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我が名は吸血王アルカンドラス!! 10


「着いたぞ」


 赤毛の女の声にアルカンドラスは頭を上げる。未だに女の肩の上に担がれたまま。ブラリと垂れ下がる。

 巨木が塔のように聳える魔獣深森の奥地を荷物のように運ばれて、これから吾輩どうなってしまうのか? と不安と恐怖に苛まれて。


「その目的地へと着いてしまったか。ここが吾輩の処刑場となるのか?」


「そいつはオマエ次第か」

 

 女の肩からぶら下がる上半身、首を捻ってなんとか前を見るアルカンドラスは、おお、と声を上げる。


「古代の遺跡、それも状態が良いようだ」


 アルカンドラスの見る先、そこにあるのは灰色の卵のような物だった。下半分が土に埋まった卵状の建物は、表面は灰色の艶の無いツルリとした表面を見せている。

 森の切れ目にある、まるで王城のような大きさの巨大な半球の物体。古代の叡知の残滓にアルカンドラスの目が好奇心に輝く。


「ここが貴殿の住み処か?」


「いや、ここは拠点のひとつだ。いきなりアンデッドを連れ帰ったら文句言うのがいるからな」


「まるで野良の犬猫を拾って持ち帰り、親に怒られる子供のようではないか」


「犬猫ならいいが、可愛げの無いアンデッドだからなあ」


「可愛げか、にゃん、とでも鳴けば良いのか?」


「やめろ、キモチ悪い」


「吾輩を隠れて飼うとかなのか? というか、貴殿に文句を言える者が存在するのか?」


「叡知の探求者なら知りたくないか? 人外の領域ってものを」


 女はアルカンドラスを肩に担いだまま、灰色の遺跡へと歩いていく。


「む?」


 灰色の壁に黒い線が走る。横に長い長方形の線を描き、プシュウ、と空気の抜けるような音を立てて、黒い線に切り取られた壁がせりあがって行く。

 赤毛の女を迎えて門を開くかのように。


「なに? この遺跡は、生きているのか?」


 アルカンドラスは戦慄する。


「あるのか? 古代魔術文明の遺産が? 人類未踏の地の遺跡なら、探索者や古代研究者に荒らされておらん筈!」


 古代の遺跡。

 遥か昔に栄えていた人類の遺跡。今の時代の魔術、技術を凌駕し地上を支配していたという文明を古代魔術文明と呼ぶ。

 かつては夜空の星に渡るという船まで作ったとされる超文明が、何故、滅び失われたかは不明。古代魔術文明の滅日の謎は学者、研究者が調査しているが、謎は謎のまま解明されてはいない。今では古代の文明の名残は各地に残る遺跡のみ。

 遺跡が迷宮の形をしているものが多く、遺跡迷宮とも呼ばれる。

 アルカンドラスは大声で女に問う。


「生きた古代の遺産があるのか? あればそれは古代の叡知の宝庫にして、何が起こるか分からぬ凶器なのだぞ!?」


「なんだオマエ? なに興奮してるんだ? 警戒してるのか?」


「当たり前だ! 生きた古代の遺産が暴走し国を滅ぼした話を知らんのか? 原理の理解できぬ物の扱いをひとつ間違えれば、再び人類が滅日を迎えるかもしれんのだぞ!」


「ただの研究バカかと思ってたが、何が危険かは分かってるのか」


「研究者が危険を把握できねば、実験中に死んでしまうではないか。死んでは研究が続けられんだろうが」


「そういうところでは察しはいいようだ」


 楽しげにお喋りしながら、赤毛の女は巨大卵に開いた四角い穴に歩き出す。アルカンドラスの目には横に長く大きな四角形の黒い穴に見える。

 壁に開いた穴の中に入れば、突然天井に白い灯りが点く。


「むう、こちらを察知して自動で灯りが点く仕掛けか。便利なものだ」


「ここが大きさもいいし使えそうなんで、照明とか直した」


「直した? ちょっと待て、貴殿、今、聞き捨てならんこと口にしたか? 直したのか? 何をどう?」


「何ってどうって、照明とか空調とか、あると便利そうなもんを直した。あ、オマエが警戒してた危険な凶器になりそうなもんは、壊してあるから心配すんな」


「はあ!? 壊すな! 我輩が調べる前に! 貴重な古代の遺産を! それと直したとかあり得んだろうが! 直すというのは古代の叡知の産物の原理や構造を理解しなければできぬことで、できぬことで、あるからして……、」


 そこまで口にしてアルカンドラスは繋がった推測に青ざめる。


「まさか、できるのか?」


 肩の上からぶら下がる姿勢では、アルカンドラスから女の表情を伺うことはできない。下から首を捻って女の顔を見ようとしながら、アルカンドラスは続けて喋る。


「できるのだとしたら、貴殿には古代魔術文明の知識があるということになる。それならば、力だけで無く知恵と知識の面でも人外の領域と名乗るに相応しい……。と、いうことは貴殿の言った人外の領域の律とやらは、今は無き古代魔術文明に関わることなのではないか?」


「なかなかイイじゃないか、オマエ」


「なんなのだ? 人外の領域とは?」


 改めてアルカンドラスは恐怖に震える。だがその震えには抑えられぬ好奇心もある。

 未知の魔法を使い、女の姿をしているが生物として異常、その上に古代魔術文明について何か知っている。


「いったい何が目的なのだ? 最初は我輩を殺そうとし、今はこんなところまで連れて来て。死者が人間を支配するのは許さない、とか言っていたな? 我輩に何をさせるつもりだ?」


「何ができるか、それ次第か。オマエ、サンドバッグ以外で役に立つとこあるか?」


「この天才アルカンドラスになんてことを言うのだ。それにそれは先に調べておくものではないのか?」


「役に立つなら、報酬としてこの遺跡を調べさせてやる、と言ったら? 下僕になる気は湧いてくるか?」


「むむむ、魅力的な提案ではあるが、下僕というのは。だが古代の叡知か」


「おい、もがくな」


 アルカンドラスは肩に担ぎ上げられたまま、白い照明に照らされた通路のあちこちを見る。見ようとして身体をクネクネと動かす。


「まるで馬車が5台は並んで走れそうな幅の通路。この通路の広さ、天井の高さ、これはこの遺跡が大型の乗り物を作っていたのではないか? 古代の大型の乗り物、もしや空飛ぶ船か? ここはその製造拠点、もしくは整備の為の基地といったところではないのか? 緩やかに傾斜して地下に下りる通路ということは、地下に製造の為の施設があるのか?」


「好奇心、猫を殺すって知ってるか?」


「知っているからこそ調べたい気持ちを抑えて貴殿に訊ねているのではないか」


「考え無しの身の程知らず、ということでも無いのか」


「古代の遺産の危険性も知っているし、もう殴られて痛い思いはしたくないのだ」


 キョロキョロとするアルカンドラスを担いだまま、女は地下へと傾斜する通路を進む。白い照明に照らされた、継ぎ目ひとつ無い石の床を歩く。

 通路の奥、壁がプシュンと空気の抜ける音を立てて上がっていく。通路の奥に繋がる壁が開いていく。


「おい吸血王、消されたくなけりゃ、上手くやれ」


 赤毛の女は言って、え? と首を傾げるアルカンドラスをポイと投げる。大部屋に投げ込まれたアルカンドラスは受け身も取れずに床に落ちる。ベシャンと音を立てて叩きつけられ、そのままゴロゴロと転がる。


「いったあああ! あいたたたた、いきなり投げるで無いわ! 痛いではないか! もう少し丁寧に扱っていただきたい!」


 うつ伏せのまま文句を言い、起き上がろうとして、その動きがピタリと止まる。


「な、なに?」


 この大部屋に何かいる。何か途方も無いものが。その気配を感じてアルカンドラスは石のように固まってしまう。

 右前方にひとつ、左前方にもうひとつ。何か恐ろしいものがいる。それが自分を見下ろしているのが気配で分かる。尋常ならざるものがここにいる。

 アルカンドラスはうつ伏せのまま、そうっと視線を上げて見る。古代の無機質な白い照明に照らされた遺跡の中、異様な気配を発するものの正体を見ようと。


 右前方にあるのは、大きな四足の獣の足。そこにいるのは白い毛皮に包まれた獣。伏せた身体の向こうには狐のような長いふさふさの尻尾。狐に似ているが、その大きさは狐よりもはるかに大きい。


「……地竜スワンプドラゴンよりは、少し小さいか? だが羽毛の翼を背に持つ巨大狐? いや、寒冷地に住むという有毛種のドラゴンか?」


 真っ白な翼を畳み、腹を床につけて座る様は寛いでいるようにも見える。さらに視線を上にあげて見れば、その生き物に頭は無かった。本来、頭のあるべき部分、首の先にあるのは、人の女の上半身だった。


「半人、半龍、だと?」


 アルカンドラスを見下ろすのは白い髪をした女だった。柔らかく微笑み好奇の目で見下ろす女。顔は美しくまるで光の女神の像のように整い、しかし耳は狐のように三角で毛が生え、その耳の上には真珠色に輝く龍の角がある。

 アルカンドラスを見つめ、その口から優しげな声が響く。


「ほう? アンデッドか、だがこれは?」


「人語を解す、半人の有毛龍だと……、」


 腰から上は美しき乙女、腰から下は恐るべき魔龍。まるでお伽噺に語られるような、半分が人の怪物。初めて目の当たりにする存在にアルカンドラスは背筋の震えが止まらない。

 強化された視力で魔力感知してみれば、途方も無い魔力がその身にあるのが分かる。


「……確かに、人外の領域だ。これは人には、どうにもならん」


 震える声でアルカンドラスは呟く。生物として格が違い過ぎる。

 吸血鬼に転身したアルカンドラスは、もう己を脅かす者などいない、いても知能の低い魔獣やドラゴンからは簡単に逃げられる、と思っていた。

 だが、それはアルカンドラスの知る範囲内の地上の生物のことに限られる。想像の域を越えた埒外の存在には通用しない。


「まだまだ我輩は無知であったか……」


 絶望に沈むアルカンドラスの耳にもうひとつの声が聞こえる。


「これが、私たちを呼びつけて見せたいものか?」


 次の声は左前方から。こちらも女の声。白い有毛龍の声よりも硬く鋭く聞こえる。アルカンドラスが左前方を見ると、そこに在るものは半人半龍よりも更に大きい。

 巨大な甲羅からヒレを伸ばす大きな海亀。アルカンドラスは記憶を探る。


「……南方の伝説にある、小島の如き大海亀、亀の王(アクーパーラ)か? だがこちらもか」


 その海亀には頭が無い。頭の代わりに生えているのは人の女の上半身。(あおぐろ)い髪を腰まで伸ばす、凛々しい乙女。

 その乙女のアルカンドラスの後方を見る瞳が金色に光る。


「このアンデッドはなんだ? 何故、連れてきた? 説明してもらおうか、ハオス」


 人外の乙女達による、吸血王アルカンドラスの審判が始まる。


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