として、余裕を見せつけるような所作で、不自然さを感じさせずに振る舞い、威厳があって当然のように。

 地下の遺跡迷宮で一人研究し練習していたアルカンドラス。不死者の王、闇夜の支配者、といった人を越えた存在のイメージ。

 その理想に近いポーズとセリフを目の前で見せつけられて、アルカンドラスは感銘を受けていた。

 動揺するアルカンドラスに白毛龍の乙女は言葉を続ける。両手をゆるりと広げ迎え入れる姿勢で、


「――世界の裏側を見たければ、我らに仕える臣下となれ。末席で全てを見届ける覚悟あるならば」


 アルカンドラスは片膝を着き頭を垂れる。白毛龍の乙女の醸す雰囲気に飲まれて流される。


「……従おう。忠を誓う。貴女の方が吾輩より、一枚も二枚も役者が上だ」


 このときアルカンドラスは、生まれて初めての心からの深い敬意を白毛龍の乙女に感じていた。


(賢人の学舎には頭のいい者も賢い者もいた。だがこれほどカッコいい者はいなかった。まさしく、これぞ王、これぞ人外の領域の支配者と呼ぶに相応しき風格と所作。なんという場の支配力だ。ちょっと真似してみたい)

 

 アルカンドラスを見下ろす白毛龍の乙女はひとつ頷き、


「――ならば吸血の王よ、記憶に刻むがいい。これから汝が仕える主の名を、」


「ははっ!」


「我ら闇の母神に仕えし業の者、深都を守護せし十二姉、その筆頭、我が名はヴォイセスファセウス。我が調べこそ悠久なり」


 名乗りを受けて、


「……? は?」


 アルカンドラスはキョトンとした顔をする。


「え? い、今、なにか聞き逃せないような単語があったような?」


「どうした? 吸血王アルカンドラス? 思いつきにしてはなかなかいい名乗り方だと自賛するが、どうだろう? ポーズはもう少し大仰なくらいが良かったか?」


「あ、あ、あの、ヴォイセスファセウス様?」


「呼ぶときはヴォイセスと呼ぶといい」


「は、はい、ヴォイセス様」


 アルカンドラスは混乱したまま白毛龍の乙女に訊ねる。


「あ、その、今、じゅ、十二姉、と申されましたか?」


「うむ、深都を守護せし十二姉、だが?」


「じゅうに、というのは、その、数字の十二で?」


「そうだが? 順序では、十一の次で十三の前だ」


「十二……、」


「あぁ、そこのアイジスとハオスも十二姉だぞ」


 アルカンドラスは呆然としながら小声で呟く。


「……?え? 三体だけじゃない? こんなのがまだあと九体もいる? うそぉ……」


 愕然とするアルカンドラスの頭の上で、海亀の乙女が白毛龍の乙女に言う。


「ヴォイセス、おかしな悪ノリで遊ぶな。妹たちが見たら真似するかもしれんだろう」


「それはそれで楽しそうではないか」


 妹たち、と聞いてアルカンドラスは目眩を覚える。立ちくらみとは無縁となった筈の吸血鬼の肉体だが、視界はグラグラと揺れ倒れそうになる。


「あ! あ、あの、ヴォイセス様? い妹たち、とは?」


「我らの妹たちのことか? 深都にいるのだが、気になるのか?」


 このときアルカンドラスの精神力は限界に近かった。

 突然に住み処に押し入られ、自慢のスケルトンナイトを壊され、散々殴られ、拉致され、人類未踏の地に連れて来られ、手も足も出ない怪物三体に囲まれて。

 処分されるか、サンドバッグにされるか、解剖されるかと脅された。

 下僕となることで命拾いはできたものの、三体の龍を越える災厄の威圧にアルカンドラスのメンタルはガリガリ削られていた。


「……この世界は、何を隠していた? いったい何体こんな怪物がいるのだ?」


「いずれ機会があれば、妹たちと顔を会わせることもあるだろう」


 白毛龍の乙女は優しげに言い、


「ハハッ、コイツは簡単には壊れないからいいオモチャになるぞ」


 赤毛の暴力女はニヤリと笑い、


「ハオスの手伝いをさせるのではなかったのか? オモチャにしてどうする」


 海亀の乙女は呆れたように言う。

 頭の上で交わされる人外の乙女たちのお喋りを聞きながら、アルカンドラスは気が遠くなっていく。

 意識がプツリと途切れる直前、


「……こんなのがゴロゴロいる深都とやらに、いきなり連行されなくて、良かった?」


 赤毛の暴力女に少しだけ感謝して、吸血王アルカンドラスは気絶した。


 こうして目覚めた邪悪は、大陸の歴史の表舞台に現れることは無かった。


(* ̄∇ ̄)ノ 次回、アルカンドラス主役回、ラスト。

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